第32話 未開拓分野の難しさ
皆席に着いて食事をしている。
俺は少しやりたい事があったので、男爵様に断わりを入れる。
「閣下。食事中失礼致します」
「うむ」
「汗をかいたので着替えて参ります。ジェリスさんの着替えも用意させますので、用意できるまでしばらくお待ちください。食事の方は私に遠慮せずお召し上がりください」
「分かった」
俺は2階にゆっくり上がっていく。
側近方に貸している自分の部屋に入ると、ベットに倒れ込んだ。
「ふぅ・・・いつつ」
体中が痛いのだ。
余裕を見せていたが、相手は訓練を積んだ手練の騎士だった。
この程度で済んだ事が奇跡とも思える。
長袖の下は恐らく、痣だらけだろう。
だが弱みを見せてはいけない。
敵対勢力という意味ではない。
心配を掛ける事で、折角のいい流れを崩したくないのだ。
それにしても、
「俺は不器用だなぁ・・・」
顔だけ動かし、腕を眺める。
すると、「トントン」とドアをノックされる。
慌てて起き上がり、「どうぞー」と言う。
ドアを開けて入ってきたのは、メルディだった。
「あれ?どうしたの?着替えなら自分で出来るよ?」
メルディは黙ってドアを静かに閉める。
「マサユキ様。治療しますので、そこにお座りください」
「・・・やっぱりバレてたか。ナハハハハハ・・・」
椅子に座り、上着を脱ぐ。
現れたのは、痛々しい痣と擦り傷の数々。
メルディの顔色が険しい。
想像していたより酷かったのだろうか?
「大丈夫。このくらい1日もあれば治るよ」
メルディは何も言わずに治療を始めた。
体を拭いてもらうと傷口が沁み、痛みが全身に走る。
だが、やせ我慢をする。
大丈夫と言った手前、弱みは見せられない。
すべての治療が終わった。
メルディは何も言わずに新しい服を用意してくれた。
「メルディ。何か言いたい事はないの?」
「ございませんわ」
「・・・すまなかった」
「いいのです。分かりきった事ですし、私は手伝いをしたに過ぎませんわ」
「・・・ありがとうメルディ」
新しい服に着替え、装備の確認をする。
薬のストックが少し心許ない。
あとは刀だな・・・。
刀は、刃が少し欠けていた。
戦えば刃は欠ける。それは仕方がない事だ。
問題はジェリスさんの剣の方だろう。
下手したらヒビが入っているかもしれない。
確認が必要そうだ。
状況確認を終えると、1階に向かう。
◇
1階では、食事を終えた男爵様達がソファーに座っていた。
リーアさんがお茶を用意してくれていたようだ。
ジェリスさんの側に行き、問い掛ける。
「ジェリスさん。体の調子はどうですか?」
「ああ大丈夫だ。マサユキ殿が手加減をしてくれていたおかげで、腕の傷以外は特に問題はない」
「無理をされないでください。私の野暮な突っ掛かりが原因です。申し訳ありませんでした」
「謝らないでくれ。これは本来私達の問題だ。マサユキ殿には感謝している」
「素直には喜べません。申し訳ございませんでした」
「だからいいって」
ミリアさんも話に割り込んできて、2人して謝り倒されたが、ゴルドアさんが止めに掛かった。
「ジェリス。ミリア。もう止めなさい」
「・・・はい」
「はい・・・お父様」
「マサユキ殿。感謝する。体の方は大丈夫か?」
「何の事です?別に怪我してませんよ」
「・・・そうか。なら、そう言う事にしておこう」
ゴルドアさんも分かっているようだ。
「そうだジェリスさん。剣の状態を確認したいので、お貸し頂けますか?」
「ああ構わないが・・・何かありそうなのか?」
「いえ、念のためです」
ジェリスさんから剣を受け取り、確認する。
剣は頑丈そうだが・・・やはり欠けている。
薄っすら亀裂らしい線もあり、すぐにも修理が必要そうだ。
「ジェリスさん。申し訳ありません。少し修理が必要そうです」
「そうなのか?」
「この部分の刃が欠けています。それに見えにくいのですが、ここに亀裂らしき物も入っています。すぐに修理したいのですが、しばらくお預け頂けないでしょうか?」
「・・・構わないが・・・」
「私の刀をお貸し致しましょうか?使い勝手は悪いかもしれませんが」
「ジェリス。私の剣を使って」
「いいのか?それはミリアのだろ?」
「構いません。あなたには必要な物でしょ?」
「・・・すまないミリア。しばらく借りるとするよ。マサユキ殿。申し訳ないが修理の方、お願いします」
「分かりました。今日明日中には直しますので、それまでご辛抱ください」
「ああ分かった」
さて・・・どうしたものか。
男爵様には村を案内すると伝えたし、でも修理には往復を考えても結構時間が掛かる。
村を回り、途中工房に寄って修理するにしても、待たせる訳にはいかない。
せめて剣と刀を誰かに任せて、親方さんに修理してもらえないだろうか・・・。
タイミング良くラミエールとミイティア達が帰って来た。
「お!ナイスタイミング!」
「マサユキさん。いえマサユキ様。なんですの?」
「うん。ラミエールはちょっと待っててね。ミイティアにお願いしたい事があるんだ」
「なんでしょうか?」
「この剣と刀を工房に届けて欲しいんだ。たぶん親方さんなら説明はいらないと思うけど、修理個所を紙に書いておくから、お願いできないかな?」
「分かりました!」
「疲れてるところ、申し訳ないね」
「このくらい大した事ありません!」
「ありがとうミイティア」
「ラミエールお待たせ。薬草は見つかったかい?」
「ええ。マールとフェインが役に立ちましたわ。嗅覚が優れているのでしょうか?あっという間に、予定していた量を用意できましたわ」
「そうか。良かったよ。マール、フェインありがとう」
マールとフェインは嬉しそうに体を寄せてくる。
「じゃあ俺は早速作業に入るから、ラミエールとミイティアは昼食を食べていなよ」
「ご馳走になりますわ」
「さあマール、フェイン。行きましょ」
2人は昼食に向かい、俺は親方さん宛ての手紙を書く。
手紙は書けるには書けるが・・・やはりまだ自信がない。
それを分かってか、メルディが手伝ってくれた。
◇
手紙を書き終えると、ミイティアは手を差し出してくる。
もう食べ終わったのか。
手紙をミイティアに預け、一緒に剣と刀、あと修理費も渡す。
ミイティアはそれらを受け取ると、マールとフェインを連れて工房に向かって行った。
ラミエールはまだ食事をしているが、まぁ彼女は彼女の仕事がある。急ぐ必要はないだろう。
男爵様の元に行く。
「閣下。お待たせしました。準備ができましたら村の方を案内をさせて頂きます」
「ああ。私はいつでも構わないぞ」
「では、参りましょうか」
ジェリスさんが体を引きずりながら、付いて来ようとする。
「ジェリスさんはお休みになっていた方が良いのでは?」
「そうだな」
「待ってください。私は閣下の騎士であります。お供させてください」
「そうは言ってものぉ」
またまたタイミング良く、ガルアがやってきた。
「おう!今日は学校やらねえのか?」
「あ!・・・忘れてた」
「忘れてたじゃねえだろ?もうみんな集まってるぜ?」
「あー・・・」
子供達の指導にはガルアが必要そうだ。そうなるとガルアは連れていけない。
オルド、ゲルトあたりを連れていくにしても、ちょっと心許ない。
ガルアが何かに気付いたようだ。
「なんかあったのか?」
「いやぁちょっと・・・決闘をね・・・」
「・・・ちょっとで済む話には見えねえけどな?」
「あーまぁ、深くは突っ込まないで欲しいかな」
「・・・まあいいさ。その様子だと出掛けるのか?ミイティアはいねーみたいだし、俺が付いていこうか?」
「嬉しいけど・・・学校はいいのか?」
「前も言っただろ?一期生に任せるから問題ないぜ」
「そうだったね。分かった。護衛をお願いできるかな?」
「おうよ!」
「そうだ!ジェリスさん、お願いがあります」
「はい?」
「学校の臨時教師をお願いできますか?お代は剣の修理費分です」
「・・・わ、私は勉学は得意ではありません。それに教えられる事はないと思います」
「そんな事はありませんよ。それにお願いするのは剣術の授業だけです。指示だけでもいいです。是非、騎士として子供達の力量を見てやってもらえませんか?」
「・・・うーん・・・」
「いいではないか。マサユキ殿の提案を受けなさい」
「・・・閣下がそう仰るなら・・・。ガルア殿。閣下の護衛をお願いします」
「・・・ああ」
「では、子供達を紹介しますので、表に行きましょうか」
表で待っていた子供達に男爵様達を紹介し、ジェリスさんに臨時教師をお願いする事を伝えた。
◇
見どころは少ないが、男爵様に村を紹介して回った。
みんな昨日の張りつめた様子は無く、いつも通りの平穏さを取り戻していた。
「この村の者達は、皆寛大であるな」
「いいえ。閣下の親子愛が大きいのですよ。事情を知ったからこそ、彼らも穏便に計らってくれているのです」
「そうか。すまなかった」
「気にされないでください。そうだ!昨夜聞いた食糧事情ですが、かなりの改善が見込める方法がありますよ?」
「おお!そのような物もあるのか?!」
「ええ。と言っても、まだ始めたばかりなので、想像通りの結果が得られるか分かりません。しかし成功すれば、小麦の倍は収穫できます」
「おおおお!それは素晴らしい!それはなんなのだ?」
「・・・私から提案しておいて申し訳ありませんが、これは商売になります。買取る意思がなければお聞かせできません」
「構わん!聞いてみたいのだ」
「分かりました。具体的な商談は後程にして、昼食で食べました「スープの具材」は覚えておいででしょうか?」
「ああ。あれはうまかったな。上に乗せた白いソースがなんともいい味を出していた」
「白いソースの物は違うのですが・・・少し黄色味掛かった丸い塊がありましたよね?あの野菜の事です」
「ほう。あれは何と言う物なのだ?」
「えーっと・・・。誤解されないでくださいね?あれは一般的に毒イモと呼ばれる物です」
「な?!」
「大丈夫です。毒はありません。ちゃんとした方法で保存すれば毒は出ませんから」
「・・・なるほど・・・随分不可思議な食べ物なのだな?」
「ええ。大抵の方は毒を嫌って食べませんからね」
「して、それはどうやって毒を抜くのだ?」
「・・・ちょっと考えさせて下さい」
「どうしたのだ?」
「ええ。商談として成立できるか考えていたんです」
「だから、買取ると言っているだろう?」
「そうなんですが・・・昨年、特許という物が出来たのはご存知でいらっしゃいますか?」
「うむ。石鹸には特許が付いたのだったな」
「ええ。石鹸ならまだしも作物の場合、小細工は出来ませんからね。これから販路を開くにも秘匿性が難しい問題なんです。つまり男爵様の領地で育成を始めると、そのおいしさも分かりますし、旅人や商人達も真似をするでしょう。そうなると特許の意味が無くなってしまいます。これでは大損です」
「・・・言いたい事は分からんでもないが、そうでもしないと食糧事情は改善されぬぞ?」
「ええ、だから困るんです。閣下は石鹸の特許にまつわる噂はご存知でしょうか?」
「大体聞いておる。なんでも誰かが発明した石鹸を国王陛下に献上し、効果を確かめていたが、何者かが石鹸を売り出し、不良品が世間に出回り大問題となった話だな?不良品の石鹸では、我領民達にも多くの者が被害にあった」
「詳しく話しますと・・・」
男爵様に石鹸の事件について詳しく説明し、ジャガイモの提案をどうして話せないのか説明した。
「なるほどな。それでは革新的な事も広められぬな」
「ええそうなんです。ジャガイモを次の特許でないにしても、何かしらの方法で優位性を保ちたいと思っていました。もちろん既に栽培している地があれば、優位性はないのですが・・・」
「そちはなかなか聡明だのぉ。ならば私が国王陛下に手紙を宛てようか?」
「有難いお言葉ですが・・・今は止めておきます。こういう悩みは数多くの者が抱えていますし、私だけ特別という訳にはいきません。一定の成果を挙げた上で、方向性を提案する事が望ましいでしょう」
「ふむ・・・」
「それに・・・今は閣下との契約の最中です。目前の事を疎かにしてお金の話をするとは、失礼な事をしました」
「いやいいのだ。治療の方は順調であるし、私としても食糧問題は責務なのだ。気にされないで欲しい」
「分かりました。方針を考えてみます」
「済まぬが、頼む」
一先ずジェガイモの件は、方針を考える事になった。
子供達に出した課題でもあったが、未だ納得する答えは得られていない。
急ぐ必要はないと思うが・・・男爵様のためにも急がねば。
ジャガイモ畑は男爵様に見せる事にした。
これは男爵様の人となりを見て決めた事だが、作物でいちいち特許を取るのもどうかと思っていた事もある。
特許とは品種改良した特定の作物か、新発明の機器や仕組みに付けるべき物だろう。
希少種でもない限り、特許を付けるのは違う気はする。
だが、ずるい奴らを牽制するためには必要な事だろう。
一通り村を周り終え、家に戻る。
◇
家の近くではジェリスさんの指導の元、訓練が続けられていた。
だが・・・何やら揉めている。
オルドがジェリスさんを責め立て、シルリアに抑え込まれている。
「ジェリスさん。どうかされたんですか?」
「ああマサユキ殿。すまない。彼の剣の扱い方がおかしかったので、指摘をしていたんだ」
「校長聞いてくれ!この兄さんが俺の構えが変だと言うんだ!」
「いや変だろ?君の構えはどうやっても怪我をする。力任せ過ぎるんだ」
「これでいいんだ!クソが!」
「何を!」
「オルド!止めなさい!」
なんて言うか・・・察しは付くよ。
オルドは魔獣としか相手をしてこなかったから、速度は無視して一撃に掛けるタイプだ。
逆にジェリスさんは生粋の騎士ゆえに、対人戦を想定した防御優先の戦い方だ。
ぶつかり合うのは当然と言えば、当然だ。
「まぁまぁ2人とも。冷静になりましょ。なぜお互い意見が食い違うか、分かりますか?まずオルドはどうだい?」
「ん?・・・う~ん・・・」
「考えておきなさい。では、ジェリスさんはどうですか?」
「ああ。この子の戦い方は一撃を狙う戦法だ。攻撃は隙が多く、無駄が多い。避けられたら致命傷を負うからだ」
「では、なぜこういう戦い方を最善だと思うか分かりますか?」
「最善なものか!魔獣ならまだしも、対人となれば格好の的だ!」
「ええ。私も同感です。では、彼の持ち味をどう生かせば強くなれると思いますか?」
「そうだな・・・うーん・・・」
「オルド。君はジェリスさんの教え方が気に入らないのかい?」
「そうじゃない。小難しいやり方は趣味じゃねえからな。それに説明もよく分からねえからよ・・・」
「それはジェリスさんの教え方が問題で、学べる所はあると言う事かな?」
「・・・そうだな」
「まぁ、お二人に言える事は、相手がなぜ反発するのか理由を考えるべきでしょう。相手の性格や特性、主義主張など食い違う点があったとしても、まずは相手の立場に立ち、相手の考えを肯定する懐の深さが必要です。それを理解した上でどういう点なら許容できるのか、できないのかをハッキリ分ける事が肝心です」
「なるほど・・・」
「オルド。君はもっと強くなりたいんだろ?」
「はい!」
「ジェリスさんは俺より実践経験が豊富で、剣術はかなりの強さだ。その彼に学ぶのであれば、相手に敬意を払わねばならない。言っている意味は分かるかい?」
「・・・はい」
「よし!議論を続けなさい」
「・・・」
「・・・」
「フッフッフッフ・・・マサユキ殿は面白い方だのぉ」
「そうですか?私はお2人の実力を把握しているつもりです。どちらの主張も正しいと思っています。でしたらどちらが「正しい」という答えは出ません。と言う事は、冷静に相手の主張を感じ取る努力が不足しているのだと思います」
「うむ。その通りだ」
「さあ、みんな!ジェリスさんから言われた事を良く思い出して、一振り一振り剣を振るうんだ!」
「「はい!」」
オルドを残し、皆散らばり剣を振り始める。
シルリアは心配そうにしているが、2人が冷静になったのを確認して剣を振り始める。
ジェリスさんとオルドは無言で立ち尽くし、議論をなかなか始めない。
しかたないので提案してみる。
「ジェリスさん。それからオルド。あなた達の意見の食い違いは「敵が誰か」と言う事に尽きると思います。なので対人戦の場合と、対魔獣戦の場合に分けて議論してはどうでしょうか?案外、ジェリスさんも学べる点が見つかるかもしれませんよ?」
「なるほど!なら対魔獣戦から話そうか」
「はい」
いい感じに議論が始まった。
あとは2人に任せても大丈夫だろう。
◇
訓練は夕方まで行われた。
さすがに疲れてきたのか、皆動きが鈍い。
切り上げて、本日の訓練は終わりとなった。
ガルアを護衛の任から外し、子供達の護衛をさせた。
ジェリスさんとオルドは和解できたようで、いい師弟関係になっている。
「ジェリスさん。本日はご苦労さまです」
「あーいや。私もいい勉強になったよ。オルドはなかなか筋がいいし、将来はすごい剣士になりそうだ」
「そうですね。私も彼には期待しているんです。だからこそ厳しくしているので、今回は彼にもいい勉強になったと思いますよ」
「そうか?いや私もまだまだだな。彼に足元を掬われないためにも精進あるのみだ!」
「私も同感です!」
ジェリスさんはいい人だ。
多少頑固ではあるが、相手を受け入れられるだけの懐の深さを持っている。
あとは・・・ミリアさんとうまく行けばいいのだが・・・。
「ジェリスさん。腕の怪我の方はどうですか?」
「ん?もう痛くはないが・・・そんなに早くは治らないだろ?」
「診てみましょうか」
そう言って腕の包帯を取ると、傷は塞がり、ピンク色の傷痕だけが残っている。
「ええ?!どう言う事だ?」
「治療薬の効果ですね。傷は浅めにしてましたし、まぁ予想通りです」
「いやこれは・・・」
「深く考えないでくださいね。それよりお風呂入りません?もう入っても沁みないと思いますし」
「・・・閣下を差し置いては入れぬ!」
「ジェリス。私に構う事はない。ミリアに手伝ってもらうが良い。いや・・・ミリアと一緒に入るのもいいかもしれんのぉ(にやり)」
「な?!」
「閣下。それは名案ですな」
「うむ。あれだけの湯船は我領地にはないからな。いい思い出にもなるだろう」
「閣下!お止めください!私はまだミリアとは・・・」
「ジェリスさん。別に一緒に入る必要はないんじゃないですか?背中を流してもらうだけでもいいと思いますよ」
「・・・むう・・・」
「じゃあ、ジェリスさんからミリアさんに頼んでください」
「・・・」
「それでも男ですか?!男らしく女性にアプローチできなくて、何が騎士ですか?!」
「そうだな!ハッハッハッハッハッハ!」
「まったくですな!ハッハッハッハッハ!」
男爵様とゴルドアさんに笑われ、渋々ながらジェリスさんは家に向かった。
ちょっと強引だが、彼にはこれくらいが丁度いいと思える。
◇
しばらくソファーで寛ぎつつ、夕食の出来るのを待っていると、ミイティアが帰って来た。
「おかえり。思ったより時間が掛かったみたいだね」
「はい。近くの村から駆け付けてくださった方達と話し込んでいました。皆さんとても良くしてくださいました」
「そうか。また改めてお礼にいかなきゃね」
「大丈夫だと思いますよ。皆さん兄様の考えには賛同してくれましたし「大儲けできた!」と喜んでましたしね」
「そうかなぁ・・・そんなに大金払う予定はないんだけど・・・」
「兄様!大金ですよ!あれで・・・」
「ミイティア待って!お金の話は不謹慎だって」
「・・・ごめんなさい」
「俺の金使いが荒い事は承知の上なんだ。それに、少なからず村のためにはなってるから承知してほしいんだ」
「分かっています。でも・・・もう少し別の案があってもよかったかもしれません」
「まぁね。安全性を考慮すると、ケチるのは失敗の原因にもなるからね。必要な事だったと思うしかないよ」
「・・・はい」
「そうだ。剣はどうなった?」
「はい。こちらに」
修理してもらった剣と刀を受け取る。
確認すると・・・剣は完璧に修理されていた。むしろ以前より出来がいいかもしれない。
刀の方は欠けた部分だけの修理だが、完璧に直っている。
「さすが親方さんだ。修理費はあれで足りた?」
「はい。それほど掛かりませんでした。おつりです」
中身を確認すると、それほど減った様子がない。
金貨5枚と言うところだろうか?
ミイティアにお礼を述べ、食事が用意できるまで待ってもらう。
その後、ミイティアが不用意にも風呂場に入って大騒ぎになったり、男爵様とゴルドアさんがマールとフェインに怯えつつも慣れてもらった事もあったり、色々あったが無事2日目が過ぎていく。
◇
今日は治療に入って5日目だ。
イーリスお嬢様の容態も良くなり、気分転換で出歩いたりもしている。
「イーリスお嬢様。治療に入りますわよ」
「はい先生」
スルスルと包帯を取ると、酷かった腫れは引き、爛れた部分も血色がいい。
順調に回復に向かっているようだ。
朝夕2回の適切な治療を施した事と、腫れに良い薬草が見つかった事、卵の薄皮を使ったラップの効果で順調な回復をしている。
一応参考のために、一部俺の能力を込めて作った薬を使っているが、それもなかなかの効果が見てとれる。
「おおおおお!!なんて事だ!良かった!良かったぞ!」
そう言って、男爵様はお嬢様に抱き付き、泣いて喜ぶ。
泣いて喜ぶ男爵様を見て、側近達も泣いている。
男爵って言うくらいだ。小さな領地なのだろう。
それこそ側近や兵士達であっても、家族同然に付き合ってきたのだと思う。
だからこそ、喜びを隠せないのだろう。
いずれ男爵領にも学校を建てたいものだ。
「薬の効果が出ていますわね。さすがマサユキ様でございます」
「いや。ここまでやれたのはラミエールの研鑚の成果だよ。よくやってくれた」
「ありがとうございます。薄皮を使った治療もなかなかの結果を残せましたわ。これはやけど治療にも使えそうですわね」
「うん。薄皮は怪我の治療にも使えるし、簡単な止血材としても使えそうだね」
「ええ。問題は費用が少し多く掛かってしまう事でしょうか?」
「まぁ卵の方はアレを作れば・・・少しは足しになるんじゃない?」
「そうですわね!という事は・・・売り出すのですの?」
「もちろん!ただし一工夫はするつもりだよ。じゃないと誰でも作れるしね」
「なるほど・・・私の専門外の事かも・・・いえ、いい案ですわね!」
「フフフフ。またラミエールにも手伝ってもらうとするよ」
「う・・・」
「マサユキ殿。先ほどから何の話されているのだ?」
男爵様が俺達の謎の会話について、問い正してくる。
「いえ、大した事ではありません。これも特許申請予定の物ですのでお伝えできませんが、治療費の問題について話していました」
「やはり高く付いてしまったのか?」
「そうですねぇ・・・ラミエールはどう思う?」
「私は通常料金程度で納めたいですわ」
「うん。俺もそう思うんだけど、保険がないとなぁ・・・」
「保険とはなんですの?」
「うむ。私も知りたいのぉ」
保険の説明は結構面倒なんだよなぁ・・・。
「簡単にいうと、治療費を国が負担する制度です。ああラミエール。治療は続けていてくれないか。あとで説明するから」
「分かりましたわ」
「えーっとですね。今回の治療のように特殊な場合、高額な費用が掛かる場合があります。錬金術師の作った万能薬などを使うと、更に費用が掛かるのは想像できますでしょうか?」
「ああ。あまり言いたくはないが、イーリスの治療費はかなり掛かったな。旅の費用も合わせるとかなりの額だ」
「旅の費用は対象外だと思いますが、治療費だけを国、もしくは領主が立て替える事で、領民が安心して安価に治療を受けられる制度なんです。費用は税金から捻出するか会員制にして、領民または会員全員で負担する制度になります」
「ふむ・・・我領地にはそのような制度はないが・・・少し無理がありそうだ」
「ええ。簡単ではありません。参加者全員の善意による治療になります。税金も高くなりますし、領民の負担も増えます。しかしその代わりに、安価で誰でも治療を受けられる上、医者にも相応な報酬が支払われます。これは経済の仕組みそのものを変更する事になります。かなり難易度の高い制度になります」
「ふむ」
「まぁいずれ「そういう制度ができるといい」って程度で聞いてください。今はまだ治療中ですし、金銭的な面は私も負担致します」
「それは必要ない。そこまでされてしまっては私の立場がないではないか」
「いえ。これは正当な取引です。黙っていましたが、イーリスお嬢様はこの治療の実験台になっていました。被験者として報酬を受け取るとすれば、治療費はほとんど掛からない物と思って頂いて構いません」
「しかしそれでは・・・マサユキ殿とラミエール殿の支払いができぬではないか。大損になってしまうのだぞ?」
「私は構いません。善意で治療を施しお金を取ろうというのは・・・随分図々しい話だと思いませんか?」
「いやしかし・・・」
「私はお金という物に、ハッキリいって興味がありません。普通に生活し安全を維持できれば、それ以上望みません。ただどうしても必要になってくる費用に関しては、あらゆる手を使って手に入れるつもりです。今回はその対象に当てはまらないというだけです」
「・・・そちは相変わらず欲がないのぉ」
「欲はありますよ。ただ正当な報酬を得たいだけなのです。まぁいいじゃないですか。今はイーリスお嬢様の容態が良くなった事を喜びましょう」
「・・・うむ。そうだな」
◇
「今日の授業は終わりです。起立!礼!」
「「ありがとうございました!」」
メーフィスが先生となり、授業が終わったところだ。
いつも通り片付けが始まる。
今日は小さな女の子が片付け当番となった。
男爵様がここに来てから、もう5日目となるが慣れた風景である。
「マサユキ殿。やはりこれはやり過ぎではないか?」
「うーん・・・仕方ないですよ。もう彼らも慣れっこですし」
「だがなぁ・・・」
「まぁそう言わず、見ていてあげましょう」
女の子は荒い息を吐きながら、1つずつ机を運んでいる。
よろめきながらも一生懸命に運ぶ。
やっとすべての片付けが終わった。
「ミリー。お疲れ様。これで汗を拭いて」
「ありがとうございます!」
ミリーは4期生の子だ。
今日の授業は算術だったがミリーは苦手意識があるのか、なかなかいい成績が出せないでいた。
算術も基本的に複数回同じ授業を繰り返すスタイルだが、4年も繰り返している作業なのでほとんど個別授業に近い。
結果的に習熟度に差が出て、ミリーの負担が増えてしまっている。
何か打開策は必要だが・・・そう思っているのは俺だけじゃないはずだ。
シルリアが神妙な顔付きで話し掛けてくる。
「校長先生。お願いがあるのですが」
「うん。何かな?」
「罰の方向性を変えたいと思っています。具体的には決めてませんけど・・・ミリーが可哀そうで」
「うん。俺もそう思ってたところだよ。罰を和らげるのは意味がないと思ってる。でも・・・このままだと駄目だよね」
「はい。当番制は・・・駄目でしたね。人を増やせませんか?」
「うーん。問題は習熟度に差が出ている事だよね?」
「はい。1期生と4期生では差が大きいと思います」
「そうだなぁ・・・シルリア。先生やってみない?」
「え?」
「簡単に言うと、クラスを分けるのさ。年齢とか何期って事じゃなくて、習熟度に応じてクラス分けをする。クラス毎に別々の試験をして、最下位1名に片付けをしてもらうってのはどう?」
「わ、私が先生ですか?できませんよ」
「そう?なんでできないって思うの?」
「やった事がありませんし・・・」
「メーフィスやラミエールもそうだし、俺やメルディもそうだった。やってみて結構大変な事は分かるはずだけど、やらない内から諦めてたら前に進めないよ?」
「・・・はい」
「最初は数人でいいと思うけど、目標は全員が1つのクラスで授業が受けられる事にすればいいんじゃない?」
「・・・分かりました」
「よし!みんなに確認を取って決めてくれ」
「はい」
特に考えて提案した案ではなかったが、最下位に罰をやらせるという方針は変えたくなかった。
2人にするのもいいと思う。
でもそれだと、クラスが別れたという意味で無意識下で壁ができてしまう。
最終的に1クラスに纏めるなら、最下位1名の方が意識的にもいいと思うし、習熟度の差も埋まるだろう。
何より先生が増える事によって、メーフィスの負担が減るのが大きい。
黒板がもう1つ必要になるが、それはガルアに頼めばすぐに作ってくれるだろう。
という事は今後の事を考えて、運営資金は確保しておくべきだな。
最近金使いが荒いし、今の内に気付いてよかった。
俺の提案は子供達にも受け入れられたようだ。
今後は教師が複数名になり、得意分野の者が教師を行う。
給料の計算は正直面倒くさいので金貨1枚に統一しておくが、いずれは差別化をして相応な賃金にしたい所だ。
◇
昼食はいつも通り外で食べる予定だったが、雨が降ってきたので家の中で食べる。
ちょっと狭いが、こればっかりは仕方ない。
校舎も建てる必要がありそうだ。
不便さを感じる度にお金が必要になるのは仕方ないが・・・もうちょっとまとまったお金が必要だな。
男爵様に欲がないと言われて反論したが、あんなのは建前だ。
だがこういった平穏な生活さえ送れれば、それでいい気もしている。
◇
昼食を食べ終わると、リビングの椅子を壁側にずらし、広いスペースを作る。
剣術指導はできないが、合気の授業をするのだ。
こればかりは俺が指導しないとならないが、狭い空間でやれる授業としては実践的である。
「マサユキ殿。なかなかのお手前であるな」
「こういうのはほとんど感覚ですよ。コツさえ掴めば、非力な女性には最高の武器になりますからね」
「なるほど。私にも教えてくれぬか?」
「・・・いいんですか?怪我しますよ?」
「お手柔らかに頼む」
「分かりました。基本を教えますね」
そう言って、男爵様にも合気の稽古を施す。
見た目に反して男爵様は俊敏だった。
コツを掴むのも早い。
領主でありながら、これだけの才能を持った人物はそうはいないと思いたい。
「さすがですね。もう基本は習得できていると思います」
「そうか。簡単な技なのに奥が深いのだな」
「一応念のために申しあげておきますが、むやみやたらに使う事はいけませんよ?」
「分かっている。護身術なのであろう?そういうのは言われなくても心得ている」
「申し訳ありません。出過ぎた言い方でした」
「いいのだ!貴重な体験であった。また教えを請おうぞ」
「はい」
合気の稽古は早めに切り上げ、子供達を風呂に入れる。
まずは女の子達だ。
10人はいるのだが、家の風呂は大きいので余裕だ。
その間、男達で武器に着いて語り合う。
「校長先生。俺の剣、見てくれません?」
「ん?ゲルトどうしたんだ?」
「なんかやりにくいんですよ。こう・・・手に持つと違和感を感じると言うか・・・みんなと同じにやってるんだけど、うまく振れない事が多いんです」
「ちょっと剣を握ってみてくれ」
ゲルトは剣を持ち、構える。
不自然な点はない。
剣を確認しても・・・問題点が見つからない。
でも、剣を振るうと何かがおかしい。
もしかして・・・。
「ゲルト。君は左利きだったりする?」
「左利きですか?」
「ペンは普段どっちの手で持ってる?」
「右ですけど?・・・あーいや、左も使うかな?両方です」
「なるほど・・・。ゲルト。君は両利きかもしれない」
「両利きですか?」
「うん。結構希少なタイプだろうね。本来は訓練しないとできない事なんだ」
「なるほど。どうすればいいですか?」
「2本持てばいいんじゃない?」
「2本?!ですか?!」
「例えば重さを半分にするとか、片方だけ軽くするとか、投剣を併用するとか色々工夫できると思うけど」
「・・・2本か・・・」
「今、親方さんが武器を作ってるし、お願いして作ってもいいかもね」
「でもお金ありませんよ?」
「俺が作ってやろうか?」
「いえ!いいです!1本で十分です!」
「まぁそう言うなよ。二刀流ってのはカッコいいぞ?」
「カッコイイ・・・」
「一応、利き目も確認しようか」
「はぁ?」
「簡単だよ。人差し指を前に出して、何かを指差す。そして片目ずつ閉じて、どっちが中心に近いか確認してみてごらん」
「・・・右ですね」
「という事は左利きだね。左利きなのに普段から右手をよく使うから、両利きになっているんだ」
「なるほど・・・」
「剣が用意できるまでは左手で剣を持つようにしてごらん。持ち手は逆、って事だね」
「・・・確かにこっちの方がしっくり来る気もしますが・・・なんかやりにくいですね」
「慣れだろうね。折角だから2本持った方が面白いかもよ?」
「・・・」
「まぁいいよ。ゲルトの剣は2本って事で注文し直すから、気にしないで」
「・・・ありがとうございます」
面白い結果だ。
他にも左利きの子がいたが、元々左で持ってたらしく両利きではなかった。
右利きの者でも訓練次第で両手でも使えるが、まぁこればっかりは訓練としか言いようがない。
女の子と入れ替わりで、今度は男の子が風呂に入る。が・・・うるさい。
女の子ほどではないが、むさ苦しい感じだ。
女の子達との相手は、比較的ルーズだ。
治療で使った卵を使ってマヨネーズを作ったり、パンを焼いたり、裁縫やお話など多彩だ。
男爵様達も付き合わせてしまっているが、何かボードゲームでもあったらいいのに・・・囲碁とか作れないだろうか?
将棋でもいいし、リバーシやチェスでもいいかもしれない。
ガルアにお願いして、板だけでも用意してもらおうかな?
2階から、3人の女性が降りてきた。
なんとなく・・・騒がしさが膨れ上がる予感がする・・・。