第47話 争いは人の性なのか?
「さて、今日の授業は終わりです」
「ありがとうございました!」
メルディが授業を締めると、セイルたち生徒が会議を始める。
昨日までの内容を紙に張り出し、要点を説明する。
「――と言うのが、昨日までの案だ。思うに、これはマサユキさんも想定していることだ思う」
「そうだな……。儲けた金で食料を買いまくる。ってのは、いい案だと思ったけどな」
「僕は酷く陰険な案にしか感じないよ。伯爵領の住民だって、みんな裕福だとは限らない。僕らが苦しめる側になってるだけな気がするよ」
「ラギス、君の言う通りだ。戦争となれば、勝っても負けても死人が出る。みんなが幸せになれる方法があればいいのだけど……」
「セイル待てよ! 戦争することは決まっていることじゃねえのか? 相手もそれを承知の上でやり合うってことだろ? 今さら気にすることじゃねえと思うぜ?」
「ジェガ。君の言うことも正しいと思う。だが、争う原因になっては駄目だ。しかも、私たちにできることを考えねばならない」
「だから! 俺たちにできることって、何なんだよ!?」
「……例えば。戦争の後なら、私たちの出番じゃないか?」
「そうだけどよ……」
「皆さん!」
会議を見守っていたメルディが話に割り込む。
「私は、セイルの『戦争の後なら出番がある』という意見に賛成です。……ただ、世界は甘く優しくありません。汚く。ズル賢く。すぐに争う。人は……とても罪深い存在です。自然からの恩恵でさえ、感謝の心を忘れています。……マサユキ様は常々仰っています。『人という種は、侵略する生き物なのだ』と。そして『問題は貧富の差ではなく、這い上がる環境がないこと』だと。……これは、とても難しい問題です。――ですが、本気で民衆を救う気があるのであれば、立ち向かわなければならない問題です! あなたたちが挑もうとしているのは、まさにソレなのです!」
生徒たちは静まり返る……。
しばらく沈黙した後、セイルたちは吹っ切れた顔をする。
「メルディ先生! ありがとうございます! 私たちの『やるべきこと』が見えた気がします!」
「ああ!」
「そうだね!」
生徒たちが活気付き、再び熱い議論を始める。
セイルを熱い眼差しで見詰めていた執事が、
「メルディ様。すばらしいお導きです」
「いえ。これはマサユキ様のお言葉です。私は代弁したに過ぎません」
「左様でございますか……」
「執事様。お願いがございます」
「何でございましょうか?」
「執事様にも、会議に参加して頂けないでしょうか?」
「……き、恐縮でございます! 私では――」
「いいえ。現状を最もよく知っていらっしゃるのは、執事様でいらっしゃいます。あの子たちは、これから『世界の理』を相手に戦うことになるでしょう。簡単に出せる答えではありません。きっと皆納得しません。それでは、あの子たちの想いと努力が無駄になってしまいます。……ですので、執事様には、あの子たちの『壁』となって頂きたいのです」
「……分かりました。謹んでお受けいたしましょう」
「よろしくお願い致します」
メルディたちの密かな話し合いにも気付かず、生徒たちは熱い議論を交わすのであった……。
◇
「ズドーン!!」
大きな轟音を立て、大砲が発射される。
砲弾は的のすぐ脇に命中するが、勢い良く拭き上がった土煙りと爆炎で粉々になり、欠片が空中を舞っている。
「イヤッホー! さすがの威力だぜ!」
親方さんの工房に発注していた大砲が届き、シドさんの部下たちが砲術の訓練をしているところだ。
連射速度はないが、抜群の破壊力を持つ代物だ。
だが……
「まだまだ訓練が必要ですね。無駄撃ちしないで、命中精度を上げましょう」
「まあな。――だが、今は撃つことが大事だと思うぜ?」
「まぁ、そうなんですが……」
「金の問題か?」
「いえ。1発で5人は倒せないと、戦術的に価値が低いと思うんです」
「5人か……。仮に1発で5人倒せたとして、形勢としてはどうなんだ?」
「んー……。大砲は20門ありますので、必命でも1門あたり……75発ですね。これでは接敵されて、全部は倒せませんね」
「だがよ。接敵するまでに10発は撃てるだろ? 1000人は倒せるんじゃねえか? それにボウガンだってあるしよ!」
「仮に、それで1万倒せても、残り2万対1500では勝ち目ないでしょ?」
「一人で10人倒せばいいだけじゃねえか?」
「……い、意地悪ですね」
「いいじゃねえか! 「1人で30人倒せば」って話より、よっぽど現実的だぜ!」
「大見栄切ったのは謝罪しますが……一方的展開はあり得ないと思ってます」
「……後ろ向きなこと言うようになったな? 昨日だって、丸1日寝込んでたしよ」
「え、ええ……。それを言われると、耳が痛いです……」
ズキン! と顔が痛む。
「おい、大丈夫か!? まだ治ってねえんだろ?」
「……気にしないでください。生きてただけマシですよ」
「まったく無茶するぜ! 小屋が吹っ飛んでも生きてる。ってのは不思議だが……それを治しちまうオマエも異常だぜ!」
「一応、注意してたんですけどね……。アクトバーさんに処置方法を教えておいて良かったです。シドさんも後始末とか、ありがとうございました」
「まったくだ! こんな大事な時期に……馬鹿なことするんじゃねえよ!」
「……まぁ、おかげで火薬が安全に作れるようになりました。使用状況も順調ですし、あとは量産ラインに乗せるだけですね」
「……今度は気を付けろよ」
「ええ……。メルディを未亡人にはしたくありませんからね」
「……そうだな」
現在俺は、全身包帯をして、松葉杖をつきながら訓練を見ている。
あれは……思いだすだけでも、ゾッとする……。
仕方ないとはいえ、次は別の方法を考えねば……。
「そういえば、伯爵領の様子はどうですか?」
「まだ報告が来てねえな。今日あたりに来ると思うぜ?」
「……分かりました! 訓練を続行してください。くれぐれも、火元だけには気を付けてくださいね」
「分かってるって! お前じゃねえんだからな」
シドさんは、最近恒例になっていることを聞いてくる。
「ジェリスは戻ったか?」
「いえ、まだですね。ミリアさんに会いに村に行ってるんですから、まだ掛かると思いますよ」
「そうか……」
「もしかして、疑ってます?」
「いや、そうじゃねえんだが……」
「彼がどうするかは彼次第です。今は信じましょ」
渋い顔をしているシドさんに後を任せ、松葉杖を付きながら訓練所に向かう。
◇
訓練所ではガルアとミイティアが、兵士たちを相手に本格的な戦闘訓練をしていた。
「オラ! そんなヘッピリ腰だと死ぬぞ! ミイティアも手を抜くな!」
「ガルアこそ! そんな棒切れじゃなくて、剣を使いなさいよ!」
「アレはマジで死人が出るだろが!」
「手抜いてるのは同じでしょうが!」
器用な奴らだ……。
複数の兵士たちを相手にしながら、口論をしている……。
どんだけ、兵士たちと差があるんだ?
適当な場所に座り、その姿を眺める。
◇
訓練がひと段落したようだ。
相手をしていた兵士たちは皆倒れ、ゼエゼエと荒い息をしている。
ガルアとミイティアが俺の隣に座る。
「お疲れ様。訓練はどうだい?」
「まだ駄目だな」
「そうでもないわ! 剣術はまだまだだけど、弓の方はなかなかよ!」
「そりゃーそうだろ! 特別仕様だしな!」
「そうだけど……。装填速度が上がれば、簡単には攻め込んで来れないわ!」
「最後は白兵戦だろが! 今のままだと、接敵されたら危ねえだろが!」
「接敵する前に倒せばいいのよ!」
「まぁまぁ。二人とも止めようね。考えてたより兵たちも成長してるみたいだし、白兵戦が不得意な人は弓を洗練させたほうがいいね。状況によっては、乱戦中の援護射撃もするから――」
「兄様! それは大丈夫よ!」
「自信ありげだね?」
「うん! 実際、人を立たせてやらせたこともあるわ!」
「……死人出てないよね?」
「で、出てないわよ! そんなことするわけないでしょ!?」
「……どうやったの?」
「案山子よ!」
「……もうちょっと詳しく」
「案山子を兵たちに相手させて、密集地帯に矢を撃ったの!」
「それだけじゃ駄目だね」
「……どうして?」
「敵は動くし、矢を弾くかもしれない。予想を越える動きのいい相手がいた場合、どうするの?」
「それは……」
ミイティアは考え込んでしまった。
その間にガルアの状況を聞く。
「ガルア方はどう?」
「今のところ、3人で1人を相手させている。矢である程度削れるからな。入り込んだやつを倒す感じだ」
「いい発想だね。予定では5人一組にするから、5人で連携行動を取れるようにしてくれ。怪我で戦線離脱する者が出た場合も想定して、各班が4~6人程度になるように訓練をしてくれ」
「分かった」
ミイティアが、膨れ顔で俺を見ている。
「ミイティアは間違っていないよ。今は弓の訓練に集中してくれ。漏れてきた敵はガルアが処理するから、向かってくる敵を間引くことに重点を置いて欲しい」
「うん。でも……被害を減らすには、乱戦中の敵を倒さなきゃ……」
「この際、犠牲は無視しようか。弓隊が数を減らすことで、白兵戦部隊が楽になる。時間は限られているから、今は得意分野を磨く方がいいと思うよ。戦線を維持できなくなったら、逃げること!」
「それはねえな」
「無いわね」
はぁぁぁぁ……。
ガルアとミイティアは、戦術的撤退の重要性を分かっていない。
何度も教えて来たのに……未だにこの調子だ。
「とにかく! 逃げる時は逃げるの! 数の上で劣勢なんだから、一人の活躍でどうこうできるって思わないでね!」
2人して同時にツッコむ!
「分かってるよ!」
「分かってるわ!」
はぁぁぁぁぁぁぁ……。
指示は伝えたので、2人を訓練に戻す。
そして、俺は館に戻る。
◇
館に着くと、玄関にメイドさんが立って待っていた。
「お帰りなさいませ。マサユキ様、お手紙が届いております」
「ありがとう」
複数の手紙を受け取る。
裏を見ると、目を引く印が目に入ってくる。
開けたい気持ちを抑え、自室に戻る。
◇
手紙は、街の財政状況の報告書や親方さんからの手紙。
そして、敵に関する情報である。
見る限り、概ね予想通りではあったが……戦いは避けられそうにない。
対応策は打っているが、劣勢に変わりない。
大きな鉄球が転がって来て、どんな手を打とうと踏み潰され、方向転換もなく転がり続けるイメージである。
これを止めるには、根底から覆さなければならない。
だが、強固に固められた地盤は、簡単には掘り返せない。
待ちうけているのは、鉄球に押し潰される運命。
そして、この状況をひっくり返すカードは……今はない。
「まぁいいさ! あとは運だ!」
ベットに寝転がり、天井を眺める。
あの件で、見飽きた天井だが……いざ決戦となると、違った形にも見える。
メルディが付きっきりで看病してくれた。
「メルディには、毎度迷惑を掛けているなぁ……」
ボソっと呟いたつもりだったのだが、
「お呼びになりましたか?」
「ぬは!」
声を掛けられた方に顔を向けると、平然と何事もなかったのように……メルディがいた。
メルディは俺の頭を持ち上げ、膝枕をする。
「……学校は?」
「もう終わりましたわ。それに、大まかには教え終わっています。あとは引き継いでも問題ないと思いますわ」
「そうか……。長い間ご苦労様」
「どう致しまして」
メルディの手を握り、ボーっと天井を眺める。
ポタポタと温かい物が落ちてくる。
「どうしたの?」
「……いえ。止めることができなかったことが……悔しくて……」
「分かるよ。俺も色々手を尽くしたけど……どうにも止まらない。人の欲望がここまで惨たらしいと、呆れることすらできない。どうして人は……争いをやめないんだろうね?」
メルディは何も言わずに、短くなってしまった髪を撫でる。
◇
「そろそろ準備しようか?」
「そうですわね」
準備をし、1階に降りる。
予感の赴くままに応接間に入ると、男爵様がいた。
俯き、歯を食いしばり、深刻そうな顔をしている。
無言で眺めていた俺たちに気付くと、無理矢理顔を整え、決意を込めたように口を開く。
「マサユキ殿。話がある」
リアル多忙+夏バテでDOWN中です。
次回は、1週間後の水曜日に更新したいと思います。
次回、水曜2014/7/9/7時頃に更新します。