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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第2章 眠りから覚めて
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第25話 悪夢と夢枕

俺は大きな建物の出入り口にいる。

周りは暗く、夜中のようだ。


暗い闇の中、背中側から照明に照らされ、影が長くクッキリと地面に映し出されている。

目の前には面識のある男達が立っている。

男達は何やら話し込んでいる。


建物の方に目を向ける。

まるで夜間に照明がついた体育館を、外から眺めている感じだ。

振り返ると、男達が馬で駆けていく。


それを見送り、ゆっくり建物の中に向かう。

半分開いた扉に手を掛け建物に踏み入ると、左奥の方に衛兵のような男達が見える。

威圧的な態度で座り込む人達を取り囲んでいるようだ。


男の一人がこちらに気付いた。その瞬間……。




空気が変わる。……怖い。

捕まってしまうと抗えないような……死を直感的に感じ取る。

慌てて外に出る。


ドアを出て、建物の屋根の方を見る。

とても手を伸ばして届く高さではない。

手を伸ばすと……次の瞬間屋根にぶら下がっていた。


体をブラブラさせ、なんとか掴まっている感じだ。

屋根は薄い木の板が貼られているだけで、掴まったり、指を引っ掛ける場所が無い。


何度も腕に力をいれるが、なかなか登れない。

ずり落ちてしまいそうな感覚と、手から伝わる板の感触を感じる。


氷壁を登るザイスバイルのような道具でもあれば、楽なのだが……。

引っかいた音が下の奴らに聞こえてしまう。

下では男達が何人も出てきて、誰かを探しまわっている。




やっとの事で屋根に登り切ると……何かに脅えるように走り出す。

無我夢中で後ろも振り返らず、ただただ走る。


分厚い城壁の上のような石造りの通路に出る。

どうやってここへ来たのかは分からない。

だが、なぜか知っている場所だ。


あの壁の向こうにはゴーレムがいる。

あいつは見つけたターゲットをロックオンし、馬鹿なのかロックオンした相手が壁向こうにいても、回り込まず壁に向かって突進し続ける。


だが、見つからなければ追い掛けてくる奴らの時間稼ぎをしてくれるだろう。

ソロリソロリと狭い石の壁の隙間を抜け、歯車のような罠をいくつか掻い潜ると、絨毯じゅうたんが敷かれた部屋に出る。


部屋に入ってすぐ左には大きなクローゼットがあった。

近くの物を足場にクローゼットの上に登る。


クローゼットの上には誰かが以前に隠れていたらしく、人ひとりがすっぽり収まるスペースとなっている。

俺はそこに身を隠した。


近くにあった物が押し出され、危うく落としてしまう所だった。

俺はその上に置かれた毛布のような物を頭から被り、目を閉じ恐怖をやり過ごす。


「おい、いたぞ!」


男達の声がする。

ウインドウのレーダー画面に点が映し出され、俺がどうして見つかったかに気付く。

すぐに何人かの者に、毛布の上から掴まれた。


ああ……殺される。

直感的にそう感じた瞬間、俺は叫ぶ。


「ログアウト!」


ログアウトウンドウがなぜか出ない。


胸元を掴まれ、次の瞬間には喉元をナイフで掻き斬られる予感がする。

ああ……殺される……。


しかし、なかなかナイフが来ない。

その代わり、口の中に無理やり何かを突っ込まれる。


先が丸い薄い木の棒のような物だ。

舌が痺れるような痛みを感じる。


顔を毛布か何かで覆ったまま、足が釣り上げられる感覚がある。

直感的に次の瞬間殺されると思った。


痛いのは嫌だ! 死ぬのは嫌だ!

視点を右下に集中し、メニューウンドウを開く想像する。


ウンドウが立ち上がった。

そこから急いでログアウトを選択。





「はぁはぁはぁ……」


俺は布団の中で、目を閉じたまま目が覚めたのを感じる。

すぐに悪夢だったと気付いた。


口を開けて寝ていたのか、喉も舌もカラカラで痺れるように痛い。

全身が金縛りのように硬直し、異常に怖い感覚だけが残っている。

体中、汗でびっしょりだ。


魔獣とも違う、絶対に太刀打ち出来ないような恐怖。

この脅えの原因はなんだ?

恐怖を押しのけ、夢を思い返す。


黒いマントで全身を覆ったような大きな物体で、炉の炎のように恐怖を撒き散らす。

物理的に肌に伝わる感覚ではなく、精神に直接浸食してくるような恐怖。

正体は分からないが、追い掛けられていた恐怖より、黒い恐怖の塊を思い出すだけで……

凍りつくように怖さを思い出す。


悪夢はまるでFPSゲームのようなリアルな映像だった。

ナイフが刺し込まれるのも動画で見た事がある。

きっとそれを思い出していたのだろう……。




まだ全身恐怖による硬直が解けないが、ゆっくり目を開ける。

部屋はとても薄暗い。

何も……いないな?


まだ日も昇っていない早朝なのだろうか?

昼間はあんなに暑かったのに、部屋は異様に寒い。


再び目を閉じ、布団の冷たい場所を探すようにモゾモゾと動く。

体にこびり付く恐怖を布団になすり付ける。


なぜだか分からないが、俺が悪夢でうなされていた時、ミイティアが助けてくれたような気がする。

もしかして、この4年間に起きた記憶の断片だろうか?


そういえば……今日は銀狼シルバーウルフの試験の日だ。

なんとなく出てきたミイティアに、銀狼2匹の名前を聞いてみる。


「マルとフェイン」


とても小さな声で、そうささやいたように聞こえた。


「マルとフェイン……。まさか……本当に同じじゃないだろうな?」


俺はたまにデジャブを見る。

デジャブは起きている時にしか見ない。


デジャブは2度起こり、1度目は前兆として見る。

2度目はそれが実現する。

そしてその結果は、大抵悪い事が起きる。


これはデジャブじゃない。単なる悪夢だ。

頭で分かっていても、体の硬直はまったく解けない。


「今回は悪夢だ。ただの夢だ。だからこれは単なる妄想の一部」


そう何度も唱えると、自然と硬直は解け、恐怖も消えた。




体を起こしベットから抜け出す。

なんとなくいそいで2匹の名前をメモに取った。


特に理由はない。

デジャブを見た時は、メモを取ることにしている。

大抵はどっかに放置され、忘れた頃に酷い目に会うのだが……。

単なる悪夢だ。気にする事はない。

机に置かれた水差しからコップに水を注ぎ、カラカラの喉を潤すように飲む。


安心して体が冷えてきたのか、眠気が襲ってくる。

俺は布団に潜り込み、再び眠りについた。





次目覚めると……暑い!

布団を蹴飛ばし、暑さで全身汗をかいている。

目を開けると、どうやらお昼頃らしい。


外は静かだ。

最近は暑いので小川の近くで訓練をしているからだろう。

ゆっくり体を起こし、立ち上がる。


まだ頭が重く、眠気も感じる。

かなりの時間寝ているはずなのに……なぜだろう?

疑問を感じつつも、ゆっくり1階に向かって歩き出す。





1階に着くと、人気ひとけがない。

テーブルには鍋と皿、パンと野菜サラダが準備されていた。

お腹も空いていたので、一人で食事をする事にした。


一人での食事は寂しかった。

普段あれだけ騒ぎながら食事を取っていた事もあって、余計にそう感じてしまう。


現世の時は、毎日こんな感じだったのに……。


半ば無理やり食べ物を口に押し込み、食器を片づける。



外に出ると、遠くの方で子供達の掛け声が聞こえた。

小川の近くでいつも通り訓練をしているようだ。


「さて……どうするかな?」


別に工房には今すぐ行く必要はない。

ガルアだって行きたいはずだ。

俺が噛まれた事も考えて、一応ラミエールにも付いてきてもらうか。


「そうだ!」


俺はガルアの元に行き、銀狼の試験を夕方にやると伝えた。

一緒にラミエールも付いて来てもらうようにお願いしておいた。


よし、とりあえずこれでいいだろう。

一端家に向かう。

向かう先は、メルディが作業中の畑だ。





メルディはくわを持って、畑を耕していた。


「やあメルディ。お疲れ様」


そう言って、持ってきた水筒を渡す。

メルディは水筒を手に取り、感謝を述べた後、ゆっくり飲む。

畑に視点を移し、ゆっくり眺める。


いい感じに麦が金色に染まり輝いている。

そろそろ収穫の時期だそうだ。


「今年は比較的豊作のようですわ」

「うん。俺はこの風景を写真でしか知らなかったけど……壮観だね」

「マサユキ様は……今までにご覧になった事がないのですか?」

「うん。ずっと引き籠りでね。こういう畑には来た事がなかったんだ」

「フフフフ。今もあまり変わりませんわね」

「そうだね。ハハハハ」


こういう何気ない会話はとても楽しい。


「今年は比較的豊作」という言葉が気になる。

土地が痩せてうまく行かなかったのか?

慣れない畑仕事で失敗してしまったのだろうか?


いずれにしても農業開発も、いずれは必要になるだろう。

この規模だと、子供達も作業に狩り出されるのかもしれない。

鎌の準備はしておいた方がいいな。


畑には他にもピーマン、カボチャ、ナス、インゲン、ハーブと色々と作っているようだ。

今メルディがやっているのは、秋から冬に向けて畑を耕しているのだろう。


キョロキョロと見渡す。

ジャガイモが見当たらない。


食卓に出てくるから育ててるとは思ったけど、あれは違うのか?


「メルディ? ジャガイモって育ててないの?」

「……ジャガイモと言うのかは分かりませんが、イモは育てていません。毒がありますので、大抵の方は食べられないようです。毒がある植物という事で皆様もお育てにはなっていないようです。この畑にある物は、近所の皆様から教えて頂いたものばかりです。すべて毒はありません」

「うん。うちでは食卓に並んでいたと思うけど、うちは変わった物を食べるとか、他の家と違って特別だったりするの?」

「そんな事はありませんわ。イモは旦那様がたまに持ち帰られてきます。大抵はその日の内に料理してしまいます。よく分からないのですが、掘り出してすぐなら大丈夫だそうです」

「そうなんだ……。ジャガイモってかなり効率のいい生産品になると思うよ?」

「でも、毒がございますよ?!」

「う、うん。イモが発芽すると毒が出るんだ。それを食べると下痢や腹痛、嘔吐おうと、症状が重い場合は死人も出たのかもしれないね。俺の経験から言えば、死ぬ事はないんだろうけど……。でも、芽の部分を大きく取ってさえいれば、食べられなくもないよ。それに掘り出しても、地中に埋まっていた時と同じように、芽が出てない状態なら大丈夫。毒は出さないよ。ジャガイモに毒があるって話は、収穫時期を間違えたとか、長く放置し過ぎて発芽したイモを芽ごと食べた人が毒の食べ物だと言ったんじゃないかな?」

「なるほどでございます。イモの毒が出ないようにするにはどのようにすれば良いのでしょうか?」

「冷暗所って言うのかな? 暗くて涼しい場所に置いておけば発芽はしない。それにかなり長期間保存できるしね」

「……それはどうやって栽培されるのでしょうか?」

「んーっと……確か……。夏と冬に取れるから、春先と今ぐらいに植えれば、年2回は収穫できたはずだよ。スーパーの特売もその季節だったし」

「つまり、小麦の倍も収穫できという事ですね!?」

「そ、そうだね……。顔が近いよメルディ」


興奮してきたメルディを優しく離す。


「小麦は年1回だっけ? 詳しくは知らないけど、栄養学的にもかなり優れた食べ物だったはずだよ。土壌もほとんど場所を選ばないし、育成条件としてはここの気候も良さそうだしね」

「それはすごい!!」


メルディが飛び跳ねるように喜ぶ。


「メルディ大喜びだね。そんなに意外な話だった?」

「ええもちろんです! そのような物があれば生活も楽になりますし、皆さんにも朗報です!」

「そうだね。メルディの言うイモが「ジャガイモだったら」という話なんだけどね。ちなみにどの辺にあるか分かる?」

「申し訳ありません。分かりません。ですが、旦那様かガルアに聞けば、分かるのではありませんか?」

「そうだね。ダエルさんは最近いないしねぇ。ガルアに聞いてみるか」


メルディは大喜びだ。

一から畑を耕して、ここまで育てきった苦労があるのだろう。


イモがジャガイモである事を本気で願う。

俺達はガルアの元に向かった。





ガルアは午後の訓練の最中だった。

事情を説明すると、ガルアが案内してくれる事になった。

俺たちだけで探すつもりだったが、嬉しい手助けだ。


「本当に良かったのか? 訓練を放ったらかしにして?」

「ああ。今日はメーフィスもいるしな。1期生だけで面倒は見れるだろう」

「えーっと……シルリア、オルド、ファウ、ゲルト、ギルティス、エリーゼだったっけ? 子供達が多すぎて、未だに覚えられないよ」

「お前は校長だろ? しっかりしろ!」

「面目ない・・・」


1期生というのは、俺が眠る前に一緒に学校に来ていた子供達だ。

彼らは4年間、ほぼ毎日訓練を積んだようだ。

ガルアとミイティアが突出して強いというだけで、彼らもなかなか強者揃いだ。


聞いた話によると、何度も魔獣狩りに参加しているらしい。

やはり……戦闘経験値に差がある気がする。


ちなみに、1期生を一覧にするとこうだ。

ガルア(男)17歳

ミイティア(女)15歳

メーフィス(男) 16歳

ラミエール(女) 15歳

シルリア(女)15歳

オルド(男)14歳

ファウ(女)14歳

ゲルト(男)13歳

ギルティス(男)13歳

エリーゼ(女)13歳


今では4年目という事もあって4期生までいる。

大体総勢20人くらいだ。

年齢は上は17歳から、下は10歳だっけな?


この学校では年齢毎にクラス分けをしていない。

全員同じ授業を受ける。

差があるとすれば、授業の成績と、剣術弓術の実力差だけだろう。


基本は1期生が取り仕切り、2期生以下はそれに従うという感じだ。

ほとんど上下関係も年齢差も関係ない。

この学校で必要なのは、「実力」だけでなく「自分の分」を知る事なのだ。


無能な奴が威張り散らしても誰も付いてこない。

剣術だけ、語学や知識だけでも駄目だ。

どちらも備わった上で、周りに認められる能力が無ければ上に立てない。


それに仕事のある子もいるので、基本的に自由履修制だ。

だから、ガルアは仕事で午前中の授業には来ないし、メーフィスやラミエール達は剣術指導をしていないのだ。


この4年間に色々あったらしい。

ルールに従えなければ入学はおろか、即刻退学ともさせていたようだ。


この基本概念とルールは俺が考案した物だが、全員に相談と了解を得て、柔軟に対応するという事にしていた。

まさかここまですごい組織になるとは思っていなかったけどね。

1期生達が頑張ったのだろう。

この結果は彼らの宝だ。俺のじゃない。



ちなみに、俺が考える組織はこの学校の延長線上にある。

実力や能力に合わせて役職を設け、相応の成果が伴わない上官は置かない。


例え、年齢が低かろうが身分が低かろうが関係ない。特別扱いも基本しない。

降格処分にはきっとトラブルがあるだろうが、無能な上官ほど不要な物は無い。

ゆえに、適材適所を主とする「実力主義」にするつもりなのだ。


もちろん降格したからと言って、その後チャンスが無いわけではないし、フォローや見合った役職を探す手助けはしてみたい。

だが、まだそこまでは考えられていない。

いずれ必要になる判断だと思うし、考えねばならないだろう。



学校の男女比は大体5:5なのだが、ミイティアを始めとする女性陣の方が押しが強い。

男どもは俺を含めて、毎回何かあるたびに押されるんだよなぁ。

まぁ、女は強しって事かな? ハハハ……。


「そういえば、シルリアの調子も良さそうだね」

「そうだな。大怪我した時はもう駄目かと思ったが……お前のおかげだな」

「いいって、気にするな。俺の大事な生徒だしな。それにもう15歳だしね。嫁入り前だから念入りに傷を治したよ。もう傷はほとんど見えないかな」

「それは良かったですわ。彼女もなかなか勉強熱心でラミエールに続く先生候補ですわ」

「なら、今度講師でもしてもらおうか? 教える側に立った方が気付く事もあるだろうし」

「そうですわね。それがいいでしょう。彼女は熱心ですから、きっといい先生になれますわ」

「そうなれば、ラミエールも医者としての仕事に集中できるしね」

「彼女も優秀ですわ。先日お作りになった化粧水を元に、やけどの治療を始めたようですね」

「うん。薬草の栽培も挑戦しているみたいだよ。まだ苗の状態だけど、いずれは大きな農場とか作れればいいだろうね」

「夢が膨らみますわね」

「そうだね。そのためにも今回の販売はうまく行かせたいよ」

「今度はきっとうまく行きますわよ!」


俺とメルディのイチャイチャトークに業を煮やしたガルアが、ツッコミを入れる。


「おいおいオマエら。俺を放ったらかしか? ……まあいいけどよ」

「ごめんごめん。除け者にしてるつもりはないよ。剣術の方はどう?」

「ああ。メーフィスは相変わらずダメだけどよ。オルドはなかなか見込みがある。奴は俺を超えるかもしれないな」

「そいつはすごいな。ガルアを超えるとなると……親方さんみたいになるのか? クフフフ」

「親方みたいになってたまるか! やつもまだまだだぜ!」

「ガルアらしいな」

「ですね」


話し込んでいるうちに、緑が生い茂る地帯に到着する。


「ここら辺にあるはずだ。俺の家もたまに食うしな」

「イモはなかなか旨いよな。スープが浸み込んで柔らかいやつとか、最高だよ!」

「そうだな。うちは大喰らいだから、イモは必需品になりそうだぜ」


茂みを掻き分ける。

一つの植物を見つけ、掘り始める。


ある程度掘って、茎を持って引っこ抜く。

うん。なかなか大きい。

いい感じに育った『ジャガイモ』だ!


「おおおおおおおおおおおおお!!」


俺だけが大きく叫ぶ。

2人には、この感動が分からないようだ。


1つ手に取り、よく調べる。

土を拭い、ワイルドにかぶり付く。


シャクリと噛み切る音と共に、生のジャガイモの味がする。

土も付いているが、ジャリジャリ音を出しながら噛み砕き、飲み込む。


うん。間違いないだろう。

かぶり付いた断面を確認しても、匂いを嗅いでも、やはりジャガイモだ!

良かったよ。前世と違って本当に食べられない物じゃなくて。


「うん! これだ! ジャガイモだ!」

「やりましたわマサユキ様!」

「おう! 良かったな」

「ガルアありがとう。これでジャガイモが生産できるよ」

「お! それはいいな。俺も食ってみるか!」


1つジャガイモを手に取り、かぶり付く。


ガルアの顔がだんだん歪んでいく。

生のジャガイモは食べにくい味だからなぁ。


「うえーぺっ! おい、こんなの……よく食えるな?」

「ああ。普通は火を通してから食べる物だからな。この状態だとおいしくないぞ」

「クッソ! 先に言えよ! ッペッペ」

「さあ、ジャガイモを掘ろうか。たくさん取れたらいくつか料理して、残りは種イモとして畑に植えよう」

「はい!」


俺達は一心不乱にジャガイモを掘りまくった。


あれ? ……何か忘れてないか?

まあいいや。





辺りのジャガイモを粗方掘り終えた。

結構な量が取れたから、この量なら子供達にも余裕で振舞えそうだ。


近くの茂みから取ってきた大きな葉っぱを簡単に編み込み、袋代わりにする。

ジャガイモを袋に詰め、抱えて学校に帰る。


学校は剣術指導が一段落して、今は休憩中のようだ。

子供達は、遠くから大荷物で歩いてくる俺達に気付いたようで、みんな駆け寄ってくる。


「おかえりなさい校長先生。メルディ先生、ガルアさん」


みんな口々に俺達を迎えてくれた。


「ガルア。お前だけ「ガルアさん」なのか?」

「先生とかガラじゃねえからな。そう呼ばせている」

「ガルア先生はシャイだからねー」

「「ねー!」」


ファウとエリーゼが声を合わせて、ガルアをおちょくる。

頭に来たのか、ガルアは顔を赤くしながら2人を追い掛けている。


なんだ……シャイだったのか。

奴が誰かに惚れた時の顔も見てみたいものだ。ニヤニヤ


「ガルアはシャイですけど、いい人ですわ。将来の奥様はきっと幸せでしょうね」

「メルディもそう思う? 絶対アイツ、親バカになると思うよ。フフ……ハハハハ」

「マサユキ様もきっとそうなりますわ。フフフフ」


俺は顔を引きつるばかりだ。

子供は学校の生徒達を見れば、悪くないとは思うのだが……。

自分の子ねぇ……全然実感が沸かない。


「まぁ、いずれはね」

「……はい!」


俺達の会話を聞いていた子達の顔がちょっと赤いが、気にせずスルーあるのみだ。


「みんな。今日はジャガイモをご馳走するよ」

「え? それって毒イモじゃないんですか?」

「いーえ! 違うよぉ。おいしいよー」


みんな納得が行かない顔をしている。

みんなにお願いして、ジャガイモを料理する準備をする。





ジャガイモが蒸し上がった。

簡単な焚き火場を作って大鍋を置き、底に木の棒を敷き、シート代わりに香草の葉っぱにジャガイモを乗せ、鍋に水を指して蓋をし、蒸し上げる。


本当はバターを用意したかったのだが、ストックが無かったので岩塩を掛けて食べる。

みんな熱そうにハフハフ言いながら食べている。


「校長先生、これおいしいね」

「うん。ファウもみんなも喜んでくれてうれしいよ」

「ありがとうございます校長先生」


メルディもガルアも子供達にも大好評だ。

蒸し器に蒸篭せいろが欲しいな。

ちょっとお願いしてみるか。


「ガルア。それ、うまいか?」

「ああ! これは行けるな! 塩の加減で味が変わるのがいい。もっと他に食べ方があるのか?」

「うん。牛乳の上澄みから取れるチーズやバターを使ってもうまいぞ」

「チーズにバターねぇ?」

「牛を飼う牧場に行けば、見つかるんじゃないか? 他にも薄く切って、菜種油で揚げて、塩を振り掛けるだけでも結構旨いぞ。絶対病みつきになるからな」

「ほー。そいつはすげーや。今度お袋に頼んでみるか」

「物は相談なんだが……蒸篭っていう蒸し器を作って欲しいだ。設計図はあとで渡すよ」

「おう。前とは違って、今は大抵の物は作れるぜ。木だけで作れるならすぐ持ってくるぜ」

「心強い台詞だ。でもお代は今すぐは払えないから、お金が入ったら支払うけど、いいかい?」

「構わねえよ。いつもの事だ」

「ガルアにも迷惑を掛けて、本当に申し訳ないよ」

「いいっていいって。頭を上げやがれ。お前らしくねえぜ」

「ああ」


みんなでジャガイモを食べた後、お願いして畑仕事を手伝ってもらった。

人数が多いという事もあって、作業はすぐに終わった。

あとは、冬に収穫するだけだ。


やる事も終えて、帰り際。やっと思い出す。


「ああああああ!! 今日は銀狼シルバーウルフの試験だった! すっかり忘れてたよ」

「オマエなー……だが安心しろ。奴らはなかなか利口だったぜ。すぐに言う事を聞くようになったからな」

「ほー、ガルアが言うくらいだ。ちょっと過激に行くか」

「程々にしてやれよ」

「分かってるって。そのためにもラミエールにも来てもらうんだし」

「はい。お怪我をされたら任せてください」

「その顔は……俺が怪我をする前提なんだな……」


結局、周りで話を聞いていた子供達も工房に向かう事になった。

銀狼は彼らにも珍しいようだ。


いい機会だ!

本気で誰かと分かり合うという事の難しさと、立ち向かう勇気を教えてやらねばな。

そう、胸の内で決心する。


俺がこれからやろうとする試験方法は、本気で命を失う可能性がある。

それだけの事をするつもりだ。


それくらいの覚悟がなければ、『本当の意味』で試験にならない気もするからだ。

1歩1歩と工房に向かって行くたびに、俺の心臓の鼓動は加速していく。


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