第28話 予想外の報酬
俺は今、マールと共に工房に向かって走っている。
刀(参式改)が折れてしまったので、代わりに「弐式改」を受け取るために向かっている。
弐式改とは、参式改の次に出来のいい刀だ。
実を言うと・・・壱式も弐式も参式も、基本的に同程度の刀だ。
壱式は親方さんに刀身を作ってもらい、砥ぎの工程だけを担当した。
弐式は刀身を形成する作業に参加させてもらい、砥ぎもやった。
参式は鉄を製鉄する作業から手伝い、全行程をやらせてもらった。
結果、参式においては、固さは通常の鉄より固く仕上がり、切れ味もそこそこ良い物に仕上がった。
更にこの出来上がった刀に興味半分で魔獣の血を使って砥いだところ、切れ味がさらに向上した。
この結果には、どうにも理解に苦しむ。
まぁそういう理由で、3つの刀には「改」という文字が入っている。
刀の出来は試し斬りで直感的に判断した。
直感なので正確には分からないが、3本の刀には大して差がないと思う・・・。
正直「よく分からない」の一言に尽きる。
確実に分かる事は、通常の両刃の剣と比較しても大差がない事だ。
ちなみに俺の刀は、通常の両刃の剣より短いし、質量も半分しかない。
質量が少ないので、質量任せの攻撃はできない。
扱いにクセがあって、技術も要求される。
逆にメリットは、軽くて抜刀速度が早く、鋭利さは普通の剣以上にある。
軽いから取り回しも楽で、鉄を半分しか使わないので、安い!
普通に考えたら、使い勝手が悪い剣だ。
まぁ単なる「こだわり」という事もある。
刀が折れてしまったのは残念だが、リスクは承知の上で作った物だ。
覚悟はしていたが・・・悔やんでいても仕方がない。
むしろ、あの木を切り倒すには・・・根本的な改善策を図る必要がありそうだ。
なんか疲れてきた。
考えながら走るのは厳し過ぎる。
今、俺の隣にはマールが並走?いや、俺が追走している。
マールは大きいし、足も速い。
俺に歩調を合わせてくれるのだが・・・うまく合わない。
俺が遅すぎるのだ。
マールには申し訳ないが・・・これが精一杯だ!はぁはぁ・・・。
◇
工房に着くと倒れ込んだ。
口から心臓が飛び出そうなくらいの荒い息をしている。
マジで体力ねーな・・・俺。
チラッと工房の奥を見ると・・・遠くの方に、ビッケルさんが身構えるように立っているのが見える。
まだマールが・・・怖いらしい。
遠くからビッケルさんが叫ぶ。
「マ、マサユキー!いらっしゃああああああああ・・・」
マールと目が合ったらしく、逃げて行った。
無視するわけではないが・・・気にしないでおこう。
ゆっくり深呼吸をして、息を整える。
十分呼吸が整ったところで、工房に入っていく。
◇
休憩室に入ると、なにやら重厚そうな箱と書類の山が置かれていた。
近くに親方さんもいる。
「親方さん。こんにちわ。その箱と書類は何ですか?」
「お!来たな!マールもよく来た!おいビッケル!!肉を出してやれ!!」
ビッケルさんが壁の向こう側に隠れていたようで、走っていく足音だけが聞こえる。
しばらくすると、大きな肉と桶に水を持ってきて、部屋の隅に置く。
そしてすばやく壁の向こうに逃げていく。
「ビッケルさん・・・まだあんな調子なんですね」
「そうだな。いい加減慣れろってんだ!」
ビッケルさんはあんな様子だけど、指示になかった水も出してくれた。
やっぱり気が利く男だ。
マールに肉を食べるように指示を出し、俺は親方さんの対面の椅子に座る。
「親方さん。何か・・・嬉しそうですね?」
「おうよ!見てくれ!これが全部、お前の物だ!!」
は?
「何がです?この書類の山の話ですか?」
「何寝ぼけているんだ?お前が作った石鹸と・・・あー化粧品だったな。あれが売れた金だ!」
「・・・」
売れた?
俺は献上品って意味が分からないで使ってた事はあるけど、売るつもりで送ったわけじゃなかったんだが・・・。
検証はどうしたんだ?
まだ2週間だし、急いでも片道1週間は掛かるらしい。
一応理屈は通るけど・・・どうにもおかしい。
「親方さん?まだ送って2週間くらいですよ?俺の計算だと、送ってすぐに返事が届いたって事になるんですが・・・」
「ああ!早馬で送ったからよ、結構早く着いたみたいだ。で、すぐに検証と議論を始めて値段を決めたそうだ。検証もお前がやってたしよ、安全性は分かってたから、使い心地を王妃やら奥方達に聞いて決めたそうだ。代金は・・・クフフフ。珍しい奴が持って来やがったぜ」
「珍しい・・・奴ですか?」
「ああ!空飛ぶ魔獣だ!」
「・・・」
「やっぱり驚くよなあ!ワシも久しぶりに見たぜ!あれは王家だけしか持ってないはずだからな。お前のために出してくれたんだろうよ」
「・・・はぁ。納得はしましたが・・・呆れる高待遇のようですね」
「そうだな!ガッハッハッハッハ!」
空飛ぶ魔獣って何だ?
気になるが・・・って言うより、何だこの書類の量は?!
「と、とりあず、決済書とかあります?」
「ああ」
ガサガサと書類の山を漁って、1つの紙を渡される。
決済額を見ると・・・。
総額:金貨2000枚。
ふーん。2000枚か・・・大体6億くらいか?
汗が噴き出すが、気にせず詳細を見る。
特級石鹸 1本:金貨30枚 10本:金貨300枚
特級美容液 1瓶:金貨100枚 10個:金貨1000枚
特級保湿パック 1個:金貨100枚 10個:金貨1000枚
一般美容液 1瓶:金貨10枚 10個:金貨100枚
一般保湿パック 1個:金貨10枚 10個:金貨100枚
小計:金貨2500枚
税:2割 金貨500枚
合計:金貨2000枚
ふむ・・・。
特級石鹸は提案した希望価格を大幅に下回った。
しかし、特級美容液と特級保湿パックが想定の2倍の値段だ。
今後の生産も考慮に入れて、ラミエールに作らせた一般美容品にも値段が付いていた。
これは妥当だろう。
というより、特級美容品の値段がすごいな。
さすが王妃様も奥方様方も「美に対して貪欲」と言う事が証明された。
今回は味方にはしたが、敵には回したくない・・・。
仮に・・・紙?紙?どこだ?・・・(ガサゴソ)あった!
仮に1つの家庭に1人の奥様がいたとして、一家4人だったら、
特級石鹸 :1本金貨30枚 金貨120枚(4本/年)
特級美容液 :1ヶ月金貨100枚 金貨1200枚(12瓶/年)
特級保湿パック :1ヶ月金貨100枚 金貨1200枚(12個/年)
合計:金貨2520枚
つまり・・・7億5600万か。
化粧品だけで言えば、7億2000万。
やはり、奥様方の発言力は侮れない。
かなりの額になるが・・・本当に買っても大丈夫なのか?
貴族達の懐事情が気になってくるよ。
それにしても税2割って・・・高くないか?
年金やら保険やらで支払う事はあるけど、消費税と考えても高い気がする。
確か・・・税金は1割程度だったはずだ。
2割にする事に何か理由があるのだろうか?
「親方さん。この税金2割ってなんですかね?」
「ああ。気を利かせて税金を抜いてくれたんだろうよ」
「いえ、そういう意味ではないのですが・・・どの辺が気が利いてるんですか?」
「こっちの紙に書いてあるが、嗜好品って事らしい。あとで税金を払う手間も省けるって訳だ」
「なるほどね・・・二重課税・・・いえ、あとでまた税金を要求されたりはしないですよね?」
「ねえと思うぜ。村の税金はほとんど一定だしな。人が増えれば税金も上がるだろうが・・・それはダエルがやるからよ。気にしなくていいぜ」
「なるほど・・・」
他にも色々資料に目を通す。
この資料を見る限り、懸念していた事は少なそうだ。
検証については、十分とは言えないが的確な試験が行えているようだ。
王妃様や奥様方の反応からも、盛況ぶりが伺える。
石鹸が安くなった理由も書いてある。
無駄に長い称賛の文章は邪魔だが、石鹸の製法は彼らも知ってるし、試験結果はスムーズに進んだようだ。
それに、今回も検証への報奨金は支払われたようだ。
支払元は俺からなのだが、税金から支払われるようだ。
それにしても化粧品は高いな。
原材料や製法は教えていないが、生産量を考慮してくれたのだろうか?
奥様方が金に物を言わせて買取ったのかは分からないが・・・やはり特級化粧品は高い。
なんたって、希望小売価格の2倍だ!
まぁいい。
評価されたという事にしておこう。
親方さんが何やらゴソゴソ書類を漁っている。
整理した方が良さそうだ。
「坊主。次の依頼も来ているぞ。確かこの辺に・・・」
「次・・・のですか?」
「これだ!」
1つの注文書を渡される。
特級石鹸 :2000本
特級美容液 :4000瓶
特級保湿パック:4000個
一般美容液 :10000瓶
一般保湿パック:10000個
え、えらい数が多いなぁ・・・。絶対、生産量を考慮してない気がする。
特級石鹸は金貨30枚が2000本で金貨6万枚。
特級美容液と特級保湿パックは合わせて金貨200枚として、注文数が4000セットだから、金貨80万枚。
一般美容品も合わせて金貨20枚として10000セットだから、金貨20万枚。
合計:106万枚
税率20%として、84万8000枚・・・。
2544億だと?!!
小さな国の国家予算の1/4くらいじゃないか?!
どんだけ金が有り余ってるんだ?!
いやいや金貨1枚が30万じゃないはずだ!そう思わないとやってられない数字だ!
半分だとしても1000億を超える・・・。どこの大企業だよ?!
材料費や工賃を入れても・・・それが2000億・・・。ギャフン!
「アハ・・・アハハハハハハハハ・・・」
「おいおい坊主が壊れちまったぜ!グァッハッハッハッハ!」
しばらく、壊れたように悶えていた。
◇
が・・・冷静になる。
よく考えたら、こんなの生産出来ない。
色々実験はしていたが・・・薬草集めだけでも結構大変だった。
という事は、この注文書は無理だな。
注文書に再度目を通し、下の方にコメントが書かれているのを見付ける。
「無理かもしれんが、これくらい売りたいのお 王」
アホか!無理だっちゅうーの!!
王様は公正な判断ができる人だと信じていたが・・・これは酷い!
この税金20%が貴様の懐に入るのかと思うと、胸糞悪い。
思いっきりケツバットで、ビチンパチンと殴り付けたい!
王様にケツバットをする姿はシュールだが・・・まぁいい。
庇護して貰う立場としては、税金20%くらいで済むなら安い方だ。
石鹸は頑張れば、2000本は行けるだろう。
既に量産分もあるし、原材料は出来ている。
だが・・・素直に売ってやりたくない気もしている。
俺の自由時間も無くなるしね。
それより・・・問題は化粧品の生産だ。
基本的に生き物と薬草で出来ているから、「生薬」に分類されるだろう。
生成過程で清潔さはある程度あるが、防腐処理はしてない。
つまり、使い切るまでに制限時間がある。
しかも季節によって、薬草が取れる取れないがあるから、供給的にも不安定だ。
これは・・・あの2人を呼ぶしかないな。
「親方さん。伝言をお願いしたいのですが・・・(ニヤ)」
「ああ。どうした?」
小声で親方さんにゴニョゴニョと話す。
納得したように親方さんもニヤける。
そして2人は、壁の向こうに隠れているビッケルさんを、ニヤけながら見詰める。
◇
俺は親方さんと談笑しつつ、書類をまとめている。
伝言には・・・(ニヒ)ビッケルさんとマールを向かわせた。
単に遊びという事もあるが、無理やりにでも慣れて貰わないと・・・その内仕事にも支障が出る気がする。
出掛けは、ビッケルさんが逃げるように飛び出して行った。
・・・無事だろうか?
マールは賢いし、俺の言う事を言葉で理解できる。
だから、怪我をさせられる事はまずないだろう。
フェインがやんちゃだから・・・そっちの方が心配だ。
まぁミイティアもいるし、大丈夫だろう。
決済書にもう一度目を通す。
2000枚もの金貨がこの箱に入ってるのか・・・。
見てみたいけど、2人の反応も見てみたいから後にしよう。
とりあえず、俺の収入を確認して、親方さんに支払いをせねば。
簡単に紙に計算をする。
俺の作った石鹸と、ラミエールと共同開発した特級美容品から半分を俺の収入とする。
合計が・・・金貨1040枚
なかなかの金額だ。
たったこれだけでも3億はある。
宝くじの当選金額並だね。
ラミエールの方は特級美容化粧品と一般美容化粧品になるから・・・金貨960枚
これもなかなかの金額だ。
あの歳にしてこの大金・・・どうなるのだろうか?
とりあえず年間50枚は使っても、20年近くは余裕で暮らせるのか・・・。
まぁいいだろう。
俺の借金は・・・。
「親方さん。風呂場に置いた給湯機とポンプ、あとたぶん土木工事もしたと思うのですが、工賃はいくらでしょうか?」
「あー・・・。待ってろ」
棚から書類を取り出し、内容を確認している。
「あー。〆て金貨200枚だな」
「分かりました。あとメスやピンセットと針の代金はどうでしょうか?」
「坊主・・・言っておくが、払う必要はねえぞ」
「はい?」
「前にも言っただろ?お前の作った石鹸を売って金にしたって」
「ええ、聞きましたけど・・・あれって高く売れたんですか?」
「いんや。そんなに金にならなかったな。不良品の返金やら苦情やらでゴタゴタしてたからな。残った金で風呂と道具を作って、残りは学校に使ってるはずだ」
「なるほど・・・」
「だがよ。「特許」って言うのができて、利権が支払われるようになったぜ」
「特許?・・・ですか?」
「ああ。他人が勝手に物を売れなくする制度だ。売り上げの1割が入るって話だ」
「1割・・・」
「一応言っておくが、特許ができたのは去年くらいだ。少しは金が入ってくるが、学校の方に全部回している。粗悪な不良品が出回っていやがって、ダエルが飛びまわってるらしいぜ」
「そうですか・・・。ダエルさんにも迷惑を掛けてしまっていますね」
「そう言う訳でよ。お前が抱える借金はねえぞ」
「・・・」
借金が無い・・・安心する言葉だが納得がいかない。
また何か忘れてる気がする。
あ!
「ミイティアの剣の代・・・」
「まて坊主!お前にはやりたい事があるんだろ?それに使え」
「いやいやなんか嫌ですよ。こんな大金見せびらかしているようで・・・」
「何を今さら?!ワシはこれでも結構金持ちなんだ!そんなのはした金だ!」
「・・・」
「そうだな・・・ワシがメルディに金を貸してやると言った事がある。だが断わられた。「畑を作ってなんかとする」って言ってたな。ワシはいつ何を言われてもいいと思ってたんだがな。ガッハッハッハッハ!」
「ありがとうございます。俺はメルディに大変な事ばかりを押しつけて・・・申し訳ないです」
「そうだな。大事にしてやれよ」
「はい」
メルディにはまず服を買ってあげたい。
それから・・・あっ!
「親方さん。鏡ってもう出来ました?」
「出来てるぜ!あれはなかなかいい代物だ。坊主さえ良ければ売り出したいくらいだぜ」
「そうですね。特許は始まったばかりですし・・・石鹸と化粧品の様子を見てからでいいかもしれませんね」
「・・・そうだな。持ってこようか?」
「お願いします!」
「おうよ!」
親方さんは倉庫に向かって行った。
誰もいなくなった休憩室はなんだか・・・寂しい。
◇
しばらくすると、ビッケルさんが休憩室に駆け込んできた。
マールも一緒だ。
なんだか・・・仲が良さそうだ。
「ビッケルさん?何かいい事があったんですか?」
「ああ!聞いてくれよマサユキ。マールはいいよねえ~~。もう惚れ惚れしちゃうよお~~」
「仲が良くなってくれて嬉しいです。でも・・・変わり過ぎじゃないですか?」
「さっき向かってる途中、魔獣に出くわしちゃってね。マールが気付いてくれたおかげでなんとか倒せたんだ。も~頼りがいがあって、しかも毛がフワフワしてて、最高なんだよお~~~」
そう言って、マールに抱き付いて顔を擦り付ける。
マールは無表情でビッケルさんに身を任せている。
うん。マールは心が広いなぁ。
「ところで・・・魔獣の死体はどうしたんですか?」
「ああ。運べる分は家に届けたけど、残りはこっちに向かってるガルア達が拾ってくるはずだよ?僕らは先に連絡しにきたわけさ」
「そうですか・・・」
話し終えると、再びモフモフに顔を突っ込む。
もうなんていうかなぁ・・・。
気持ちは分かるよ。気持ちは。
でも、やり過ぎると嫌われちゃうかもな・・・。
◇
しばらくすると、親方さんが戻ってきた。
「随分探すのに掛かっていましたね?」
「ああ。さすがに4年も前だとな。ちなみにこいつは金貨20枚ってところだな」
「分かりました。あとでお支払いしますね」
鏡を確認してみる。
綺麗に自分の顔が映る。
俺の顔は・・・。うん。普通だ・・・。
ガルアがイケメン過ぎるんだよ!
あんなのと比較したら・・・俺の顔は平凡過ぎる。むしろ変じゃないか?
立て付けや、鏡の角度を変える仕組みも完璧だ。
綺麗な木を使っている事で、高級感溢れるいい商品になっている。
再び布で包み、テーブルの上に置いておく。
「そうだ。ビッケルさん」
「(モフモフ)」
「ビッケルさーん?」
「あ!ああ、何かな?」
「弐式改持ってきてもらえます?」
「ん・・・?前に渡したのはどうしたの?」
「えーっと・・・折れました」
「・・・折れるよねぇ。さすがにあの細さだと・・・」
席に着いて、酒を飲んでいた親方さんが話に割り込む。
「ビッケル。それは違うぞ」
「何がです?」
「あの剣は普通の剣じゃねえ。普通の剣並に硬度があるんだ」
「へー・・・どうしてです?」
「・・・秘匿事項だ!」
「・・・親方ぁ・・・」
「まぁまぁビッケルさん。とりあえず弐式改お願いできますか?」
「分かったよ」
ビッケルさんが倉庫に向かっていく。
気になったのか、親方さんが聞いてくる。
「坊主。どうして折っちまったんだ?」
「俺の見誤りです。かなり固い木を斬ろうとして・・・折ってしまいました」
「そうか・・・。ビッケルに持ってこさせてるやつもいいが、また新しいヤツが必要そうだな」
「ええ。お金も入りましたし、もう少しいい材料を使ってみたいですね」
「そうだな。さすがにクズ鉄を使うって言った時は呆れたが、それであそこまでの剣を作れるとな」
「親方さんのおかげですよ。俺の技術じゃ・・・どうやっても出来ませんでした」
「まぁな。職人だしな!ガッハッハッハッハ!」
◇
親方さんと新しい刀の製造計画を練っていると、入り口からたくさん人が入ってきた。
ガルア、ミイティア、ラミエール、メーフィス、フェインに子供達。
あれ?メルディだけがいない。
「ガルア。メルディは?というか、2人だけ呼んだつもりなんだけど?」
「そう言うなよ。重大発表があるって聞いてきたんだ。みんな興味出ちまうだろうが」
「メルディさんは留守番してますわ。夕食の準備もあると言ってました」
「校長先生!ここスゴイね!」
「すごいねー!」
みんな口々に言い分を言うが、さすがに捌ききれない。
「みんな!あまり騒がないように!」
やっと静かになった。
「まぁラミエール、ガルア。とりあえず座れよ。他の子達は外でフェインと遊んでていいぞ」
フェインと子供達は外に出て行った。
ミイティアとメーフィスは残った。
「んーと、ラミエール。とりあえずこの紙を見てごらん」
決済書を渡す。
ラミエールが決済書を見て、予想通り・・・。
「す、すごい額ですわね・・・。こんなのおちょくってるとしか思えませんわ!」
「事実だと思うよ。この箱の中身がそうだと思う」
みんなに紙を見せ、集まって決済書を覗き込む。
「うひょーすげーな!大金持ちじゃねえか!」
「兄様!私にも何か買ってください!」
「そうですわね。マサユキさんはやる人です!さすがですわ!」
「まぁまぁ分かりきってた反応だけど・・・みんなのそういう顔を見るのも(ニヤニヤ)」
「マサユキさん!そういう役目は私の担当ですの!勝手に一人でニヤけてないでくださいな!」
なんやかんや言われてしまったが・・・箱を開ける瞬間は、みんな息を飲む。
重厚な箱を開けると・・・。
「おーーーー!」
俺も含め、みんな歓声を上げる。
「想像以上ですわね・・・」
「そうだね。この内の半分はラミエールの物だよ」
「な"?!」
ラミエールはその言葉にしばらく固まっていた。
だがすぐに、冷静になり決済書に再度目を向ける。
「マサユキさん?私が受け取る額は半分じゃないですわよ?」
「厳密には・・・(ゴソガサ)・・・俺が金貨1040枚で、ラミエールが金貨960枚になるかな」
「960枚・・・」
「そうだよ。さっき計算したんだ。計算間違いが・・・なければだけど」
「マサユキさん?ソレ、貸して頂けます?」
計算した紙をラミエールに渡す。
メーフィスも気になったようで、横から覗き込んで来る。
計算書を見終わると、ラミエールがすごい顔をして睨んでくる。
「マサユキさん。ぜんぜーん、分かってませんわね?」
「え?計算ミスがあった?」
「違いますわ!私の取り分が多過ぎます!」
「そう?共同開発したわけだし、半分が妥当だと・・・」
「マサユキさん!!」
「はい!」
「それは・・・。と、とにかく、私一人の力では金貨10枚が妥当なんです!計算し直してくださいな!」
「・・・でも元々は、ラミエールが考えて作った物じゃない?だから半分が・・・」
「いえダメです!!」
「う・・・」
「マサユキさんは仰いましたわよね?「相応の仕事には相応の報酬」と?でしたら私は受け取れません!お分かりになります?」
「・・・」
「坊主。お前の負けだ!ガッハッハッハッハ!」
「・・・分かったよ。メーフィス再計算をお願いできるか?」
「分かりました」
メーフィスに計算を任せ、再計算してもらう。
◇
結局、俺が金貨1680枚、ラミエールが金貨320枚となった。
具体的には、特級化粧品の売り上げは特許制度に見合った金額と、一般化粧品の売り上げをラミエールが受け取る事になった。
俺がその残りという訳だ。
「今さらですが・・・親方さん?」
「ああ」
「献上品はなぜ、買取になったのでしょうか?」
「ああ。簡単に言うと、国として販売を受け持ちたいそうだ。その景気付けって意味らしいぜ」
「・・・つまり、俺達が作って、親方さんの所から発送して、王様が売るって・・・事ですか?」
「そうだ!転売はしないそうだから安心しろ!」
「それは・・・仕入れ値以上で売らないって事なんですか?」
「どう言う事だ?」
「例えば、特級化粧品は希少品で人気が高いです。こういう物は相場が上がりますよね?仮に相場が金貨200枚になっても、俺達は金貨100枚で売らなきゃならないのか?って事です」
「・・・さあな。そこまでは書いていなかったな。今度の便で聞いてみようぜ?」
「そうですね」
話と資料を読む限り、王様は思ってたより寛容な人のようだ。
どんな人なのか興味はあるけど・・・さすがに庶民が相手出来る人じゃないだろう。
次に、ラミエールに問題の資料を見せる。
「ラミエール。この注文書を見てくれないか?」
「ええ・・・」
注文書を見て、ラミエールは怒り出す。
「な、なんですの!無理に決まっているじゃないですか!て言うか!何コノ後書きは?!・・・もおおおおお!おふざけが過ぎますわ!まったく何考えて・・・」
「だ、だよねぇ。俺もさすがにコレは無理だと思うんだよねぇ。・・・で、提案なんだけど?」
「・・・はい?」
「一般化粧品を作るの、辞めない?」
「・・・ええ構いませんけど?」
「その代わり特級化粧品だけ生産して、無理のない範囲で出荷。ってのはどうかな?」
「なるほどですわ。となると・・・本格的に農場が必要ですわね」
「そうだね。年中薬草を手に入れるとなると、大掛かりな設備がいると思うんだ」
「・・・薬草用の家ですの?」
「正確には、薬草が育ち易い環境を1年中確保できる施設だよ」
「ほー!それは実験しがいがありますわね!」
「うん。それでガルアも呼んだんだ」
みんなの目線がガルアに集まる。
「俺がか??俺なんかが役に立つのかよ?」
「うん。ガルアは見回りでよく遠出するでしょ?その時、薬草の苗を集めて欲しいんだ。苗と周辺の土を一緒に取って、栽培を試してみたいんだよ」
「なるほどですわ!それなら効率もいいですわね」
「出来なくもないが・・・薬草は詳しくないぜ?」
「お任せください!私がお教え致します!!」
ガルアがラミエールに詰め寄られ、しどろもどろになっている。
それを放っておいて、親方さんに提案する。
「親方さん。お願いがあるのですが」
「ああ」
「今話していた農園と言うべきでしょうか?それを工房に建てたいと考えてます。農園を建てる敷地を融通してもらえないでしょうか?」
「構わねえよ!うちに建てる理由は分かっている。そういう事なら問題ねえよ」
「ありがとうございます。ついでに夢物語な程度で聞いて欲しいのですが」
みんな不思議そうに俺を見詰める。
「将来的に工房に大きな設備を建てたいと思っています。地上と地下に大きな部屋と小さな部屋をいくつも連ねた感じで、全面石製か強固な木造で建築したいと思っています」
「ほう・・・。デカイってどれくらいだ?」
「そうですね・・・広さはこの工房と同じくらいで、2~3階建てでしょうか?他にも農場や牧場なども建てたいです。まだ資金も設計もしてませんが・・・」
「ほー。そいつはすげーな!大仕事だぜ!」
「仕事で思い出したのですが、井戸掘り機って、どのくらい完成してます?」
「そうだな・・・。仕組みは大体出来ている。問題は先端の・・・ああ!それは坊主が作ればいいか!」
「そこまで出来てるなら話が早いですね。実は将来的に、村に温泉宿を作ろうと思ってます。運が良ければ大量に水が噴き出すでしょう。それを給湯機で沸かして、みんなで湯船に浸かりたいんですよ。建設作業にもお金は動きますし、温泉が出来たら客も呼べます。村の人達にも仕事が増えて、村の復興にはいい火付け役になってくれると思ってます」
「ほほー。そいつはすげーな!夢がデケーぜ!」
「そのためにも、俺とラミエールが頑張って資金を稼ぎますよ!」
「そうですわね!腕が鳴りますわ!」
「俺を忘れてねえか?」
「ガルアにも期待しているよ」
「兄様!私も何かやりたいです!」
「そうだなぁ・・・。ラミエール。ミイティアにも薬草の事教えてあげてくれないか?」
「え?」
「分かりました!ビシビシいきますわ!」
今度はミイティアを巻き込み、熱心に講義を始めた。
「親方さん。農園の計画書は作ります。出来たら確認をお願いします」
「分かった」
「あと・・・」
ラミエールの猛烈な講義を受けて、ビビりまくっているガルアとミイティアに目を向ける。
「あの2人の剣ですが・・・砥ぎ直ししませんか?」
「・・・そうだな。おうガルア!ミイティア!剣を見せろ!」
親方さんの一声で、ラミエールから解放された2人が剣を渡してくる。
「んー?ガルア。お前手入れしてねえな?」
「・・・」
「ミイティアのは大丈夫そうだ。・・・いやまさか・・・坊主?コレにアレやるのか?」
「ええ。そのつもりです」
「そうか・・・よし!ワシはガルアのヤツをやるか!」
親方さんがガルアの剣を持って作業場に向かう。
「兄様?何をされるのですか?」
「ひ・み・つ。ニヒヒヒヒヒ」
「んもー!」
「じゃあ、ラミエールあとは頼むよ」
「分かりました!さあ、お二方!・・・」
再びラミエールの猛烈な講義が再開する。
頑張れ・・・。
◇
俺はミイティアの剣を砥いでいる。
親方さんは炉に火を付け、打ち直しをするようだ。
俺も打ち直しの作業をやりたいのだが、さすがに上級ミスリルを叩き直せる道具を作っていない。
その理由は、ミスリルが固過ぎるためだ。
固過ぎるミスリルを叩くには、ミスリル製、もしくは合金製の強固なハンマーが必要だ。
鉄なら打ち付けも可能だが、既存の道具は親方さんのしかない。
重過ぎて自由に扱えないのだ。
そこで砥ぎだけをやる。
砥ぎの作業だけでもそれなりに効果は出る。
作業は簡単だ。
砥石を使って、魔獣の血で砥ぐだけだ。
基本的な工程は「荒砥」「中砥」「仕上げ砥」の3つ。
厳密には荒砥だけでも3種あるし、中砥と仕上げ砥は4種類ずつある。
合計で10種類だ。
元々は10種類も砥石はなかった。
俺は現世で刀の手入れをしてたので、そういう知識は持っていた。
包丁を砥ぐ訳ではないので、無理を言って用意してもらったのだ。
こんなに種類がいらないと思うのは、素人の考えだ。
砥石の種類が多い理由は、材質に合わせて微調整をするためだ。
特に長さのある武器となると、砥ぎの作業は相当難しい。
僅かな歪一つで切れ味が悪くなるし、刃こぼれの原因にもなる。
うちの道場では刀を使っていたけど、本格的に砥ぎまでやっていたのは俺だけだ。
単に愛着があっただけかもだが・・・刀の扱いを覚える上で必要な事だと思って挑んでいたのだ。
そんな訳で、砥ぎに関しては俺もそれなりに経験している。
だが・・・さすが上級ミスリルだ。固すぎる。
荒砥で砥いでいるが、あまり砥げている気がしない。
これは時間が掛かりそうだ。
「坊主。これを使え」
そう言って、いくつか砥石を渡してくる。
それは黒い石と銀色の石、あと白っぽい透明な石。
「なんですか、コレ?」
「ミスリル用の砥石だ」
「へー。変わった石ですね」
「コイツと相性がいいんだ。黒、銀、白の順で使ってみろ」
試しにザラ付いた黒い石で砥いでみる。
「ズズズ」と削れる音がする。
「スゴイですね!砥げてるのが手に伝わってきます!」
「そうだろ?黒がブラックミスリル、銀が中級ミスリル、白が宝石に分類されたはずだ」
「結構希少そうですね」
「まあな。そうそう使う物でもねえが、必要な物だからな」
「ブラックミスリルって言うと・・・呪われたミスリルってヤツですか?」
「そうだ。だがそいつは呪われてねえぜ。心配いらんから使え」
「分かりました」
親方さんから借りた砥石はすごかった。
違いが目で見ても分かる。
今回加えた念は、単純に切れ味だけだ。
下手に重さを変えると、剣の扱いに苦労するはずだからだ。
前回の魔獣戦では、深く斬り込めないため手数が増えていた。
だがこれなら・・・。
砥ぐ前の切れ味を試しておくんだったな。
これだと、どの程度強化されたのか分からない。
親方さんとミイティアに聞いた方が早そうだ。
親方さんはまだ叩きの作業をやっていた。
「親方さん。どうですか?」
「・・・粗方直したが、かなりガタが来てるな。扱い以前に設計の問題だ。自重で耐えきれないのかもしれん」
「となると、少し軽量化したほうがいいですかね?」
「軽量化するにしてもよ・・・どうするんだ?」
考え込む。
「親方さん。剣の重心ってどこですか?」
「重心?」
「あれ?考えてなかったんですか?」
「んー・・・まあそうだな。ガルアが持てる重量で、なるべく切れ味のいい方法を取ったんだ」
「まずは重心を調べましょう」
適当な台座を用意し、支点に鉄の棒を置く。
その上に剣を乗せ、重心を確認する。
「やはり重心が前過ぎますね。これだと剣の扱いが大変ですよ」
「そうか・・・どうすればいい?」
「んー。持ち手をもう少し長くしてみましょう。あと中央に軽く溝を入れて軽量化してみましょうか」
「持ち手と溝か・・・耐久性に影響でねえか?」
「それはアレですよ」
「・・・なるほどな!ガッハッハッハッハッハ!」
こうして、俺と親方さんの剣の改造が始まった。