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第4話 職人の魂

 カッ! カッ! カッ! カッ!


 俺はノミと木槌を使って、木材と格闘中である。

 作っているのは、先日ダエルさんたちに宣言した『湯船』の製作である。

 設置場所の選定や給水方法の模索より、先に湯船製作に取り掛かったのには訳がある。


 理由は単純。

 湯船を作り上げられるビジョンが見えないからである。


 すごいシンプルに考えれば、木箱を用意すればいい。

 でもあれは、物を納める道具であって水を貯める道具じゃない。

 人が入るような大きな樽を用意するってのも手だけど、俺は日本でいう檜風呂ひのきぶろみたいのに入りたい。

 設計度外視の完全なエゴで、イメージだけを元に目下奮戦中なのである。


「ムゥゥゥ。うまくいかない……」


 自分で言い出したこととはいえ……俺の不器用さには本当に頭に来る。まったく情けない。

 半分涙目になりながらも、それでも作業を続ける。


 今やっている作業は、木組みの結合部分の製作である。

 木組みとは、木造建築などに使われ、木をより頑丈に組み合わせる技術のことである。


 風呂と言うからには、木と木がキッチリ噛み合わさっていないと水が漏れてしまう。

 それにダエルさんみたいに大柄な人が入っても、壊れない強度が必要なのだ。


 釘もあるにはあるのだが、撥水加工されていない釘だと錆が出てしまう。

 釘の性質上、錆は留める能力を上げるために必要だし、たぶん人体にも影響は少ないとは思う。

 でも、見た目には悪くなるし老朽化の元になる。

 そう考えると、釘をなるべく使わない木組みをベースとした湯船が最も合理的だと考えた。

 しかし……これは相当に難解な作業だ。


 よく考えれば、日本の伝統文化とも言える木組みは、世界的にも至高しこうの技術だったはずだ。

 時代劇とかによく出てくるおけ一つでさえ、職人の技が詰まった芸術とも呼べる一品である。

 桶の製作方法は伝統文化を取材したテレビ番組で見ていたから、なんとなく覚えてはいるが……。

 職人でも何日も掛かる工程の上、非常に繊細な作業だった。

 あれを作ったり応用するのは……俺の腕では無理な気がする……。


「木組みさえなんとかなれば、作れそうな気はするんだがなぁ……」


 ウンウン唸りながら黙々と作業をしていると、上の方から声が聞こえる。


「おにーちゃーん! お・に・いちゃーーん!」


 あの声はミイティアか。

 声の方に顔を向ける。


 あれ? いない?

 まさか……


 玄関の方から足音が聞こえてくる。

 やはりな!

 「おい貴様! 俺をからかってるのか!?」 と叫びたい。


 しかーーし! 今日の俺は違う!

 先制してやる! ぐふふふ……。

 ミイティアが玄関から飛び出してくるタイミングに合わせて――


「ミイティア。今日は遊びに行けないよ」


 玄関を出たと同時に、俺に先制されたミイティアが固まっている。

 そして……顔が怖い。


「なーんーでー、そんなこと言うのよ!! せっかく私が誘いに来たのに!!」


 プンスカ怒っている。

 気持ちは分かるんだが……

 こっちの作業の目星がつかないと、ズルズル先延ばしになりそうなんだよね。


「これは、俺たち家族のために作っている物なんだ。ミイティアも、きっと喜ぶ物だよ」


 ミイティアは、まったく納得してない顔をしている。

 ……どうにか作業に戻りたい。


「何を作ってるの?」

「湯船と言って、お湯に浸かって体をリラッ――体を楽にする物なんだよ。一日の疲れを吹き飛ばす! っていうのかな? とっても気持いいよ」


 我ながら、表現が下手だ。


「ふーん……。それって、工房にお願いすればいいじゃない?」

「お願いすれば出来るとは思うけど……お金が掛かるでしょ? ダエルさんたちに迷惑を掛けたくないんだ」

「ム"ゥゥゥ!」


 ミイティアは地団駄を踏んで、やっぱり納得しない顔をしている。

 そこにガルアが現れた。


「おう黒髪! お前、何やってるんだ?」

「見て分からんのか? 湯船を作ってるんだよ!」

「湯船? ……その木片から、どー想像しろってんだよ?」


 確かに……。

 この木片の山から湯船を想像できる方が無理がある。

 ガルアは「お前ばっかじゃねーの!」 的な顔をしている。

 はい、馬鹿です……。


「なんで、湯船なんか作ってるんだ?」

「湯船に浸かりたいからだよ」

「そうじゃねえ! 湯船なんか作っても、どう使うってんだよ? そんな使い勝手悪い物、何にもならねーぜ?」


 言わんとすることは分かる。

 水を貯める作業と、お湯を作る作業が大変だろうと言うことだろう。

 だが、俺には秘策がある!


「ガルアの言いたいことって、水を貯める作業と、お湯を作る作業のことでしょ?」

「ああ! 家で使う水汲みだって大変なのによ、湯船とかどんだけだよ? それによー……そんだけの水、どうやって湯にするんだ?」

「んーっと、お湯は比較的簡単な方法がある。水汲みは川の水を引き入れるか、『ポンプ』を作ろうと思う」

「ポンプ?」

「井戸を掘って、水管を使って水を引き入れるのさ」

「井戸から水を引く? ……無理だろ? 井戸ってのは滑車を使って水を汲むにしても、川から水汲みした方が早いんじゃねえか?」


 これは説明が長くなりそうだ。


「水汲みとお湯は、人力でなんとかなりそうだろ? だから湯船を先に仕上げて、追々水の確保とお湯の作り方を考えようと思ってるんだよ」

「ふーん」


 ガルアはやや納得しない顔をする。


「っんで! 湯船の製作はどの程度――って、まだゴミの山か。フフフフ」

「頼むから邪魔はしないでくれ! これでも真剣にやってるんだから!」


 俺の『真剣』という言葉を聞いて、ガルアの目付きが変わる。


「その作業よぉ……。俺も手伝っていいか?」


 意外な言葉が出てきた。

 願ってもない言葉だが……素直に受けていいものだろうか?


「急にどうしたんだよ? ガルアらしくないぞ?」

「はぁ!? ……んーまぁ、俺らしくはないが……。俺も木こりの端くれだ! 木のことならやれなくもない!」


 そういう設定だったんだ?

 単なるガキ大将としか思っていなかったよ。


「ちょっと見せてみ」


 俺の承諾なしに、木材を奪い取る。

 木材を見る目は、職人のように真剣だ。


「これはダメだな」


 はっ!?


「この木は水に弱い。水に強いのは『レッドウッド』とか、『ホワイトストーンウッド』って木がいいんだ」


 防腐性か! 見落としていた!

 彼に指摘されないで作業を続けていたら二度手間だった。

 ガルアは話を続ける。


「ホワイトストーンウッドより、レッドウッドの方が加工がしやすいからな。『レッドウッド』で湯船を作ろうぜ」


 俺より専門知識があるのだろうが……勝手に進めるな!


「手伝ってくれるのは嬉しいけど、俺にはお金がないぞ?」

「何言ってるんだ? うちにあるのを使えばいい」


 無茶苦茶だ!

 木材があるにしても、それをお金に変えて生活してるんだろうが!


「いやいや、それはさすがにアンバーさんに相談しないと駄目だろが!」

「……そうだな。必要な木も多そうだし、父ちゃんに聞いてみるか!」


 そう言うと、ガルアは家に向かって歩き出した。


「おう、行くぞ!」


 なぜお前は……承諾を取る前に突っ走る?

 俺も渋々付いていく。


「私も行く!」


 ミイティアも付いて来るみたいだ。

 彼女の手を取り、一緒にガルアの家に向かった。



 ◇



 ガルアの家に着くと、裏庭の方に歩いていく。

 裏庭は結構広い。

 大きな納屋が連なるようにいくつか並んでいる。


 納屋の中には、加工済みの木材から切ったままの丸太まで様々置かれている。

 中の方で作業をしている大男が見えた。

 ガルアは入口辺りに着くと大声で、


「父ちゃん!」


 大男はその声に気づいて、こちらに振り返る。


「おうガルア! 今日は……いい男じゃないな。ハハハハハ!」

「俺は元からいい男なんだよ! (くそぅ……)」

「マサユキとミイティアも一緒か。今日も喧嘩かい?」


 ガルアが反応するより先に、


「――いいえ違います! 俺がいじめっ子みたいな言い方はやめてください!」

「ハハハハすまんすまん。2回も立て続けにあったんだ。3回目があっても不思議じゃないだろ?」

「父ちゃん! そんな話をしにきたんじゃねーよ!」


 ガルアは不貞腐れた顔をしながら、


「父ちゃん。レッドウッドを使いたいんだけど、いいか?」

「構わないけど、何に使うんだ?」

「湯船を作る」

「湯船かぁ……。なら、レッドウッドは最適かもなぁぁ。

 レッドウッドはいいぞぉぉ。木目が綺麗な上に木独特の香りが漂う最高の木だ。

 耐久性にも優れ、加工は少し大変だが、適度な固さとしなやかさを兼ね備えている。

 これでベットやクローゼットを作ると部屋全体が素晴らしい空間になるんだ……」


 アンバーさんはこの後も延々と演説を続けていたが、ガルアが話を切る。


「父ちゃん! 話がなげーよ!」

「すまんすまん。つい木の話になると、どうにもな! ハハハハハ!」


 職人だからこそ分かる素材の良さ? なのかもしれない。

 納屋のあちらこちらには、樽やら桶やらドア。大きい物は馬車の部品らしい物まである。


 ガルアには「木こり」と聞いていたが、木工職人でもあったんだな。

 しかし、依頼するにしても金が無い……。

 とりあえず、予算くらいは知りたい。

 あと、作り方も学べるなら参考にしてみたい。


「アンバーさん。俺は家族のために湯船を作ろうと思っているのですが……お金がないので、自分で作ろうと考えています。

 でも、どうも不器用なのかうまく加工ができません。

 俺に木材加工の技術を教えてもらえないでしょうか?」

「それは構わないけど? それくらいだったら、ダエルに頼めば払ってくれると思うよ?」


 ダエルさんの経済状況を知らないのだが……『それくらい』で収まる物なのか?

 俺の感覚でいうと、檜風呂は材料価格だけでも結構する。

 たぶん、数十万から百万以上はすると思う。

 それに俺が作ろうとしているのは、それなりにデカくなる予定だ。


「えーっと……。注文するとして、どれくらい掛かる物なんですか?」

「そうだなぁ……大きさにも寄るが……。レッドウッド製のベットで金貨2枚ってところかな」

「……無知なので確認したいのですが、金貨1枚って、どれくらいの価値があるんでしょうか?」

「1人なら、ひと月くらいは遊んで暮らせるね。一家3~4人なら、大体金貨2枚程度かな?」


 おいおい!

 月に30万として、金貨2枚で60万ってことか。

 物価は分からないけど、認識として大体これくらいだろう。


 総レッドウッド製で結構な大きさを予定してるから、恐らく……金貨5枚か6枚は掛かる。

 つまり、200万近い価値になるってことだ!

 というか、ダエルさん案外いい稼ぎしてるんだな。


「父ちゃん。俺も手伝うから安くしてやってくれよ」

「そうだな。ダエルにはいつもよくして貰ってるし……タダでもいいか!」


 おいいいい!

 200万の仕事をタダとか! どんだけダエルさんに恩があるんだよ!?

 とにかく……これは良くない!

 金銭感覚以前に、職人を使ってタダというのは納得できない!


「待ってください! さすがにタダという訳にはいきません! 仕事に対して、それなりの報酬を得なければ職人失格です! どうか考え直してください!」

「まぁ、そうだなぁ……」


 思いつきで話していたことに気づいたアンバーさんは、俺の言葉を聞いて考え込む。


「提案です。俺が作ろうとしている湯船と、お湯炊きの設備、あと給水の仕組みを買取ってください」

「ほう! それが分かれば、職人としての仕事の幅が増えるってわけか!」


 何とか納得して貰えた。

 俺は湯船の話とお湯炊きの仕組み、あと給水方法について細かく説明する。


「なるほどなぁ。さすがダエルの息子さんだ」


 ウンウン言いながらも、目が輝いている。さすがは職人だ!

 俺の言葉足らずの部分も「こうしたらどうだ?」 とか、いろいろ意見もくれる。

 おかげで、かなり具体的なビジョン見えてきた。


「よーし、さっそく作業に掛かるか! ガルア木材持って来い!」

「おうよ!」


 ガルアは別の納屋に向かって駆け出した。

 横からは……唸り声が聞こえてくる……。


「ムゥゥゥ! ねぇ? また私のこと、忘れてない? 私も手伝うわ!」


 ミイティアは不満そうな顔をしているが……ノリノリのご様子だ。

 アンバーさんと具体的な工程を確認する。


 大まかには、よく乾燥させた木材を板状に加工し、継ぎ目を凸と凹というような形に加工する。

 水が漏れないように一枚板で側面を作り、角は木組みで隙間がないようにキッチリ組み合わせる。

 釘は極力使わないで、要所となる部分には木釘という木片を詰め込む。

 可能な限り釘を使わない木製の湯船になる予定だ。


 作業工程を確認してて、気づいた。


「アンバーさん。木材の表面加工って、どうやるんですか?」

「ああ。それはコレを使うんだよ」


 それは鎌のような形状で、両端に持ち手が付いている。

 大まかな削り出しには有効らしいが、出来上がりがやや荒っぽくなるそうだ。

 これは、かんなが必要だな。


「アンバーさん。もっと滑らかに表面加工ができる道具を知ってます。

 あった方が便利だと思うので、作りたいと思っているのですが……

 金属加工の職人さんを紹介してもらえませんか?」

「ああ。工房の連中のことだね? 今から注文しにいこうか」


 アンバーさんはガルアに作業指示を出し、俺とミイティアはアンバーさんと一緒に工房に向かう。

 『工房』という言葉は何度か聞いていたが、実際向かうのは初めてだ。

 どんな感じなんだろう?

 きっと、ドワーフ的な筋肉隆々のおっさんたちが、ガンガン鉄を叩いているのだろう。



 ◇



 工房までは少し距離があった。

 見えてきたのは……城塞のようなゴッツイ建物だ!


 煉瓦のような石造りの平屋だが、結構デカい! 壁も厚い!

 何本もある煙突からは、煙がモクモク出ている。

 重厚で大きな観音開きの扉を潜ると、鉄鋼場のように肌をピリピリとさせる熱気が渦巻く空間が広がる。

 中では、予想通り筋肉隆々の男たちがガンガン鉄を打ち付けている。

 俺たちの存在には気づいているようだが、目もくれずに黙々と作業をしている。


 やっぱ! 真剣に作業をしている男って、カッコイイなぁ!

 なんて思っていると、アンバーさんはある男の前で足を止めた。


 男は、体長2mを越える髭面の大男だ。

 筋肉隆々で、胸、腕、背中など、全身の筋肉が異様に発達している。

 それに皮膚が黒い。


「親方!」


 アンバーさんは大声で叫ぶ。

 アンバーさんもデカイが、親方と呼ばれる人はそれ以上の巨体である。


「…………」


 親方さんは一瞬こちらを見て、再び作業している先に目を戻す。


「後にしろ!」


 そう大声で叫んび、重そうなハンマーを持ち上げ、振り下ろす!


「仕方ないね」


 と、アンバーさんは歩き出す。

 あとに付いていくと、控室のような部屋に入った。

 大きなテーブルと椅子。壁には注文書が乱雑に張られている。

 昔、バイトでやってた土木現場の休憩室のような感じである。


 休憩室には一人の青年がいた。

 大体20代半ばだろうか?

 工房の人たちに比べれば大分ひょろっとしているが、

 バンダナのように布を頭に巻き付け、体付きのいい好青年風だ。


「いらっしゃいませ、アンバーさん。親方は手が離せないので、代わりに僕が話を聞きます」

「ああ。よろしく頼むよ。ビッケル」


 受け答えも好青年だ。


「本日はどういったご要件でしょうか?」

「ああ。こっちにいる子がマサユキだ。今日は、彼の頼みを聞いてやってほしい」

「あー。彼が噂の……」


 まじまじと俺を見てくる。


「マサユキです。よろしく」


 手を差し出し、握手する。


「えーっと、木材の表面加工をする道具製作をお願いしに来ました」

「ほー。カマムカデですか?」


 カマムカデ? なんだそれ?


「アンバーさん。カマムカデって……さっき見た道具のことですか?」

「そうだよ? 言わなかったっけ?」


 聞いてません。


「えーっと、カマムカデは表面の荒削りには向いてるんですが、欲しいのはもっと丁寧に薄~く木材を削る道具が欲しいんです」

「なるほどねぇ。普通はカマムカデで削った後、仕上げ石という平たい石で丹念に仕上げるんだったよね」

「私もそれでできるとは思っていたんだ。でも彼に言わせると、効率が悪いそうなんだよ」


 アンバーさんの言う通り、カマムカデと仕上げ石を使えば出来るには出来る。

 でも、出来上がりが若干でこぼこになってしまうようだ。

 木製のベットやクローゼットなら独特の見た目に仕上がるし、機能的には問題はない。

 だが、湯船では水漏れの原因となる。

 もっと精度の高い道具が必要なのだ。


 ビッケルさんは想像がつかないような顔をしている。


「具体的に説明しますと、これくらい板に斜めに刃を付けまして、刃が少しだけ板から突き出る形にします。そして、板を滑らせるように木材を加工します」


 伝わってるのかな?

 表現スキルが乏しい俺には荷が重い……。


「ちょっとそれだと分かりにくいなぁ……。この紙に書いてよ」


 そう言って、1枚の紙と羽ペンとインクを突き出してくる。


 そうだよね!

 設計図もなしに伝わる訳がない。


 俺はペンを持ち、ふと考え込む。

 CADじゃないけど……真上からと真横からの図があった方が分かり易いかな? と。

 その辺にあった薄い鉄板を物差し代わりに、スラスラと真上からの図と真横からの図を書き、点線で各部を繋ぐ。


「ほおぉ……」


 ビッケルさんは、ため息にも似た声を上げる。


「これは分かり易い絵だね!」


 関心しっぱなしである。


「で? うちに依頼するのは、コレ全部かい?」

「いえ。木の部分はアンバーさんの方が詳しいと思うので、アンバーさんにお願いしたいと思っています。金属の刃と周辺の留め具は工房にお願いして、最終的に組み合わせて調整。って感じでお願いしたいと思っています」

「なるほどね! 金属加工はうちの専売特許だけど、木の部分は使い手が調整した方が良さそうだね。うんうん」


 納得して貰えた。


「ビッケルさん。これ1個だけじゃなくて、少し小さな刃もお願いできますか?」

「これより小さなやつを?」

「はい。大きい刃は大きな木材表面を削る用で、小さな刃は角取りや細かい作業用に使いたいと思っています」

「なるほど! 2つあれば用途を分けて使えるってわけか! ふむふむ」


 納得した顔をしつつも、若干ニヤついた表情だ。

 商売根性あきんどこんじょうだろうか?


 金属加工の職人なのにかんなを知らないくらいだ。

 きっと革新的な発明なのだろう。

 ここは追撃あるのみ!


「物は相談なのですが、この『カンナ』という道具の製作方法と販売権利の代わりに、製作費をまけてもらえませんか?」

「う~ん……。革新的な発明はいいとしても、実用的かどうか分からない状態では判断つかないなぁ……」


 確かに……。

 設計図だけ作って、使いものにならない物を売るとか、詐欺だわなぁ。


「とりあえず、親方に相談しないと判断つかないですねぇ」


 作業場の方から大男が出てきた。


「親方! 丁度いいや、聞いてくださいよ!」

「…………」


 親方さんは返事をしない。


「革新的な道具が出来そうなんですよ」

「…………」


 やはり返事はない。

 すると、テーブルの上にあったら図面に気づく。

 ズンズンっとテーブルの前まで来て、図面を睨み付ける。


「コレは、何の道具だ?」


 やっと話した。

 すかさずビッケルさんが解説する。


「ほう! 面白ぇじゃねえか! アンバー。お前が持ち込んだのか?」

「いえ、この子です」


 俺の頭に手を置き、ポンポンと優しく撫でる。


「なんだガキじゃねえか? こんな坊主が考えたとは、信じられねえなぁ……」


 ……まぁ確かに。

 俺は知識として知っていて、本来考案したのは過去の職人たちだ。

 それを考えると……さっきの販売権利やらは、ズルイように思えてくる。


「親方さん。これは昔の職人が考案した道具です。俺が考え出した物ではありません」


 ビッケルさんに顔を向ける。


「ビッケルさん。急で申し訳ありません。さっきの話はなかったことにしてください」

「何の話だ?」

「親方。それはさっき、この道具の製作と販売を提案されたんですよ。昔の職人って話は……僕が知る限り思い当たらないのですが。親方は、何か知りません?」

「……知らねえなぁ」


 元いた世界のことをどう呼ぶか迷うが、とりあえず『前世』と呼ぶ。

 前世と異世界では、文化も技術発展の度合いも違う。

 通じ合うものはあるとしても、発明を横取りするのは気が引ける。

 先日提案した石鹸も。湯船も。給湯システムも。ポンプだって、本来は過去の職人たちが懸命に考え、生み出された物だ。


 ……よく考えれば、俺は随分図々しいことをしている。

 唯一まともなのが古武術だ。

 脈々と受け継がれる技術は、命を掛けて編み出された技だ。

 ジイちゃんに教わってある程度使えるからといって、誇ってもいいものではない。

 それを差し引いても自分で身に付けた技術であるならば、先に言った石鹸などの技術の重みより大分軽い。

 そんなことを考えていると……段々気分が暗く落ち込んでくる……。


 俺は何かを生み出しているわけじゃない!

 先人の知恵の結晶を無下に自分の利益として使ってはダメだ!

 だけど……便利な物を知識として貯め込むより、『生かす』ことが今の俺にできることかも知れない。


 利益のためじゃない!

 皆がよりよい生活を送るために生かそう!

 きっと先人の職人たちも許してくれるだろう……。そう願いたい……。

 やることは決まった! あとは行動だ!


「親方さん。俺はとても大切なことを見落としていました。この職人の魂とも言える技術を……都合よく利用しようと考えていました。とても愚かなことです。――でも俺は、利益が欲しくてお願いしたわけじゃありません! みんなの暮らしが、少しでも良くなるように助力したいだけです!」

「…………」


 親方さんは難しい顔をしつつも、静かに俺の話を聞いてくれた。


「坊主。技術ってのは、どんな些細な物でも職人の魂が宿っている。それに気づける者は少ない。だが――お前はそのことに気づいた! そしてお前の願いを聞いた! それはなぁ……」


 親方さんは大きく深呼吸をする。


「職人の冥利に尽きるってもんよ! 気にするな! お前の知る知識は皆を幸せにする! 大きく儲けようとしても構わねえと思う! 職人の魂が宿った道具の真の意味を理解したお前なら、大抵のことは許されるはずだ! だから……気にするな」


 俺のモヤモヤとした心が晴れていくようだ。

 頬に温かいものが伝わってくる。

 俺はなんて泣き虫なんだ……。

 そう思いながら、親方さんに心の中で感謝をする。


「おい、ビッケル!!」


 親方さんが、耳鳴りするような大声を張り上げる


「さっそく仕事に入るぞ! 準備しろ!」

「あ、あの……親方さん? お代は?」


 あわあわと慌てふためく俺を見下ろし、怒鳴り付ける。


「そんなのいらねえ! 職人の魂が分かる奴から金を取れるか!」

「そんな無茶苦茶なぁ……」

「ビッケル! 後は任せる!」


 そう言うと、親方さんは作業場に戻って行く。

 なんていうか……こういうノリは嫌いじゃない。

 俺は、なんていい人たちに巡り合っているんだろう。

 また目頭が熱くなるのを感じる。

 顔をゴシゴシ裾で拭い、ビッケルさんに顔を向ける。


「何か色々とすみません」

「いやぁー。久々にあんな上機嫌の親方を見たよ。さすが、ダエルさんの息子さんだ!」

「そんなことはないです。職人の魂は本質的には理解できていません。理解しようと努力してる程度です」

「君くらいの年齢としでそれに気づけるのは、そうはいないと思うけどね?」


 ビッケルさんは、カラカラと笑うように俺を諭してくれた。


「親方さんは、ああは言ってましたが、俺は『相応の仕事に対しては相応の報酬』が必要だと思っています。具体的なお代を考えたいのですが」

「んー、そうは言ってもなぁ……。とりあえず、物が出来てから相談しましょうか?」

「分かりました。アンバーさん。勝手に話を進めてしまってすみません。カンナの木製部分の製作は可能でしょうか?」


 そうだ。

 俺は勝手に話を進めていた。アンバーさんに了解を取らずに押し切ってしまっていた。


「何を今さら? あんな仕事押し付けといて、今さらこの程度の仕事なんて大したこともないよ。

 それに新しい道具も手に入る。うまく行けば、その……カンナだっけ?

 それの材料製作の仕事だって請け負えるかもしれない。私にはまったく損がない話だよ」

「そう言ってもらえると……心が軽くなります」

「さて、帰って作業に戻ろうか!」


 色々あったけど、何とかうまくいってる。

 最終的な報酬は何かで埋め合わさないとならないだろう。

 ダエルさんに相談しておいた方がいいな。

 そうやって先々のことに想いを巡らせながら、アンバーさんと今後の方針を話しあっていると……横からいつもの声が聞こえる。


「おにい~ちゃ~~~ん! ま~た私はのけもの?」


 俺は顔をこれでもかと引きつっている。

 まぁ……仕方ないか。

 アンバーさんを含め、俺の我ままに振り回されてる人は多い。

 見当違いかもしれないが、ミイティアに声を掛ける。


「ミイティア。いつも構ってあげられなくて、ごめんね。それに……いつも心配してくれてありがとう」


 ミイティアは意外だったのか、ビックリしている。

 ちょっと顔が赤い。


「そ、そんなんじゃないわよ! ……おにいちゃんのバカ!」


 こ、これは……デレってやつですか?

 初めてみる反応に俺も困惑するが、プイプイと怒り散らすミイティアよりマシか。

 そんなことを考えながら、ミイティアの手を取り、アンバーさんを追い掛けるように工房を後にした。


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