第53話 決戦への出発
日が暮れ、少し薄暗くなっていたが家に着いた。
先に帰っていたリーアさんとメルディは、食事の準備をしている。
ミイティアは……自室かな?
2階の自室に荷物を置き、風呂場に直行する。
一応誰か入ってないか確認したあと、服を脱ぎ散らかし、久々のお風呂タイムに突入する!
「フゥー……」
極上の湯である。
4か月ぶりとはいえ、この湯は「サイコーッ!」 の一言だ。
プカプカと湯に浮かんでいると……嫌な予――
ミイティアが全裸で風呂場に入ってきた!
分かりきってたとはいえ……
慣れてるとはいえ……
こういうのを平然とやれる神経は……どうかと思う。
「ミイティア。せめて布は巻いて欲しいかな」
「もう慣れてるんでしょ? いいじゃない」
その回答もどうかと思うが……
まぁいいや。と無視して風呂を堪能する。
すると、奥の方が騒がしい……。
ま・さ・か……
メルディも全裸で入ってきた!
メルディは奥さんだし、いいとは思うのだけど……絶世の美女が2人もいる状況には慣れない。
気にしなければいいか……って!
イーリスお嬢様まで入ってきた!!
ついでと言わんばかりに、ラミエールとシルリアまでも!
本能に抗って、慌てて目を閉じる。
ど、ど、どんだけだよ!?
なんとなく予想はしてたが……さすがにこれは……想定外だ!
腰布を用意しておいたが……こんな布切れ1枚で防衛できるほど、この人達の攻撃力は甘くない!
「マサユキ様~。お背中をお流ししますわ」
「イーリスお嬢――ではなく、謎の美女殿。嬉しい申し出ですが……断固断わります!」
「減るものじゃないですわ。遠慮する必要はありませんわ」
「減ります! 減ります! 俺の精神がズタボロなまでに!」
「それはいけませんわ。癒して差し上げますわ」
目を閉じているので、何が起こってるのか分からないが……
「ちゃんと体を洗ってから入ってくださいね。マナーですから」
「マナー? 私は毎日お風呂に入ってるから綺麗ですわ」
そう言って湯船に入り、躊躇なく抱き付いてくる。
うぐお!! これは……殺人的だ!
「ちょっと! 兄様の一人占めはズルいわ!」
ミイティアが湯船に飛び込――グオアアアアッ!
前かがみに痛みを堪える。
運悪く、男の泣き所に膝が……。
「大丈夫ですの? 診て差し上げますわ」
「ウグッ! ……ご、ご遠慮します」
「ミイティアさん。もしもマサユキ様が不能なんてなりましたら、承知しませんわよ!」
「フノウ?」
「それは男性の――」
「ラミエールやめてくれ。美女殿も案ずるでない。と、とにかく……それ以上は俺の精神が崩壊する」
「ふーん……。この際だから崩壊して頂きましょう!」
「もう風呂を出――」
無理やり女性陣に抑え込まれ……湯船で溺れる。
ヤバイ……いろんな意味で……
俺……死ぬかも……。
シルリアとメルディは静かだが、残りの3人が……凶悪過ぎる。
そんな訳も分からない極楽がしばらく続く……。
◇
やっと、静かになった。
股間はまだ痛いし、顔や体には引っ掻き傷がありジンジンと痛い。肘鉄を喰らって顔は晴れ、肩の甘噛みがエスカレートして噛み付きになって血が噴き出し、なんとか死守した腰布はボロボロである……。
俺の酷い有様に、いい加減静かになったという訳だ。
「ハッキリ言いますが……俺の奥さんはメルディです。メルディ以外と簡単に結婚を決めるつもりはありません」
「兄様……私は駄目なの?」
痛い! すごく痛い所を突かれた台詞だ!
理屈としては色々あるが……
「ミイティアは俺と何がしたいの?」
「そ、それは……」
「結婚すれば相手を支配できたり、所有物にできたりするとか思ってる?」
「そういうことじゃないの! 私は……」
「ミイティアの気持ちは分かってるつもりだよ。でも結婚って、特別な関係になる制度や方法じゃないんだ。俺がミイティアを妹として拘るのは、俺がこの関係が幸せだと思うからなんだ。求婚を拒否するつもりはない。ミイティアが幸せに感じても俺はどうなのか? って考えて欲しんだ」
「…………」
「マサユキ様。つまり、私の求婚も認めてくれるってことですわね?」
「美女ど――イーリスお嬢様。あなたは男爵家を捨てる覚悟がある。ということですか?」
「そうね~。それでも構わないわ」
「つまり、領民を捨ててでも自分の都合を優先する。って意味でしょうか?」
「そうではないけど……私は爵位を継げないしね」
「では、その前提が変わったらどうです?」
「どういうこと? これは法律で決まっていることなのよ?」
「なら、内戦はどう説明すればいいのでしょう? この国の法律はあってないようなものです。逃げや諦めがダメという意味ではないのですが、俺はこれから社会に対して喧嘩を売ります。謀反者として男爵様とも敵対関係になりえます。それはイーリスお嬢様にとって、後ろめたい理由になったりしませんか?」
「それは……」
「俺はイーリスお嬢様を嫌いではありません。むしろ好みの女性だと思います」
「では、私と――」
「同じ質問を繰り返しますか?」
「…………」
ミイティアとイーリスお嬢様は黙り込んでしまった。
ちょっと厳しく言い過ぎただろうか?
「ミイティア。イーリスお嬢様。俺を本気で落すなら、もっと魅力的な女性になってくださいね」
「私に魅力がないって言うの!?」
「私も十分魅力的です! 今すぐ結婚なさい!」
火に油を注いでしまったようだ。
また激しい攻撃が始まってしまう。
でも……少し様子は違う気もする。
あくまで気がする程度だが……
「マサユキさん、モテモテですわね」
「ラミエール! 傍観してないで止めなさいよ! メルディさん……止めなくていいの?」
「いいのですよ。マサユキ様は分かってますから」
風呂の中で暴れ回る3人を眺めながら、メルディはにこやかに答えた。
◇
翌日……
「坊主……。なんで怪我してるんだ?」
「いえ……小さな魔獣とジャレてただけです」
「フフフ……まあいい。今日は休暇じゃなかったのか?」
「家にいる――いえ、こっちの方が落ち付ける気がして」
「今日は何を作るんだ?」
「んー……。粗方作っちゃいましたからね。親方さんの道具なんてどうですか?」
「そうだなあ……。そんなに困ってねえぞ?」
「どうしようかなぁ……」
「なら、作り掛けのアレをやるか?」
「アレ?」
「随分放ったらかしのヤツだ。井戸掘りだな」
「あーっ! ありましたね」
井戸掘り機は半年前に設計し、途中までは組み上げた。
問題となる刃の部分を俺の能力で強化することで話が進んでいたが、男爵様との決戦で流れた……んだっけな?
井戸掘り機は倉庫でホコリを被っていた。
形状はドリルではなく、『上総掘り』を参考にしている。
上総掘りの歴史は詳しくないが、かなり昔から使われている井戸掘り技術だったはずだ。
シンプルな構造で、掘削用の装置と土砂を取り出す装置を交互に付け代え、直径20cmくらいの穴を掘る機械だ。
井戸の底に装置を落し込むために、大型の糸巻き機のような車輪にワイヤーを巻き付ける。
ワイヤーを伸ばして井戸の底に掘削用の装置を落し込み、ワイヤーを固定する。
採掘は採掘用の装置の重さを利用し、地面に槍を突き立てる要領で掘る。
装置を上下動させるのは人力になるので、装置とワイヤーの重さを軽減させるために上下動を助けるバネを使う。
水を通す管を掘った穴に落し込み、順次接合していくことで石垣作りも不要となる。
多少金は掛かるが、普通の井戸作りにも活用できるのが利点だ。
今となっては能力で無理やり機械を組み上げることも可能だと思う。
でも、そんなワンオフの物を作っても意味がない。
なぜならそれは、『技術ではない』からだ。
自分ためだけに作るなら話は別だが、俺がいなくなったあとに使えない機械なんて無意味だからだ。
砂漠のように水不足に苦しむ地域もあるはずだ。
仕組みさえ確立してしまえば、いずれそういう地域でも井戸を掘る技術として活躍してくれると思う。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
熱い鉄にハンマーを打ち付ける。
親方さんが毎度のように同じ台詞を投げ掛ける。
「坊主……。本当にワシたちは参加しなくていいのか?」
「もう決めたことですよ。親方さんも納得してくれたじゃないですか」
「そうなのだが……」
無言でハンマーを打ち付ける音だけが響く……。
「聞いてもいいか?」
「……ええ」
「ワシたちの力を使えば止まると分かっているのに、なぜそこまでする?」
「親方さんは分かってますよね? この世界……いや、人という文化において『正義は存在しない』と。正義は正しい行い。正義は正当化された力。と捕らえられがちですが、薄皮を剥けば『悪』です。それが分かっているから、こんな辺鄙な場所に居るんですよね?」
「その通りだ。だが、戦争となれば話は別だと思うがな?」
「俺たちみたいに肩書きも力もない人なら大した事もないのでしょうけど、親方さんたちが介入するとなると状況は一変します。一気に内戦が拡大します。その理由は分かりますか?」
「いや……。なぜだ?」
「簡単に言うと、伯爵様のような人物は他にもたくさんいるからです。今回の戦争に親方さんたちが介入して勝利したとします。その時点では何も起きません。問題はその後です。俺は伯爵様と男爵様にある提案をします。それは王様に提案したことでもあるのですが、『特権階級の再構築』を行います。つまり、反動が大きいんです。保身に執着する諸侯たちが決起し、国を割ることになります。そうなった時、他の諸国はどう見るでしょうか? 答えは簡単です。侵略戦争を始めます。国内では内戦をし、他国からは攻め入られる。……そんな未来、見たくないですよね?」
「突拍子もない考え方だな? そこまで馬鹿じゃねえと思うぜ?」
「俺は男爵様が負けてしまっても構わないと思ってます。この内戦が小さな物で収まるなら……。ここには伯爵様だろうと簡単に手出しはできないはずです。なら、静観を決め込むのも手だと思います。でも、4年前の石鹸騒動を思い出してください。この村はどうなりましたか? 酷い有様です。この原因は国家体制そのものにあります。静観すれば仮初め(かりそ)の平穏を維持できますが、ジワジワといびられ続けます。それを許容するのも一つの生き方だと思います。相手は元から国家に依存しないやり方をしています。つまり、内戦に託けて内部からの国家乗っ取り作戦をしているわけです。王様が動けないのも内戦を拡大させないためです。国家が一枚岩となり本気で状況の解決を望まない限り、本当の意味での内戦は収束しません。全部まとめると、俺は国家相手に喧嘩を吹っ掛けるんです。国の英雄がそれに加担してしまうと収拾がつかないってわけですよ」
「なるほどな……。だが、坊主が負けちまった後、ワシたちが出ても状況に変化がねえってことじゃねえか?」
「それは話が別だと思いますよ。問題は『特権階級の再構築』ですから。内戦誘発の罪として伯爵様を討つことは正当化されると思いますしね」
「うむぅ……」
「ごめんなさい。難しかったですよね。ほとんど妄想の話なので気にしないでください。……すみません。ちょっと外で休憩してきます」
工房の外に向かう。
「坊主……」
◇
地面に寝転がり、空をボーっと眺めている。
空は少し曇っていて、近いうちに雨が降るかもしれない。
雨は……嫌な思い出が多い。
でも俺は……雨が好きだ。
なぜ好きなのか説明にも困るが……雨の音がすべてを掻き消してくれる気がするからだろうか?
小さな出来事でさえ、雨があるだけで大きく印象を変える。
印象が強ければ覚えていられる。
覚えていれば、次は同じことが起きないように注意を払える。
「好きな理由じゃなくて、嫌いにならない理由な気がしてくるな……」
親方さんには事後処理のことも考え、全容が分かる資料を渡した。
動いてもらいたい意図は全くない。
二つ名持ちは、ただそれだけで影響が大きい。
恐らくだが……親方さんたちは一方的な蹂躙が可能なほど、強大な力を持った存在だろう。
簡単に戦争を止めてしまうこともできる。
だが同時に、二つ名を轟かせてしまうことになる。
それはつまり……俺が二つ名を『利用する側』に立つということだ。
それに、これは俺が始めたことだ。
無視すればいいのかもしれないが……それでは横暴に屈することになる。
俺は……メルディのように苦難に耐え忍べるほど、我慢強い人間ではない。
俺が出来ることは……誰もが無理だと思うことに挑むことだけだろう。
「さて……そろそろ戻らなきゃな」
工房に戻り、再び無言でハンマーを振るう。
◇
あっという間に、作戦決行日の朝を迎えた。
「準備をしたら工房に向かおうか」
「はい」
「フェインも準備完了よ!」
リーアさんが心配そうに俺たちを見ている。
「リーアさん。帰ってきたらお祝いをお願いしますね」
「…………」
「大丈夫です。無事に帰ってきますから」
リーアさんは泣いてしまった。
ミイティアも大粒の涙を浮かべている。
俺はメルディとミイティアの手を引き、リーアさんを3人で抱きしめる。
フェインが擦り寄って来た。
「そうだったな。フェインも頼むぞ」
「ワフッ!」
リーアさんはフェインを優しく撫でる。
すべての準備が終わり、工房に向かう。
◇
工房前には村人たちが集まっていた。
皆表情が暗く、泣いている者もいる。
ジールさんたちは荷馬車に乗って待っていた。
「ジールさん、準備の方はどうですか?」
「いつでも行けるぜ」
「分かりました」
親方さんに最後の挨拶をする。
「では、いってきます。後をお願いします」
「幸運を」
どう答えればいいか分からずにいたのだが、メルディが、「『幸運を』と言えばいいのです」と教えてくれた。
メルディに感謝しつつ、
「幸運を」
俺に続き、ミイティア、ガルア、ラミエールたちも合わせて応える。
挨拶を終え、荷物を積み込む。
そして順次出発していく。
「兄様? 荷馬車に乗らないの?」
「乗るよ。メルディを家に送ってから合流するね。村の出口で待ってて」
「分かったわ!」
荷馬車は出発していった。
俺とメルディは家に戻る。
「マサユキ様。いよいよですわね」
「うん……。メルディには迷惑掛けっぱなしだね」
「今回は私も納得して参加してるのです。今さらですわよ」
「うん……」
「急いで帰りましょ。あの鎧は着るのには時間掛かりそうですし」
「……そうだね」
◇
家を出ると、荷馬車が待っていた。
村の出口でいいと言ってたのに。
「お待たせ! さあ行こうか」
「姉様は……どうでした?」
「泣いてた……かな」
「大丈夫です! 私が兄様を護ります!」
「うん。ミイティア頼むよ」
「……うん! 任せて!」
荷馬車は走り出す。
一路戦地へ……
次回、水曜日2014/8/20/7時です。