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第56話 濃霧に蠢く黒い影

 事態が急変し、1日が経過した。

 耳を疑いたくなるような報告ではあったが、伯爵軍本隊が到着した最前線は……変わり果てていた。


 ここは山間にひらけた盆地。

 広さにして、およそ10平方km。

 乾燥した固い大地に多少の背の低い草木が生えるだけの、のどかで平坦へいたんな荒野……だったはずだが……。

 今はのどかさの欠片も感じられないほど、変わり果てていた……。


 先発隊が組み上げていた本陣は、モノクロ写真のように黒一色に染め上げられ、所々で火がくすぶり、煙を上げている。

 そして兵士たちは……立ったまま消し炭となっている。

 時折風に煽られると黒い粉を吹き上げ、ボロボロと崩れてしまう。

 地形はガタガタに崩されているが、戦場と本陣を縦断するようにできた地割れが異様だ。

 地割れの底には、熱を帯びた土がマグマ溜まりのように熱を発し、僅かに赤く鈍い光を放っている。

 まるで……火山が突如ここに出現したかのような……異様な光景。


 特筆すべき点はそれだけではない。

 男爵軍本陣すら跡形もなく消えていた。

 まるで、隕石群が降り注いだような穴。クレーターが数多く点在し、すべてを破壊していた。

 報告されていた大砲の威力ではない。

 深く抉り込むような穴が横一線に連なり、男爵軍本陣を綺麗に抉り取っていた。

 それは桁外れの威力と精度を示しており、報告にはない兵器の可能性を示すばかりだ。


 その余りにも変わり果てた状況に、伯爵閣下も兵たちも呆然と立ち尽くす……。


「これは……何が起きたと言うのだ……」


 伯爵閣下は、意図的にこの地を選んでいた。

 男爵軍の規模は高が知れているとは言え、大砲の存在を察知していた。

 大砲には高い破壊能力が備わっており、魔法より射程距離が長い。

 足を取られる沼地では狙い撃ちにされてしまい、多少遮蔽物があったとしても役に立たない。

 地の利を生かし要塞でも築かれようものなら、例え30倍の兵力差があったとしても、簡単には落せない。

 そこで、力技で押し込むことが可能な平地を選んでいたのだ。

 しかし……この状況は予想外であった。


「これが……広域破壊魔法か……」

「凄まじい威力でございます……。さっそく状況確認を致します」

「情報にあった大砲というヤツも探せ! きゃつらが撤退したのならあるはずだ!」

「ハッ!」


 状況に戸惑いつつも、冷静に伯爵軍は動き出す。



 ◇



 程なくして、先発隊の生き残りが見つかる。

 その生き残りは……両腕が吹き飛ばされ、今にも生き絶えてしまいそうな状態だった。

 調査に当たっていた小隊長は駆け寄る。


「大丈夫か!? 気をしっかり持て!」

「み、水を……」


 弱々しく水を求める兵に、水筒の水を飲ませる。

 しかし、せっかく飲んだ水を吐き出し咳き込んでしまった。


「ゴ、ゴホッ! ゴホゴホッ……」

「ゆっくりでいい! ゆっくり飲むんだ!」


 水を飲むものの、状況は改善しない。

 両腕を失った兵は出血多量な上、疲労で酷く衰弱している。

 僅かな可能性に賭け、治療を施す。

 小隊長は治療を続けながらも、状況を聞く。


「何があった?」

「空が……赤く、黒く……天が裂け……ひ、光……」

「天から光? 雷か?」

「ち、違う……。空が…………」

「おい! しっかりしろ!」


 何度も呼び掛けるが、応答がない。

 逝ってしまったようだ……。


「隊長。「天からの光」って……噂に聞く禁術でしょうか?」

「難しいところだが……違うと思う。まず状況から、『白黒びゃっこくの戦い』で使われた禁術に近い。言い伝えでは「大地が割れ、赤く燃え上がる。空は轟音を立てて泣き叫ぶ」と言う。だがしかし、規模が小さ過ぎる。なぜならその禁術は、五大陸を作り上げたと言われるからだ。状況は似ているが、規模から考えて違うと思われる。……可能性の順位から言えば、広域破壊魔法『ヴォルガーラ』の可能性は高いが……」


 小隊長は結論を見い出せず、黙り込んでしまった。


「隊長はよくご存知ですよね? これだけの惨状にも冷静ですし」

「いやいや、私だって驚愕しているさ。それに、物知りと言っても古文書を読むのが趣味って程度だ。本はいいぞ! お前もどうだ?」

「文字も読めないのに、古文書なんて無理ですって!」

「文字くらい教えてやるさ。お前達も興味があったら教えてやるぞ?」


 小隊の隊員たちは、揃って顔を横に振る。

 この小隊は伯爵軍の中でも異色の存在だった。

 学者志望の小隊長を始め、測量技師、木工職人、鍛冶士、元料理人、元商人。など、兵士が本職でない者ばかりが集まった小隊である。

 ほとんどが最近の不況で食いちを失った者であり、遠征軍に急募が掛かったことで、参加することを決めた連中である。


「それにしても……遠征が始まってからの急募って、珍しいですよね? どう考えても伯爵軍うちが勝つ戦いなのに……」

「そうでもないかもしれないな。この惨状を見れば、敵は恐ろしく強いのだろう。僅か1500の兵で3日も耐えた聞くし、別動隊1万とも連絡が取れない。リグルド様の消息も不明らしい。どうにもこの戦い……一筋縄では行かないのかもしれないな」

「ちょ! ちょっと待ってくださいよ! それだと死ぬかもしれないってことじゃないですか? 勝つのが分かって参加したって言うのに!」

「私も似たようなものだが……絶対安全な戦場がないのと同じように、戦場に必勝は存在しない。それは古文書を読めば分かる。私は小隊を預かる身として……」


 小隊長は、そこから先を言い出せずに黙り込んだ。

 一時とはいえ、軍籍に身を置く者として、言ってはいけない台詞だからだ。


 我々は訓練を積んだ兵士ではないが、これだけの破壊が行える敵と遭遇すれば、否が応にも死地に飛び込まざる得ない。

 そんな時、私が上の命令に反する行動を取れば、あの伯爵様のことだ。

 戦いに勝利したとしても死刑となる。

 結果が目に見える死地であろうと、命令は絶対だ。

 そこから私の出せる応えなど……。


「とにかく遺体を丁重に埋葬し、上官に報告しよう」


 小隊長の指示の元、遺体の埋葬が始まった。



 ◇



「――以上が報告でございます!」

「ご苦労。下がれ」

「ハッ!」


 小隊長の報告が中央本部に伝えられたところである。

 士官たちはその報告を聞き、不安を隠せない。


「閣下! これ以上の進軍は危険を伴います。撤退。もしくは、リグルド様の救助に向かわれた方が良いかと」

「ウグゥ……」


 伯爵閣下は悔しそうな表情を浮かべる。

 調査の結果、大型の砲弾が降り注いだという結論に到達したからだ。

 別動隊と連絡が取れないのも、その砲撃を喰らった可能性が高い。

 撤退が一番確実な手段だと分かりながらも、伯爵閣下は決断に迷っていた。


 伯爵閣下は考えを巡らす。

 これだけの破壊が行える武器がありながら、最初から使って来なかった。

 先発隊本陣を襲った攻撃は皆目見当が付かないが、男爵軍本陣を攻撃したのは高性能砲台の可能性が高い。

 重要なのは、確実な証拠からの検証だろう。


 高性能砲台には射程距離の問題があったのか?

 ……いや、それはない。

 先発隊本陣は、男爵軍本陣ほどではないが攻撃を受けている。

 つまり、射程距離が問題ではなく、男爵軍本陣にあった『大砲の後始末』と考えれば筋が通る。


 ではなぜ、先発隊本陣を最初から狙わなかったのだ?

 男爵軍の大砲は強力だった。

 1日やそこらでは簡単に陥落しないと考えれば、『別動隊の迎撃を優先させた』とも取れる。

 射程に問題がないことからも、その可能性は高い。

 だが、別動隊が全滅したのなら『何かしら報告』が上がってもおかしくない。

 それがないということは……まだ別動隊が顕在である可能性がある。

 これほどの破壊を行える武器を作り出せるのだ。

 『砲撃以外で方を付ける手段がある』……と考えるべきだ。


 では、最初から本陣を狙って来なかったのはなぜだ?

 連絡を密にしていた先発隊を狙えば『対応策を打たれる』と考えた。

 ならば、別動隊も砲撃を受けた可能性は低い。

 仮に砲撃を受けていれば、凄まじい轟音で危機を察知するだろう。

 連絡兵が帰って来ない辺り、『圏内に突入した連絡兵を始末している』……と考えれば筋が通る。

 つまり、『別動隊は健在』の可能性が高い。

 ならば、リグルドも無事だろう。


 ということは、砲撃はこの戦場だけに降り注ぎ、大砲を破壊するために男爵軍本陣を狙った。

 つまり、男爵軍の撤退支援に『使わざる得なかった』とも考えられる。


 では、本来はどういう作戦だったのだ?

 ワシを討てば戦争が止まる。……とでも思っておるのか?

 その考えが最も合理的ではあるが、あれだけの射程と破壊力があるのなら、少なからず先手を打てたはずだ。

 国王陛下が動く前提だとしても、ワシを討てば申し開きはできなくなる。

 暗殺しても同様だ。

 ということは……威嚇か?

 威嚇でこう着状態を作り上げてしまえば、状況を引っくり返せる策――


「しまった!!」

「閣下! 如何いかがされました?」


 伯爵閣下は焦った表情を浮かべながら、大声を張り上げる。


「今すぐ追撃じゃ! 3000の隊を3つ編成し、男爵軍の追撃、リグルドの救援、別動隊の探索に向かわせろ! ここを砲撃した大砲も探させるのだ!」

「か、閣下! 砲撃が危険では――」

「貴様は馬鹿か!! ここに留まっていれば砲撃の餌食じゃ! 移動速度を上げ的を絞らせるな! 別動隊とリグルドの隊が顕在なら、この戦争はすぐに方が付く! 時間がない! 今すぐ動け!!」

「……ハッ!」


 士官たちが慌ただしく動き出す。

 伯爵閣下の読みは正しかった。

 砲撃は撤退支援のためであり、本来予定されていたシナリオではなかったのだ。

 マサユキも、それを想定してなかった訳ではない。

 別動隊の封じ込めや、リグルド隊の抑え込みという手を打っていたのだが、予想以上に反撃に男爵軍が消耗し、撤退を余儀なくされたことが問題だった。

 予定が狂い、伯爵閣下の冴えある采配により、マサユキたちは更なる窮地に立たされることになる。



 ◇



 ここは遠距離砲台を設置した場所である。

 先日の砲撃で大勝利を収めたように思われたが、伯爵軍が異様な動きを見せ始めた報告が入る。


「メーフィスさんよ。ヤベェんじゃねえか?」

「非常にまずいですね……。男爵様たちの消耗が激しすぎたようです。撤退支援と大砲破壊に手の内を見せてしまった上に、確実に砲台を破壊するのに砲弾を使い過ぎました。残りの砲弾数から考えると……足止めをしている別動隊1万を撃つのが確実なんですが、そうすると男爵様たちの逆転の目が消えてしまいます。資源の関係で砲弾を十分揃えられなかったことが、ここに来て痛いですね」

「俺たちにできることはねえのか?」

「ジールさんたちはここを動いてはいけません。それに……距離的にも、兵力的にも、手の打ちようがありません」

「なら、伯爵を殺せばいいんじゃねえか?」

「それは駄目です! トリガーを引くのは僕たちであっても、殺したのはマサユキさんになります! マサユキさんに貴族殺しの汚名を着せてしまいます!」

「だったら……どうしたらいいって言うんだ!?」

「落ち付きましょ! マサユキさんならきっとそう言います。男爵様たちが無事に川を渡ってくれれば、伯爵軍を倒せませんが逃げ延びさせられます。その後、僕たちも撤退を始めます。さすがにこの砲台は渡せませんからね。これが敵に渡れば……最悪の事態が起き兼ねません」

「むぅ……」

「一応把握してるつもりですけど、残りの砲弾は何が残ってますか?」

「爆炎が10発。雨が1発。あとは、水が1発だ」

「「水は使うな」って言ってましたから、爆炎と雨だけで検討しましょう」

「雨も水も最初から1発しかなかったけどよ? 一体どういう物なんだ?」

「雨はフレシェット弾頭と言うらしいです。対人専用の兵器で、広域に雨の如く鉄の矢を降らせるらしいです」

「ふむ……。水はなんだ?」

「それは……」


 メーフィスは言葉を詰まらせる。

 マサユキさんが言うには、水素爆発と力点ベクトル移動を利用した物だと言う。

 原理はよく分からないけど……核爆弾ではないらしい。

 なんでも、金貨サイズで実験小屋が吹っ飛んだ……とか。

 あの砲弾の大きさから考えると……一つの戦場が吹っ飛ぶのかもしれない……。


 リーン! リリーン!


 突然、通信機が鳴る。

 不意を突かれ、ビックリして通信機を落してしまった。

 慌てて通信機を拾い、応答する。


「こちら砲手」

「メーフィス。イマ、コマッテナイ?」


 なんでこの人は……人の心を見透かすような台詞を吐けるのだろう?


「残り砲弾数で対応しきれません。どうしたらいいですか?」

「……モウ、イチド、タノム」

「残り、弾数の やりくりで、迷ってます」

「ワカッタ。ノコリ、ナンハツダ?」

「……爆炎10、雨1、水1、です」

「ワカッタ。……バクエン、アメ、ダンシャクグン、シエン。……ミズ、ハクシャクグン、ホンジン」

「み、水を使うんですか!?」

「アイズ、マテ」

「いや! 水を使ってしまうんですか? それに伯爵軍を撃つって……」

「メーフィス。イインダ。キニスルナ」

「気にするなって?」

「ツウシン、オワル」

「マサユキさん!」


 通信は切れてしまった。

 何度も呼び掛けるが、応答はない。


「マサユキさん……」

「メーフィスさんよ。どうするんだ?」

「……待ってください。少し考えます」


 マサユキさんは最後の手段を取った。

 伯爵軍本陣を撃つということは、伯爵様を殺すということだ。

 つまり、汚名を自ら被るということになる。

 そして、攻撃には『水』を選択した。

 『水』の爆発規模は分からないが、伯爵軍本陣を丸ごと消し去ってしまう規模なのだろう……。


 今回、戦争に投入された伯爵軍は4万5000人。

 陽炎かげろうの情報から、伯爵様が連れてきた軍は4つに分裂した。

 3000人の隊を3つと、1000人の隊を1つ。

 最初の3つは男爵軍の追撃、別動隊の捜索、リグルドの救援。

 残りの1000人は長距離砲台ここの捜索らしい。

 つまり、伯爵軍本陣には1万人の兵士が残っていることになる。


 『水』を伯爵軍本陣に打ち込むということは、この1万人の命が消える……。

 更に、リグルドの隊と救援隊、男爵軍の追撃隊を倒したとして、先発隊5000人を加えれば、伯爵軍の戦死者は3万1000人にも達する。

 これは、伯爵軍全体の68%を失うことを意味する。

 残ったのは、指揮官のいない1万人と捜索隊3000人。

 あと、ここへの捜索隊1000人。合計1万4000人だ。


 ここまでの被害が出れば、軍としては機能しないと思う。

 あとは、国王陛下の特使様が終結宣言を出してくれれば……。

 でも……それでいいのだろうか?

 この方法では、マサユキさんの交渉材料が失われてしまう。

 貴族殺しという汚名を付けられ、3万人を虐殺した悪人として指名手配されてしまわないだろうか?


 マサユキさんはなぜ……諦めの道を選んでしまったのだろうか?

 ……僕には分からない。

 僕は……言われたままに動いていればいいのだろうか……。



 ◇



「なあ? 黒髪?」

「だから、ぬえだって!」

「本当に良かったのか?」

「ここを爆撃しなかったこと?」

「ちげーよ! 伯爵軍本陣を狙うことだ!」

「仕方ないんじゃない? 勝ち目ほとんどないし。伯爵閣下はなかなか頭の切れる人みたいだしね。次の手を打たれる前に倒そうと思ったんだよ」

「諦めるの早くないか?」

「こういうのは早めの判断が肝心なんだ。遅すぎると完全に手遅れになるんだよ」

「まぁいいさ。魔法士アイツらはどうする? 大した数残ってねえし、この鎧があるから余裕だと思うけどよ?」

「まだ待機だ。ろうの鎧はいいけど、俺のは物理攻撃に弱いからね。単なる突撃だと、おまえの負担が大きくなるんだよ。罠の射程圏内まで誘き寄せて、さっきみたいに制圧できれば理想かな?」

「それは分か――ウオオ!」


 ――ズガッアアアアアン! パラッ、パラパラ……


 近くで激しい爆発音と炎が立ち上がり、土煙りが舞う。

 今俺たちは、近くに掘っておいた塹壕ざんごうに身を潜めている。

 横長に曲がりくねるように掘っておいた塹壕ざんごうだが、移動するたびに的確に魔法を撃ち込まれている。

 数メートル先も見えない濃霧の中で、塹壕に隠れて移動してるにも関わらずにだ。


「にしてもよ。どうやって居場所が分かるんだ?」

「さぁね? ビードラが地面の振動を辿って、カーネリアが空気振動で感知してるんじゃない?」

「なら、無駄口は不利だろ――ウオオオオ!」


 爆発が目の前で起き、頭から盛大に土を被る。



 ◇



「右に移動したわ」

「兄貴。また下の方ですぜ」

「分かった」


 サーヴェントは手に魔力を溜め――放つ!

 赤い光が弾丸のような速度で放たれ、遠くで爆炎が立ち上がる音がする。


「ああ、惜しい! ちょこまかとウルサイ奴らね!」

「兄貴。そろそろ俺も殺りたいッス!」

「お前は黙って指示だけしてろ!」

「……兄貴ばかりズルいッス」


 サーヴェントたちは安全策として、遠距離からの魔法攻撃を行っている。

 濃霧で前が見通せない上に、前方を歩いていた隊が撃破されたこともあり、無闇に動けないと判断したのだ。

 手勢として借りた兵士たちが、指示を仰いで来る。


「隊長殿。我々にも指示を」

「……適当にしてろ。夜になったら役目を回してやる」

「はぁ? 夜にですか? まだ夜まで……かなり時間があると思いますが。なぜ攻めないのでしょうか?」

「前方を歩いていた隊は壊滅した。どうやって壊滅したかも分からない場所に、無闇に突っ込むのは無策だ。前に出れないのであれば、出て来てもらうか、疲労を狙うのが確実だ。元々若様の隊は戦況に影響しない。ならば、長期戦を仕掛けても問題がないということだ」

「なるほどです。では、野営の準備に取り掛かります」


 サーヴェントは何度も魔法を放つ。

 かれこれ数時間は同じ作業をしているが、一向に魔力切れに陥らない。

 マサユキも僅かな可能性として魔力切れを狙っているが、その兆しがないことに状況の深刻さを十分理解している。



 ◇



 辺りは暗くなり、そろそろ真夜中になる。

 接敵しこう着状態になってから、約10時間ほど経過している。

 サーヴェントは相変わらず断続的に魔法を飛ばしているが、相手は一向に疲れを見せる気配がない。


「いい加減、休みましょうよ?」

「そうッス! 奴ら尋常じゃないッスよ! それに霧が晴れないのは異常ッス!」

「この霧は何か仕掛けがありそうだな……。奴らに探させるか」

「じゃあ、休んでいいッスか?」

「朝まで休んでおけ。夜中は奴らに調査と攻撃をさせておけばいい」


 リグルドから借りた1000人の兵に指示を出し、サーヴェントたちはテントで休憩を取る。

 その夜は、一晩中兵士たちの声と攻撃魔法が鳴り響いた。

 カーネリアの音響遮断の魔法がなければ、その騒音で寝つけもしなかっただろう。



 ◇



 そして……翌朝。

 音響遮断の魔法の効果で、辺りは静かだ。

 十分な休養を取ったことで、体力も魔力も充実している。

 しかし……事態は急変していた。

 テントから外に出ても、兵たちの声は一切聞こえない。

 ただ、白く濃い霧だけは何も変わらずそこにある。


 サーヴェントは慌ててテントに戻る。

 しかし……カーネリアとビードラの姿がない。

 サーヴェントを残し、すべてが消えてしまったかのようだ……。


「どういうことだ……」


 慌てて野営地を走り回るが、誰一人として見当たらない。

 寝ている間に奇襲を受けたにしては、死体が一つも転がっていないのは異様だからだ。

 遠くの方に、薄っすらだが篝火の明かりが見える。

 もう夜は明けたので、篝火は必要ないはずなのだが……

 サーヴェントはその篝火に向かい、ゆっくり歩き出した。


次回は、水曜日2014/9/10/7時です。

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