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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第2章 眠りから覚めて
36/117

第35話 男爵領へ向かって

「う~ん・・・ポカポカして気持ち、おっと!」


俺達は男爵領に向かって移動している。

ミイティアとマールを先頭に、馬車、荷馬車の順だ。


朝に出てまだ昼頃だが、景色は相変わらず山と岩と木ばかりだ。

長旅に慣れている男爵様と側近達は平気そうだが、ガルアは完全に昼寝タイムに入っている。

フェインは途中で疲れていたので、馬車に乗せた。

今はメルディの隣でスヤスヤと眠っている。


俺はというと、馬車の御者をやっている。

単純にやってみたかったのだ。


男爵様や側近達には止められた。

俺達が客人だからという理由でだ。

しかし、無理を言ってやらせてもらっている。

俺は客人かもしれないが、男爵様の護衛でもある。

それにいずれ世界を旅する事を考えれば、後々必要になるスキルだからだ。

しかし・・・御者とはなかなか難しい。


生まれて初めての御者だし、馬の扱いに慣れている訳でもない。

問題は・・・道が悪路だからだ。


アスファルトで綺麗に舗装された道は当然なく、人が通った事で自然に出来た道というべきだろうか。

大きな岩が転がっていたり、窪みや小さな起伏があったり、場所によっては草木が生い茂っている。


村は山奥にあるし、頻繁に人が通るわけではない。

通るとしても行商くらいだろう。

そんな訳で、たまに大きな窪みに突っ込んでしまうのだ。

なんとかゴルドアさんにフォローしてもらいながら、ゆっくり進んでいる感じだ。


「気を抜く出ないぞ」

「はい。御者とはなかなか難しいものですね」

「そうだな。慣れという事あるが、馬と呼吸を合わせる事が大事だ」

「道を選ぶのではなくてですか?」

「もちろん道も選ぶ。だが決断するのはマサユキ殿だ。少しでも躊躇すると馬達が混乱してしまうからな」

「なるほど・・・」

「この辺りは道が悪い。多少の起伏は無視して溝に填まらぬよう、真っ直ぐ進めば良い」

「はい」


ガタゴト音を立てながら、馬車は進む。


今、御者をやっているのは俺とゴルドアさん。後ろの荷馬車はジェリスさんがやっている。

本来なら男爵領に応援を呼んで、1台に2人の御者と護衛に何人か欲しい所だったが、ジャガイモの栽培に1日でも早く着手するために止むえない判断だった。


そこにミイティアとガルアが護衛として参加してくれ、人は少ないが護衛10人くらいの戦力になった。

中継地点の村や町で人を雇って護衛させようと思っていたが、人が集まらなかったり戦力にならない人がいたらと考えると・・・今さらながら考えの甘さが浮き彫りになる。

そう考えると、ミイティアとガルア、マールの存在は有難い。感謝だ。





道が林に続いていく。

その手前に差し掛かった時、マールが反応した!


マールは唸り、何か危険を察知したようだ。

その反応に馬車を止める。後ろの荷馬車も止まる。


「マールどっちだ?」


マールは林の中に顔を向ける。

この位置からだと見えない。林の奥の方のようだ。

魔獣だろうか?


異変に気付き、ガルアが起きた。

フェインも窓から顔を出し、状況を見守っている。

男爵様が異変に気付き、状況を聞いてくる。


「マサユキ殿どうかされたか?」

「魔物か不信者がいるようです。結構近いかもしれません」

「そうか。引き返そうか?」

「そうですねぇ・・・まずは偵察してみましょうか?対処できそうになければ方向転換しましょう」

「分かった」


ミイティアとマールには男爵様達の護衛をお願いし、俺とガルアで偵察する事になった。




道筋から離れ、遠回りするように迂回し、林に入る。

足場は悪いが、こういうのは慣れっこだ。

数ヶ月ではあるが、こういう山道は訓練や薬草集めでよく通っていた。


敵となる相手は林の中にはいなかった。しかし探索を進めると、林を抜けた先の岩影に人影を見付けた。

全員は確認できないが、人数は多いかもしれない。

ガルアが木に登って、様子を確認する。




しばらくすると降りてきた。


「10人だ。男が8人女が2人。全員武装している。男は剣で女は弓を持っていた。両脇に隠れて挟撃するつもりだろう。配置はこんな感じだ」


ガルアは地面にあった石や枝を使って説明する。


「なるほど・・・。ガルアはどう思う?」

「何だあ?いつもならお前が決めてるくせに」

「まぁそう言うなよ。直接見たガルアの意見を聞きたいんだ」

「そうだなぁ・・・。後ろから、こう奇襲すれば半数は余裕だと思う」

「できれば生け捕りにできないか?」

「んー・・・。あの配置だと全員は無理だな」

「なら、おとりを使えばどうだ?」

「考えがあるのか?」

「ああ。一端馬車に戻ろう」


俺達は馬車に戻り、状況を説明する。


男爵様もメルディも心配そうにしていたが、作戦を聞いてひとまず納得してくれた。

了解を得られ、各自配置に移動を始める。


俺とガルア、ミイティアとマールは戦闘配置に移動し、ゴルドアさんとジェリスさんは馬車に乗り込む。

いざとなったら逃げてもらうためだ。


配置や装備から、恐らく馬車を襲う気な事はほぼ間違いない。だが確証がない。

確認のためにおとりを使い、状況次第で生け捕りまたは殲滅の判断をする。

念のために退路の確保もできている。

仮にうまく進まなければ、逃げるが勝ちだ!


ここまで余裕なのは、単に殺すだけならボウガンで奇襲して3連射もすれば終わるという事もある。

だが、可能なら生け捕りしたい。

別に人殺しをしたくないからではない。

理由がないわけではないが、生け捕りした後どうするかは後で考える事にしている。


俺は荷馬車を走らせる。

命のやり取りになるかもしれないのに・・・なぜかワクワクが収まらない。


「それにしても、出発して半日でこの状況とはね・・・フ、フフフフ」





林を抜けると、8人の男達が剣を構えて両脇から出てきた。

2人の女は遠くから弓を構えている。


「止まれえ!止まれえ!止まらないと攻撃する!」


手前で馬車を止める。


「動くな!怪我したくなかったら通行料を払え!」

「いくらですか?」

「な~んだ。聞き分けいいじゃないっスか。兄ちゃん金貨1枚だ!」


最初に制止を呼び掛けた男ではなく、隣にいたチャラい男が金をせびってくる。

俺は鞄を漁りながら、冷静に判断を巡らす。


まず1つ、単なる制止ではなく武器を構えている。

2つ、通行料とは言うがどう見ても、脅迫だ!

3つ、この配置なら作戦遂行は容易だ!

つまり・・・


俺は鞄から1枚の金貨を取り出し、親指で弾くように彼らに向かって放る。

金貨は「キィィィン」と鳴り響き、緩やかな放物線を描くように飛んでいく・・・。


次の瞬間・・・首が飛ぶ!


チャラい男は首からは血飛沫を上げ、体をガクガクと震わせながらスローモーションのように倒れる。


最初に制止叫んでいた男はすばやく反応し、剣を構えようとする。

が・・・手首から先が無い!


ダラダラと血が腕を伝って流れ、真っ赤に染め上がった腕を呆然と眺める・・・。

周りを見渡すと、仲間の男達が苦悶の表情浮かべ、黒い塊によって次々に倒れていく。


男は馬車に乗っていた男を睨む。

空は真っ赤に染め上がり平衡感覚が狂った視界に、悪魔染みた顔の男が迫ってくるのが見える。

強烈な恐怖で死を覚悟した瞬間・・・意識が飛ぶ・・・。





目覚め、目を開けると体が動かない。

後頭部が少し痛いが・・・手首を切り取られたような激しい痛みではなく、強く叩かれたような打撲のようだ。

手足は縄で固く締め上げられ、隣には仲間達も縄で拘束されている。

顔を上げると、さっき馬車に乗った若い男達に剣を構えられ、囲まれていた。


「おはようございます。良い夢は見れましたか?」

「・・・幻術か?」

「ご想像にお任せします(ニヒ)さて男爵様。この者達は普通どうされるのでしょうか?」

「うむ。盗賊行為は死罪だ」


その言葉にやっと現状を理解したようだ。

起きていた仲間達からも悲痛な叫びが聞こえてくる。


「もう終わりだ!死んだと思ったのに・・・また殺される!」

「助けてくれー!」

「うるさい!!黙れ!!」


ガルアが大声を張り上げ、男達を威嚇する。


「男爵様。とりあえず、この場は私に任せて頂けないでしょうか?」

「ふむ・・・いいだろう」

「ありがとうございます」


俺は男に視線を合わせ、語り始める。


「何か申し開きたい事はありますか?」

「・・・フーリアとシェラは・・・女達は見逃してやってくれ!」

「はあ?そうですねぇ・・・。女達は凌辱してから魔獣の餌にしようかと思ってたんですがねぇ・・・」


そう言って、どこかを見るように顔を向ける。

そこには連れの女達がいた。

女達は少し離れた位置で拘束され、近くにはマールとフェインが警戒態勢のまま待機している。


「な!・・・ま、魔獣だと!?」

「ええ。俺の家族です。餌代が勿体ないので、食べさせてやろうと思いましてね」

「くっそおおおおおお!!貴様ああ!!」

「どうせ死罪です。良かったら目の前で解体ショーをお見せ致しましょうか?」

「この外道があああああああ!!」

「外道?それはあなた達でしょ?まったく、たった金貨1枚で命を懸けるなんて・・・「馬・鹿」ですよねぇ」

「・・・くっ!仕方ねえだろ!こうでもしないと食っていけねえんだ!それに・・・」

「それに?」

「・・・金を払う奴は見逃してやるし、全部は取らねえ。・・・他に食っていける手段があるなら・・・こんな真似はしねえ・・・」

「ほー?金さえ払っていれば、男爵様が通っても見逃してくれたって事ですか?」

「・・・そうだ」

「ちなみにいくらですか?」

「・・・10枚」

「・・・フ、フハハハハハハ!」

「何がおかしい!?答えただろうが!」

「フフフフ。いやーごめんなさい。たった金貨10枚で・・・フハハハハハ!やっぱりお馬鹿さんですね!ハハハハハ!」

「・・・」

「さて・・・あなた達はどうしましょうかねぇ?公開処刑でもいいですし、村に連れ帰って対人戦訓練の的になってもらうのもいいなぁ・・・いや!目の前で女達を凌辱した後、殺すとかもいいですねぇ。その方があなた方の拷問になりますもんねぇ?ウヘヘヘヘ・・・」

「くそおおおおおおおお!!やめろおおおおおお!!・・・お前達貴族はいつもそうだ!俺達をゴミとしか思っていねえ!」

「・・・俺は貴族ではないですよ?」

「同じだ!貴族も商人もみんなだ!都合が悪くなるとすぐに手のひらを返しやがる!」

「まるで自分は正義のような言い分ですけど・・・あなた達は恐喝してたんですよ?男爵様も盗賊行為だと仰っています。あなたの言う貴族や商人がどういった物か分かりませんが、卑劣さでは似たような物じゃないですか?」

「・・・俺達は盗賊かもしれねえが・・・人殺しじゃねえ!あんたらみたいに特権を振りかざして殺す真似はしてねえ!」

「つまり、今まで1人も殺していないという事ですか?」

「・・・」

「この際ハッキリしておきましょ?殺したのですか?」

「・・・殺してな・・・」

「嘘を付くと問答無用で刑を執行します」

「!」

「どうなんです?」

「・・・」

「やれやれ。せっかく減刑の機会を与えてやったというのに・・・。さて、拷問を始めましょか」

「やめろおおおおお!やめてくれ!くそおおおおおお!!」


話を聞いていた女の一人が「パタリ」と倒れた。

近くにいたミイティアは何が何やら分からず戸惑い、隣の女は察しているようだが不安は隠せない。


遠目ではよく分からないが、舌を噛み切ったようだ。

口からはツゥーっと頬伝いに血が流れ、細かく痙攣している。


「あ~あ。舌を噛み切って自殺ですか・・・」

「何だと!?くそおおおおおおおお!!」

あねさん!」


男達は泣き叫び、暴れるが動けない。

かなり強く縛っているし、念のために縄も能力で強化してある。

ガルアやアンバーさんのような怪力でなければ千切れない代物だ。


「さて提案です。お聞き頂ければあの女、助けても構いません。どうでしょうか?」

「貴様馬鹿か!?そんな事が出・・・」

「急がないと死にます!どうします?」

「・・・構わん!フーリアが助かるなら俺の命など・・・。頼む助けてくれ!」

「分かりました」


そう言うと、俺は女に向かって走り出す。




辿り着くと、女を横に寝かせ状況確認を行う。

意識はないようだ。

耳を口元に近づけるが・・・息をしていない。

胸元に耳を当て心音を確認する・・・微弱だがまだ動いている。

口を開け喉を見ると、舌が収縮し軌道を塞いでいる。

このままだと・・・窒息死する!


「メルディ道具の準備だ!」

「こちらに」

「よし!気道確保をする!」


女のあご先を持ち上げ、頭を後ろに反らせる。

だが、血溜まりと舌の収縮で気道確保ができてない。

布に血を吸わせ、指を突っ込み舌を押さえ付け、強引に気道を確保する。

しかし自発呼吸がない。


大きく息を溜め、人工呼吸で息を送り込む。

肺が膨らみ、女の胸部が盛り上がる。

何度も繰り返す・・・。


「ゲホッ!グフッ!」

「よし!」


呼吸が戻った!

意識は混濁状態だが、自発呼吸しているなら大丈夫だ。


次に舌の状態を確認する。

舌は大きく中央付近まで切れている。出血量も多いが、まだ何とかなる!


「止血と局部麻酔をして縫合する!」

「はい」


舌の出血カ所を指でピンポイントで念を込め、出血を止める。

メルディが注射機に麻酔薬を入れ、渡してくる。

気泡抜きを行い、患部に注入する。


麻酔薬は毒性が強く、多量には使えない。

元は毒矢に使われる筋弛緩剤のような物だ。

それを調合し、局部麻酔用として転用しているのだ。


麻酔が効き始めた頃合いを見て、縫合を始める。




縫合を終えると、幹部に薬を塗り、卵の薄皮を患部を覆うように張り付り付け、剥がれないように念を込める。


よし!これで多少舌を動かしても、薄皮は剥がれない。

薄皮は絆創膏や瘡蓋かさぶたと同じ役割を果たすから、傷の治りにはいいし、唾液がいい感じに薄皮を湿らせる。

あとは定期的に薄皮の交換を続ければ自然に治るはずだ。


自発呼吸もしているし、出血量も比較的少なめに済んだ。

あとは意識の回復だろうな。


「あの・・・姉さんは助かりますか?」

「うん!あとは意識を回復すれば問題ないね」

「意識を・・・」

「大丈夫!ちゃんと呼吸してるでしょ?それにあなた方を殺す目的なら、助けたりしません。安心してください」

「・・・はい」


治療が終わり、再び男の前に戻ってくる。


「治療は終わりました。彼女は無事ですよ」

「・・・」

「足の縄を解いてあげます。ご自分で確認してみてください」


そう言って、男の足の縄を解く。

男を女の元に連れて行き、どうして大丈夫なのかを説明する。


「本当だな。まさか助けられるとは・・・」

「応急処置です。放っておいても治るとは思いますが、まだしばらく治療必要ですね」

「なぜ助けた?」

「あなたは「女達は助けてくれ」と言いましたよね?だからですよ」

「そんなのが理由になるのか?」

「そう言う事にしてもらえますか?それに、これからお願いする提案の答え次第ですね。それ次第では、あなた方を見逃してもいいと思っています」

「嘘じゃ・・・いや、それなら治さねえだろうな。どう言う事だ?」

「その前に、あなたは仲間達の大将ですよね?」

「そうだ」

「改めて聞きます。提案を聞いて助かる道を選ぶか、それとも死にたいですか?」

「・・・提案次第だ」

「いいでしょう。単刀直入に言います。我々の護衛をやってみませんか?」

「・・・言ってる意味が分からねえ」

「あなた方は「脅迫しても命までは奪わない」「貴族や商人などを恨んで、この世界の在り方に疑問を持っている」と言った。俺はそれに共感したからこそ、お願いしたいのです」

「いや待て!俺達は・・・いや、ハッキリ言おう。俺達は人を殺している。そんな俺達を信用するというのか?」

「いえ。信用してません」

「じゃあ何でだ!?」

「言ったでしょ?共感したと。俺もこの世界の在り方に疑問を持つ者です。しかし俺は、暴力のみで解決しようとは思いません。もちろん力は必要です。しかし俺は、俺なりの流儀を通し世界に挑みたいのです。言ってしまえば・・・同類なんですよ」

「・・・いやだからと言って・・・」

「面倒くさいですねぇ。依頼を受けますか?受けませんか?」

「・・・内容を聞かせてくれ」

「依頼は、男爵領まで我々の護衛となります。無事完遂すれば解放してあげます」

「・・・」


男はしばらく考え込む。




「それは「俺達を見逃す代わりに護衛をしろ」という事か?」

「見逃すかは働き次第ですね。それに報酬もお支払いします。そうですねぇ・・・一人金貨10枚でどうでしょうか?」

「10枚だと!?10人で金貨100枚って事か?」

「はい。破格の提案でしょ?(ニヒニヒ)」

「・・・フ、フハハハハ!俺をおちょくっているのか!?」

「いいえ!これは契約です!受けるか受けないかはお任せしますし、前金だってお支払いします。道中の宿や食費も俺が払います。つまらない盗賊業なんてやってるより、よっぽどマシなんじゃないですか?」

「そうだが・・・それでも納得はいかねえ・・・。騙し打ちするつもりじゃねえのか?」

「まぁ確かにそうですよね。ですが現状、我々を恐喝したという盗賊行為は確定してます。このままここで死ぬか、僅かな可能性に賭けて新たな生き方を選択するか。決めるのは、あなた方次第ではありませんか?」

「・・・」

「逆にあなた方に裏切られないかと心配してますよ。保険として女性達は預からせて頂きますが、危害も手を出したりもしません。裏切れば当然殺すと思いますが・・・何事もなければ治療も続けます。もちろん治療費も頂きません。何か他に気になる事はありますか?」

「・・・ないな」

「なら、お引き受け頂けますか?」

「いいだろう」

「皆さんにも確認を取ってください」

「分かった」


男は仲間に相談を始めた。




時間は掛かったが、全員納得してもらえたようだ。


「分かりました。最後に男爵様にも許可を取りますね」


男爵様に向き直ると、俺のやり取りに呆れていた。


「マサユキ殿?これはどう言う事なのだ?」

「ええ。彼らを雇いました」

「いやしかし・・・彼らは罪人だぞ?」

「ええ。しかしこの場は「私に任せて頂けた」のですよね?」

「そうだが・・・」

「閣下のお命は必ずお守りいたします。どうかご許可を頂けないでしょうか?」

「・・・いいだろう!娘の恩人の頼みだ。許可しよう」

「ありがとうございます」


男達に振り返り、叫ぶ!


「聞いたか!?男爵様より許可を頂いた!これに不服ある者はいるか!?」

「「ありません!」」


男達はひれ伏す。

ふぅ・・・。


「では契約成立だ!ミイティア!ガルア!マール!警戒は解いていいぞ!ただし、契約違反したらお前達の判断に任せる!」

「おう!」

「はい!」


男達の縄を解き、前金として金貨10枚を渡す。

女達は武装してない事を再度確認し、馬車に乗せる。


荷馬車には俺とガルアが乗り、ちょっと狭いが男達も乗せる。

ゴルドアさんとジェリスさんは男爵様の護衛もあるので馬車に乗せ、ミイティアは馬車の前を護衛する。


俺は御者を男に任せ、隣に座る。

準備が完了し、俺達は再び男爵領に向けて出発した。





「いやー。一気に人が増えたな~」

「旦那?私が御者などして良いんですか?」

「動き出して間もないのに、もう契約破棄ですか?」

「いや、そう言う意味ではない。なぜそんなにも人を信じられるのかと・・・」

「んー。あなたはあなたなりの正義を貫いている。少なくとも生きようと必死です。裏切るかは分かりませんが、契約を途中で打ち切りたいなら、次の町に着いたら申告してください。ただし、罪状は消えませんよ?」

「フ、フハハハハハ!馬鹿な男だ!フハハハハハ!」

「そんなに馬鹿に見えます?」

「ああ!契約中の主人に対して言う言葉じゃないが、アンタは馬鹿だ!」

「なんか釈然としませんねぇ。理由を聞いてもいいですか?」

「いや、理由と言える理由はねえな。気持ちいいほど真っ直ぐだと思っただけだ」

「・・・そうですね。俺は馬鹿真面目だけが取り柄ですもん」

「そうだ!さっきの幻術はタネを教えてくれ。どうにも分からねえんだ」

「そうですねぇ・・・白金貨50枚も払ってもらえればヒントくらいは教えますよ?」

「白金貨だと!?・・・いや「ひんと」とはなんだ??」


横文字の言葉が通じにくい事を忘れてた。


「タネの一部って意味です。というか・・・裏切られるかも分からない相手に、タネを教える馬鹿はいないですよ?」

「確かにな!済まなかった」

「それにしても・・・あなた達も馬鹿ですよね~。僅かな金のために命を張るなんて。最初から襲ってきてたら、あなた達死んでましたよ?」

「・・・体付きに見合わねえくせに、よく言い切れるぜ!俺達はこう見えても結構強いつもりなんだがな」

「ええ。強いと思います。だから奇襲を仕掛けました」

「・・・そうか。まともにやってもあの魔獣は抑えられなかっただろう。それに後ろの奴も強そうだしな」

「ええ。彼と銀狼シルバーウルフは相手が20人いても余裕ですね。彼と彼女だけでも余裕ですが、本気で殺しに掛かるなら30数える間に全滅ですよ」

「・・・おっかねえな・・・」

「念のために言っておきますが・・・あなた達には呪印を付けています。契約違反をすると反応します。変な気は起こさないでくださいね」


その言葉を聞いた後ろの男達が、ピクリと反応する。


「大丈夫ですよ。変な気さえを起こさなければ反応しません。護衛の役目に必要な事なら問題ありません」

「・・・そうか。曲がりなりにも金のために仕事を貰ったんだ。裏切らねえよ。それに俺達は罪人だ。当然だ」

「そうでしたね。今までにどういった事をしてきたのですか?」

「ああ、この仕事・・・いや盗賊を始めたのは最近だ。大抵は金を取るだけで済んでいるが、たまに従わないで襲ってくる奴は殺した」

「その割には貧乏そうですね」

「当たり前だ!全部奪っちまったら通行料の意味がねえ!それに本格的に討伐されかねねえ!あの近辺は魔獣も出るしよ、魔獣掃除の代金と思えば安いだろうよ」

「なるほどです。俺の村は年中魔獣が出るので慣れっこですが、普通はそうですよね~」

「旦那はどこの出身なんだ?」

「キルヴィラってご存じですか?」

「ああ。山奥の方だな。詳しく知らねえが・・・魔獣が山のように出るとか?」

「ええ。つい先日も・・・500ケトルと言えば分かります?小さな小屋くらいの魔獣が出てきましたよ。そいつは後ろの彼に一刀両断されましたけど・・・」

「そんなデカイやつが・・・さすがにそんなのは倒せねえぜ」

「まぁそんなわけで、普通の人は怖くないんですよ。毎日訓練してますしね」

「そうか・・・」

「ところで、あなた方は盗賊を辞めるつもりはありません?」

「できればそうしたいが・・・」

「俺が言うのもなんですが、今回の報酬で奪った金を返金するとか、ここら辺の護衛をやるとかで稼げません?」

「いや・・・そうだな。それもいいかもしれねえ。だがそんな事で許されるのか?」

「あなた方次第ですよ。金を奪った人達から許しを得て、真面目に仕事をしてれば認められるかもしれません。そのためには大変な苦労があると思います。でもやり直す気持ちがあれば乗り切れるのではないですか?」

「・・・そうだな」


男も後ろの男達も雰囲気が暗い。

食うに困る状況だったのだろう。

この方法で贖罪ができるのかは分からないが、罪=投獄または死罪というのが当たり前のこの世界では、なかなか難しい事なのかもしれない。


「旦那。俺達を雇ってくれないか?」

「どう言う事です?今雇ってるじゃないですか?」

「いや違う。あんたの部下になりたいんだ。これでも昔は傭兵をしていた。腕には自信があるんだ!」

「やはりそうでしたか・・・。随分統率された集団だと思ってましたよ。俺の出方を見て距離を取ってましたし、配置からも想像が付きました」

「・・・さすがだな」

「まぁそれはさておき。すぐには雇えません」

「駄目なのか?」

「いえ。まずは罪を償ってください。その上で試験をして決めます。とは言うものの、この仕事を全うしてから言うべきでしょうね」

「・・・その通りだな」

「一応言っておきますが、俺はかなり厳しいですよ。普通の覚悟ではすぐ辞めていくでしょうね」

「そうだ!お前は厳し過ぎる!」


ガルアがツッコミを入れる。

俺はそんなに厳しいのか?

確かに要求は高いと思うが・・・納得いかないツッコミだ。


「いや、それでもやってみたい!俺達は剣ばかりしか使えないが、力仕事だってできる。それにあいつ等にも苦労を掛けたくない」

「だったら、しっかり罪を償いましょうね」

「そうだな」

「そう言えば、名前を聞いていませんでした。俺はマサユキです。駆け出しの商人です」

「俺は・・・いや、私はジールだ」

「言葉遣いは気にしなくていいですよ。俺も変な言葉遣いで嫁に毎晩怒られてますし・・・」

「フ・・・ハハハハハハ!」


ジールさんを始め、ガルアや男達に笑われてしまった。

だけど、彼らが前向きに歩み出した事が嬉しい。

とはいえ、依頼が完遂するまでは気を抜かないつもりだ。


「まあまあ俺の事はいいとして、大体2日くらいの予定です。それまでよろしくお願いしますね」

「おい!2日って・・・2日で金貨100枚って多すぎないか?」

「そうですか?優秀な護衛を雇えたので、納得の額だと思っていましたが?」

「フ、ハハハハハハ!」


また笑われてしまった。


「まあいい。金の分だけ働くぜ。みんなも頼むぜ!」

「親分頑張りましょ!」


こんな感じで、とりあえずは順調だ。




彼らは盗賊とはいえ、よく訓練された傭兵だった。

まともに正面から当たっていれば・・・負けていたかもしれない。


今回使った道具は、金貨にある細工をして幻覚作用を誘発する物だ。

基本的な原理は、振り子を使った催眠術だ。

一定のリズムで揺れる硬貨を見詰めると、催眠状態に陥るというアレだ。


製作はベースとなる金貨に、ミイティアの剣を砥いだ時に出た上級ミスリルの粉末と魔獣の血を混ぜ、再度金貨として作り直したものだ。

音が出やすいように多少細工はしてある。


使用方法は指で金貨弾いて音を出し、放物線を描くように高く跳ね上げる。

そして金貨を見詰める事で能力が発動される。

ただし、この状態では数秒程度しか能力は持続されない。

多少の幻覚作用と平衡感覚を狂わせるの程度だ。


ここまで強力な物に仕上げるには、さらに「能力解放」という法則性を加える事で解決した。


能力解放というのは「1度しか使えない」という事だ。

補足すると、込められた能力を全解放するという意味で、再度込め直せば使える。

ただし、一度決めた能力の再充填のみ行え、主旨の違う能力付与は行えない。


この時点でも、ある程度の効果は見て取れた。

ここから更に状況に合わせて調整を掛ける事と、殺意を増強する「威圧」を併用する事で強力な作用を生み出せるようになっている。

つまり、視覚、聴覚、危機感という3つを同時に刺激する事により、凶悪な兵器となっているのだ。


嘘発見器の糸を作った時点で、ある程度形になっていた。

あの時「凶悪過ぎる」と言い表したのが「コレ」という訳だ。




問題は・・・製作コストが馬鹿高い。というか計算不能だ。

上級ミスリルは粉末とはいえ、単価が分からない。

それに製作にもかなり苦労した。

大き過ぎたり異形な形だと、投げた時に不自然に思われ、効果は半減する。

金の純度や出来具合でも能力にバラつきが出た。

材質、純度、形状、機構をいろいろ試した結果、現在の形になったのだ。


バカスカ使える代物ではないが、いざという時のために作っておいた。

肉体スペックが一般人に劣るという事もあって、色々とハッタリに特化してしまっているが・・・だからこそ必死さが能力に乗っている気がする。




ちなみに作戦内容はこうだ。

幻覚で混乱している隙に、荷台に隠れていたガルアと俺で、男達全員に強烈な当て身や峰打みねうちを喰らわせ気絶させた。

遠くにいた女性達には効果がなかったので、迂回して回り込ませたミイティアとマールに強引に抑え込ませた。

制圧した後、全員の武装を取り上げ、縄で縛り、男爵様達を呼んだのだ。


あとの経緯はこんな感じだが、別に人を殺すのが嫌だったわけじゃない。

身ぐるみ剥ごうとしたり、殺そうと襲ってきたら当然殺す予定だった。


あとは彼ら次第だ。

贖罪を全うする過程で死ぬかもしれない。

うまく贖罪が済めば、俺の部下になってくれるかもしれない。

まぁ・・・あまり期待しないでおこう。




相変わらず道は山と岩と木ばかりだが、心強い仲間も増えた。

期待し過ぎたくはないが、ワクワクが収まらない。


さて、次はどんな出会いがあるのだろう・・・。

第35話です。

やっと「3章男爵領編」がスタートです。

私にとっても、新しいスタートです。気合い入れて頑張っていきます。


本編の話です。

野党を脅迫するシーンで「ついに殺っちまったか!」と思いきや、「なーんだいつも通りじゃん」って思われるかもしれません。

大丈夫です。ジャブです!ジャブ!


現状マサユキの戦法有利で進んでいますが、仮に戦闘で劣勢になるとしたら・・・大人数での襲撃が最有力かな?

人質を取るというのも手だろうけど、たぶん・・・一族皆殺しの蹂躙戦に持ち込むと思います。


例えるなら、自分という仮想敵をどう攻略するのかという感じです。

なんていうか、一人で碁を打っている感覚というべきでしょうか?


余談ですが、筆者の趣味のひとつは囲碁です。

囲碁は勝ち負けが最後まで分かりません。打ち方一つ、発想一つでひっくりかえせるのも魅力です。

定石と言われる方法も存在しますが、多角的な視野が求められ、あーだ、こーだ考えるのが結構楽しいです。

囲碁もいずれは登場させたいなぁ・・・と目論んでいます。


さて、次回は金曜日2014/5/30/18:00です。夕方6時です。

その次は、たぶん月曜日の朝10時になる予定です。

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