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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第2章 眠りから覚めて
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第33話 出発の準備

2階から、3人の女性が降りてきた。

イーリスお嬢様、ミリアさん、メルディだ。


「皆さん元気ですわね」

「申し訳ございません。イーリスお嬢様。騒がしかったでしょうか?」

「いいえ。気にするほどでもありませんわ。それより暇で暇で仕方ないのですの」

「そうですねぇ・・・。この子達の話し相手になって頂けませんか?」


そう言って、俺の横にいる2人の女の子を紹介する。


「この子はミリー。この子はラチェアです。2人とも挨拶しなさい」

「初めまして、ミリーです」

「初めまして、ラチェアです」

「はい。私はイーリスよ。こちらはミリア。よろしくね」


いい感じに2人はイーリスお嬢様と話ができている。

普通は躊躇するものなのだが、肝が据わっているのか、知らないだけなのか分からないが・・・まぁいいだろう。


俺はガルアに黒板の事と、余裕があったらリバーシを作ってもらうようにお願いした。


囲碁でも将棋でもいいと思う。

囲碁や将棋は、先読みや視野を広く持つトレーニングとしてはいい方法だと思うが、慣れるまでが大変だ。

だから、ルールもシンプルで製作も簡単なリバーシにしたのだ。


リバーシは簡単に作れるとあって、適当な木材を使ってさっそく作業に入ったようだ。




あっという間に8x8の盤面と駒が出来てしまった。

裏面をインクで塗りつぶしただけの簡単な物だが、これで十分だ。


さっそくガルアと試してみる。


「うお!卑怯だぞ!」

「こういう物なんだよ(パチリ、パチリ、パチリ・・・)」

「いや、手を抜けよ!」

「どう手を抜けと?」

「いや・・・うがああああああ!俺には向いていねぇ!」

「フフフフ。まぁいいよ。遊びとしては面白そうじゃない?」

「どうだろうなぁ?」

「マサユキ様。それは何ですの?」


イーリスお嬢様は、興味深そうにリバーシの駒を眺めている。


「これはリバーシと言います。やってみますか?」

「ええ。お手柔らかにお願いします」


こうしてイーリスお嬢様と対戦する事になる・・・。




「パチッ」

「あーーーーー!そこはいけませんわ!待ったですの!」

「何度めの待ったですか?」

「いいのです!殿方は淑女に優しくするのが当然の礼儀ですわ!」

「分かりました。ではこちらに・・・」

「そ、そっちも駄目ですわ!」

「フフフ。今度はミリーやラチェアと相手してみてください」

「分かりましたわ。さあ掛かっていらっしゃい!」


案外ハマってしまったようだ。

さすがに子供相手では「待った」が使えないのか、負けて悔しそうにしている。


いつの間にか男の子達も戻ってきて、すごい人数が2人のやり取りを眺めている。

ガルアが気を利かせて2つ目の製作に入っている。


なんていうか・・・無駄に大盛況だ。




日も暮れてきた事もあり、子供達は家に返した。

イーリスお嬢様は回診を終え、部屋でミリアさんとリバーシをやって・・・また大きな声を出している。また負けたのかな・・・。


今日もなんやかんやで騒がしい1日になった。





治療に入って7日目の朝。

よく寝たはずなのだが・・・頭が痛い。

二日酔いだな・・・。


起き上がると、やはりメルディはいない。

もう朝食の準備に取り掛かっているようだ。


フェインは寝ているが、たぶんマールは起きている気がする。

マールは結構敏感だ。

怪しい物音とかすると反応する事もあるけど、危険かどうかの見切りも早い。

さすが最近まで野生として生きてきただけあるよ。




外に出ると、いつものようにトレーニングに入る。

柔軟体操をし、筋トレとウォームアップ、そして村を適当に走る。


帰ってきたら、薪割りを始める。

薪割りが終わったら、現状確認と事業の今後の方針などを考える。


今の所大きな問題はないが、薬草を育成する施設建設費が想定しているより高くなってしまいそうな事だ。

考えているのは、天井と壁をガラス張りにして、日光を取り入れやすくしたビニールハウスのような施設だ。


問題となっているのは、このガラスなのだ。

現世においても、異世界においてもガラスはかなり高価だ。

全面となると、かなりの高額になるのは分かり切っていた。


開閉式の屋根にするにしても、季節変化を考えたり長期運用を考えるとなかなか難しい。

プリズム効果を利用して光をまんべんなく照らす方法も検討しているが、専門ではないし雪の事を考えるとかなりハードルは高い。

そう考えると、全面ガラス張りは耐久性の観点からも課題が多い。


俺の能力を利用して強化ガラスを作る方法も考えたが、そもそもガラスその物を強固にする技術がないと強化にも限度がある。

防弾ガラスのように複数枚重ねる方法もあるにはあるのだが・・・どうやって接着したらいいのだろうか?


機密性も確保しないと、気温変動で苗が駄目になってしまう。

結構難しい問題なのだ。


一度、親方さんに相談したほうがいいかもしれない。




そうこう考えを巡らせていると、2階から男爵様達が降りてきた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「お嬢様の容態も良好で、近日中にも退院できそうですね」

「ああ。マサユキ殿のおかげだ。感謝する」

「いえ。感謝を述べるとしたらラミエールにお願いします。私は話を取り付けただけですので」

「いや、マサユキ殿にも感謝しているのだ。当初はここまで良好に治療が進むとは考えてもいなかった。イーリスも表情豊かになった。あの我儘娘がここまで穏やかになったのも、マサユキ殿とこの村の者達のおかげだ」

「ありがとうございます。村を代表して、謹んで感謝をお受けいたします」

「うむ」

「まぁ、お掛けになってください」


男爵様達をソファーに座らせ、話を切り出す。


「しかし今回の事態についてですが、色々府に落ちない点があります」

「商人だけの問題ではないのか?」

「それもありますが、あまりに対応が早過ぎます。薬の製作は約2ヶ月程前に始めた事ですが、最初の1ヶ月間は実験のみで村人以外は知りえない情報でした。7日程掛けて国王陛下に届け、7日後には結果が得られました。通常14日で承認が降りる事自体が異例なのですが、それに合わせたように今回の事件が起きました」

「確かに14日では往復を考えても異例だな。それを考えるとそち達の仕業の可能性はまったくない。いやすまない。分かっているのだ」

「ええ。その点についてはご理解頂けていると思っています。問題は「若返りの薬」なる言葉が、どうして使われたのかという事と、製作元がこの村だと知っていた事です。お嬢様に対しての策謀があった可能性もあります」

「我領地は小さいからな。爵位的にも下等に扱われる事もある。だが・・・策謀という点においては考えにくいと思う」

「これは妄想なのですが、お嬢様の縁談が関連していないでしょうか?」

「それは・・・ないと思うが・・・」

「私はイーリスお嬢様の事をよく知りませんが、あの美貌ですから、何度も求婚を迫られたりしていませんか?」

「確かに・・・伯爵様のご子息様には何度も縁談を持ち掛けられていたな」

「他にも求婚を迫っていた方はいらっしゃいませんか?」

「かなりの数であるからな。判断は付かぬぞ?」

「例えばですが、お嬢様が酷い病に掛かったと聞けば競争相手は減ります。治し方を知っている者、もしくは独占欲が強い者が仕掛けたと考えてはどうでしょうか?」

「うーむ・・・」

「楽観的な言い方をすれば、単に体に合わなかったとも言えますが、策謀の意図を感じずにはいられません」

「うむ。なんとか身を護る方法が欲しい所だ」

「ここからは提案なのですが、一つ策を打ってみませんか?」

「・・・聞こう」

「あえて「病が治らない」という噂を流すのです。それでも求婚を迫ってくる者がいれば、真犯人もしくは本当にお嬢様を愛している方に絞られます」

「なるほど・・・」

「ただしリスクがあります。リスクとは犠牲や代償という意味です。そのリスクとは、男爵様の威厳に関わります」

「私の事はいい!真犯人がいるのであれば、立ち向かうまでだ!」

「ええ。私も同感です。問題はどこから発生したのかを突きとめる事です。その方法として、あえて偽情報を流すのです」

「つまり、おびき出すのだな?」

「はい。ただし偽情報である事を申し開くためにも、後ろ盾が必要だと思います」

「・・・それは国王陛下に助けを請うという事か?」

「助けはいらないでしょう。あくまで偽情報を流すという趣旨だけお伝えし、この件で揉める事になった場合の後ろ盾になってもらう程度です」

「なるほど・・・」

「国王陛下に頼るという事はそれだけで大事です。覚悟が必要です。最悪戦争に発展しかねません。私も微力ながらお力添えをしたいとは思っていますが、相手が強大であったり、太刀打ちできない可能性もあります。それでも挑むご覚悟はお有りでしょうか?」

「・・・うむ。やるからには命を懸けようぞ!」

「閣下!私もお供いたします!」

「閣下!私もです!」


男爵様に煽られ、ゴルドアさんとジェリスさんが意気込む。


「皆さん落ち着きましょ!今は意気込みだけで十分です。相手は策士だと想定して動きましょう。ですので、相手が尻尾を出すまではむやみやたらな行動は控えましょう」

「・・・そうだな。すまなかった」

「ひとまず作戦を立てます。そのためには領民の力が必要になるでしょう。大体半年ほど掛けて首謀者をいぶり出すくらいの慎重さが必要です」

「そんなにも掛けるのか?」

「例えですよ。噂を流しても相手は疑り深いかもしれません。治療が難航しているように思わせれば警戒心も薄らぐでしょう。仮に分からなかったとしても、真にイーリスお嬢様を愛してくださる方を見付ければ済む話ですしね」

「・・・そうだな。無闇に力で解決する事ではいかんな」

「ええ。ですから「うまく行けば主犯が分かればいいなぁ」って程度で、我々は普段通りしていればいいのです。国王陛下への書簡もすぐには送らなくてもいいかもしれませんね。主犯が見つかり、対抗策を立てる段階で後ろ盾になってもらう程度でいいと思います。早過ぎると感づかれますしね」

「なるほど・・・マサユキ殿は策士だのぉ。ハッハッハッハッハ!」

「わ、私は・・・単に確実性を重視した案を提案しているに過ぎません。熟練の策士の前では単なる平民に過ぎません」

「謙遜せんでよい。私はそちを認めているのだ」

「はぁ・・・」

「となると、領地の改革が必要そうだな」

「そうですね・・・。この際深く考えず、ジャガイモ育成に取り掛かってもいいかもしれません。もちろん多少は工夫したいとは思いますが」

「そうか!それは良かった!」

「となると、急いだ方がいいかもしれませんね」

「急ぐのか?そちは半年掛けると言ったばかりではないか?」

「いえ、ジャガイモの育成条件の問題です。ちょうど今頃に種付けをして冬に収穫する作物なのです。時期的に急ぐ必要があるのです」

「なるほど」

「となると、まずはイーリスお嬢様の説得が必要ですね」

「分かった。私がやろう」

「ラミエールが来て回診が終わってからにしましょう。それまでに話す内容を考えて頂けますか?」

「うむ。分かった」

「そうすると、残りは私の問題ですね・・・」

「何か問題があるのか?」

「いえ・・・」


種イモの用意や、薬草の育成用の家の事じゃない。メルディにどう言うかだ。

彼女は快く承諾してくれる気がする。付いて来るとも言うはずだ。

彼女一人ならなんとかなるだろうが、ミイティアも付いてきそうだ。

そうなるとリーアさんが一人になって、寂しい思いをするだろう。

やはり、俺一人で行くと言うべきだろうか?


学校の方は一期生が主体となって動き始めている。

こっちは問題ないだろう。

運営費の扱いは、メーフィスに任せても大丈夫だと思う。

俺が勝手に決めても仕方ないので、みんなと相談する必要はありそうだ。


家の作成は親方さんと相談しないと、目途すら付かない。

これはこれから相談に行くべきだろう。


こんなものか・・・。


「となると、さっそく動いた方がいいですね」

「そうか。すまぬな」


俺はメルディを探す。

メルディは朝食の準備中で、忙しそうに動き回っていた。


「メルディ。すこしだけいいかな?」

「はい」

「事情が変わって、俺一人で男爵領に行く事にしたんだ。訳はあとで説明するから・・・答えはあとで聞く事にするよ」

「分かりました。マサユキ様の好きなようにすれば良いと思います」

「結論出すの早いよ。ちゃんと後で説明するから」

「分かりましたわ」


次にミイティアを探す。

部屋で寝ているようだったので、ドアをノックし、ちょっと無理やりだが起こす。


「にいさま・・・おはようございます」

「ミイティアおはよう。悪いね起こしちゃって」

「あの・・・夜這でしょうか?」

「もう朝だよ?寝ぼけ過ぎだね」

「・・・」

「すまない。お金を取りに来たんだ。部屋に入ってもいいかな?」

「はい・・・」


男爵様達が来て俺の部屋を貸し出したので、お金はミティアの部屋に置いてあった。

箱を開け、布で覆った物を丁寧に机に置き、金貨を袋に詰め直す。


「兄様。その布の中身ってなんなの?」

「あー・・・メルディへの贈り物なんだ。すっかり渡すの忘れてたや」


ミイティアが布を取ってしまった。

布から出てきたのは鏡だ。


「・・・これ・・・私?」

「うん。鏡っていう道具なんだ。4年も前に注文してたのがやっと出来てね。髪を整えたり、お化粧をする時に使う道具だよ」

「・・・(私も欲しい)」

「え?なんだって?」

「私も欲しいです!兄様!私にも買ってください!」

「あー、あ、あ、あ・・・分かったよ。折角だからリーアさんのも注文するか」

「ありがとう兄様!」


ミイティアは大はしゃぎだ。

金貨を袋に詰め終わり、再び鏡を包んで箱に詰める。


後ろを振り向くと、慌てて目を反らす。

ミイティアが鼻歌交じりに着替えていた。


「ミ、ミイティア。もう少し淑女らしい振舞いを頼むよ」

「いいのです!私もいずれは「兄様の嫁!」ですから!」

「まぁそれは置いといて、マールを借りていっていいかな?」

「え?はい。何をされるのですか?」

「男爵領に行く事にしたんだ。その前に色々と・・・」

「えーーーー!どういう事ですか?」

「ミ、ミイティア。着替えを済ませてからにしてくれないか?あとで説明するし・・・」

「いい加減慣れてください!」


俺はそのままさっさと出て行く。

まったく懲りない妹だ。




1階に着くとマールを呼ぶ。


「マール。お願いがあるんだ」


マールは何も言わずに擦り寄ってくる。


「ありがとう。少し背中を借りれるかい?」


伏せのポーズを取ってくれた。

フェインも付いてきたが、すぐに帰ってくると言い聞かせる。


俺は装備品の紐を固く締め、マールにまたがる。

すると、マールはゆっくり家を出る。





「ダッ!ダダッ!ダダッ!・・・」


只今、猛スピードでアンバーさんの家に向かっている。

たまにミイティアがやってるのを見ていて、真似をしてみたのだが・・・速い。というか落ちそうで怖い。

必死に掴まっている感じだが、落ちそうになるとマールが細かい調整をしてくれている。


慣れてくると、なかなか気持ちがいい。

馬にも乗った事はないが、自分の視点が変わり、周りの景色がすごい勢いで飛び去っていくのが痛快だ!




あっという間にアンバーさんの家に着いた。

マールから降り、一緒に家の裏手に向かう。


アンバーさんは裏庭の一角で作業をしていた。

苗を植える作業のようだ。


「アンバーさん。こんにちわ」

「お!マサユキ!久しぶりだね。この前のはあんな感じで良かったのかい?」

「ええ。お陰でうまく行きましたよ。お約束通り、気が済むまで食事をしてください。村のみんなにも振舞いますので、盛大にやりましょう!」

「おー!いいねぇ!旅の話もいっぱいあるから、楽しみにしておいてよ」

「あー・・・いえ。俺はその宴には出れないかもしれません。数日中にも男爵領に行く事にしました」

「ほう・・・。何か急いでいるようだね?何かあったのかい?」

「ジャガイモ。いえ、毒イモの事はご存知ですよね?」

「うん。あれはみんな食べないけど、おいしいんだよね」

「はい。それを男爵領で栽培して、特産品にしてみようと思っています」

「なるほど・・・。この苗と同じだね」

「ええ。特産品にすれば、特許ではありませんが優位性が保てますからね」

「うんうん。この苗も見ていっておくれよ」

「はい」


アンバーさんに一つ一つ説明を受けながら確認していく。

その中になかなかいい香りのする木があった。


「これはなんて言う木なんですか?」

「さあ?分からないんだ。それに・・・」


アンバーさんが珍しく黙り込む。


「この木は不思議なんだ。元は大きな大樹だったんだけど、まったく切れなかったんだ」

「・・・どういう事ですか?」

「貰ったと言うのかな?木によじ登って枝を払おうとしたんだ。でもまったく切れなくて・・・。手で強引にネジ切ろうとしてもしなるだけで、枝どころか葉っぱさえ取れなかったんだ」

「・・・アンバーさんの力でも切れないとは・・・相当強い木ですね。どうやって取ってきたんです?」

「うん。諦めて木に寝そべって、しばらく方法を考えていたんだ。その時なぜだか分からないけど・・・木を相手に話始めてね。そしたら1本枝をくれたんだ」

「くれた?・・・想像の範疇を超える台詞ですね」

「うん。私もどうして枝を分けて貰えたのか分からないんだ。でも・・・この木は特別な感じがするよ」

「・・・」


とても綺麗な木だ。

枝も葉も輝くように美しい。まるで生き物のようだ。

マールも少し興味を持っている。


俺はしゃべりも動きもしない木に向かって、話し掛ける。


「木よ。あなたをここまで連れて来て、すまなかった。痛い思いをしたかもしれない。見慣れぬ地で怖いかもしれない。だけど俺は、この村のためにあなたの力を借りたい。もしこの地が気にいらず枯れてしまう事があれば、元いた地に俺が責任を持って返します。あなたを世話してくれるアンバーさんは優秀な木の専門家だ。きっとあなたのために頑張ってくれるはずです。もし君さえ良ければ、この地で俺達と暮らして欲しい。どうかな?」


木は何も語らない。動かない。

木に語り掛けるなんて馬鹿な話だが、なんとなく礼儀を尽くそうと思った。


俺達の都合で連れてきてしまった罪悪感がそうさせるのかもしれない。

アンバーさんが周辺の土で木の根元を覆っているおかげか、木は元気だ。


うまく育たないかもしれない。

だけど、何事も挑戦してみなければ分からない。


俺は目を閉じ、木の生命力を促進させるイメージを込める。そしてこの地で仲良く過ごすイメージを込める。


何のために連れてきたのか。何をしたいのか。どうして欲しいのか。ゆっくり語り掛けるように木を植える。

木は何も語らないが、元気な姿をしている。




残りの苗も植え終え、アンバーさんと休憩がてらに話す。


「アンバーさん。なかなかいい状態の木ばかりですね」

「そうだね。うまく育つかは分からないけど、なるべく生命力が強そうな物を選んできたよ。指示通り周辺の土と一緒に持ってきたから、簡単には枯れないと思うよ。でも、こういうのは初めてだからねぇ」

「俺も初めてですよ。この木達はみんな生命力に溢れています。でもきっと不安でしょう。俺達の都合で持って来たとはいえ、元気に育ってくれるか心配です」

「そうだね。面倒は私がみるから、あとは任せてくれよ」

「分かりました。・・・そうだ!しばらくは大きな仕事がないと思うので、加工品を作るレシピをあとでメルディに託しますね。あと、これから親方さんに依頼する事にも手伝ってもらえませんか?」

「お!また何か面白い事かい?」

「そうですね・・・」


俺はこれから親方さんに依頼する事を伝えた。


「なるほどね。ガルアが毎日苗を探してくる理由も、それが理由だね?」

「ええ。ガルアにもお願いして手伝ってもらっています」

「でも、またお金が掛かりそうだよねぇ」

「そうなんですよねぇ・・・。お金は手持ちでは足らない気がしています。まぁ親方さんと相談してみますよ」

「ハハハハ。さすがだねぇ。楽しみが増えるよ」

「ええ。俺も頑張りますので、是非ご協力ください」

「分かったよ」


俺は適当に挨拶を済ませると、またマールにまたがって、今度は工房を目指す。




工房に着くと、まっさきに親方さんを探す。

親方さんはいつも通り休憩室にいた。


「親方さんこんにちわ。今大丈夫ですか?」

「お!坊主じゃねえか。もういいのか?」

「ええ。男爵様のお嬢様の容態が良くなりまして、もうすぐ完治となります」

「そうか。良かったな。で、急いでどうしたんだ?」

「ええ。数日中にも男爵領に行く事になりましたので、支払いと依頼をしに来ました。今回集めた人への支払いはこれで足りますか?」

「ふむ。これは何枚だ?」

「400枚です。足りませんか?」

「十分だな。宴用の酒も既に注文してあるしな。これならたらふく飲めるぜ!」

「ええ。村の皆さんや駆け付けてくれた方々もご一緒で構いません」

「それはいいな!男爵の娘の祝いもしてやりたいな!」

「・・・親方さん。その事でご相談があります」


今回の騒動の原因について説明する。


「なるほどな・・・」

「ですから、盛大にお嬢様の退院祝いができないんです。多少変装して参加してもらう分にはいいと思いますが・・・」

「まあいいんじゃねえか?どうせ身内だけの祝いだ。うちの工房でやってもいいかもしれん」

「その・・・駆け付けてくださった方達は、信用できるのですか?」

「その辺は問題ねえと思うぜ。ワシの知り合いだしな」

「そうですか・・・。まぁ所詮は小手先の戦法ですしね。バレても仕方ないという事にしておきましょうか」

「そうだな。その時はワシらも手伝うぞ」

「ありがとうございます」

「それにしてもよ。決戦に参加した奴には金貨1枚とは大盤振る舞い過ぎじゃねえか?」

「そんな事ありませんよ。命の対価としては安過ぎですよ」

「・・・だがよ、あれは最初から勝負になってねえんじゃねえか?」

「結果論です。戦いになれば、多少は死傷者が出ると思います。予想通り少数でしたし男爵様の冷静な判断があったからこそ、無事に済んだだけです」

「ふむ・・・。坊主は金を持った途端に金使いが荒いぜ!」

「う・・・それは自覚しています」


依頼の話をせねば・・・。


「親方さん。依頼の話なんですが、この設計図を見てください」


親方さんに薬草栽培の家の設計図を見せる。


「薬草栽培用の家です。全面にガラスを使い日光を取り入れられる設備です。気密性も確保して、季節を問わずに栽培できるようにしたいと思っています」

「・・・問題点はどこだ?」

「ガラスの耐久度と、気温管理です」

「ふむ・・・。ガラスの方は少し手間が掛かりそうだが、気温管理はどうすればいいんだ?」

「えーっと、給湯機を使いましょう」

「それだと煙たくならんか?」

「それは秘策があります(ニヒ)」


親方さんに案を説明する。


「なるほどな!その発想はなかったぞ!」

「ええ。人を選びますし、使い勝手も悪いかもしれません。それにかなりの高額になります」

「そうだな。そうなると万人向けは難しいかもな」

「逆に汎用性がない分、優位性を維持できるかもしれませんよ?」

「まあそうなんだが・・・。それにしてもその発想はなかったぞ」

「まぁ革新的な案はいいとして、実現できるかが問題ですね」

「うむ!腕が鳴るわい!」

「あとガラスの強化についてですが、一応案があります」

「どうやるんだ?」

「焼き入れの工程を入れます」

「・・・割れないか?」

「割れますよ?」

「・・・からかってるのか?」

「いえ、割れないように焼き入れをするんです。最初からうまく行くわけがないという意味ですよ」

「焼き入れか・・・」

「物質は結合強度が高ければ高いほど、強固になります。鋼鉄も似たような物です。密度が高ければ高いほど強固になります。ガラスの場合、冷却過程で強固さが決まるので、無理矢理冷却する事で結合強度を引き上げるんです」

「む、うーー・・・。坊主の説明はいつも難しいぜ」

「まぁ挑戦してみてください。問題は費用だと思いますが・・・」

「そうだな。さすがに全面ガラスとなると、かなりの額になるはずだ」

「そこで提案なんですが、強化ガラスを作れたら、鏡の販売を始めてもいいと思っています。触れ込みは「割れにくい鏡」と打ってはどうでしょうか?」

「強化ガラスとは割れない物なのか?」

「割れますよ。普通のガラスより割れにくいというだけです。それに割れ方が違うんです。普通の窓ガラスは割れると大きな塊になり危険ですが、強化ガラスは細かい小石状に割れます。怪我をしにくいんです。大きな姿見とかになると、薄いガラスでは移動時に細心の注意が必要となり非常に手間ですが、強化ガラスならそれほど気にする必要はありません。落としたり、意図的に殴り付けるなどしなければ割れない。というのが売りなんです」

「なるほど・・・写りもよく、移動にも適している。商人としても損が少ないな」

「ええ。その代わり、値段を高くしましょう。ハッキリ言って大金持ち以外は無視するくらいに」

「・・・フ、フヒ・・・ガッハッハッハッハッハ!」

「もちろん、小さな物じゃないですよ?」

「どれくらいの大きさだ?」

「そうですねぇ・・・壁一面と言いたい所ですが、大きな姿見以外は生産しない事にしません?大きい物はガラス細工として相当技術が必要ですし、費用面からも納得がいくでしょう」

「なるほどな!それを売って費用に充てればいいのだな?」

「一部ですね。特許の範囲内の報酬で結構です」

「それでもかなりの額が入るはずだが、やはりまだ足らないだろうな」

「とりあえず金貨400枚を払います。足らない分は次回出荷分から天引きしてください」

「分かった」

「あと、ついでにお願いがあるのですが・・・」

「いいぞ!聞こう!」

「リーアさんとミイティア用に鏡を作って欲しいんです。以前メルディ用に作ったやつです」

「それは強化ガラスで作ればいいのか?」

「今までのやり方でいいと思います。もうお金ありませんし。これは2つ分で金貨40枚です」

「おいおい!使い方が荒過ぎじゃねえか?」

「そうは言っても・・・薬草栽培は急務ですしね。仕方ないですよ」

「・・・」


その後、子供達用の武器について提案し、子供達の特性に合わせた武器作りをする事になった。

あと、提案していた温泉開発も薬草栽培の家建設を優先させるためにストップする事にした。





時間は掛かってしまったが、ゲルトの剣や、剣を持ってない子の武器は出来た。

完成分の武器防具を持って、家に帰るとする。


「明日も工房に寄ります」

「分かった。おう!ビッケル頼むぜ」

「輸送と護衛は任せてください!」


いつの間にかいたビッケルさんが・・・マールにしがみ付きながら返事をしている。

もう溺愛だな・・・これは。





家についた頃には真っ暗になっていた。

荷物を届け終わったビッケルさんと別れ、家に入る。


「兄様おかえりなさい!」

「ただいま。遅くなってごめんね」

「ううん。大丈夫よ」


男爵様はソファーにいた。


「閣下。遅くなりました」

「うむ。私の方はイーリスの了解を得たぞ」

「ありがとうございます。ささやかですが、後日祝宴を挙げたいと思っています」

「分かった。すまぬな」

「今後の予定は、私用の始末と、種イモ探しとなります。明後日にはここを出発できる予定です」

「そうか。となると護衛を呼んだ方が良いかもしれんのぉ」

「そうですねぇ・・・・。呼びに行くとなると更に時間が掛かりますので、我々だけで行く事は可能でしょうか?」

「そうだのぉ・・・」

「無理ではありませんが、安全を考えると護衛は必要でしょうぞ」

「まぁな。だが時間がない。我らで行く準備をしようぞ」

「ハッ!」


こうして明後日、男爵領に向かう事になった。

朝早くから動く予定なので、失礼して風呂に入る事にした。

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