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第55話 夜のない戦い

 ――ズドーン! ドドーン!


 大砲の轟音が鳴り響く。

 ワーッ! と兵たちの声が響き渡り、戦場は完全に燃え上がっている。

 伯爵軍は5千ほどであるが、武功を焦った官僚たちが開戦を待たずして攻め入って来たのだ。

 戦況は一進一退で、数的不利にも関わらず男爵軍は善戦していた。


 中央本陣のテントに伝令たちが駆け込んでくる。


「戦況報告! 5番、7番、11番隊に死傷者多数! なんとか戦線を維持していますが、押されつつあります!」

「報告! 12番砲台が破壊されました! 修理不可能とのことです! 魔法による遠距離攻撃です!」

「15番、16番隊を増援に向かわせろ! 魔術士は弓隊で狙え! 他にも魔術士がいないか注意しろ!」

「「ハッ!」」


 シドさんは呆れたような溜息を付く。


「ハァ……まさか奇襲とはな。つくづく嫌な野郎だぜ」

「そう言うでない。相手が少ないのは我らにとっては都合がいい。幸い大砲と弓で応戦できているしな」

「だが防戦一方だぜ? 大砲がスゲーのは認めるけどよ、このままだと負けるぜ?」

「指揮官であるお主が『負け』を安易に口にするな! 戦ってるのは兵たちなのだ!」

「分かってるよ。だが……マサユキの言う通りになったな? アイツはどこまで読んでやがるんだ?」

「分からんよ」

「それにしても……アイツは今どこで何してるんだ? 「前線で大砲の様子を見る」って言って、ずっと戻ってこねーしよ?」

「治療テントではないのか? 確認を取らせよう」

「いやいい! アイツ1人で戦況が変わる訳じゃねえからな。ここは俺たちが踏ん張るしかねえぜ」

「……そうだな」



 ◇



 その頃、ミイティアと一緒に報告に挙がっていた砲台の様子を見に来ていた。

 砲台は伯爵軍の魔術師による火炎魔法で破壊され、現状の資材では修復できそうにない。

 修理を諦め、兵たちの救護をしている。


「兄様! 魔法士は討ち取りました! 私も治療を手伝います!」

「ありがとう。さすがミイティアだよ」

「ウフフフ! 任せてください!」

「ミイティア手を動かして! 今は治療が先!」

「あっ! はい!」


 火炎魔法で火薬に引火し、砲台が破壊された。

 爆発の影響で死傷者が多数出た。

 火傷を負った者、半身を吹き飛ばされ死んでしまった者もいる。

 それほど火薬の爆発力は凄まじかった……。


 治療が終わると、兵士たちはお礼を述べ、体を引きずって前線に戻っていく。

 元々劣勢な上、人数的にもギリギリで戦っている。

 黙って痛みに耐えていることが嫌なのだろう。

 彼らは命だけでなく魂さえ投げ出し、必死に戦っている。

 彼らの護りたいという想いが……痛いほど伝わってくる。


「兄様。一度テントに戻りません?」

「いや、俺は見届けたいんだ。本陣テントに行っても、今はやることがないしね。ミイティアも好きにしていいよ」

「私は兄様の護衛です! 好きにしていいなら護衛を続けます!」

「ミイティアが1人でも多く倒せば、それだけ皆さんが楽になる。無理をする必要はないけど、今は皆さんのために動いて欲しいんだ」

「……分かりました。あまり遠くに行かないでね?」

「うん。俺はこの辺で治療を手伝ってるよ」

「はい!」


 ミイティアは前線に駆けて行った。

 辺りを見渡す。

 矢が刺さり痛みに苦しんでいる者。重症を負い瀕死の者。死んでしまった者。

 まさに、鉄と血と泥の匂いがひしめく戦場である。

 考えるのを止め、治療を続ける……。



 ◇



 ここは伯爵領のリグルドの部屋。

 部屋には高価なお香が焚かれ、甘い香りと……異臭が漂う。

 天涯付きの大きなベットには、リグルドが素っ裸で大の字に寝転がり、「ンガアアアッ! グガアアア!」 と、うるさいイビキを立てている。

 ベットは汗やら唾液やらでぐっしょり濡れ、リグルドを中心に異臭を放っている。

 その原因の大半はリグルドの汗ではあるのだが、暇さえあれば抱いている下女たちの物も含まれる。


 彼には特殊な性癖があり、若い女たちを縛り上げ、強引に自分の老廃物を飲ませていた。

 時には、調教という名の拷問を四六時中行い、死亡させてしまうこともしばしばある。

 鬼畜を軽く通り越し、悪魔とも言える蛮行を繰り返していた。

 そんな悪臭が漂う部屋で、平然と寝ているのである。


 先発隊は既に出発しており、日程から考えてもそろそろ戦闘に入っている。

 リグルドも出陣する予定ではあったのだが、色々ケチを付け、出発予定日をズルズルと遅らせていた。


 ドンドンドンドンッ! ドンドンドンドンッ!


 誰かがドアを強くノックしている。

 惰眠を邪魔され、リグルドがイラつくように叫ぶ。


「ウルサイ! 邪魔をするな!」


 ドアのノックはそれでも止まらない。

 むしろ、さっきより大きく強い音になった。

 いい加減頭に来たリグルドは布団から抜け出し、叩かれ続けるドアを勢いよく開ける。


「ウルサイって言って……って、なんだお前らか」 


 そこには、サーヴェントとカーネリアがいた。

 ビードラは少し遠くの方で様子を見ている。

 サーヴェントは素っ裸のリグルドを見ながら、ヤレヤレという感じで話し出す。


「もう十分楽しんだろ?」

「そりゃーもう! まだまだ遊べるよ! ……そうだ! カーネリアちゃん、今度僕と遊ぼうよ!」

「嫌ですわ! いくら金を積もう――ああ、でも! 私の好きにしていいなら構わないわよ? まずはその粗末な――」

「カーネリア! 悪ふざけはやめろ!」

「ちぇ~」

「若様よ。俺たちはアンタの護衛だ。アンタが出発しねえと仕事が終わらねえ。さっさと準備してくれ」

「ウルサイなぁ! 後にしてよ!」

「……俺たちを舐めてるのか?」


 急に態度を変えたサーヴェントの言葉に、リグルドは滝のような汗を流す。


「そ、そ、そんな。そん、そんなことないよ!! 準備するから待ってて!」


 ドアを勢いよく閉め、逃げるようにクローゼットに向かう。


「クソッ! 戦争が終わったら、絶対アイツら……死刑だ!」



 ◇



「リグルドよ」


 遅い朝食を取っていたリグルドに伯爵閣下が話し掛ける。

 リグルドは相変わらず汚く食い散らかしながら、間の抜けたような返事をする。


「(ニチャッ)なぁに~?」

「お前は迂回して男爵領を直接攻撃するのだ。ワシは開戦予定日に合わせて正面から挑む。先発隊が片づけ終わってるかもしれんが、お前はイーリスを確保するのだろ? 自分の力で捕らえてみるのだ」

「分かったよ! 初めての戦場だけど、楽しめるといいなぁ~」

「蹂躙戦は楽しめると思うぞ? 残っているのは平民だけだと思うが、すべて焼き払え」

「うん! 任せて!」


 リグルドは食事を取った後、大きな馬車に乗り込む。

 サーヴェントとカーネリアも同席しているが、ビードラだけは御者台に座っている。


「若様よ? 雇い主に言うことじゃねえと思うんだが……クセエぜ?」

「臭い? この高貴な香りが分からないって言うの? はぁぁ……。これだから庶民は……。これは遠いケープの街から取り寄せた希少な香水だよ。君たちみたいな庶民には分からない香りなのさ」

「そうじゃねえんだが……。カーネリア頼めるか?」

「いいわよ。1枚ね!」

「チッ!」


 サーヴェントは舌打ちをし、カーネリアに金貨を手渡す。


「まいど~」


 カーネリアは窓を少し開け、杖を取り出す。

 詠唱を始め、杖の先端でサーヴェントを取り巻くように大きく丸い円を描き始める。

 そして、窓の外に杖を向ける。

 最後に「んっ!」 と少し唸ると、不自然な流れの風が吹く……。

 サーヴェントはやっと異臭から解放され、緩やかな風を受け気持ちよさそうにしている。


 リグルドはそのやり取りを見ていたが、訳が分からない様子である。

 魔法の存在は知っている。

 しかし、普通とは違った使い方をしているため、何をしていたのか分からずにいた。

 思ったままに質問する。


「ねえ? 何したの?」

「ちょっと快適にしただけだ」

「快適? ……少し風が気持ちいい気もするけど? ねぇ、何したの?」

白金貨はくきんか1枚で教えてやってもいいぜ?」

白金貨はくきんかねぇ~。大した額じゃないけど……なんかヤダな。教えてよ!」


 サーヴェントは表情を変え、リグルドを睨む。

 リグルドはまた滝のような汗を流す。

 自分には1万近い兵が付いているというのに……この密閉された馬車だけが世界とは隔離され、逃げ場がないような感覚に襲われている。

 何に脅えているのかは分からないが……本能的に危険を察知し、リグルドはそれ以上何も話さなかった。



 ◇



 何度か野営を繰り返し、あと2日で男爵領に到着する所まで着いた。

 進軍速度は遅いが勝負の見えた戦いのため、兵たちも緊張感なく進軍していた。

 そこに伝令を携えた早馬がやってきた。


「伝令! 伝令! リグルド様はおせられるか?」


 御者台に座っていたビードラが、暇つぶしとばかりに立ち上がり、報告を受けようとする。


「俺が話を聞いてやるぜ?」

「貴様は傭兵だろ! 引っこんでろ!」

「はぁ? テメェ舐めてるのか? ぶっ殺すぞ?」

「黙れ! 今は貴様と相手してる時間はない! リグルド様に至急ご報告をしたい」


 埒の明かない会話に、連絡兵は隣の御者台に座っていた兵士に話を振る。


「分かった! 今お呼びする。しばし待たれよ」

「頼む。緊急のご報――ウッ!」


 ナイフが連絡兵の喉元に突き刺さり、血飛沫が舞う。

 連絡兵は呻き声も上げられず、馬からズリ落ち絶命してしまった……。


「なっ!? 貴様ー! なに、を……」


 ビードラが無視されたことに苛立ち、持っていたナイフを連絡兵に投げ付けたのだ。

 ビードラは御者台の兵士を気持ち悪い顔で睨み付け、脅す。


「ねぇ? ……オマエも死にた~い? ねえねえ? 死にた~い?」


 御者台に座っていた兵士は脅え、ビードラから距離を取ろうとする。

 しかし、足を滑らせ馬車から落ちてしまう。


 ガタッ! ゴト、ゴトトト!

 馬車が上下に激しく揺れる。


「何だ!? 急に揺れるからビックリしたじゃない!」


 馬車が止まり、中からリグルドが出てきた。

 馬車の後方を振り向くと、御者台に乗っていた兵士が地面に転がっていた。


 後方を護衛していた兵たちは、予想だにしない事態に呆然としている。

 そしてその視点は、ビードラに向かっている。

 ビードラはソッポを向き、適当に報告する。


「御者をしてたやつが居眠りしてて、落ちたんスよ。どうやら死んじまったみたいッスね?」

「本当か!?」


 リグルドは周りの兵たちを見渡すが、兵たちは素知そしらぬ顔をしている。

 なぜなら……ビードラがナイフをギラつかせ、「言ったら殺す!」 と目で脅しているからだ。

 サーヴェントは事態を察知し、リグルドに進言する。


「若様よ。さっさと御者の代わりを用意しようぜ? 人が1人2人死のうが、これから何千と殺すんだ。それに目的もあんだろ?」

「んー……。そうだね! お前、御者をヤレ!」


 そう言って、近くにいた兵を指名する。

 しかし、その兵は顔を強張らせ命令を拒否する。


「わ、私には無理です!」

「なら死刑!」


 近くにいた兵が「すまない」という顔をしたあと、バッサリ切り捨てた。


「ちょ! ここで死刑にするなよ! 遠くでやってよ! まったくもぉ……。さっさと御者を用意しろ!」


 御者を新たに用意させ、馬車を走らせる準備をする。

 リグルドが馬車に乗り込み、サーヴェントも乗り込もうと馬車に足を掛けた時……少し動きを止める。

 そして、御者台で踏ん反り返っているビードラに一言言う。


「余計なことで立場を悪くするな」

「分かってるッスよ。今度から気を付けますって」

「お前の今度は……いつだ?」

「さあ?」

「舐めてるのか?」

「わ、分かってるッスよ! 兄貴も人が悪いなぁ~」


 馬車は再び走り出す。何事もなかったのかのように……。



 ◇



「リグルドとはまだ連絡が取れんのか!?」

「ハッ。何度も伝令を送っていますが……」


 伯爵閣下は焦っていた。

 前線から先発隊が全滅したという報告があり、別動隊の第二陣、第三陣とも連絡が取れなくなっているからだ。 


「どういうことだ!? 先発隊は押し切ったというのに、全滅とは……。それに別動隊まで連絡が取れんとは……」


 状況が急変したのは、伯爵閣下が出陣して3日目。

 あと1日で戦地に着くという位置で野営をしていた時だ。

 先発隊の戦闘は2日間こう着状態が続き、やっとのことで本陣近くまで戦線を押し上げた。

 男爵軍は敗走を始め、あと一歩で全滅に追いやれると思った矢先……先発隊が全滅したと言うのだ。

 同日、男爵軍の側面、及び背後からの挟撃を狙っていた第二陣5000と、第三陣5000とも連絡が取れなくなった。

 全滅した訳ではないようだが……連絡が一切できなくなったのだ。

 そして、男爵領に直接攻撃仕掛けるために移動していたリグルド軍10000とも、突然連絡が取れなくなったのだ。


「閣下! ここは一時撤退し、出直しましょう!」

「貴様! リグルドを見捨てろというのか?」

「いえ……。相手が広域破壊魔法を使った可能性がございます。禁術を使ったとなれば、国王陛下にも申し開きが立たないはずでございます」

「うぐ……。禁術は何度も使えぬはずだ! 今は攻める時じゃ! 今すぐ出陣するよう全軍に伝えるのじゃ!」

「ハッ!」



 ◇



 リグルド軍は、相変わらず状況も分からないまま進軍していた。

 夜半から大雨が降り出し、雨を凌いだ後に進軍を始めたところだ。


「随分濃い霧だな? 雨上がりにしちゃ……ちょっと異常だぜ?」


 濃霧で目の前すら見えない中、突然馬車が止まる。

 その事態にリグルドは声を荒げる。


「何で止まった!? 今度は何だって言うんだ!?」

「確認中でございます。しばしお待ちを」


 しばらくし、前方の隊から伝令がやってきた。


「報告! 黒ずくめの2人組が前方を塞ぎ、進軍を阻害しています! 至急、増援をお願い致します!」

「ん? ……どういうこと?」

「ハッ! 片方が大きな剣を持ち、片方が弓とも投剣とも判断のつかない攻撃を仕掛け、先方隊1000人と交戦中です。しかし、既に半数以上討ち取られ、劣勢の状況です。なにとぞ増援をお願い致します」

「ふーん……。さっさと殺してよね」

「ですから、増援をお願いしたく……」


 リグルドの無能さにサーヴェントが進言する。


「若様よ。1000ほど手勢を貸してくれ。ここは俺たちがやるぜ」

「そう! じゃあ、任せたよ!」


 リグルドはサーヴェントたちを厄介払いできると喜び、さっさと指示を出す。


「ん~? サーヴェント? 出番~?」

「カーネリア、お前もさっさと支度しろ。強敵らしいぜ?」

「兄貴! 俺が殺っちまってもいいッスか?」

「とりあえず様子見だな。相手の出方次第だ」

「俺の分も残してくださいよ~?」

「さっさと、支度しろ!!」


 サーヴェントはビードラを蹴り上げ、急いで支度させる。

 幸い標的は位置を変えていないようだ。

 ボンクラ(リグルド)の隊を迂回させるにも、追撃して来ないなら持久戦という手もある。

 だが……たった2人で1000人を相手取るとは……。

 疑問を抱きつつも、平然と準備を進める。



 ◇



「なぁ黒髪? 奴ら迂回するんじゃねえか?」

「ちゃんと名前呼んでよ」

「うっせーな! 誰も聞いちゃいねえよ!」

「とにかく! この格好の時は『ぬえ』で通してくれ!」

「ワーたよ! まったく……俺の名もマシにして欲しかったぜ」

「『ろう』はそんなに嫌? なかなかカッコイイけど?」

「今さらだが……センスの欠片もねえな」

「……い、いいじゃない! こんなの通称だよ! 裏の仕事で表の名は出さない。これジョウシキ!」

「ワーてるって言ってるだろ!」


 俺とガルアは男爵軍とは別行動をしている。

 なぜ、本陣にいるはずの俺がここにいるのか?

 それは……


「でよ? ここを塞いでても迂回されちゃ意味ねえんじゃねえか?」

「どうだろね? 連絡手段は封殺してるし、何の情報もなければ進軍するでしょ? 進軍するなら経路は限られてくる。あとは勝手に罠に掛かってくれるよ」

「そうは言うがなぁ……」

「西側から回り込もうとしてた別動隊は嵌ったでしょ? 人間の心理なんて単純だよ」

「お前……本気になった途端にますます黒くなったな?」

「元からだよ。今さらじゃない?」

「ん? まぁ……。今さらか」


 西側から攻め込もうとしていた別動隊10000は、恐怖回廊フィアーズトラップに嵌めた。

 フィアーズトラップとは、恐怖で心理的束縛をする罠である。


 まず、指揮官を長距離から狙撃し、殺す。

 序列に従って入れ替わる指揮官を、また殺す。

 指揮系統が分断され闇雲に攻撃を始めたら、ほぼトラップ完成。

 地中に埋めてある地雷を遠隔操作でスイッチを入れ、一定範囲内から出る敵を爆殺する。

 つまり、地雷原に別動隊を孤立させたのだ。


 あとは潜り込ませた諜報員に恐怖をあおらせ、戦争が終了するまでその地に留まらせる。

 地雷は単純な感圧式ではないので、仕組みを知らなければ撤去も解体もできない。

 無理強いをする指揮官がいなければ、「地雷を踏んで死んでこい」という指示は出せない。

 おのずと保身に心理が動く。

 つまり、『死にたくなければ動くな』という暗示を刷り込ませ、1万もの人間をその地に釘付けにしたのだ。


 この戦争はハッキリ言って意味がない。

 大半の兵は『命令』という『横暴』に屈し、嫌々ながらも参加している。

 横暴を利かせる指揮官がいなければ、戦う気は起きないのだ。


「こっちの奴らも、フィアー……なんだっけ? 罠に嵌めれば良かったんじゃねえか?」

「それじゃリグルドを捕らえられないよ。あの罠は指揮官を殺すことで、横暴な命令を止めることに意味がある。リグルドが生きている限り、罠としては成立しないんだ。それに、ビリアの情報では強力な魔法を使う魔術士が護衛に付いてるらしい。爆炎使いのサーヴェント。風使いのカーネリア。土使いのビードラ。この3人は罠に嵌めたところで抜け出すよ。特にビードラは厄介だ。性格もそうだが、土人形を利用して実験を繰り返せば、簡単に気付いてしまうと思う。カーネリアも魔法の使い方次第では地雷の撤去が可能だ。それに気付くかは分からないが、サーヴェントは頭の切れる奴らしいからね。2人の排除が必須だと思うんだ」

「なら、俺がサーヴェントを倒せばいいのか?」

「いや……簡単に倒せる相手とは思えない。情報が足らないんだ。サーヴェントの使う『爆炎』の正体が分からなかった。普通は炎使いと呼ばれるけど、爆炎となると……親方さん以上の炎使いの可能性があるんだ」

「親方以上だと?」

「俺も、親方さんの力のすべてを知ってるわけじゃない。力に見合った称号だとは思ってないけど……かなり狡猾こうかつな男らしい。この霧もあまり効果がないかもしれない」

「なるほどな……」


 リーン! リリーン!


 鞄から鈴の音がする。

 通信機の呼び出し音である。

 鞄から通信機を取り出し、応答する。


「状況は?」

「フタテニワカレタ。……ホンタイハ、ウカイ。……マジュツシハ、ノコッタ」

「分かった。追尾を、続けてくれ」

「リョウカイ」


 通信は切れた。

 この通信機は仕組みとしてはいいのだが、まだまだ改善の余地がある。

 改善はこの戦いに勝たないとできないが……仕方ない。


「予定通り魔術士ヤツらが残ったな」

「ああ。警戒しよう」


 濃霧の中、しばらく静かなこう着状態が続いた。



 ◇



 その頃、男爵軍は集合地点に向けて撤退していた。

 昼夜問わない戦闘に疲れ果て、多くの怪我人と非戦闘員の民衆を抱えた男爵軍は……もう戦闘を続けられる状況ではない。

 僅かな逆転の可能性に賭け、マサユキが指定した集合地点に向かっているのだ。


「皆の者! もう少しだ! 山を2つも越えれば拠点がある! もう少し踏ん張ってくれ!」


 男爵様は疲労困憊ひろうこんぱいでありながらも、懸命に皆を鼓舞し続けている。

 フラフラと倒れそうになる男爵様を、ゴルドアさんが受け止める。


「閣下! 少しお休みになったほうが」

「ゴルドア。私はいいのだ。他の者に手を貸してやってくれ」

「しかし――」

「ゴルドア。……お主とは長い付き合いであったな。今さらでもあるが……巻き込んでしまって、すまなかった」

「閣下……。私は閣下に最後まで付いて参ります。どこまでも」

「ゴルドア……すまぬ」


 ゴルドアさんは、周りの目もはばからず男泣きしている。

 周りにいた兵たち、民衆たちもその姿に励まされ、声を出し合い懸命に山道を登る。


 民衆を先導していたシドさんが足を止めた。

 そして、状況を確認するために振り返る。


「大分疲れが出てきているな……。マサユキ!」


 少し後を付いて歩いていたが、連戦の疲れでシドさんが何を言ってるのか分からない。

 ミイティアが声を掛けてくる。


「兄様、大丈夫?」

「大丈夫……」

「シド様が呼んでます。もう少しです。頑張りましょ」

「はい……」


 やっとシドさんに追いついた。


「マサユキ。お前が何かしらの方法で、陽炎かげろうと連絡を取ってるのは分かってる。状況を聞けないか?」

「分かりました。少し待ってください」


 鞄から通信機を取り出し、陽炎かげろうを呼び出す。


「ナンデショウ?」

「こちらへの、追撃は、どうなってる?」

「ドッチノ?」

「男爵軍、への、追撃です」

「ツイゲキハ、アリマセン。シンロサキモ、テキナシ」

「分かった。何か、動きがあったら、言ってくれ」

「リョウカイデス」


 通信しているのを見ていたシドさんが、どうやって通信しているかという疑問を無視し、会話で気付いた疑問を聞いてくる。


「「どっちの?」 ってどういう意味だ?」

「……戦線はここだけじゃないからですよ。別動隊とも連絡を取ってますし、ややこしかったんですよ」

「まぁいい……。おい! 野営の準備を始めろ! 連絡も忘れず回せ!」


 シドさんの部下たちは疲労した重い体に鞭打ち、後方に向かって駆けて行く。

 やっとひと息付けるからか、急に眠気が襲ってきた。

 ミイティアが心配そうに声を掛けてくる。


「兄様はここ休んでいてください。私はシド様を手伝ってきます」

「俺も手伝うよ」

「兄様は休んで! 休める時に休む! それは兄様が教えてくれたことでしょ?」

「……そうだったわね。ミイティアも無理しないで」

「……行ってきます」


 ミイティアは、マサユキの『だったわね』という言葉に疑問を感じていた。

 ここ数日間。兄様の振舞いは変だった……。

 あの一言で確信したけど……今はそれどころじゃないわ!

 ミイティアは考えるのを止め、シドさんの元に走る。


次回、水曜日2014/9/3/7時です。

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