第57話 濃霧の激突
篝火は数メートル置きに置かれていた。
まるでサーヴェントを誘導するかのように……。
濃霧の中をしばらく歩くと、少し開けた場所に出る。
「待っていたぞ」
低い男の声……。
濃霧で良く見えないが……前方に薄っすらと黒い影のようなものが見える。
声の主はそれのようだ。
「貴様は誰だ!?」
「荒立てるな。貴様は聞き分けのない『ポンコツ』ではないのだろ?」
ポンコツ……
それは、サーヴェントがリグルドに付けた『あだ名』だった。
意図して使ったかは分からない。
サーヴェントは相手の話には乗らず、手に魔力を込め始める。
「私は話をしたいだけだ。受けてくれるなら、貴様の連れを返してやってもいい」
「カーネリアとビードラのことか!? 2人はどこにいる!?」
「応じてくれる。……という返事か?」
手に魔力を込めたまま、サーヴェントは考え込む。
相手は様子を伺っているだけのようだが……迂闊には近づけない。
2人の所在は分からない上、生きているのか死んでいるかすら分からない。
それよりも……どうやって2人を拉致した?
ビードラならまだしも、カーネリアなら何かしら形跡を残すはずだ。
それすらできなかった……ということか。
兵士たちの姿がないのは想像に付く。
ここに着いた時には、前方を歩いていた1000人ばかりがやられたと聞いている。
奴らの力では到底太刀打ちできなかったのだろう。
しかし、半日以上魔法を撃ち込んで、疲れさ……いや、なぜそう言える?
俺たちが狙っていたのは、本当に奴らなのか?
確認も取らず、悠長に寝ている場合じゃなかった!
……これだけ周到に罠を張り巡らせる奴らだ。
この問い掛け自体……罠の可能性がある。
黒い影の、更に奥の方から叫び声が聞こえる。
「サーヴェント! 構わずやって! 撃ちなさい!」
「兄貴ぃいい! コイツらに負けんなー!」
カーネリアとビードラの叫び声だ。
2人の声を聞き、一瞬安堵した瞬間
――ズズーン!
っと、何か大きな物を振り下ろしたような音と、地響きのような振動がビリビリと伝わってくる……。
「キャアアアアア!」
「うわあああああ!」
2人の叫び声が一瞬したかと思うと、途切れる……。
サーヴェントは髪を逆立て、叫びながら魔力を溜めていた右手を前にかざす!
「き、貴様ぁらああああ!」
魔力を込めた右手を前に突き出し、赤く光る魔力の玉を放つ!! 放つ、放つ、放つ!
連続して放たれた魔力の玉は短い風切り音を立て発射され、赤い光の残像を引きながら濃霧を切り裂き飛んでいく。
黒い影を中心に強烈な爆発音がけたたましく鳴り響き、立ち上がった土煙りと濃霧に、爆発の光がピカピカと投影される。
遊ばせていた左手を胸の前に持ってくると、両手で空中を捏ねまわすように動かし始める。
すると、赤い光の粒子が胸の前の一点を目指すように魔力の流れが形成される。
「形状、槍!」
そう叫び、両手を広げていくと、赤く輝く魔力の槍が現れる。
魔力の槍を掴み、やり投げをするかのように体をくねらせ、力を溜めるポーズを取ると、
「能力、爆炎!」
次の詠唱で魔力の槍は赤く輝き出し、炎を纏う。
「『ブレイズランス』!!」
叫ぶと同時に濃霧と土煙りの中に向かって、魔力の槍を投げ入れる!
――カッ!
爆発音が返ってくるより先に光が放たれ、濃霧と土煙りが一瞬吸い込まれるような動作をした後、爆心地を中心に強烈な風と、強烈な爆発音が鳴り響く……。
一面の濃霧が取り払われ、爆心地には巨大な火柱が上がった……。
爆心地はメラメラと燃え、大きなクレーターを形成している。
余りにも強力な一撃を喰らわせてしまったことに気付くと、慌てて2人の姿を探す。
2人はすぐに見付かった。
2人は土を盛大に頭から被り、強風に煽られて寝転んでいる。
しかし、異様なことに……黒い鎧を着込んだ男が巨大な剣を地面に突き立て、まるで2人を護るかのように佇んでいた……。
状況に戸惑いながらも、標的を巨大な剣を持った男に変え、再び攻撃体制に入ろうとした瞬間……声が聞こえる。
「気が済んだか?」
その声は、巨大な火柱の中から……聞こえる。
再び目線を火柱に戻すと……薄っすらだが黒い影が見える。
「ば、馬鹿な!」
「馬鹿とは酷いな。こちらはそこそこ痛い思いをしながらも、答えを待っているのだぞ?」
黒い影は何事も無かったかのように、カチャリ、カチャリと足音を立て、ゆっくりと巨大な炎柱の中から出てくる。
その姿は……まるで悪魔。いや、全身黒で埋め尽くされた黒マントの剣士。
マントの隙間からは鈍く光る重厚な黒い鎧が見え、熱気のようなピリピリとした異様な波動のようなものを感じ取れる。
強力な魔法を何発も受け、巨大な炎柱の中に居たにも関わらず……傷一つ負った様子を見せない。
腰に携えた剣すら抜かず、護るための盾も持たず……圧倒的な姿である。
「もう一度聞く。私の話を聞くつもりはないか?」
「それに何の意味がある?」
「それは貴様が決めれば良い」
「何が目的だ?」
「ふむ……」
黒マントの男は片手を上げる。
何かの攻撃だと思い警戒を強めるサーヴェントに、「2人を解放する」とだけ伝える。
巨大な剣を担いだ男がカーネリアとビードラの拘束を解くと、2人はオドオドしながらも急いでサーヴェントの元に駆け寄った。
2人は恐怖に打ち震え、カーネリアは涙で顔を濡らし、ビードラは鼻水まで垂らしている。
「大丈夫か?」
「グスッ。……うん」
「兄貴ぃ! すまなかったッス……」
「ビードラ。顔はどうした?」
「……殴られただけッス」
「カーネリアは怪我をしていないか?」
「私は大丈夫」
サーヴェントは2人の安否に安堵することなく、黒マントの男を睨む。
「これで余計な心配は消えたな? さあ、どうする?」
「同じ質問にはなるが……アンタはなぜ、俺たちと話をしたい?」
黒マントの男は何も言わずに背を向け、用意してあった椅子に座る。
サーヴェントは無言でカーネリアとビードラに視線を合わせ、そして2人を連れ、黒マントの男が用意した椅子に座る。
「話を聞こう」
「経緯を聞く必要はないのか?」
「必要ない」
サーヴェントは顔色一つ変えず、そう答えた。
黒マントの男は少し考えた後、机の上に用意してあったティーカップを並べ始める。
そして、茶の準備をしながら話を切り出す。
「私の名は鵺だ。連れは狼と言う。これは単なる呼び名に過ぎない。ビードラは昨夜、連れていた兵たちとともに攻撃してきた。捕らえる手段として殴り付けただけだ。カーネリアは一人になった所を拉致した。すべてはこのテーブルに着くためだ」
サーヴェントはビードラを睨み、腕を振り上げる。
ビードラは脅えた表情を見せ怯み、両手で頭を抱え込む。
しかしその手は、ビードラの肩に当てられる。
再び視線を鵺に戻すと、
「俺はサーヴェントだ。こっちがカーネリア。この馬鹿! がビードラだ。わざわざ紹介する必要はないと思うが、俺たちのことは知っていたようだな?」
「貴様たちは同郷の仲で、ある目的のために動いている。……とまでは調べた」
「ということは、俺たちが伯爵に加担している理由も知っているんだな?」
「……『魔力の起源』」
「そこまで知ってるのか……。アンタは知ってるのか?」
鵺は頭を横に振る。
「そうか……。やはり、奴から聞くしかねえか……」
「それは私も興味がある。だが、私とは目的が違うようだ」
「アンタの目的……。いや、アンタの話をしろ」
「世間話で遠回りしようが構わんさ。本題を話せる状況であるならな」
「じゃあ聞くが、なぜ俺たちと話をしようと思った?」
「単純な話だ。貴様たちが欲しい」
「断わる! 俺たちは出来の悪いポンコツのお守という仕事を請け負っているが、仕事は仕事だ! 簡単に放棄するつもりはない! それに、他人から口出しされる仕事は受けない主義だ!」
「私には「力を利用されるのが嫌だ」と、子供のようにゴネているようにしか聞こえないな」
「うるせえ! アンタこそどうなんだ? 昨日今日合わせて2000人近い兵を相手にできる力がありながら、なぜ男爵に従う?」
「従ってなどいない。私は、私の考えの元に動いているに過ぎない」
「従って、ない……だと? どういうことだ!? 伯爵軍に盾突いてる段階で、男爵軍じゃねえか!」
「男爵の手助けをしていることは事実だが、我々は中立だ。どちらの味方でもない」
「意味が分からねえ! どういう解釈でそうなる!」
「貴様は他人に利用されるのが嫌なのだろ?」
「都合よく利用されて、気分がいい訳がねえだろ!」
「それは私も同感だ。だから、戦争を止めるために介入している」
サーヴェントは少し考え込んだ。
「アンタはなぜ戦争を止める? いや、なぜ止めなかった!? アンタの力なら可能だったろ!」
「既成概念を変えるため。……とでも言っておこう。戦争が始まるのを止めなかったのは、そのための布石だ」
「……つまり、アンタにとって『この戦争は眼中にない』……ってことだな?」
「その通りだ。私はこの戦争を利用する側の人間だ。ただし! 私自身の利益のためにやっていることではない」
「俺たちに利がある話じゃねえな?」
「単に金の話を『利』とするならそうかもしれない。だが、貴様たちに付きまとう問題も解決できる」
「どんな利だ?」
「自由だ」
「自由? 自由のどこに利があるって言うんだ?」
「貴様たちは考えたことがないか? 広い世界を自由に行き来してみたいと? 何にも縛られず、気の向くままに旅を続けてみたいと? どこか豊かな大地に住み、平穏な生活を送る夢を?」
「夢物語だ! そんなものは存在しない!」
「その通りだ。存在しない。……だから、目指さないかと聞いている」
「目指す? どうやって!? この国でさえ内戦をしてる有り様だぜ? どうやって手に入れるって言うんだ?」
「簡単なことだ。邪魔な奴を黙らせればいい」
「それは力で黙らす。つまり、『戦争をする』ってことじゃねえのか? 暗殺して殺すにしても、そういう奴らはウジャウジャいやがるぜ?」
「そういう意味も含まれるが、本質は違う。『強き者が弱き者を統べる』。これが私の基本方針だ。だが、保身に走る者は必要ない。自らの責務を全うし、その上で特権を活用することには、何ら問題がないと考えている。私がしたいのは作り変えることではなく、正すことだ」
「弱肉強食の世界にしたいってことか?」
「それも違う。弱者を蹴落とすやり方ではなく、可能な限り平等な機会を与える。多くを望む者は見合うだけの成果を挙げればよく、質素で良ければ生活に見合った成果を挙げればよい。上に立つ者には管理者として特権を与えるが、見合った成果を出せなければ資格なしとし降格する。つまり、政治体制の厳格な管理を行うということだ」
「それならいっそ、アンタの国を作ればいいんじゃねえか?」
「それは愚問だ。私にはその器はない。……貴様なら、それが如何に難しいことか、理解できると思っていたのだがな?」
「いや……分からねえ。サッパリだ」
「なら、一から話してやろう」
◇
話は昼過ぎまで続いた。
途中から面倒臭くなったビードラは寝そべって寝ている。
狼はずっと臨戦態勢の状態だったが、途中からビードラ同様、昼寝を始めた。
「――大体話は分かった。アンタの考えは大分ぶっ飛んでいるが、正しいと思う。それに、俺たちにも利がある話だ」
「そうか。それは良かった」
「ところで……その仮面は取ってくれないのか?」
「それはできない。面が割れることを嫌がっているわけではない。これはケジメのような物だ。正体が知りたければ調べればよい」
「まぁ……アンタの話をここまで聞いてれば、男爵に近しい人物だと予想はつくぜ」
「そういうことだ。……さっそくだが商談に移りたい」
「もう疲れちまったぜ。後にできないか?」
「そうは言ってられない。我々には次の任務がある」
「そうか……。俺に手伝えることはあるか?」
「誰にも従わないって言ってなかったか?」
「それは都合よく利用されたくないからだ! 今さら分かり切ったことを聞くな!」
「では、いくら欲しい?」
「……金の話はいい。何をすればいいのか言ってくれ。俺はアンタの考え方が気に入ったんだ。金を受け取るなんて無粋な真似をしたくない」
ずっと黙って話を聞いていたカーネリアが、サーヴェントに掴み掛かる。
「ちょ、ちょっと! サーヴェント! せっかく貰えるのに何で受け取らないの?」
「俺が決めたことだ!」
「んもー!」
鵺は何も言わず、テーブルに何かを置く。
それは白く輝く四角い金属……
「は、白金貨!! すごーい!」
「お、おい! ちょっと待て! 俺はいらねえと言ったはずだ!」
「私からの要求は特にない。少ないと思うが、受け取るも受け取らないも任せる。例え裏切られようとも構わない。それは当面の生活費だと思えばいい」
「いや待て! 納得がいかねえぞ? 受け取る義理もねえ!」
「では、口止め料だと思えばいい」
「口止め? 無意味だと思うがな?」
「どう捉えても構わない。私も貴様が気に入った。それだけのことだ」
「ねぇ、サーヴェント! 受け取りましょうよ?」
「うるせえな! ちょっと考えさせろ!」
サーヴェントは難しい顔をしながら考え始めた。
カーネリアは白金貨に見惚れ、頬擦りをしている。
サーヴェントは迷っていた。
金は欲しい。だが、甘言には今まで何度となく煮え湯を飲まされてきた。
世の中には甘い話は存在しない。
それを嫌というほど味わってきたからこそ、簡単に受け取れないのだ。
サーヴェントは考え中なのだが、少し別の話をしてみる。
「一つ、懸念がある」
「……ビードラのことか?」
「そうだ。奴は少々人を殺し過ぎている。私が把握してる数で言えば、200人を越える。それ以上の数を殺している私には、ケチを付ける資格はないが……。少々教育が必要だろう」
「ビードラは確かにキレ易い奴だが、ちゃんと人は選んでいる。本当は気の弱い奴なんだ。俺たちは何度となく利用され裏切られた。だから他人を簡単に信じられねえし、危険だと思えば殺す。……俺たちは元々小さな村に住んでいた遊び仲間だ。この力を手に入れちまってから世界が変わった……。あれ以来、俺たちは魔力を封じる力を探している」
「それが『魔力の起源』という訳か。……しかし、封じる必要はないだろう。大切な者を護るには力が必要だ。ただ、使い方を間違わなければだがな?」
「それは分かっている。だが……」
「貴様の気持ちを察することはできる。だが、既に貴様たちの名は広まってしまっている。力を失えば護ることさえできなくなる。力を恐れるのではなく、正しく使えば良いだけだ。私も微力ながら手助けしよう」
「ありがたい。だが……これは俺たちの問題だ。アンタに頼ることじゃない」
「私の話に共感できたのなら、今さら話をややこしくする必要はない。貴様は人に頼ることを覚えるべきだな」
「フッ。アンタに言われたくないぜ?」
「そうだな。フフフフ……」
カーネリアがサーヴェントの服の袖をツンツンと引っ張る。
「ねぇ……サーヴェント? 貰っていいの?」
「んー……。仕方ねえな」
「ヤッター!!」
カーネリアは飛び跳ね喜んでいる。
感情の起伏が激しいが、彼女なりの表現なのだろう。
サーヴェントは表情を変える。
「なぁ? アンタはこれから何をするんだ?」
「伯爵閣下を捕らえるため、伯爵軍本陣に乗り込む」
「おいおい!? 相手は2万以上いるんだぜ? 俺たちにも手伝わせてくれ!」
「貴様たちには別でやってもらいたいことがある。私の作戦がうまく行ったなら、リグルドを連れて来て欲しい。もちろん無傷でだ。それなら護衛の仕事にも影響しないだろう」
「やれなくもねえな……。だが、アンタの言う『作戦の成功』とは、どういう状況のことを言っている?」
「伯爵を捕らえ、終結宣言が出されたらだ」
「それこそ無理がねえか?」
「いや、貴様たちの方が大変だろう。こちらに伯爵軍の精鋭部隊3000が向かっている。難なくリグルドに合流できたとしても、リグルドを無傷で連れてくるとなると相当難しい。そのために終結宣言を出させる。うまく事が進まなくても、貴様たちは平静を装っていれば良い」
「随分、自分勝手なやり方だな? そういうところは気に食わねえが……。3000の兵を迎え撃てばいいんじゃねえのか? 俺たちならできるぜ?」
「それは可能だろう。だが、殺してしまっては国力が低下してしまう。なるべくなら殺したくない」
「その理屈も分からんでもないが……まぁいいさ!」
サーヴェントは白金貨を受け取ると、立ち上がりビードラの元に行く。
っと、その前にと振り返り、
「なぁ? ここにいた兵たちはどうなったんだ?」
「街道の脇の塹壕に、全員眠らせ縛り上げている。最初に交戦してきた兵は殺してしまったがな」
「分かった」
ビードラの元に向かい、揺すって起こす。
「……んにゃ? もう終わったんッスか?」
「ああ、終わったぜ。俺はあの人の夢に乗ってみる」
「ん? アイツら……どこ行ったんッスかね?」
どこ?
気になって振り向くと、霧がまた濃くなり始め、鵺たちの姿は見えない。
「まぁいいさ。久々に会議するぜ!」
「まだやるの~? 疲れちゃったわよ」
「そう言うな。こんな清々しい気持ちで受ける仕事は初めてなんだ。鵺の目論見が成功すれば、もっと金を貰えるかもしれねえぜ?」
「ホントー!!」
「兄貴ぃ! 俺も聞きたいッス!」
サーヴェントたちは会議を始めた。
補足ですが、詠唱はトルコ語を使ってます。
本当は「絶縁のテンペスト」のように、「木の中の木、大樹の中の大樹……」みたいな素晴らしいセンスで書きたいのですが……難しいです。
サーヴェントは我流で魔法を使えるようになったと考えると、今回はこれで……妥協することにして(えっ?)
今後の展開までには、しっかりした詠唱文を用意する必要がありそうです。
次回、水曜日2014/9/17/7時です。




