第46話 月夜の脱走者
「ドタドタドタ……」
外が騒がしい。
勢いよく男爵様が部屋に入ってくる。
「マサユキ殿! ――ふあ! し、失礼!」
男爵様は慌てて顔を背ける。
男爵様が俺とメルディの寝室に駆け込んで来たのだ。
そして、メルディの露わな姿に顔を赤くしている。
「男爵様。お気にされないでください」
「す、すまぬ……」
「マサユキ様。大丈夫ですか?」
「う~ん……」
メルディは布団の上から山をなぞるように優しく摩っている。
「まったく……飲み過ぎなんですよ」
「…………」
「ところで男爵様。如何されたのでしょうか?」
「う、うむ。収監していた犯罪者が脱走したのだ。急ぎ伝えようと思ってな」
男爵様は顔を背けたまま、そう伝えた。
「うーん……」
「マサユキ様? 大丈夫でしょうか?」
「……マサユキ殿は具合が悪いようだな。すまなかった! あとは我らで対処する。ゆっくり静養されるのだ」
そう言うとドアを閉め、走っていく。
メルディは服を羽織り、窓の外を見る。
外は日も明けない早朝である。
真っ暗な街に松明の火が浮かび上がり、脱走者を探すべく兵士たちが忙しなく動いているのが見てとれる。
「これも……マサユキ様の想定内でしたわね」
そう言うと再び布団に戻り、眠りに着く……。
◇
その頃、
脱走者たちは男爵領を抜け、目的地に向けて荷馬車を走らせていた。
「助かったぜ! あんたらのおかげだ!」
そう言い、ビトリスが黒ローブの者たちに声を掛ける。
しかし、応答はない。
代わりにローブの影からギラリと睨み付ける。
「わ、分かってるって。それにしても……まさか、お前までいるとはな……」
ビトリスは一人の男に視点を向ける。
黒いローブで全身が覆われているが、月明かりで照らされ少しだけ顔が見える。
「声を掛けるな。今は急がねばならん」
「そうだな……ジェリス」
◇
一方、男爵領では緊急会議が開かれていた。
「ゴルドア。現状を報告せよ」
「ハッ! 捜索範囲を近隣の町まで伸ばしていますが、発見の報告は挙がっておりません。以前の盗難被害と似ています」
「うむ。脱走者は何人だ?」
「3名です。ビトリスと連れの2名の行方が分かっていません」
「他に被害は出ているか?」
「特には報告されていません」
「うーむ……」
「探しても出てこねーと思うぜ?」
「……シドの言う通りだな。捜索は中止する!」
「ハッ!」
ゴルドアさんは外に駆け出していく。
シドさんがやや呆れ気味に、
「まったく……マサユキの言った通りになったぜ!」
「私は聞いておらんぞ?」
「そうだったか? ……まぁいいさ。俺たちは――」
シドさんの手下が耳打ちする。
「来たか! 入れてやれ!」
しばらくすると、数名の男たちがアジトに入ってくる。
「よく来たな、ジール!」
「久しぶりだな! これを……」
ジールは手紙を渡す。
「……ふむ。やはりそうか……」
「シド? どうしたのだ?」
「いや……予定通りって感じだな」
「マサユキ殿の紙に書かれていたことか?」
「いや、そっちじゃねえな。……結局のところ、俺たちのやることは変わらねえ」
「そうなのだが……私だけ聞かされてない話はどうにもな……」
「まぁそう言うなよ。マサユキも言ってたじゃねえか? 『すり合わせの必要はない』ってよ」
「うむ……」
ジールが紙を取り出し、シドに渡す。
「シド。今回の荷の書類だ。サインを頼むぜ」
「……って、やけの多いな?」
「まぁな。今回は大荷物だったぜ!」
「……これってよ? 次も大荷物だったりするか?」
「そう聞いてるぜ? 工房も大忙しだったしよ」
「……フ、フハハハハハ! こいつはマジで大戦になるぜ!」
「どうしたというのだ?」
「作戦コードA-3だ! 分かるだろ?」
「まさか……もう出来たのか?」
「みたいだぜ? さっそく荷を確認しようぜ」
男爵たちが外に出て行く。
シドは、誰もいない部屋で一人呟く。
「首尾はどうだ?」
「……順調です」
「次の段階に移れ」
そう言うと、シドさんは男爵たちの元に向かった……。
◇
所変わって、学校。
朝方の騒動で生徒たちはガヤガヤと噂話をしている。
メルディが手を叩き、
「(パンパン!) さあ、授業を始めますよ!」
「先生! 噂で聞いたのですが……近々戦争があるそうですが?」
「心配いりません。あなたたちは自分の責務を全うしなさい」
「そうは言いますが、私たち――」
「お黙りなさい! 力のない者に何ができるのです!? 今、あなたたちに必要なのは知識です! 噂話ばかりで何もしない内は邪魔なだけです! 自覚しなさい!!」
メルディに叱られ、生徒たちは黙り込む。
セイルはしばらく考えた後、
「先生。私たちは、私たちのできることをする分には問題ないんですよね?」
「ええ……。大人たちの邪魔にならないことなら構わないでしょう」
「では、私達に時間をください。私たちにできることを考えてみます」
「……いいでしょう」
セイルと生徒たちが会議を始めた。
それを遠くでメルディは見守る。
隣にいた執事が、
「メルディ様。セイル様が不躾な願いを致しまして、代わって謝罪致します。どうかお許しください」
「執事様。あの子たちは何かしたいのです。『自ら考え、自ら動く』これはマサユキ様も常々言っていることです。今はあの子たちを見守りましょう」
「はい」
◇
再び脱走者たちの荷馬車に戻る。
夜通し荷馬車を走らせ、何度も馬を変えて一路目的地を目指す。
3日掛け、目的地近くまで来たところである。
「そろそろカシェリアだ。仮面の人よ。さっきの書類を貰えるか?」
「いいだろう。ここまで来れば護衛の必要もない」
仮面を付けた黒ローブの男が書類を取り出し、ビトリスに渡す。
「それにしても……よく作戦資料なんか手に入れたな?」
「この程度造作もない……」
「……まぁいいや! これで奴らにひと泡吹かせられるぜ!」
「1つ質問がある」
「なんだ?」
「ジェリスとはどこで知り合った?」
「……言えるかよ! これは俺とジェリスの問題だ!」
「そうか……」
剣を抜――
「ま、待ってくれ! 古い知り合いなんだよ! 俺たちの村に食糧を提供してくれたのが始まりだ!」
「偶然だと言うのか?」
「そうだ!」
「ジェリス。お前はコイツが団員だと知っていたのか?」
「……知らない。単なる偶然だ」
「と、とにかく! ジェリスのおかげで俺たちの村は救われたんだ! もうやめてくれよ!」
「分かっていると思うが――」
「言わねえよ! 誰にも言わねえから!」
「……いいだろう」
しばらく沈黙の後、
「お前達は……この後どうするんだ? 姉さんとは面識がないみたいだが?」
「すぐに立つ」
「そうか……。礼にメシくらい食ってけや」
「……考えておこう」
馬車は走る。
月明かりでやっと照らされる夜道を……。
◇
村に着いた。
夜中ではあるが、灯りが灯った家がある。
ビトリス促され、家の前に来る。
ドアを「トントン……トトトン」と叩く。
すると、内側のかんぬきが外れる音がし、ドアが開く。
「アンタら、よく無事で!」
女が家から飛び出し、ビトリスたちを抱きしめる。
「姉さん。苦しいですぜ……」
「どうしたんだい……その傷?」
「ああ……捕まっちまったんだ。……んで、あいつらに助けられた」
女は黒ローブの者たちを見据える。
何かに気付いたのか……目付きを変え、
「合言葉は?」
「…………」
「合言葉を聞いているんだ! 答えないかい!」
「…………」
「どうやら素性は答えてくれないようだね……。まぁいい、中に入りな!」
「姉さん? どういうことだ?」
「黙りな!」
ビトリスは女に一喝され、黙り込む。
家に入ると、何人かの男たちがいた。
皆武装していて、黒ローブたちを見ると剣を抜き、構える。
「待ちな! コイツら敵じゃないよ!」
「しかし、姉さん!」
「ウルサイ!! 黙ってな!」
女はテーブルの奥側の席に座る。
「さあ、席に着きな」
仮面の男が反対側の席に着く。
「珍しい色の髪をしてるねぇ? 南部の出身かい?」
「…………」
「ま、当然だね。簡単に喋るようじゃ仕事にならないだろうね。さっそく本題――と行きたいところだけど、食事にしないかい?」
「時間が惜しい。挨拶を済ませたら立つ予定だ」
「そうかい? なら――」
女はテーブルの上にあった紙に何かを書く。
「読めるかい?」
一般的に使われていない文字……
「おやおや? 面白い反応だね? 仮面で表情を隠してるけど、アタシにはお見通しさ」
「観察眼には自信があるようだな」
「褒められるほどの物でもないよ。……しっかし、これが分かるとはねぇ~」
「なぜ、それを見せた?」
「答える義理はないね。少なくとも――よそ者のアンタにはね!」
男たちがいきり立ち、一触即発の状況となる。
「仮面の兄さん。一つハッキリして欲しいのだけど……。アンタはどっち側の人間だい?」
「……どちら側でもない」
「やっぱり、これでも答えないんだね。ビトリス! 箱を持ってきな!」
「でも……」
「いいから取ってきな! オマエらも抑えな!」
男たちは女の指示に従い、ビトリスは渋々部屋を出ていく。
黒ローブの連れが反応するが、仮面の男がそれを止める。
女がそれを察し、
「心配しなくても仲間を呼びに行ったりしてないよ」
お互い睨み合い、無言の心理戦となる。
しばらくすると、ビトリスが箱を持ってやってきた。
「この箱には『すべて』が入っている。アタシらが掴んでいる情報、すべてだ!」
「……我らは主の命に従ってここにいるだけだ。目的が違う」
「強情だね? アンタらの主ってのは……そんなに信頼の置ける奴なのかい?」
「ああ。そうだ」
「羨ましいねぇ~。アンタ名前は?」
「……鵺だ」
「ヌエ? 聞かない名だね?」
「名ではない。通称に過ぎない」
「アタシの名は……知ってるかい?」
「聞く気もない」
「ローズ……知ってるかい?」
「……本当の名は?」
「聞く気がなかったんじゃないのかい?」
「ローズなら殺すだけだ」
「それは命令ってことかい?」
「懸賞金だな」
「なるほどね。……すまないね。アタシの名はビリアだ」
「なぜローズと言った?」
「都合がいいからさ。アタシらは元々帝国にいた。ローズのクソ野郎の犬となってな!」
「で、何が言いたい?」
「アンタらの主とやらに、この箱を渡して欲しいんだよ」
「依頼か?」
「依頼じゃないね。そんな金はないよ」
「何が目的だ?」
「そうだねぇ……。マサユキって奴がいれば話すんだけどねぇ~」
そう言うと、ジロジロと仮面の男を見る。
「まぁいいさ。今鍵を開けてやるよ」
ビリアは箱を――
後ろに立っていた連れが、仮面の男の肩を「ポンっ」と叩き、2回グイグイと掴む。
「時間だ。もう行かねばならない」
「そうか……。これは持って行っておくれ」
そう言って、ビリアは目の前に箱を押し出す。
仮面の男は受け取ると、家を出る。
そして、荷馬車を走らせる。
黒ローブたちが出て行き、ビトリスが疑問を投げ掛ける。
「姉さん……箱を渡して良かったんですかい?」
「なんてことないさ。どっちに転んでも……フフ、ハハハハハハ!」
いやー。修正作業が思ったより時間が掛かってます。
10話までで、思いっきり足止めくらっています。
あまり拘らないようにはしたいですね。
逆に最新話は、相変わらずプロットから飛び出た展開になってます。
自分でも先が読めない・・・(笑)
まぁでも、順調に3章の終わりには近付きつつあることは事実です。
3章の終わりまでには、修正作業を完了させたい・・・です。
次回は、水曜日2014/7/2/朝7時頃です。
何度も思ってしまうのですが・・・これって休載じゃないですよね?
単なるペースダウンな気が・・・。