第45話 裏の会合
今……なんて言った?
『ジェリス』と言わなかった……か?
なんで、ジェリスさんの名前が出てくる!?
いや、問題はそれだけじゃない!
これは危険過ぎる『キーワード』だ!
ゆっくり周りを見回す……。
皆、決戦準備に取り掛かるべく動いていてる。
メルディは――俺を真っ直ぐ見ている。……気付かれたか?
頭をブルブルと振る。
そうじゃない! 黙り込むのはやめたはずだ!
だが……これを話すべきか迷う。
確定情報ではない。しかも、真偽は別として心理的ダメージが大きい。
特に士気が上がっているこのタイミングは!
「シドさん! 閣下!」
俺に大声で呼び止められ、男爵様とシドさんがビックリしている。
皆も動きが一瞬止まる。
「……どうした? 急に?」
「マサユキ殿。どうしたというのだ?」
「少し相談事があります。……できれば別室でいいですか?」
「ここでいいじゃねえか? 隠し事は士気に関わるぜ?」
「そうなんですが……」
言葉に詰まる。
長である2人に意見を聞きたい。話す前に相談したいのだ。
ガルアが何か言おうとしたが、メルディがそれを止める。
「マサユキ様。私たちにも後でお聞かせ頂けますか?」
少し考える……。
「無理だ……」
「どういうことだ!?」
ガルアが大声を張り上げ、俺の胸倉を掴んでくる!
ガルアの目は怒りに満ち、俺を真っ直ぐ見ている。
俺もガルアの目を真っ直ぐ見返す。
「お前は仲間を殺せるか?」
「な、何言ってやがる!?」
胸倉を掴んだ手に力が込められていく……。
メルディがガルアの腕に手を当て、ガルアを一喝する!
「ガルア! お止めなさい!」
「……メルディ姉さん? どういうことだよ?」
「マサユキ様は『切り捨てる覚悟があるのか?』 と聞いたのです! 覚悟がなければ聞いてはいけません!」
「……俺は……覚悟がある! 聞く権利があるぞ!」
「いいえ! まだその覚悟ができていません! あなたはあなたのやれる仕事をするべきです!」
メルディに責め立てられ、ガルアは黙り込んでしまう。
シドさんが俺たちのやり取りを見て、
「なぁマサユキ。ここで話さねえか? 『切り捨てる覚悟』は、指揮する者には必要不可欠な技量だ。どのくらい意識に差があるか分かって貰ういい機会と思えば、いいんじゃねえか?」
「その通りだな。聞く覚悟も必要だろうな。覚悟がない者は部屋を出ろ!」
誰一人、部屋を出ようとしない。
「皆さん。改めて聞きます。ここから先の話は、単なる悪人の成敗ではありません。命を懸ける覚悟では収まりきらない問題です。……一蓮托生の覚悟で話を聞くのもいいでしょう。しかし、それでは計画に支障が出ます。俺としてはシドさんと閣下だけにお話ししたいことなのです。覚悟を聞いている訳ではありません。単なる興味で聞いて欲しくないんです。どうか今一度、考えなおしてください」
皆静まり返る……。
一人また一人と部屋を出て行く。
◇
部屋には6人残った。
男爵様。シドさん。部下2人。俺と……ガルアだ。
「6人か……。それでも結構残ったな」
「ええ……。ガルア、本当にいいのか?」
「俺はメルディ姉さんとミイティアの代わりに来てるしな。それにシドさんみたいになりたいからな」
「よく言うぜ! お前は直進型だから、言われた仕事をやってるほうが向いてると思うぜ?」
「そ、そんなの分かってます! 俺は――」
「まぁいいさ! ……知ってると思うが、こいつらはアルとヴェダだ」
アルとヴェダは無言で一礼をする。
雰囲気から察するに……相当場数を踏んでいる戦士たちだ。
シドさんが椅子から腰を上げる。
「さっそくだが、場所移さねえか?」
「なぜです?」
「ここは連絡所の役割もあるからな。俺たちが居座ってると、支障がでるだろ? まぁ付いてきな!」
◇
俺たちが連れてこられたのは、まだ開店していないシドさんの店だ。
ガランとし、照明用のカンテラがいくつか灯っているくらいで、部屋は薄暗い。
シドさんは椅子にドッカリと座り、俺たちも座る。
「さて……。話して貰おうか?」
「分かりました。まず、ビトリスから『ジェリスさん』の名前が出ました」
「ジェリスだと!?」
「閣下落ち着いてください。自白剤は思っていることを話し易くするだけです。どう関与しているのかまでは、調査しないと判断できません」
「むぅ……」
「私もジェリスさんが関与しているとは思っていません。だから、余計な混乱を避ける目的で閣下とシドさんをお呼びしたのです」
「……だが、本当に関与してたらどうするのだ?」
「その場合は……」
難しい……。
殺すのは簡単だが、どう裁決を下すのか判断が難しい。
「その時考えればいいんじゃねえか? 張らせておくか?」
「目立ちません? ジェリスさんはこの会合のことを知って――」
「大丈夫だ!」
俺の反論を遮り、シドさんは指笛を鳴らす。
すると、奥の方にローブを被った人影が現れた。
「ジェリスを張っておけ!」
ローブの者は一礼をすると、音もなく消えて行く……。
「コイツはユイルも知らない奴だったな。『陽炎』だ」
「陽炎……」
「心配するな。情報屋ってところだ。直接手を下すのは俺たちの仕事だ」
「ふむ……」
シドさんは情報屋と言っているが……。
あの身のこなしと佇まいは……只者じゃない。暗殺者だと思う。
「では、次に――」
「えっ!? お前は気にならないのか?」
「ガルア……。ハァ……。あえて言うけど、とやかく聞くのはシドさんに失礼だぞ? それに命を奪われてでも聞きたいことなのか?」
「…………」
「フッ。差が歴然だな。まぁ……聞かれても答えるつもりはねえが。奴を呼んだのは、この場が裏の話だからだ。関わり過ぎると命を落とすぜ?」
「ということだ。意見を言うのは構わないけど、話しの方向性次第では命を落とす覚悟を持ってから言えよ」
ガルアは黙り込む。
「心配するな! 俺が付いている! ガルアの覚悟と意識の高さは買っている。だから同席させているんだ。『俺が考えて、お前が実行する!』 今はこのスタンスでいいと思うよ」
「……分かった」
ガルアの表情は優れない。
こればかりは場数と慣れとしか言いようがない。
俺も場数を踏んでいるわけではないが……俺がこういう話で動じないのは、現世での仕事の経験からだろう。
伊達にブラック会社に長年勤めていない。
「さて、次ですが、最近風俗嬢やキャバクラ嬢などに、強引なお誘いとか受けてません?」
「……んーなのしょっちゅうだぞ? ここで話すことでもないだろ?」
「いや、異常なんですよ! 金を払ってでも抱きたいとか、普通に考えてもあり得えない話なんですよ」
「…………」
「ガルアは、お誘い受けたりしない?」
「な、ないぞ!」
「そうか……」
「マサユキ殿。私もそういうのはないぞ」
「そうですか……」
声を掛けてくるのはよく知った顔だから、そういう風に疑りたくはなかった。
だけど……諜報員の可能性も疑っていた。
連れ込んだところを多人数で襲うとか。誘惑して情報を引き出すとか。荒事になる可能性を考えていた。
今のところ、そういう被害報告は聞いていない。
もしかして、俺だけ狙われてる?
そう考えれば、相手は相当な策士だな。
一人歩きは危険かもしれ――ん? アルとジェダの目線が……。
「まさか……シドさん?」
「い、いや~……悪気はなかったんだ。賭けをし――」
「もういいです! ハァ……」
「すまねえ!」
「マサユキ殿? どういうことなのだ?」
「いや……もうその話はいいです。シドさん! あとでお仕置きです!」
「ですな」
「だな」
「うひー!」
アルとジェダもシドさんを睨み付け、シドさんがタジタジになっている。
「ともかく! 宿に連れ込んで罠に嵌める可能性と、誘惑を使って情報を引き出そうとする可能性があります! 治安がいいとはいえ、丸腰の上に多人数相手では太刀打ちできません! 先手を打って、逆に罠に嵌めてやりましょう!」
「ど、どうすればいい?」
「そうですねぇ……。表立った動きはできませんからねぇ……。連絡体制を密にして、通報後にすぐに動けるようにしておくことでしょうか。あとは……」
◇
その後、他の問題点や懸念点について検討し、ある程度方針が決まった。
「最後にローズについてです。そこでハッキリさせたいのですが……ローズとは人名ですか?」
「そうだ。人の名だな。……何が問題なんだ?」
「そいつは男ですか?」
「だと思うぜ?」
「では、『姉さん』とは何ですか?」
「ん? ……確かにそうだな。食い違いやがる」
「そもそも、その情報はいつ知ったものなのでしょうか?」
「いつって……割と近年だと思うが……」
「では、最新情報ではないということですね? 調べ直しましょう」
「……そうだな」
ビトリスから『ローズ』という名を聞いた時、シドさんだけが焦っていた。
恐らく『陽炎』から得た情報なのだろう。
つまり、信ぴょう性は高い。
だが、聞きだした情報とは一致しない。この差が問題なのだ。
正確な情報がなければ作戦も立てられない。先手も打てない。
力で劣る分、情報は勝負の決め手となる。
今必要なのは、正確な情報なのだ!
「となると……残る問題は、ジェリスさんですね」
「どうする? 尋問するか?」
「んー……。下手な小細工はなしでいきましょうか! ガルア。ジェリスさんがどこに居そうか分かるか?」
「ああ。この時間なら訓練場だな」
◇
訓練場に着いた。
訓練場では、数百人の兵士たちが訓練の真っ最中だった。
ジェリスさんはミーティアとともに訓練指揮を取っていた。
ミイティアが俺たちに気付く。
いつもと少し様子が違う気がする……。
「ミイティア。お疲れ様」
「はい……」
「元気ないね? どうしたの?」
「あの……私は兄様とは違うのだなと……」
「もしかして、会合に来れなかったこと?」
「うん……」
「……フフフ。ミイティアはまだまだ会合に参加できないね。まだまだお子ちゃまだし!」
「ムゥゥゥゥ! なんでそうなるのよ!?」
「ガルアに聞けば分かるよ」
ガルアは「なぜ俺に振る?」 という顔をしている。
だが、俺の判断は間違いないと思う。
覚悟云々が問題じゃないことは分かったはずだからだ。
ミイティアを訓練に戻し、
「さて……。ジェリスさーん!」
ジェリスさんがこちらに駆け寄ってくる。
「マサユキ殿。どうされたのですか?」
「ちょっと込みいった話があります。ちょっと場所を移していいですか?」
「……はい」
訓練場から少し離れた場所に着く。
「ジェリスさん。ビトリスって方、ご存知ですか?」
「……ああ。知っている」
「ビトリスをある容疑で捕らえたのですが、ジェリスさんは……」
ちょっと考える。
色々話を聞くより、効果的な質問はないだろうか?
「その行動は、正義に恥じない対応でしたか?」
ジェリスさんは黙り込む。
そして、
「いや。見逃し――」
「ジェリスさん、同じ質問を繰り返します。正義に恥じない対応でしょうか?」
「……恥じない……と思う。だが――」
「もういいです。帰って訓練に戻ってください」
「いや! せめて弁解はさせてくれ! 責められ――」
「ジェリスさん。人には隠し事の一つや二つあります。俺はあなたと決闘し、あなたの生き方は理解しているつもりです。その正義に恥じないなら、例え寝首を掛かれようとも正しい判断なんだと思います。……さあ、訓練に戻ってください」
ジェリスさんは渋々訓練場に戻っていく。
男爵様が神妙な顔をして聞いてくる。
「マサユキ殿……。すまなかった」
「何に対しての謝罪か分かりませんが……。これが最善だと思っています。閣下もお気を落とされないでください」
「……分かった」
「皆さん。ジェリスさんの件はこれで決着ということにします。これが原因で負けに至るなら……仕方ないとしましょう」
「そうだな。疑ってばかりじゃ仲間割れの原因になるしな」
「監視も解いてください。調査に専念して貰いましょう」
「分かった」
鞄から紙の束を取り出す。
それを男爵様とシドさんに渡す。
「これには今後の作戦が書かれています。それぞれ別の内容が書いてあります。すり合わせの必要はありません。さっそくやって欲しいことも書かれています。すぐに動いてください」
「分かった」
「うむ」
◇
残ったのは、俺とガルアだ。
「ガルア。どうだった?」
「考え方の次元が違うことだけは分かった」
「聞く必要はないと思うが……手伝ってくれるか?」
「……いいぜ!」
「よし! ……それじゃあ。メシにいくか!」
「……フ、フハハハハハ!」
◇
「カツーン! カツーン! ガツーン……」
暗く、冷たく、殺風景な石壁に音が響く……。
ここは地下牢。
マサユキたちに捕まり、犯罪者として収監されている施設である。
黒いローブを纏った者たちが牢の前に来ると、鍵を取り出し……「ガチャリ!」 と牢の鍵を開ける。
小声で、
「(主からの命だ。出ろ)」
「お、お前誰だ?」
収監された男たちが脅える。
しかし、黒ローブの者たちは何も語らない。
そして、ある物を見せる。
「そ、それは!」
何かに気付いたのか、収監された男たちは立ち上がる。
そして……。
次の更新は・・・金曜日くらいにしましょうか。
休載と言っておきながら、執筆を続けている事には矛盾を感じますが・・・。
最新話を書かないと、修正作業だけで参ってしまいそうなので。
次回は、金曜日2014/6/27/16時頃です。
ちょっと時間ずらしますね。