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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第2章 眠りから覚めて
32/117

第31話 従者の決意

朝目覚めると、対面のソファーで寝ていたはずのメルディの姿は無く、ミイティアがいた。


「おはようございます。兄様!」

「・・・ああ、おはよう。今日は早起きだね?」

「昨日は1日中緊張してましたからね。男爵様とも無事和解が出来ましたし、一気に眠気が出てぐっすり眠れました」

「うん。男爵様は根がいい人で良かったよ」

「昨日の兄様はカッコ良かったですよ。姉様を「俺の嫁だ!」な~んて、ちょっとズルイんですけど!カッコ良かったです」

「まぁ・・・前から決めてた事だからね。あれくらい言った方が分かり易いと思ったんだ。ミイティアもカッコ良く登場してたじゃないか。なかなか堂々として怖かったよ」

「兄様ほどじゃありません。あそこまで堂々とされていると、私もやる気が出ちゃって」

「うん。元々あれはハッタリもいい所だよ。怒っている相手をどうやって落ち着けるかずっと考えていたんだ。男爵様もご息女様の心配をしていたし、荒事にはしないように注意してたよ」

「さすが兄様です!今度は私も「俺の嫁!」って呼んでくださいね」

「ど、どうだろうな~・・・」

「兄様!」


いつも通りの展開である。

あまりにも騒ぎ過ぎて、フェインが起きてしまったようだ。

マールは相変わらずだが。




しばらくすると、2階から1人の側近が下りてきた。

侍女風だが、腰に剣を付けている。


「おはようございます。狭っ苦しい場所でしたでしょう。昨晩はよく眠れましたか?」

「はい。大丈夫でございます。私はミリアと申します。どうぞよろしくお願いします」


緊張しているのか、ガッチガチだ。


「私はマサユキと申します。ミリアさんは私とそう歳は離れていませんでしょうし、言葉は遣いは気にしなくてもいいですよ」

「はぁ・・・分かりました。マサユキ様は、ここの領主様であったりされるのですか?」

「いえいえ違いますよ。私の父が村長をしているだけで、私はただの子供です。やっと仕事を始めたばかりの新米ですよ」

「はぁ・・・そうは見えませんが・・・。昨日は大男達と魔獣、そして大勢の人達が現れた時は・・・死を覚悟致しました」

「そうですねぇ。人数も多かったですが、二つ名持ちが2人もいましたしね。ちょっとズルかったかもしれません」

「いえいえご謙遜を。マサユキ様も堂々と振る舞われていましたし、そこにいる魔獣達も強そうじゃないですか?・・・魔獣達は人を襲ったりしないのでしょうか?」

「命令が無い限り襲わないと思います。訓練はしていますが、行動は本人達に決めさせています。こっちの大きいのがマール。そして小さい方がフェインといいます。触っても噛まないので触れてみます?」

「・・・では」


ミリアさんは恐る恐るマールに触れる。

毛並みの豊かさに惚れ惚れしながら、ゆっくり撫でる。


「本当ですね。襲って来ませんね。怖いのですけど、毛はなんというか・・・」

「もふもふでしょ?」

「そうそう!もふもふです!触り心地が最高ですね!」

「ええ。彼女の触り心地は村人達もお気に入りなんですよ。小さい子はフェインといいますが、その子はやんちゃです。触っても噛まないとは思いますが、慣れないうちは迂闊うかつに手を出さない方がいいですよ」

「え?!」

「大丈夫です。マールとミイティアがいますから。触ってみてください」


ミリアさんは恐る恐る手を伸ばす。


「はぁぁぁ!この子も毛並みがいいです。こうしてると魔獣もなかなか可愛いく思えてきますよ」

「ええ!自慢の家族ですから!」


まじまじとマール達を眺め、しばらく撫でていた。

そしてミリアさんは立て掛けてあった刀に興味を持つ。


「これは・・・なんか変わった形の剣ですね?」

「はい。刀っていう種類の剣です。歪な形をしていますが・・・ご覧になります?」

「いいのですか?」

「ええ。ただし、あまり振り回さないでくださいよ?マールやフェイン達が反応しちゃいますから」

「わ、分かりました」


マールが動いて、少し距離を取る。

そしてジッとミリアさんを見据える。


俺は大丈夫だとミリアさんに言い聞かせ、刀をミリアさんに渡す。

ゆっくり丁寧に受け取り、刀を抜く。


「へー。形は変わっていますが、切れ味が良さそうですね」


剣に慣れているのか、ブンブン振りまわす。

持ち心地を確かめるように構えた瞬間・・・マールが立ち上がり、唸り声を上げる!


ミリアさんはビックリ飛び跳ね、部屋の隅で剣を構え脅えている。

俺はマールに手を向け、大丈夫だと伝え、落ち付かせる。


「大丈夫です。構えが紛らわしかったのでしょう。いい聞かせたので大丈夫ですよ」

「申し訳ありません。剣を向けるつもりではありませんでした」


刀を鞘に収め、俺に手渡す。


「どうでしたか?片刃の剣ですし、普通の剣とは比重も違いますからね。使いにくそうでした?」

「いえそうでもありません。見た目に反して重いですが、持ち手は吸いつくように持ち易く、扱いも楽です。それに切れ味も良さそうですし、素早く鋭い剣を振れそうな感じでした」

「お!分かります?!さすが騎士様は違いが分かるなぁ」

「いえいえ私は騎士ではございません!私はお嬢様の侍女でございます。護衛のために少々剣が振れるというだけでございます」

「いいんですか~?そんな事言っても?もし私達が裏切って、男爵様を襲う事になったら大変ですよ~?」

「・・・いえ、今さらではございますが・・・例え兵士達がいたとしても勝てる気がしません」

「その判断は正しいと思いますよ。この村は魔獣がよく出没しますから、年中戦闘をしています。それに学校に来ている子達も結構強いですよ。そこにいるミイティアは剣術の教師をしています。俺も最近は負け続けてますし、普通の人だと相手にすらならないですよ」

「そこまでハッキリ言われてしまいますと・・・返す言葉はございません」

「俺は若輩者じゃくはいものなので偉そうな言い方にはなりますが。負けると思ったら「逃げる」のが最善です。手段を選ばず生き延びる事が最善の判断なんです。相手の力量も分からず戦う事は愚かな事なのです。ですから逃げ延び、その後どうするか冷静に考える事の方が戦術的にも重要なんです」

「・・・さすが重みがあるお言葉です。私もお嬢様を守る為に、頑張って強くなりたいです!」

「そうですね。いい領主様ですし、お嬢様も立派なお方なようです。その決意はきっとお二方をお護り出来る力となるでしょう」

「はい!」

「そうだ!時間も早いですし、お風呂に入りませんか?」

「え?!」

「兄様!どういう事ですか?!」


話を聞いていたミイティアが、大声で突っ掛かってくる。

ミリアさんは顔を赤くしている。


「兄様浮気でしょうか?まさか姉様と私を差し置いて・・・一緒にお風呂に入りたいとは?!」

「待った!待った!勘違いだよ~。俺はお風呂を勧めただけで、一緒に入るとは言ってない」

「マサユキ様さえ良ければ・・・私は構いません。私の体はお嬢様と比べても貧相でございますが・・・」

「兄様!」


この後、メルディが話を止めてくれるまでこの調子だったが、マール達も連れてミイティアと一緒に風呂に入ってもらった。




俺の気持ちが落ち着いた辺りで、男爵様と側近達が1階に降りて来た。


「閣下。おはようございます」

「ああ、おはよう。マサユキ殿は寝ていないのか?顔色が優れないようだが・・・」

「あーえー・・・ちょっと妹のミイティアと行き違いの喧嘩をしまして・・・」

「フフフ。若いのぉ。私もそち程若ければ、浮気の一つ二つしておるだろうに」

「き、聞いていたのですか?!あーいや。忘れてください・・・」

「ハッハッハッハッハ!」


男爵様と側近達に笑われてしまった。

その話を何度かぶり返されながら、一緒に朝食を取った。


ご息女様の食事はメルディが部屋まで持っていってくれた。

あまり人目には付かないように配慮したものなのだが、やはりメルディは気が利く。





食事を終え、ソファーで食後のお茶を飲みながら男爵様とゆっくり歓談していると、ラミエールが診察に来た。


「おはようございます。男爵様。マサユキ様」

「ご機嫌麗しゅうございます。ラミエール殿」


なんか・・・扱いが違う気が・・・。


「おはよう。ラミエール」

「マサユキ様。本日は新しい治療法を試すつもりです。ご覧になられますか?」

「いやいいよ。ラミエール先生にお任せ致します」

「・・・マサユキ様。お戯れは程々に」

「はい・・・」

「本日試すのは、コレでございます」


ラミエールは籠から白くて丸い玉を取り出す。


「卵?・・・もしかして薄皮を使うの?」

「あら?ご存知でしたの?私は祖母から教えて頂きました。今回の治療は皮膚の炎症ですので、最適だと思っていますの」

「いい考えだと思うよ。注意点としては、薄皮に適度な湿り気を与え続ける事かな?乾き過ぎると縮んで痛いかもしれないから、注意が必要だね」

「なるほど・・・湿り気というと、水でよろしいのでしょうか?」

「そうだね。普通の水でもいいけど、冷ましたお白湯を使うのもいいね」

「分かりましたわ。さっそく試してみましょう」

「マサユキ殿も医者なのか?」

「違いますよ?私の場合は単に雑学なんです。専門知識ではラミエールには勝てませんよ」

「マサユキ様。お戯れは・・・」

「ラミエール。問答は後で聞くから、治療をお願いできるかな?」

「し、失礼致しました。さっそく治療に参りましょう。男爵様もご一緒されますか?」

「・・・そうだな。お願いしよう」


ラミエールと男爵様、メルディは一緒に2階に上がっていく。

残ったのは、側近のゴルドアさんとジェリスさん。

2人とも心配そうに2階を覗き込んでいる。


「ゴルドアさん。ジェリスさん。お二人も落ち着いてお茶でもいかがですか?」

「・・・済まぬな」

「はい。頂きます」


2人はドッカリと椅子に座り、メルディに出されたお茶を飲んでいる。


「ゴルドアさんは閣下にお仕えして、長いのですか?」

「ああ。先代の男爵様の頃よりお仕えしている。もうかれこれ30年にはなるか・・・こっちのジェリスはまだ新米だが、なかなか腕が立つぞ」

「なるほど。風格からも、お二方がただ者でない事は分かりました。先日あのような事があったばかりですが、お二方は最後まで士気が落ちませんでしたね」

「・・・見抜かれているようだな」

「そんな事はありません。単なる勘ですかよ」

「フフフ。マサユキ殿の脅しは小細工ばかりではあったが、嘘は言っていなかった。閣下がどう決断されるか心配だったが・・・マサユキ殿は終始不戦の意思は変えていなかったからな。だから我らは落ち着いていたのだ」

「・・・なるほど。見抜かれているのは私の方のようですね」

「そうではない。その歳に見合わない冷静さと判断力を評価しているのだ。多少誇張表現もあっただろうが・・・勝ち目がなかったのは事実だ」

「・・・隠し事は意味がなさそうですね。実を言いますと、閣下が1000人規模の軍を率いてきた場合を想定し、準備をしていました。1000人対300人では相手になりませんから、いくつか策を練っていたのです。大型魔獣用の魔法陣というのはありませんが、それに準じる凶悪な兵器は用意していました」

「なるほどな。それはどういった・・・いや、聞くのは無粋だな」

「そうですね。具体的にはお伝えできませんが、我々も相応の被害を覚悟せざるえない作戦、とだけ伝えておきましょう」

「うむ。分かった」


その後、世間話や苦労話など雑談をしながら時間を潰す。




お風呂を上がったミリアさんとミイティアがリビングに入ってきた。

少し髪が濡れているが、湯上り美人だ。

肌艶が綺麗で、髪も綺麗に輝いている。


「ミリアさん。お風呂はいかがでしたか?」

「とても良かったです!マールちゃんとフェインちゃんが泡だらけになってすごかったです!それにあの石鹸はすごいですね!いつも使っている物と違って香りもいいですし、髪を気にせず洗えるのがいいですね!肌艶も輝くようです!」

「喜んでもらえて良かったです」

「そう言えば、男爵様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「ラミエールと回診に付き添っていますよ?」

「え?!」

「・・・2階です」

「は、はい!」


ミリアさんは急いで2階に駆け上がっていく。

2階の方が少し騒がしいが・・・。


「すまんな。ミリアのやつが騒がしくて」

「いえいいですよ。治療も始まったばかりですし、心配されて当然ですよ」

「いいえ!あとで厳しく言っておかねば!ミリアはいつもあんな調子で落ち着きがなんです。マサユキ殿の奥様のように落ち着きがあればよいのに・・・」

「ジェリスさんそれは違いますよ。男が女性に注文を付けるのは野暮ってものです。本人が自覚しているなら直すでしょうし、あれはあれで良いと思っています。私から見れば彼女らしさが出て、とても魅力的に思えますよ」

「そ、そうか・・・」

「マサユキ殿。将来ミリアをジェリスの嫁にするつもりだったが・・・マサユキ殿が貰ってくれぬか?フフフフ」

「・・・あの・・・そう言うのは・・・」


ジェリスさんの顔が怖い。

さりげなくミイティアの顔色を伺うが・・・やはり怖い。

タイミング悪く2階からラミエール達が降りてきた。


修羅場・・・死刑確定?!


「貰います」は当然拒否するが、「いりません」と言っても理由を問いただされ、結果的にジェリスさんが怒りそうだ。

とりあえずミイティアは置いといて・・・ここは!


「ミリアさん。ちょっといいですか?」


そう言って外に連れ出す。


「すみません。ミリアさんにちょっと確認したい事があるんですよ」

「はい」

「ジェリスさんって・・・(お嬢様に夢中だったりするんですか?)」

「え?!」

「(声が大きいですよ!ジェリスさんの意中の方の話が出ましてね。もしかしてと思って確認しているんです)」

「(そ、そんな事・・・)」

「(もしそうだったら、お嬢様の縁談が台無しになるかもしれません)」

「それはなりません!」


様子を伺うように、ジェリスさんが玄関から顔を出している。


「(私はこの機会に問い正してみるのがいいと思います)」

「はい!」

「じゃ、ジェリスさんを呼んできますので、ここでお待ちください」


そう言って、悠然と玄関に向かって歩き出す。


「ジェリスさん。ミリアさんがお話があるそうです。俺は全然構わないんですが・・・放っといたら俺が娶りますよ?」

「な!待て!どう言う事だ?!」

「ジェリス!こっちに来なさい!」


ジェリスさんは苛立っているが、ミリアさんの強い口調に負けて、渋々彼女の元に行く。

さあ、頑張ってくれたまえ。


「マサユキ殿。どうかされたのか?」

「いえいえ大した事ではありません」


男爵様に小声で状況だけを伝える。


「(閣下。あの二人が恋仲である事はご存知でいらっしゃいますか?)」

「(うむ、知っている。なかなか進展しなくて困っておったのだ)」

「(ちょっと策を打ちまして、無理やり話し合いに持ち込むようにしました)」

「・・・フ、フハハハハハ!なるほどな!分かった!」

「ラミエールすまなかった。ソファーの方で状況を教えてくれ」

「・・・ですが、良かったのですか?」

「いいのいいの!俺がとやかく言う問題じゃないからね」


皆席に着き、メルディがお茶の準備をしている。

外では大声が飛び交っている。


「マサユキ様。こうも気になると・・・説明以前の問題ですわ」

「んーっと・・・」

「マサユキ殿。私が悪かったのだ。悪ふざけをし過ぎた。許してくれ」

「ゴルドアさん。大丈夫です、気にしていませんから。私は自分から愛した人しか妻にするつもりはありません。なので申し出は嬉しいのですが・・・お断りさせて頂きます」

「そうか。すまなかった」

「はい。それからミイティア!」

「・・・はい」

「俺はそんなに信用ならない人物なのかい?」

「そんな事は・・・」

「分かっている。ミイティアはいつも通りでいいよ。妹の我儘くらい、許容できる懐の深さは持ちたいからね」

「・・・」

「ラミエール。からかうのはなしだよ?」

「分かっていますわ。ですが・・・私の場合、マサユキ様以上のお方が現れない限りお嫁に行けそうにありませんわ」

「ラミエールは分かってそうだからあまり言わないけど、きっとそんな事はないから大丈夫だよ」

「はい」

「閣下。申し訳ありません。お手間を取らせました」

「分かっている。それより聞いてくれ!イーリスの容態が良くなったのだ!」

「それは良かったです!」

「ああ!」

「じゃあラミエール。状況を教えてくれ」

「はい。とりあえず治療経過は順調です。治療薬が有効だったようでお顔を始め、お体全体の腫れはある程度回復しました。今後はこの治療を続けるのと、ただれた部分に適した薬草で治療にあたる事になりそうですわ」

「分かった。よくやってくれた。ラミエールありがとう」

「どう致しまして。医者として当然の事をしたまでですわ」


男爵様はラミエールの手を取って喜んでいる。

ゴルドアさんは男泣きだ。


「ラミエール。薬草探しって、今からするんだよね?」

「ええ。そうですわね」

「いい案思い付いたんだけど、やってみない?」

「なんですの?」

「マールに手伝ってもらうのさ」

「兄様。マールにですか?」

「マールにはお願いしていないけど、本当に駄目だったら諦めるよ。でも、うまく行ったら効率が上がるかもしれない」

「分かりました。どうすればいいのですか?」

「ラミエール。必要になる薬草って標本で持ってたりしない?」

「そうですわねぇ・・・家に帰ればあるかもしれませんわ」

「そしたらミイティア。マールとフェインを連れて、ラミエールと一緒に薬草探ししてくれないか?魔獣対策の戦力としてもマールは必要でしょ?」

「分かりました!・・・ですがいいのですか?」

「何が?」

「あの・・・兄様の護衛です」

「その心配はいらないよ。閣下は寛大な方だし、この場で問題を起こす事に意味はないからね。安心して出掛けてきなよ」

「・・・分かりました!」


ミイティアはマールとフェインに話をして、ラミエールに付いて行く事になった。

その頃になると外は静かになっている。


「外の方は落ち着いたようですね」

「うむ。うまく進展すればよいのだがのぉ」

「閣下。折角なので、村をご案内しましょうか?」

「そうだな。村の者には迷惑も掛けた。詫びを入れねばな」

「大丈夫です。昨日の内に伝令を回しましたので、問題ない筈です。それに私が説明しますので大丈夫です」

「そうか。では行こうか」

「はい」


俺達は外に出る。

外にはミリアさんとジェリスさんが座り込んでいた。

ミリアさんは涙を流しているが、破局というような事態ではないようだ。


「あっ、閣下!申し訳ございませんでした!私事とはいえ、お見苦しい姿を晒してしまいました」

「よいよい。・・・して、どうなったのだ?」

「いえ・・・あの・・・」

「もしかして俺の嫁になる事が決まりました?(ニヒ)」

「違う!そんな事させるものか!ミリアは・・・私が護る!」

「・・・進展してませんねぇ・・・」


男爵様もゴルドアさんも苦笑いだ。


「ジェリスさん。つまり、護れなかったら私が貰ってもいいんですか?」

「違う!」

「なぜハッキリ「私が幸せにする」と言い切らないのですか?」

「それは・・・」

「お嬢様のためです!お嬢様を差し置いて、私が幸せになるなどできないからです!」

「ミリアさん。それにジェリスさん。私が言うのもなんですが・・・それは余計なお世話って物ですよ?きっとお嬢様もそう仰るはずです」

「・・・」

「無言という事は、事実のようですね」

「ですが・・・」


そこに玄関から全身包帯の人が出てきた。

全身白の包帯をしているが、白く美しいドレスを着て、金色の縦ロールの巻き髪が美しく靡き、ロケット型爆乳が凶悪な色気を放つ、イーリスお嬢様だ!


お嬢様は自らの姿を隠そうともせず、仁王立ちで言い放つ。


「ミリア!あなたはいつまでそんな事を言っているつもりですの?!あなたの幸せを私が邪魔しているようではありませんか!」

「ですがお嬢様・・・」

「お黙り!ジェリスもジェリスです!ミリアを幸せにする気がないなら、さっさと縁を切りなさい!」

「・・・」

「どうなの?!ハッキリ返事なさい!」

「・・・」


ジェリスさんは黙り込む。


あと一息駄目押しが必要だ。

俺が横槍を入れる事は無粋な事なのだろうか?・・・いや。こういう状況に巻き込んだのは俺だ。


イーリスお嬢様に軽く会釈をし、これから横槍を入れる事を無言で伝える。


「ジェリスさん。決闘をしましょうか?」

「決闘だと?!」

「ええ。意気地がないジェリスさんにミリアさんを任せておけません。私が勝ったら彼女の処遇を決めさせて頂きます。あなたが勝ったならすべての責を負いましょう」

「そんな事で決闘などするものか!」

「決闘しないのであれば・・・お嬢様の治療は止めます。このまま男爵領へお帰り願いましょうか」

「なんだと?!」

「あなたが決闘を受ければ、勝っても負けても治療は続けます。ただし、負ければミリアさんを失います。それとも・・・自信がないのですか?」

「くっ・・・分かった」

「では。勝負は双方のどちらかが「参った」と言うか、戦闘不能になった場合としましょう。判断は閣下にお任せします」

「分かった。2人とも正々堂々やるがよい」


ジェリスさんが剣を抜く。一目見ても熟練した剣士である事が分かる。

俺は抜刀せず、刀に手を当てているだけだ。


「始め!」


男爵様の合図で2人はゆっくり間合いを詰める。


「剣を抜かなくていいのか?」

「そんな心配する余裕があるのですか?はやく勝って・・・ミリアさんを存分に舐めまわしたいものですよ。ニヒヒヒヒ・・・」

「きさまあああああああああ!」


ジェリスさんが踏み込み、剣を振り上げる。

次の瞬間、俺は一気に踏み込み、居合で喉元に刀を寸止めする!


「勝負あり!」


男爵様はそう叫んだ。

しかし、ゴルドアさんが冷静な反論をする。


「閣下。まだ勝負は付いておりません。どちらかが「参った」と言うまで続きます」

「そうだったな」


その隙にジェリスさんは間合いを取る。


「次は腕を斬ります」

「クッ・・・」


またジリジリと間合いを詰めてくる。

俺は下段に構え、力を溜め迎え撃つ。


ジェリスさんが鋭く斬り込んでくる。

それを下から、薙ぎ払う!


「キーン」と音がして剣が吹き飛ばされる。


俺の刀は衝撃力増幅の強化がされている。

同質量程度なら押し返すのは当然として、お互いの武器の加速度が高ければ高いほど、強い反発力を生み出す。

よって、通常とは違う手応えによる衝撃が襲い掛かり、意識していないと剣が吹き飛ばされるのだ。


俺は予告通り・・・ジェリスさんの腕を斬り付ける。

血は滴り、ジェリスさんは傷口を抑えている。


「さて・・・「参った」と言いますか?」

「・・・」

「仕方ないなぁ・・・メルディ!」

「はい」

「椅子と机を用意してくれ!どうにも時間が掛かりそうだ!」

「分かりました」


そう言って納刀し、ジェリスさんに向き合う。


「腕の治療をします」

「なんだと?」

「あなたの剣の腕は達者ですが、剣ではどうやってもあなたを傷付けてしまいます。殴り合いで勝負しませんか?」

「治療などしていいのか?」

「ええ。ミリアさんを御覧なさい。心配して今にも飛び出してきそうです」


ミリアさんは強い決意の目をしている。

ああいう目は危険だ。

自分の命と引き換えにジェリスさんを護るかもしれない。




治療を済ませ、ジェリスさんは立ち上がる。


「閣下。少し取り決めを変更したいのですが、構いませんか?」

「構わぬ。申してみよ」

「私が地面に叩きつけられたら私の負けとしましょう」

「な?!それはあまりに不公平過ぎるぞ?!」

「いえ。これくらいが丁度いいんです。私は簡単には負けませんから」

「マサユキ殿がそう言うのなら構わんが・・・ジェリスも構わないか?」

「・・・はい」

「では、続きを始めよ!」


そして殴り合いが始まった。





結果、ジェリスさんは地面に寝転がっている。

何度も投げ飛ばされ、何度も立ち上がってきた。

既に疲れきっているが、それでもまだ立ち上がる気のようだ。


「ジェリスさん。準備運動にもなりませんよ~」

「うるさい!」

「いっその事、剣をもって向かって来ません?」

「そんな事できるか!」

「下らない騎士道精神を捨てれば、勝てるんじゃありません?もしくは「参った」と叫べばいいだけですよ?」

「負けは認めん!騎士道も捨てん!」

「分かりました。あなた方が負けを認めるまで続けましょう」


最後の力を振り絞り、ジェリスさんが飛び掛かってくる。

ジェリスさんが俺の腰にタックルを仕掛けた瞬間・・・。


俺は右肘で首を押し込み、体を右に捻る。

押し込み続けると、ジェリスさんが地面に倒れる。

後ろに回り込み、腕の関節を極める。


「言っておきますが!あと少し捻るだけで腕は使い物にならなくなります!一生腕が上がらなくなります!まだ続けるつもりですか?!」


ミリアさんが立ち上がり、叫ぶ!


「もう止めてください!負けでいいです!」

「ミリア止めるんだ!これは私と彼との勝負だ!」

「もう・・・いいのです!こうでも言わないと終わりません!」

「・・・駄目だ!負けは認めない!」


埒が開かないな・・・だが。

俺は腕を緩め、服に着いた土を払う。

そしてミリアさんの元に向かい、問い正す。


「ミリアさん。負けを認めるのですね?」

「はい・・・」

「それはあなたの処遇を私に任せると言う事です。構わないのですね?」

「はい」

「では再度確認します。「参った」と言い、負けを宣告しなさい」

「参りました」

「フ、フフフフ・・・」


俺の笑いに皆納得していない。

唯一メルディとイーリスお嬢様だけが笑っている。


「閣下!勝負が着きました!」

「まだだ!私はまだ参ったと言っていない!」

「その通りだ。ジェリスはまだ参ったと言っていない。マサユキ殿はどうして勝負が着いたと言うのだ?」

「閣下。勝負の前に言った「勝利条件」は覚えておいででしょうか?」

「どちらかが参ったと言うか、戦闘不能になった場合であろう?」

「いいえ」

「あ!・・・閣下!勝負が着いています!」

「どう言う事だ?」

「マサユキ殿は「"双方"のどちらか」と申していました。それに「あなた方」とも言っていました。つまりこの勝負は、ジェリスとミリアに向かって勝負を挑んだ事になります」

「・・・確かに解釈としては間違いではないが・・・どうにも腑に落ちんな」

「閣下。相手の言う条件を鵜呑みにする時点で負けなのですよ?」

「そうだが・・・」

「最初に言った通り、判断は閣下が付ければ良いかと思います。それに本当に戦闘不能になるまでやるのは・・・さすがに後ろめたいですからね」

「・・・分かった!ジェリスとミリアの負けを認めよう」

「ありがとうございます」

「して、ミリアはどうするのだ?」

「そうですねぇ・・・ハッキリ言って考えてませんでした」

「フ、フハハハハハ!」


勝負が終わったとあって、ミリアさんがジェリスさんに駆け寄る。

俺も2人の側に行き、傷の手当てを始める。


「ジェリスさん。あなたの強い意思には負けました。私はいつでも参ったと言うつもりでした」

「・・・」

「私がわざと負ければ済む話なのですが、あなたはきっと納得されないと思います。だから切り札を使ったまでです」

「だが・・・私は手も足も出ず負けたのだ・・・」

「いいえ。今の今まではあなたが勝っていました。その一言を言うまではね」

「どう言う事だ?」

「戦いというのは、負けを認めた時点で負けなのです。勝負で負けたからといって、劣っている訳ではありません。どんな卑怯な事をしてでも、どんなに惨めな思いをしてでも、負けを認めなければ負けないのです。言いかえれば勝ちなんです」

「そんなの屁理屈だ!」

「屁理屈だろうと、あなたは騎士道精神を捨てていれば、勝てたんじゃないですか?」

「・・・」

「とにかくあなたは勝負に負け、私にも負けた。その事実は変わりません」

「だが・・・」

「元々の原因はあなた方ですが、無理矢理けし掛けたのは私です。その責任くらいは取らせてください」

「・・・」


治療が済み、再び男爵様の元に行く。


「閣下。ミリアさんの処遇ですが、放棄させて頂いてもいいでしょうか?」

「構わんが・・・何の利益があるのだ?」

「いえ。その代わりに提案があります。2人には1年以内に結論を出すように提案したいのです。ジェリスさんは頑固です。期限を付け、時間を掛けて説得しない限り方針は変わらないでしょう。提案ですので受ける必要はありません。要は男爵様に一任するという事です」

「そうか・・・分かった。考えてみるとしよう」


イーリスお嬢様の元に行く。


「お嬢様。お初にお目に掛かります。マサユキと申します」

「存じております。なかなかの戦いぶりでしたわ」

「いえ。出過ぎた真似を致しました。本来は男爵家の問題でございます。2人の処遇は男爵様にお任せ致しましたが、私への処遇が決まっておりません。許しを請うつもりはございません。ご裁断をお願いします」

「私から言う事はございません。良くやりました。いえ、そうですわね・・・私の婿殿になりませんこと?」

「は?」

「あら?なんとはしたないお言葉。もしかして私の姿が意にそぐわないのかしら?」

「い、いえいえ、そういう意味ではないのですが・・・」

「では、構いませんのね?」

「い、あ、待ってください!私は罰としてお嬢様の婿にならねばならないのですか?」

「理由はどうであれ、私の婿になっていただけるのであれば構いませんわ。マサユキ様も仰いましたでしょ?屁理屈だろうと勝てばいいのだと?」

「い・・・いあ、俺にはメルディが・・・」

「マサユキ様良かったですわね。これでマサユキ様も男爵家の一員ですわよ」

「そう言う訳です。観念なさい!」

「・・・お断り申し上げます」

「何でですの?!」

「もー勘弁してくださいよぉぉぉ!」


泣きが入った所で、皆に笑われてしまった。





イーリスお嬢様はなかなか引いてくれなかったが、体に障ると言う事で渋々部屋に戻っていった。

ジェリスさんの怪我も、腕の怪我以外は打ち身程度で済んだようで、ミリアさんは安心している。


今回の発端は、俺の責任逃れのために他人を利用してしまった事が原因だろう。

やはり自分の問題は、自分で対処しなければならない。反省せねば。


もうお昼という事もあり、食事の後村を案内する事になった。

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