第54話 様々な思惑
途中ジールさんたちと別れ、予定通り男爵領に着いた。
街は閑散とし、住民の姿は見当たらない。
ほとんどの住民は避難を終えたのだろう。
結果が見えた戦いなのだ。避難することは当然の選択であり、彼らの選択を揶揄することはできない。
館に到着すると、いくつもテントが張られていた。
設備からして医療用のテントだろうか?
しかし、働いているのは貧民たちばかりで、医者や看護士の姿は……なかなか見当たらない。
一人だけ白衣の女性が見える。
彼女はたった一人で、懸命に人々に指示を出している。
人々も彼女一人に責任を押し付けまいと、不慣れながら懸命に働いている。
色々手助けしてやりたいところだが……今はやることがある。
「こんにちわ、キリルさん」
「えっ!? ……マサユキさんですよね? どうして? それにお嬢様まで……」
「不毛な戦争を止めるためにですわ」
「…………」
イーリスお嬢様の意味深な発言に、キリルさんは困惑している。
その反応は仕方ない。
俺たちの行動は完全に予定外だからだ。
「アクトバー先生もいらっしゃるのですか?」
「ええ……。先生は館で男爵様とお話をされているはずですが……」
「ありがとう」
状況に戸惑っているキリルさんを残し、館に向かう。
館の応接室では、男爵様とアクトバーさんが何やら話し込んでいた。
話が終わるのも待たず、割り込んで挨拶する。
「こんにちわ」
「なっ!? マサユキ殿! それにイーリスまで! どうしたと言うのだ?」
「戦争を止めに来ました」
「な、何を言っておるのだ!? もう止められないぞ?」
「お父様。マサユキ様のお話を聞いて頂けないでしょうか?」
「むぅ……」
「無駄な足掻きかもしれませんが……俺はこの戦い、無意味だと思ってます」
「無、意味だと?」
「ええ、無意味です。勝っても負けても何の利益にもなりません」
「……それは商人としてか?」
「お金の話をしに来たつもりはありませんよ。大砲のお代は頂いてませんけどね」
「それを言われると……痛いな」
「ともかく、シドさんたちを集めて提案を聞いて頂けませんか?」
「だが……なぜこの時期なのだ? 村に送り返して大分経つというのに……」
「感情論で訴えることには、説得力がないからです。どんなに正論であっても、納得できる用意がなければ邪魔以外の何物でもありません。時間は取らせません。話を聞いて頂くだけでも構いません。お願いします」
「……分かった」
男爵様は渋々ながらも会議の準備を始めてくれた。
様子を伺っていたアクトバーさんが声を掛けてくる。
「お久しぶりです。マサユキ殿」
「お久しぶりです。アクトバー先生。先ほどは話に割り込んでしまい、失礼致しました」
「大丈夫です。治療の段取りを確認していた程度です」
「それは良かったです。ご紹介が遅れました。こっちがラミエールです。ラミエール。この方がアクトバー・ミルガン先生です」
「ご紹介に預かりました、ラミエールでございます」
「おぉ! 噂は兼ね兼ね伺っております! ここまでお若い方だとは思ってもいませんでした」
「私はまだまだ未熟です。先生が思われているほど、立派な医者ではありませんわ」
「ご謙遜が過ぎます。ラミエール殿の治療薬は素晴らしいの一言です。良く効く上に安い。おかげで多くの患者たちが救えました。患者たちもラミエール殿には感謝しています」
「それは見当違いますわ。先生の豊富な経験と知識、確かな技術があるからこその結果です。それに、先生からご教授頂いた医療知識こそ素晴らしいものばかりです。私こそ先生には感謝するばかりです」
「私の知識など些細な物でございます。ラミエール殿こそ――」
2人がいい感じで話してるところだが、話に割り込む。
「お話中失礼致します。先生、治療薬の方は足りていらっしゃいますか?」
「……いえ。男爵様に資金援助して頂いたのですが……思うように集まりませんでした」
「では、丁度良かったです。十分な量の治療薬を持って来ましたので、遠慮せず使ってください」
「……ど、どうやって入手されたのです? 方々手を尽くしても手に入らなかったのに……」
「半年前から備蓄してただけですよ。今の時期に買えないのは、買占めされてしまったのか、売らないよう先手を打たれたからでしょうね」
「やはり、そうでしたか……」
「とりあえず、3000人分の治療薬を用意しました。他にも包帯や消毒薬、医療道具なども用意しました。表の荷馬車に詰み込んでありますので、あとで確認をお願い致します」
「3000人分とは……大分多いようですが?」
「怪我人は兵士だけとは限りませんからね。十分とは言えませんが、簡単には足らなくならない量だと思っています」
「……ありがとうございます」
「そういえば、他にお医者様はいらっしゃらないのでしょうか?」
「皆、避難したのだと思います。このテントには、私とキリルだけしかおりません」
「不躾な質問になりますが、先生方はなぜ残られたのですか?」
「青臭い台詞ですが、医者として責任を放棄したくない……からだと思います。危険なことは十分承知しています。しかし、可能な限り救いたいのです」
「先生。その心掛けは良いと思います。しかし、死ぬ覚悟で治療に当たってはいけません。例え治療を中断させることになっても、生き延びねばなりません。でなければ、救ったはずの患者たちを殺すことになります。厳しい言い方にはなりますが、切り捨てる覚悟が必要です」
「切り捨てる覚悟ですか……分かりました。いえ、頭で分かったという程度で……」
「今はそれで十分です」
アクトバーさんは、いずれ来る決断に戸惑っているようだ。
ラミエールの肩をポンッと軽く叩く。
「ラミエール。避難経路の確認や、治療の段取りのフォローは任せていいかな?」
「分かりましたわ。オルド、ゲルト行くわよ!」
後をラミエールたちに任せ、館の外に出る。
外は曇っており、そろそろ雨が降ってきそうだ。
遠くの方から執事さんが走ってきた。
「マサユキ殿。お久しゅうございます」
「執事様もお久しぶりでございます」
「…………」
執事さんは顔をジッと見詰め、少しだけ不思議そうな顔をしている。
「執事様。どうかされましたか?」
「……いえ、何でもございません。会議の準備ができました。会場はいつもの場所でございます」
「分かりました。ありがとうございます」
「はい。ご健闘をお祈り致します」
執事さんに見送られ、シドさんのアジトに向かう。
◇
シドさんのアジトは武器や物資に溢れ、重装備の仲間たちが忙しなく動いていた。
「よお、来たな! あのまま引っこんでればいいものを!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか! 仕事は最後までキッチリやりたいんですよ!」
「……まぁいいか。上で話そうか? ここは関係ねえ奴も多いからな」
店に移動する。
「さて、揃ったことだし、話を聞こうか?」
「まず……この戦いは無意味です。勝っても負けても得られる物はありません」
「勝てば伯爵を倒せるぜ?」
「本当にそれが狙いですか?」
「狙いも何も、最初からそういう話だったじゃねえか?」
「じゃあ、ビリアはご存知ですよね?」
「……知らねえな」
「俺がこの名を出した時点で、シドさん。あなたの負けです。……意味は分かりますよね?」
「何が言いたい?」
「マサユキ殿。私にも分かるように説明してくれ」
イーリスお嬢様が立ち上がり、事の始まりを説明する。
「理由は私から話しますわ。お父様が私にくださった美容液は、シドより受け取った物でしたわよね?」
「フェデルクとの交渉に、シドも立ち合った程度だ。シドから受け取った訳ではない」
「方法までは分からないのだけど、美容液をすり替えたのだと私は思っています。もしくは、フェデルクに指定の美容液を渡すように指示を出したのでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はそんなことやってねえぞ? 変な言い掛かりはやめてくれ!」
「シド。私はあなたを疑いたくありませんでしたわ。でも……マサユキ様が集めてくださった情報から、この可能性が最も高いの。美容液には毒が混ぜられていました。幸い火傷程度で収まったけど、もしもシドが私を殺そうと画策したのなら、随分お粗末なやり口ですわ。でも、あなたがそれを見落とすとは思えない。あなたはこれまで幾度となく、誰も気づかない攻撃を凌いできました。そんなあなたが見落とす訳がない。なら、別の意図があったと考えるなら筋が通るの。まるで事前に準備していたかのようにマサユキ様の治療の噂が舞い込んだし、美容液を作ったのもマサユキ様だと断定していたもの。話を持ち込んだのも、シド。あなただったでしょ?」
「それは……製造元に責任を取らせればいいと思ったからだ。治療の噂は小耳に挟む程度だったが、王都に出向く前に金を調達できればと思っただけだ」
「では、お父様とマサユキ様の戦いを見物してたのは、なぜ? まさか、潜入して奇襲を狙うため。なんて、言わないわよね?」
「…………」
シドさんは黙り込んだ。
シドさんの部下たちも、シドさんの不穏な振舞いに戸惑っているようだ。
「シドさん。俺は4ヶ月近く事件の調査を続けてきました。でも一向に証拠が見つからない。シドさんは知略タイプの人間です。そして裏の仕事もしている。そのシドさんが手を打てない状況とは? と考えたのです。考えてみれば、敵が伯爵様だと分かっていながら手を打たなかった。これが変です。敵が分かっているなら、裏の仕事として処理すれば済む話ではないのですか?」
「マサユキ殿。さっきからシドばかり責めているようだが……どういうことなのだ?」
「結論から言うと――」
話を遮ってシドさんが叫ぶ。
「もういい!」
その一言に皆静まり返る。
「認めるってことですね?」
「ああ……」
「じゃあ、俺の推論を話しますね。シドさんが狙ってるのは『革命』です。……そうですよね?」
「……ああ。俺たちはこの国のやり方が気に入らねえ。だから……ぶっ壊してやる!」
「シド、お前……」
「ユイルには悪いと思ってる。だが……俺の仲間は無残に奴らに殺された! リザリーも……」
「リザリーとは、昔お前が付き合っていた女の名か?」
「そうだ。伯爵の下女として召し上げられそうになって、それを拒否しただけで……殺された。貴族ってのはみんなそうだ! 俺たちの都合を無視して権力を振りかざしやがる! だから、国をひっくり返してやろうと思ったんだ!」
静かに話を聞いていたが、
「シドさん。復讐を革命の理由にして、状況に盲目になってません?」
「何がだ!? お前だって盲目もいいところじゃねえか! ここで事実が分かったからと言って、今さら戦争を止められるわけねえじゃねえか?」
「落ち着いてください。俺がわざわざ不利益になる情報を伝えに来たとでも思ってます?」
「お前が何をしたいのか、サッパリ! 分からねえからじゃねえか!」
「ですから、戦争を止めに来ました。付け加えると、この戦いで『派生する戦争』を止めます」
「派生? ここ以外でも戦争やってるってのか?」
「じゃあ逆に聞きますけど……。以前起きたという戦争は、『何が発端』で『どうやって終わった』か説明できますか?」
「んーなの分かるかよ!」
「マサユキ殿。私もそれは知らぬのだ。教えてくれ」
「引き金となったのは、国家間の貿易絡みだと聞いています。利権の問題で喧嘩が起こり、それが商団単位、街単位、そして国家間の問題に膨れ上がりました。何事も争えば戦争に繋がるということではなく、国家間での協定が曖昧なことで戦争は引き起こされました。現在の状況も国内のこととはいえ、領地同士の協定が曖昧なことで引き起こされています。これは本来、国王陛下の不始末なのです。しっかりとした協定を組んでいれば、止めることもできました。事前に察知することも可能でした。では『どうやって終わったか』と言うと、英雄と呼ばれる者の存在です。彼らは強力な力で強引に戦争を止めました。結果的に戦争は終結しましたが、国家間の問題は依然として解決していません。つまり、戦争は『止め方』が重要なのです」
「言わんとすることは分かるが……それは国王の問題だろ? 俺達には関係ねえじゃねえか?」
「立場が違うというだけで、やってることには変わりありません。状況も似てるじゃないですか? 男爵様を国王陛下と見立て、シドさんを商団の頭だとします。商団のメンバーが殺され、国王陛下に頼った。結果、領地間という国家間の戦争が起きた。……話は戻りますが、『同じ事が起きない』ためには、領地間の協定を見直すことが重要です」
「じゃあ、俺の恨みはどうやって晴らせばいいって言うんだ?」
「結論から言えば、晴らせません。俺の言ってる事の意味が分かるなら、それくらいは分かりますよね?」
「くっ……」
シドさんは反論できず、黙り込んでしまう。
男爵様も、突き付けられた状況の複雑さに戸惑っているようだ。
「とはいえ、戦争になるまで手を打たなかった……俺が……一番罪深いです」
「お前は関係ないだろ? お前は依頼でここに来てただけだ」
「その通りだ。その推察には感服するが、それは私が負うべき責任だ」
「いえ……。意図的に見過ごしていました。国内で内戦があること自体異常だと、最初から気付いていました。そして戦争が起きてしまえば、『都合の良い交渉材料』が得られるとも思っていました」
「つまり……お前は国を変えるって言うのか?」
「作り変えるとまでは言いませんが、良い方向に向かうキッカケ作りくらいはしてみたいと思ってます」
「何をやろうと言うんだ?」
「やっと本題に入れそうですね。フフフフ」
討論で押し勝ったこともあり、ニヤニヤとシドさんを眺める。
シドさんは大きな溜息を吐き、「さっさと話せ」と催促してくる。
「まず男爵様。この戦い、争う理由は無くなりましたよね?」
「う、うむ……。イーリスのこともそうだが、バリスデン伯爵閣下とは争う理由は無くなったな」
「では、伯爵様との話し合いのテーブルが用意されれば、応じて頂けますか?」
「それは構わんが……可能なのか?」
「可否の問題ではなく、話し合いのテーブルに着くという『意思』を確認したかったのです。話し合いにも応じない輩なら、俺は見捨ててましたよ」
「そうか……」
「次に話し合いとは別件で、戦争終結後に裁判を行います。国王陛下には提案してあるので、特使の方が裁判を見届けます。これは戦争を引き起こした罪を問う物です」
シドさんの顔を見る。
ジッと話を聞き、落ちつているようだ。
「シドさん。戦争を引き起こした罪という意味で、シドさんとビリアを裁判に掛けたいと思っています」
「言ってる意味は分かる。確認を取る必要はないぜ」
「では、ビリアはご存知なんですね?」
「ああ……。顔を知っているという程度だがな」
「そこでお願いなんですが……ビリアと交渉できませんか? 今回の戦争に便乗して乗っ取りを企まないで欲しいと」
「……いいだろう。だが、うまくいくとは思えねえぞ? それに、今は伯爵領には入れねえだろ?」
「陽炎を使ってください。彼女に依頼すれば、あとはうまく交渉してくれます」
「お前! まさか――」
「それ以上は言いっこなし! ですよ?」
シドさんは黙り込んだ。
シドさんの部下である陽炎を、思い通り動かせることに気付いたからだろう。
男爵様をジッと見詰める。
「次に、男爵様の爵位を返上して頂きます」
「なっ! ……仕方あるまいな」
「アッサリ認めてしまいますね?」
「私は領主として相応しくないということであるな?」
「そうではありませんが……これは特使の方次第だと思ってます。我々は相応のリスクを負って戦います。その代償。と思えば、この提案は安いのではないでしょうか?」
「そうかもしれんな……」
「他にも特使次第という案件がありますが、明確なお返事を頂けなかったので、後のお楽しみです」
「お楽しみって……まぁいいさ! 俺は構わねえぜ」
「私もだ。できれば、領民のために懸命に働いてくれる新しい領主を願う」
とりあえず、条件は飲んでもらえたようだ。
「では、作戦説明をします。恐らくですが……伯爵様は奇襲して来ると思います」
「奇襲だと!? 開戦予定を決めたのは奴なのにか?」
「伯爵様に騎士道精神があれば、戦いの前に交渉の余地くらいは与えてくれますよ。でも、そんな確率の薄い手段に頼るのは愚かです。一応言っておくと、男爵様に伺ったのは『領主としての素質』であって、『手段』ではなかったんですよ」
「……分かった。続けてくれ」
「作戦は単純! 目の前の敵を倒してください」
「別動隊は警戒しなくていいのか?」
「それは俺の別動隊が潰します。ですので無視してください」
「……まぁいいだろう。俺たちが正面の敵を倒して、お前たちが別動隊を倒すってわけだな?」
「はい。正面から来る敵は物量任せの突撃だと思うので、大砲と弓で応戦すれば凌げると思います」
「規模はどれくらいになりそうなんだ?」
段々説明がややこしくなってきたので、地図を広げ説明を続ける。
精密な地図にも驚かれたが、伯爵軍の戦力分析。物資状況。別動隊の経路予測と規模。対処方法など、詳しく説明する。
◇
男爵領と伯爵領の中間地点では、ジールさんたちが塔を組み建てていた。
塔の頂上に機材を取り付けている最中である。
「よーし! 偽装を始めろ!」
「うぃぃぃ!」
ジールさんの掛け声で、木の枝などで塔の偽装を始める。
塔と言っても、あからさまに目立つ建て物ではない。
前線と後方を繋ぐ中継機さえ設置できれば良く、機材が目立たないように偽装しているのだ。
眺めの良い塔の頂上にいたドレンさんが、遠くに何かを見つけた。
「隊長、アレ……何ッスかね? 魔獣ッスか?」
「ん? どこだ?」
指差す場所は狭い山道という感じで、とても数千人単位の軍が通り抜けられるとは思えない。
マサユキが予想していた伯爵軍の進軍経路からしても、遠回りの道である。
その山道を、黒い点のような物が動いているのが見える。
良く見ると……黒い服を着た人のようだ。
「人っぽいッスね?」
「旦那に報告したほうがいいかもしれんな……。さっさと作業終わらせるぞ!」
作業を終わらせスルスルと塔を降りると、次の地点に向かう。
◇
ここは伯爵領。
総人口は20万人を越え、領地の広さは同じ伯爵位の領地の倍は広い。
貧富の差は激しく、僅かな富裕層と大勢の平民、更に最下層には大量の奴隷がいる。
腐敗した政治。横暴を利かせる兵士。賄賂で良いように操られる官僚。そして、不遇であることすら知らない民衆。
統治というより『統制』という言葉が似合う領地である。
その伯爵領の中央には、煌びやかな城がそびえている。
城は防衛目的で建設されるのだが、防衛というより見た目重視の城である。
その城の地下牢。
空気が濁り、異臭が立ち込め、夏場だというのに凍えるように寒い。
ピチャッ……ピチャッ……
と、何か液体が滴る音がする。
真っ暗な闇が、僅かな篝火で照らされるだけの空間である。
そんな劣悪とも言える地下牢に、コツリ、コツリと足音が近づいてくる……。
ガチャ! と鍵が解錠され、2人の男たちが牢に入ってきた。
そして、牢にいた囚人に話し掛ける。
「そろそろ教えてくれないか?」
「…………」
牢には、一人の女が厳重に鎖に繋がれ拘束されていた。
全身は傷だらけで、鞭を何度も打ち付けられたような傷跡が痛々しい。
常人では痛みに耐えかね、絶命してしまうはずの過剰な拷問に、女は耐えていた。
女は無言で男たち睨み返す。
その目が気に入らなかったのか、牢に入ってきた背の小さい男が、女に向かって唾を吐き付ける。
「ペッ! 胸糞悪い目をしやがるッス!」
そして腰のナイフを取り出し、舌で舐め回すと、斬り付けようと大きく振りかぶる。
しかし、それを最初に話し掛けた男が止める。
「やめろ!」
「何でッスか? コイツ舐めくさってますよ?」
「気に入らないからって簡単に殺すな! 聞きたいことがあるだけだ」
「だったらいいじゃないッスか? 殺すんじゃなくて、手足を一本ずつ切り落とせばいいんスよ!」
「少し黙ってろ! ビードラ!」
「チェッ! ウルセェのは兄貴じゃねえかよ……」
ビードラに兄貴と呼ばれる男が、女の顔を靴底でグイグイと踏む。
「お前がその気なら……ビードラの言う通り手足を切り落とす。だが、情報を吐けば解放してやる。良く考えるんだな?」
「……貴様などに話すことは――」
去勢を張り、意地でも応じようとしない女を勢いよく蹴り上げる。
何度も何度も……
「グフッ……」
「今日はこのくらいにしてやる。……俺たちは少し出掛ける。帰ってきても相変わらずだったら……分かるな?」
女は体をぐったりさせ、呼び掛けに反応しない。
「ビードラ行くぞ!」
「あいよー。じゃあ、またね~」
◇
男たちが部屋に戻ると、花の刺繍の入った服を着た女がいた。
綺麗に長い髪を纏め上げ、髪飾りが綺麗に靡く。
スラリと伸びる足を魅せ付けるかのようにソファーに横座りし、爪の手入れをしていたようだ。
手を翳し、フーっと指に息を吹き掛ける。
女は振り向く素振りも見せないまま、入ってきた男に話し掛ける。
「おかえり。サーヴェント、あの人どうだった?」
「強情な奴だ。尋問方法を変えた方がいいかもな」
女はやっと振り返るが、あからさまに嫌そうな顔をしている。
「まだやるの? ったく、アタシは面倒なのは嫌いよ~。それに……あのデブ! いい加減にして欲しいわ!」
サーヴェントもソファーに座る。
そしてソファー横のテーブルに置いてあった木箱を開け、葉巻きを1本取り出す。
「あのボンクラか……。またカーネリアに何か言ってきたのか?」
「アタシを抱きたいみたいよ? いい加減ウザったいわ! ……窒息死させてもいいかしら?」
カーネリアは気だるそうに答え、再び爪の手入れを始める。
サーヴェントはナイフで葉巻きの吸い口側を切り取り、葉巻きを咥える。
そして点火側の前に指を持ってくると、指を弾く。
――ッボ!
小さな音と光が一瞬放たれ、葉巻きに火が付く。
葉巻きの煙を口に溜め、「フゥーー」っと煙をゆっくり空中に漂わせる。
「やめておけ。あれでも一応は次期伯爵だしな」
「兄貴~! 俺もあのデブ、殺したいッス! 近くにいると臭いがキツくってキツくって。マジで埋めてやりたいッスよ~!」
「お前は血の気が多過ぎるんだ。少しは自重――まぁ、ウップン晴らしは戦争でするんだな」
「イッパイ殺すッス! 金もザックザクだしね~」
「だが、男爵の娘は傷付けるな」
「もしかしてまたぁ~? あのデブ……女だけしか頭にないのかしら?」
「フゥーー……。仕事だと割り切るんだな」
「もぉ~!」
◇
別室では、伯爵閣下と若い男が食事をしていた。
豪勢な料理。高級な酒。贅沢の限りを尽くした内装。
伯爵位としては過分とも言える贅沢の限りを尽くしている。
若い男は10代半ばのようだが、ブクブクと脂肪を溜め込み、『醜い』という一言がよく似合う。
若い男は料理を頬張りながら、伯爵閣下に馴れ馴れしく話し掛ける。
「(モゴモゴ)パパ! 今度の戦争楽しみだね!」
普通なら不謹慎とも言える台詞だが、悪びれもしない。
「フォッフォッフォッフォッ! リグルドも楽しみか? ワシもじゃ! あの堅物をやっと葬れると思うと、楽しみで仕方ないのぉ」
「だよねー? パパ! イーリスは残しておいてね。あの女で遊びたいんだ」
「良いぞ良いぞ! 好きなだけ遊べ! だが、殺すな」
「なんで~? まさか……パパも遊びたいの?」
「ワシがか? フォッフォッフォッフォッ! ワシはリグルドほどお盛んではないからな」
「馬鹿にしてる?」
「そうではない。いずれは……グフッ……グフフフ」
誰かがドアをノックする。
「入れ!」 と伯爵閣下が言うと、側近が部屋に入ってきた。
「マードック、どうしたというのだ?」
「閣下、リグルド様。今度の戦争、今一度お考え直しを」
「なんだそのことか……。もう決まったことだ」
「ですが、国王陛下も動かれる可能性がございます。部下の話では即時対応できる状態ではないようですが、このことが原因で閣下の――」
「クドイ! 彼奴らは我を侮辱したのだ! 宣戦布告してきた彼奴らの蛮行を見過ごせん! これは国王陛下への反逆を意味する! これは聖戦なのだ!」
「し、しかし、内戦行為は死罪でございます。宣戦布告も越権行為が発端にございます。状況から我らの――」
「金で揉み消せばいいのだ! そのために王都の者に大金を払ってるのだ!」
「ですが、今までのように揉み消しは――」
パリンッ!
伯爵閣下はグラスを投げ捨て、弛みきった巨漢を揺らし激怒する。
「貴様!! 我に逆らおうと言うのか!?」
「い、いえ……。そういう訳では……」
「なら、さっさと準備するのだ! 兵たちには「働きに応じて褒賞を出す」とでも言っておけ!」
「……かしこまりました」
側近は渋々と部屋を出て行く。
「パパ。そろそろアイツも代え時じゃない?」
「要らなくなったら処分すればいいのだ。奴にはまだまだ働いてもらわねばならん」
「……そうだね!」
伯爵閣下とリグルドの汚い笑い声が部屋に響く……
次回は、水曜日2014/8/27/7時です。