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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第2章 眠りから覚めて
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第26話 対等な関係

工房に着いた。

工房はまだ活気が無い状態だ。


ビッケルさんが何かの準備をした後、奥から出てくる。

どうやら、いつもの準備をしていたようだ。


「やあマサユキ。今日はずいぶん大人数だね? 隣の2人は……新しい恋人かい? ニヒヒ」

「そうですよビッケルさん。新しい彼女です。2人ともビッケルさんには勿体なくてあげられませんからね」

「そんなーマサユキ。簡便してくれよぉ……」

「お互い様です。ファウ、エリーゼ。2人を勝手に彼女呼ばわりしてごめんね」

「いいえ校長先生。私達も先生のお嫁様にしてください」

「そーです! いいーのです!」

「あはははは……」


チラッとメルディの方を見る。

メルディはにこやかにほほ笑んでいる。

悲しい顔一つしないメルディは、なんて寛大な人なんだろう。

自分で言い出した事とはいえ、息巻くファウとエリーゼをなだめ、みんなを連れて休憩所に向かう。




子供達は初めて目にする物ばかりで、興奮を抑えきれないようだ。


休憩所に着くと、何人か工房員達が休憩中である。

仕事として受注は少ないが、そろそろ夏野菜の収穫もある。

鎌などを整備するために集まっているのかもしれない。


テーブルにはいつものように紙とペン、定規などが置かれている。

暇があればここに通っていたので、事前に用意して置く事がもう当たり前になっているのだ。


「ビッケルさん。準備をお願いします」

「お! そうか、今日が試験の日だったか! もっと先の話だと思ってたよ」

「やっぱりそうでしたか……。ミイティアも分かってないかもしれませんね」

「そうでもないと思うよ。僕はまだ無理だけど……親方や他の者達とも仲良くやってると思うよ」

「へー、噂で聞いてましたが、これはなかなか試験のやりがいがありますね」

「……っで、何を用意すればいいかな?」

「えーっと……「試薬5号」と「試薬6号」。あと、「参式改」の持ち手の取り付けって、終わってますか?」

「うん。大丈夫だけど……試薬5号も6号も、まだ検証してないよね?」

「ええ。今回の試験は命懸けです。うまく行かなければ……。まぁ保険です」

「マサユキ考え直さないか!? そんなに難しく考えなくても……」

「いえ……これは俺の流儀です。用意をお願いします」

「……分かったよ」


ビッケルさんは渋々と倉庫に向かう。

心配した顔をしたメルディが声を掛けてくる。


「マサユキ様。どうして無茶をなさるのですか?」

「俺は……魔獣が怖い。いや、倒せない怖さじゃないんだ。だけど……野生だった魔獣が人に従うなんて、ちょっと考えられない。現に俺は嫌われてたし、襲われ掛けた。簡単に信じる事はできないんだ。分かり合うには試練が必要だと思う。そのためには命懸けで挑まなければならない……。でも大丈夫! ミイティアやガルア達がいるんだ。いざとなったら助けてくれるさ」

「ですが……」

「メルディ。俺は前にも言ったよね? 「片腕を失っても必ず生きて戻る」って。約束するから心配しないでね」

「……はい」


メルディは不安を押し殺すように返事をする。

さっきまで浮かれていた子供達も状況の深刻さを感じ取り、黙りこむ。


ガルアは……平然としてるな。

彼なりに俺の流儀の意味を分かっているのだろう。

体には無数の生傷があるし、訓練にも大変な苦労があったのだろう。

やはり、一筋縄ではいかない気がする。


しばらくすると、ビッケルさんが薬と刀を持ってきた。


「マサユキ。これでいいかい?」

「ありがとうございます」


俺は薬を腰の鞄に詰め、参式改という刀を受け取り、持っていた刀(壱式改)をビッケルさんに渡す。

そして、試作番号3番の刀(通称:参式改)を腰につける。




すべての準備が終わると、目を閉じ精神統一を始める。


俺は……「鬼」だ!

奴が憎い! 殺す! 奴が憎い! 殺す!


しばらくすると、俺の目は殺気で満ちる。

ガルアも子供達も変貌ぶりに怖がっている。


足を踏み出し、銀狼シルバーウルフの元へ向かう。





その頃、ミイティアは銀狼の子供と遊んでいた。

1週間でなんとか仲が良くなってきた事もあり、訓練も上々の仕上がりだった。


「兄様、そろそろ来るかなぁ?」


モフモフとした毛を撫でながら物想いに耽っていると、大きな銀狼が立ち上がった。

そして、建物の奥の方を見て唸りを上げる。


「どうしたの?」

「グルルルル……」


ミイティアも銀狼の異変に気付き、銀狼の向く先に視点を向ける。

すると……


一人の男がゆらりと静かに現れた。

彼は凄まじい殺気を帯びている。

一目見てマサユキである事を察知するが……いつもの彼ではない。


「兄様……」


彼はゆっくり歩き、そして少し手前で止まる。


無言である。

何も語り掛けてこない。


ミイティアは「一週間後に試験に来る」という言葉を思い出し、唸る銀狼に駆け寄る。


「大丈夫よ。何もしなければ大丈夫」


そう、優しく問い掛ける。

銀狼はミイティアの言葉に従い、伏せのポーズを取る。


十分いい聞かせてから、ゆっくり離れ、小さな銀狼を抱え距離を取る。

そして、1人の男と1匹の銀狼シルバーウルフのやり取りを見守る。





俺は銀狼シルバーウルフと対峙している。

やる事は決めている。

銀狼は伏せを取っているが……関係ない。殺してやる!


ゆっくり腰の刀に手を掛け、「スーッ」と静かな音と立て、刀を抜く。

右手でぶら下げるように構え、最高に気持ち悪い顔をしながら、銀狼に話し掛ける。


「お前……旨そうだな~。(ジュル) 黒じゃなくて、銀だもんなあ! どんな味がするんだろうな~? ウヒ。ウヒヒヒヒ・・・」


そう言って、1歩ずつ悠然ゆうぜんと歩き出す。

体全体から殺気を放ち、顔は殺しを楽しむかのように興奮した顔をし、口元は気持ち悪くニヤけ、よだれを垂らしている。

しかし、銀狼は伏せをしたままだ。


「なかなか肝が据わってるじゃねえか? 忘れてねえか? あっちの小さいのも食うんだぞ? あっちは柔らかくてうまそ~だよな~……ヒ、ヒヒヒヒ」


1歩、また1歩と近づきながら問い掛ける。

銀狼は伏せの姿勢を変えない。


流れるように刀を両手で持ち……一瞬で間合いを詰め、一気に刺す!!


銀狼の前足にグサリと刀が刺さる。

刺さった部分から、血がゆっくり滴り落ちる。


「兄様止めて!!」


ミイティアが叫ぶ。

後ろにいるだろう子供達からも悲鳴が聞こえる。

ミイティアの腕の中にいた小さな銀狼が激しく暴れ始める。


ミイティアが頑張って抑えるが……

小さな銀狼は手から抜け出すと、勢いよく俺の左腕に噛み付いた!


小さい銀狼はまだ幼いが、やはり魔獣だ。

俺の腕の肉が引きちぎられる様な痛みが走るが……無視する。


なぜなら……

大きい銀狼は刀が刺さっても、微動だにしないからだ。


俺は大きな銀狼の目をずっと睨んでいる。

銀狼も俺の目を見ている。


一瞬の出来事が、長い時間に感じられる。




そして……俺は剣を銀狼の前足から抜いた。

刀を納めようと思ったが……左腕には小さな銀狼がかぶり付いており、激しく頭を振っている。

駆け寄ってきたミイティに抱き抱えられ、懸命に抑え込もうとしているが、なかなか離れない。


ゆっくり刀を地面に置き、改めて銀狼の目を見る。

そして、右腕を突き出す。


銀狼は意図は分かっているようだが、伏せを崩さない。

だから、俺はこう言う。


「俺の腕を噛め」


銀狼は動こうとしない。

左腕は小さな銀狼が何度も首を振るように強く噛み、腕は滴る血で真っ赤に染め上がっている。

俺はもう一度、今度は強めに命令する。


「俺の腕を噛め!」


やはり、銀狼は動かない。

こいつなりの忠義なのかもしれない。

だが、俺にも流儀はある。


「俺は無抵抗なお前に刀を刺した。だから、お前も俺を噛んでくれ」


銀狼は少し反応した。

だが、躊躇だめらっているようだ。


「いいんだ。俺はお前の主人じゃない。俺はお前と友達になりたいんだ。お前が噛みついてくれないと、俺達は対等とはなれない。だから、噛んでくれ!」


銀狼はしばらく考えた後、ゆっくり立ち上がり、腕をやさしく噛む。


「血が出るくらい強く力を入れて噛むんだ!」


一気に力が掛かる!


想像していた以上に激痛が走る。

俺は平静を装いながらも、脂汗を流しながら耐える。




しばらくすると、銀狼は噛むのを止め、傷をいたわるように舐め始めた。

俺の左腕では、小さな銀狼がまだウーウー唸って、腕を引きちぎらんとばかりに噛み付いている。


だが、大きな銀狼とは、やっと通じ合えた気がする。

こんなやり方で良かったのか分からない……

だが、俺なりに考え抜いた試験だった。


左腕では、ミイティアが必死に小さな銀狼を腕から離そうと頑張っている。

それを見て、大きな銀狼が一声


「ガアアアアアア」


っと小さな銀狼を叱りつける。

小さな銀狼は母の姿を見て、渋々噛み付きの力を緩めた。

噛み付きが取れた事でミイティアと小さな銀狼が、後ろにすっ転んだ。


その姿を俺はにこやかに笑っていたが、ミイティアの表情が優れない。

その理由は俺の両腕の状態だろう。




俺の両腕はかなり酷い状態だ。

左腕は傷口が小さいが、何度も強く噛まれ、頭を振り回すことでかなり深手になって出血も酷い。

右腕はたぶん加減はしてくれただろうが……見た目からして骨折していると思う。


俺の両腕は、普通の人から見ても重症だ。

ガルアに取り押さえられていたメルディが駆け寄る。


「マサユキ様……あなたはなんて事を……」

「大丈夫! 治る……はずだよ? それに死んでないしね」

「兄様ごめんなさい。ちゃんとしつけをすると約束したのに……」

「まぁ……話は後だ。メルディ止血を頼む。ラミエール!」


遠くで、俺達のやり取りを見ていたラミエールが返事をする。


「は……はい」

「俺の治療を頼むよ」

「ですが……」

「大丈夫。この子達は何もしないよ。それに新しく作った薬があるんだ。使ってほしい」

「……分かりました」


ラミエールは脅えながらも俺の元に来る。

側に来たラミエールに指示を出し、腰の鞄から薬を取り出させる。

薬のふたには5号、6号と書かれている。


「傷は小さいが深手の左腕には試薬5号を。傷は浅いが骨折している右腕には試薬6号を使ってくれ」

「……はい」

「ミイティア? 大丈夫かい?」

「……はい。でも……」

「大丈夫。ミイティアのせいじゃないよ。俺のせいだ。だから気に病まないで」

「…………」

「ミイティア。銀狼の傷の手当てをしてあげてほしい。ラミエールに渡した試薬5号を使ってみてくれ」

「……分かりました」


ミイティアにもお願いをして、大きな銀狼の前足の傷に試薬5号を使ってもらう。




事前の処置を終え、試薬を塗ると、試薬の効果で異様な速度の治癒を始める。

傷の処置をしていたラミエールが驚愕の声を上げた。


「なっ! なんですの!? ……これは!? いえ、マサユキさんの事だから予想はしてましたが……これは異常ですわよ!?」

「あーそれ。ラミエールが作った薬を改良したんだ」

「はあぁ!?」

「あとで製法を教えるよ。それにしても……治療は痛いね。麻酔薬も作らなきゃね」

「当たり前です!! こんな……馬鹿な真似して……痛くないわけありませんわ! それから製法はしっかり教えてくださいませ!」

「うん。みんなには心配かけたよ。すまなかった」

「まったくもう!」


ラミエールに続くように、みんなからも猛烈な批判を受ける。

試薬の効果が気になるので、


「ラミエール。一応ソレ、今回初めて使う事になるから、治療の経過や副作用とかの検証もお願いできるかな?」

「分かりましたわ」




しばらくして治療は終わった。

銀狼の傷は試薬5号のおかげか、銀狼の持つ治癒能力なのか分からないが、傷はすぐに塞がった。


ミイティアは、銀狼の傷口がすぐに塞がった事に涙を浮かべて喜んでいる。

メルディは相変わらず……心配そうに俺の腕を、優しくさすっている。

子供達は……なぜか小さな銀狼と遊んでいる。

なんという適応力が高い子供達なんだ……。

さすがに呆れるよ。


俺はなんとか動く左手で銀狼の頭を撫でる。

夢にまで見たモフモフの手触りは……至福だぁ。


きっと石鹸で綺麗に洗ったんだろうな。

フワフワして夢心地の感触だ。

感じた疑問をミイティアに聞いてみる事にする。


「ミイティア。ちょっといいかな?」


子供達と遊ぶ、小さな銀狼の姿を見ていたミイティアが振り返る。


「2匹にもう名前は付けた?」

「いいえ、まだです。一応呼び名はありますけど、みんなで決めたかったし、訓練も大変でしたから」

「そうか……。無理なお願いだったな。すまない」

「いいのです! この子達が兄様に認められて、私は嬉しいのです!」


ミイティアは銀狼のモフモフの毛に顔をうずめて喜ぶ。


「ミイティア。俺、昨晩……夢にミイティアが出てきて、2匹の名前を聞いたんだ……」

「兄様? もしかして……昨夜悪夢にうなされていませんでした?」

「……よく分かったね。あれは……かなり怖かった」

「理由はよく分からないのですが、満月の夜はよく魘されていましたから、心配してました」

「なるほどね。月と俺の夢には何か関係性があるのかな……」


メルディがやっと落ち着いて、話に入ってきた。


「どうでしょう? 人にも寄るかもしれません」

「メルディはそういうの知ってるの?」

「はい。満月の夜は体の動きが軽くなったり、魔獣達が活発になったりと、何かしらの効果があると言われています」

「ふーん……単なる偶然だったのかもね。でも……あれは思い出したくない。本気で怖かった。……ああ、そうそう名前の話ね。最終的にミイティアが決めていいけど、一応夢で聞いた名前を確かめてみたいんだ。聞いて貰えるかな?」

「はい」

「マルとフェイン……」

「えっ!?」

「え? って、まさか同じって事は……ないよね?」

「ううん。候補の一つよ? なかなか決まらなくて……マルとフェインですか。いい名前ですね」

「提案なんだけど、マルはマールとしない? ……なんとなく嫌な物を想像しちゃうから」

「嫌な物ですか?」

「いや! 気にしないで! どうかな? 夢でミイティアに聞いた話だし、最後に決めるのはミイティアだよ」

「マールとフェイン。いい名前です! マール! あなたの名前は今からマールよ!」


大きな銀狼はマールと名付けられ、小さな銀狼はフェインと名付けた。

2匹とも納得してくれたようで、俺も一安心だ。


それにしても夢枕って……死んだ人の霊が枕元に立つんじゃなかったんだっけ?

まぁ……幽霊も言霊もファンタジーの一種だ。

考えても分からない。




ちなみに、マルをマールとしたのは……

「お」を付けると下品になるからである。

マールという名なら高級なお酒の名前にもあったはずだけど、単純に呼び易いからである。

たった一文字差だが、せめて印象のいい名前に変えてあげたかったわけだ。


とりあえず、今日は遅いので子供達を連れて帰る事にし、ミイティアは工房に残した。

理由は簡単だ。

工房の人達は知っているのだけど、村の人達は銀狼の事を知らない。


明日子供達と村を回って、村の人達も慣れたら家に連れて来るという事にしたのだ。

ここら辺の人は魔獣に慣れているとはいえ、さすがにいきなりはね。





翌日、授業が終わって昼食を取った後、ラミエールに傷の状態を確認してもらう。

両腕はまだ完治していない。

包帯とギブスがつけられた状態だ。

一応、左腕は使える。

だが、利き腕ではないのでメルディに頼りっきりだ。


早く治したいが、今回は薬の検証を兼ねている。

念は込めず、経過を見守っているのである。

それでも異常な回復力を発揮した事に驚かれた。


「マサユキさん? この薬ですけど、すごいを通り越して、とにかく異常ですわよ?」

「うん。治りは想像できたんだけど、副作用がね……」

「そう言えば、製法を聞いてませんでしたわ。それに副作用まで把握されているのですか?」

「いんや。誰かに試す前に自分が実験台になったんだよ。この程度で済んで良かったよ」

「この……呆れますわね。っで! 何をどうしたらこうなるんですか!?」

「魔獣の血を混ぜたんだ」

「!?」

「そうだよねぇ。普通は思いつかない発想だよねぇ……」

「……い、いえいえ。確かに血を使うとなると副作用が怖いですわね。魔獣が凶暴化する理由も分かりませんし」

「うん。だから、傷が治っても俺が魔獣化する可能性があったし、黒く変色する可能性も考えていたんだ。ひとまず傷口を見る限り、良好そうなんだけどね。でもイマイチ納得はいってないかな……」

「ですが……。(これってマサユキさんの力が込められていますわよね?)」

「そうだね。副作用が怖かったし、一応邪念とか払うイメージを込めたけど。今度ラミエールに作ってもらって、検証した方がいいかもね」

「そうですわね」


腕をマジマジと見つめ、空に浮かぶ太陽に左手を伸ばす。

手のひらがうっすらピンク色に透けて見える。




ぼんやり眺めていると、ガルアが学校にやってきた。

手には昨日話したばかりの蒸篭せいろを持っている。

いやぁまさか……今日もイモ掘りする気じゃないだろうな?


「やあガルア! 今日もイモ掘りやるのか!?」

「おう! 今日も掘るぜ! あれはなかなか旨かったからな。またみんなで掘りに行こうと思ってたんだ」

「バターがあればいいんだけどねぇ。あと出来れば醤油も。マヨネーズでもいいなぁ」

「なんだ? ショウユって? それにマヨネーズって?」

「ああ、……あっ!!」

「ん?」

「(いや、作れなくもないか……。醤油は酵母を手に入れないと無理だろうけど……)」

「何ボソボソ言ってるんだ?」

「さあ?」


ガルアとラミエールが顔を見合わせて、俺の行動に不信がる。

視点をラミエールに合わせ、


「ラミエールって……料理できる?」

「……し、失礼ですわね! できますわよ!」

「けっこー手間が掛かると思うんだけど……やってみる?」

「お、面白そうですわ! 折角ですからメルディさんもお呼びしましょう!」

「そうだね。ガルア。畑の方に行ったら、メルディを呼んで来て貰えるかな?」

「おうよ。一応ラミエールに付き添わせるぜ」

「分かりました……(っほ)」

「よろしくね」


2人は子供達を連れて、畑の方に向かっていく。

俺は家にいるリーアさんを探す。


「リーアさーん!? リーアさんいますかー!?」

「はーい」


奥の方でリーアさんの声が聞こえ、こっちに向かってくる。


「リーアさん。お願いがあるんですが……いいですか?」

「いつもの事でしょ? さっ、何をすればいいの?」

「ある調味料を作ります。材料は卵とお酢。お酢はビネガーでもいいです。あと菜種油みたいな食用油と……いるか分かりませんが、岩塩も少々用意して貰えますか?」

「分かったわ。……とこでマサユキは料理できるの?」

「この姿で出来るのかって意味ですか?」

「フフフ。違うわよ。お料理作れるの?」

「いえ。あんまりできませんね。今回は味を再現するのが目的です。材料はなんとなく分かっているんですが、作り方は分かりません。だから実験です。今ガルアと子供達がジャガイモを掘りに行っているので、それの味付けに使う物を作りたいんですよ」

「ふーんなるほどね。それっておいしいのかしら?」

「はい。とてもおいしいと思いますよ」


リーアさんはテーブルに注文した材料と道具を用意してくれた。

ちょうどその頃になると、メルディとラミエールがやってくる。


「おかえりなさい。すまないね。呼びつけてしまって」

「いいえ構いませんわ。畑は子供達が来てくれて大助かりですわ」

「そうか良かったよ。ラミエールもありがとうね」

「……はい」

「じゃ、リーアさんが来たら説明するよ」


その後、リーアさんが来てから俺はマヨネーズの作り方を教える。




俺は製法を詳しくは知らなかったので、作業はなかなか難航した。

何度も失敗し、時間は掛かったが、やっとそれらしく完成した。


卵は卵黄と卵白に分けて、卵黄だけを使った。

岩塩と香辛料を加え、味付けをする。

お酢は無かったのでレモンを代わりに使い、これらを掻き混ぜる。


少しずつ油を足して、油が分離しないように丁寧に掻き混ぜる。

ここまで漕ぎ着けるのにかなり時間は掛かった。

でも、やはり3人にお願いして正解だった。


リーアさんとメルディは普段から料理を作っている事もあり、手際がよく、味付けに工夫をした。

ラミエールは、実は料理が苦手だった。


作業を見てれば分かる。

「分量を決めないのか?」とか、「どうして同じにできないのか」とか、自分から暴露してしまっている。

その呟きに気付いて顔を赤くしていたが、いいじゃないか!


料理は一種のセンスの世界だ。

愛情がスパイスなのだ!

言っていてよく分からんが、そうなのだ!


それにメルディを料理に誘ってくれたおかげで、俺の足りない言葉を補足してくれて、いい結果に向かっているしね。


なかなか出番がなかったラミエールだったが、彼女も活躍を見せる。

なんて言ったって、彼女は分析のプロだ。

どうしても油が分離してしまい、見た目も味も悪くなる理由を見抜き、油を少量ずつ加える事を提案した。


で、俺はというと……

腕の怪我もあるが、提案した以外は見ているばかりだ。

そして、何もせずに出来上がってしまったのだ。


味見をしてみると……少し独特だが、酸味の効いたマヨネーズの味がした。

みんなも口にした事が無い新しい味に驚いている。

口に合うか心配していたが、好評を得られて良かった。


失敗した材料はあとで調整して作り直す事になり、残った卵白ももったいないので泡立ててメレンゲにし、パン生地に混ぜてみる事になった。

パンにメレンゲを混ぜている姿を見て


「お菓子っぽいね」


と呟いたら、メルディが俺の言葉にヒントを得て、蜂蜜を加えてパンケーキ風に仕上げてしまった。


まったく3人の技術と勘と観察力には恐れ入るよ。

なんとなく覚えていた材料から、これだけの物を作り上げてしまうとは……さすがの一言に尽きる。


そう言えば、メルディもラミエールも俺のメモを解読したんだったな。

改めて2人のすごさを感じる。





子供達に振舞うマヨネーズの準備が出来た頃合いになると、ガルアと子供達が両手いっぱいにジャガイモを持って帰ってくる。

前回は葉っぱで包んだが、今回は麻袋を持って行ったようだ。


それにしても、かなり量が多いな。

種イモ用として残して、たくさん育てよう。

冬は雪で覆われるし、食糧備蓄も大切だ。


外に作った簡単な焚き火場で大鍋に蒸篭せいろを乗せ、ジャガイモを蒸かす。

蒸篭は多重構造になっているので、大きい物から順に下の段に詰めた。


出来上がると、作ったマヨネーズを付けて、みんなで頬張る。

思いのほか好評のようだ。

マヨネーズの味に興奮したガルアが大はしゃぎだ。


マヨネーズは保存も利くし、これだけ好評だ。

村の特産品としたいので、無理を言ってみんなには秘匿をお願いした。

子供達もある程度この村の状況を知っているようで理解してくれた。


あとは、どうやって村の特産品とするか困る所だが……

王様に献上したら、どんなに飛び上がるんだろうか?




マヨネーズと違い、ジャガイモの秘匿は難しいと思っている。

生産的な理由ではなく、独占する物としては罪悪感を感じるからだ。


「今年は豊作だった」というように、食糧事情は安定してないのだろう。

この村以外にも、食糧事情に厳しい村や街はいくらでもあるはずだからだ。


前世でも、数秒に1人が飢えで死んでいるらしい。

恵まれた日本だから感じ取りにくいが、科学が発展した前世でさえ、食糧問題は死活問題なのだ。

だから、生産性の高いジャガイモを独占したいとは思えないのだ。


ただ……厳しい言い方にはなるが、タダで教える物でも与える物でもないとは思っている。

手は差し伸べたい。

だが、人は与えられるだけでは成長しない。

同時に与える側も、利益が無ければ次に繋げる努力をしない。

どうやってこのバランスを保つのかが難しい問題なのだ。


これも王様に提案して見るのもいいかもしれないが、丸投げも良くないだろう。

自分なりに答えを出し、その上で提案すべきだと思っている。


なので、リーアさんを始め、メルディやガルア、ラミエール、メーフィス、そして子供達に課題として出してみた。

みんなからどう言った意見が出るか分からないが、もしかしたら名案を出し、大きな取引のカードになるかもしれない。


さて……また何か忘れている気がする。

まぁいいか。


夕方になり、夕食はジャガイモでお腹が一杯なので、お風呂に入り、さっさとベットに潜り込む。


「うーん……なんだろう? 何か大事な事を忘れている気がする……」


色々考えるが、思い浮かばず明日に回す事にして寝た。


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