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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第2章 眠りから覚めて
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第23話 苦労の果てに

あれから更に一月ひとつきは経った。


本格的に暑くなり、夏真っ盛りだ。

日本の夏のように、ジメジメとしているわけではないので、幾分か過ごしやすい。

だが、クーラーとは言わない。扇風機だけでも欲しいものだ。


俺とラミエールと新商品の開発実験中だ。

ラミエールは午前中に授業があるので、午後から研究となる。

俺は午前中に工房で石鹸開発と、鍛冶の練習をする。


家にはまだ帰っていない。

距離もそうだが、朝一で石鹸製作に入り、すぐに鍛冶の練習をやるには工房で寝泊まりする方が効率がいいからだ。


ミイティアが毎日送り迎えをしてくれているが、毎日のように家に帰るように催促してくる。

今は時間が惜しいので断わってはいるが、たまには帰るべきだろう。


しかし、メルディにはまったく会えていない。

今頃何をしているのだろうか?

頭を切り替え、実験に集中する。




今やっているのは、女性用化粧品の開発である。

ラミエールが作ったコラーゲンと、ティルベラの保湿パックを本格的な化粧品として開発しているのである。

テーマはエイジングケアである。


出来るだけ俺の能力ではなく、市販品として作れる事を想定している。

一部、俺の能力を付与した高級品の製造を行う予定だが、先に理論を完成させないと意味がない。


1ヶ月掛けて実験と検証を繰り返し、試供品として村の奥様方に試してもらっている。

効果は日を追うごとに上がり、この分なら販売開始も近いだろう。


試しに俺の能力を加えた化粧品をお婆様に試してもらった所、シミは少し薄くなり、細かい小さなしわが減ったように感じる。

将来的に性能が上がり使い続けれていれば、中身は老人で外見が若い女性というような、チグハグな体になってしまいそうで怖い。


現状では薄くなったシミや減った皺の急激な戻りはなく、一定の効果を持続している。

俺が意図的に元に戻るような「その場凌ぎ」的な能力にしない限り、高性能の化粧品という位置付けのようだ。


それからラミエールの顔にあった、そばかすも目立たなくなった。

ラミエールも悩んでいたので、この効果はなかなかすごい。

お陰でラミエールもおお張り切りだ。




ラミエールはすごい集中力を見せつける。

没頭しているとまったく声が耳に入らないのだ。


そして、とても理論的である。

効果を細かく検証し、的確な結論を導き出す。

医者というより研究者に近い気がする。


細菌の培養といった理化学を教えたら、もっとすごい人物になりそうだ。

いずれ必要となる手法だが、今は余計な知識を与えて実験中のラミエールを混乱させたくない。


俺はというと……ほとんどやる事がない。

彼女の理論を聞いて、疑問に感じた事を質問したり相談する程度だ。


でも、これを商品化できれば、少なくとも彼女の技術的な経験と収入にもなるだろう。

もしかしたら、国家を代表とするような有名な医師になったりするかもしれない。

医療設備や医者の卵を作る組織を作るかもしれない。

それにはきっとお金が掛かるだろう。


これを資金にできれば、彼女のやりたい事が実現できるかもしれない。

あとは技術を悪用されたり、盗まれたりしないための工夫は必要にはなるだろうが……。

ルールが安定せず特許という制度がないこの世界では、難しい問題だ。


この世界では特許がない代わりに、情報の秘匿が許されている。

しかも、表面的な効果が重視され、副作用はあまり考慮されない。


製造できるのは一部の錬金術師だけであり、情報の保護は国に頼るか、自ら行うのが主流だ。

だから希少な物が高値で取引され、狙われたり悪用される原因ともなっている。

やはり、この化粧品は工房で取り扱う方が無難だろう。


「マサユキさん。出来ましたわ。確認をお願いします」

「分かった」


俺は席を立ち、出来た化粧品を確認する。

それは無色透明で無臭に近い美容液と、緑色のゲル状の保湿パックだ。


美容液は調合と濃縮で、強烈な酷い匂いがしてしまった。

顔に塗る物としては耐えがたい匂いだが、効果はあった。

そこで匂いを消す工夫をしてみたわけだ。


それにやや黄色味掛かった色合いも、高級感が損なわれるのでろ過するなど工夫をして、ほとんど無色透明に仕上げた。

緑色の保湿パックはティルベラが主成分だったが、ラミエールの薬草の知識から複数の薬草を加え、効能を上げた物だ。

どちらも手が込んでいて、高い効能とほとんど副作用がないとてもいい商品だ。


「うん。かなり良く出来ていると思うよ。石鹸との相性も良さそうだし、あとは奥様達に検証をお願いしよう」

「分かりましたわ。ところで……これは今後どうすればいいでしょう?」

「うん。工房に販売を委託しようと思っている。俺の石鹸の事もあるし、王様に承認を得て庇護して貰うのが一番だと思うよ」

「国王陛下にですか? ……恐れ多い事ですわ」

「なんて言うかなぁ……。王様の事はよく知らないけど、悪い人じゃないみたいだよ。俺の石鹸を悪用した奴を指名手配して探してくれているし、その後起きた問題にも、可能な限り公正な対応をしてくれた。それにこれはかなりの嗜好品だしね。買い手は宮廷や貴族様達や豪商人のようなお金持ちになるだろうし、そういう手回しは必要だと思うんだ」

「そうですわね。確かにこれにはお金も手間も掛かっています。石鹸のように安価では提供できません。それに家族にも怖い思いはさせたくありません」

「うん。俺もそれを考えて王様にお願いしたわけだよ。でも石鹸の性能も上がったし、ラミエールの化粧品と合わせれば欲しいと思う人は山のようにいるはずだよ。これで大儲けできるね」

「い、いえ私は・・・。私はお金儲けより、弱い人や体が不自由な人のために使いたいです。医療にはお金が掛かりますし、そのために使いたいと思っています」

「良い心掛けだ。だけど経験を元に言わせてもらえば、大金を目の前にすれば、誰だってその考えを簡単に覆してしまう。まだ手元にはお金はないけど、いずれはそれに気付くよ」

「はい。心得ておきます」


あとは検証結果次第だろう。

その結果次第で商品としてパッケージして、石鹸と共に王様に交渉する事になるだろう。

俺は後を任せて、久しぶりに家に帰る。

毎日鍛冶仕事とトレーニングを繰り返していたおかげで、大分体は動くようになった。

そろそろ俺も学校の訓練を受けていいかもしれない。





学校に着くと、いつもと同じように子供達が訓練をしている。

今日はミイティアだけが訓練教官をしているようだ。

みんな真剣に剣を振っている。


目覚めて大体1ヶ月くらいになるが、一つ一つの動きが洗練されてなかなかのものだ。

体付きや性格に合わせて、武器の形がマチマチではあるが、正しい判断だ。

みんなの姿に見惚みとれていると、やっとミイティアが俺に気付いたようだ。


「お帰りなさいませ。兄様!」


子供達も集まってくる。

みんなそれぞれに声を掛けてくるが、全部を相手するのは大変だ。


その時……。

覚えのある、あの感覚を感じる。

ピリピリとして、肌に突き刺さるような……。


ミイティアも大きな子達も気付いたようだ。

ミイティアが素早く指示を出し、何人かの子が弓を持つ。


「どこからだ?!」

「分かりません! ……あっちです!」


遠くの木が大きく揺さぶられ、軋む音をさせながらこっちに向かってくる。

俺は腰からナイフを抜き、構える。


小さな子達を後ろに下げさせ、俺とミイティアが先頭で備える。

その後ろに大きな子達が剣や弓を構える。


林の奥から姿を現したのは、黒い大きな魔獣。

奴は咆哮を上げ、すごい勢いで突っ込んでくる。


全長4~5mはある巨大な熊だ。

体には無数の傷跡があり、大きな鋭い牙を剥き出し、爪も大きい。


命中精度を上げるために、ナイフを左に持ち替え、右手で砂利が混ざった土を掴む。

ミイティアが俺の意図を感じ取り、子供達に弓を構えさせる。

俺とミイティアが突進してくる巨大な魔獣に向かって走り出した。




ミイティアの方が足が早い。

魔獣の意識がミイティアに移った瞬間、土を投げつける。


見事に魔獣の目に命中し、怯み、勢いが止まる。

怯んだ隙に俺とミイティアが一撃ずつ入れ、射線を確保するように距離を取る。

次の瞬間、いくつもの矢が飛び出す。

いくつかの矢は魔獣に命中し、同時に大きな子達も走り出す。


魔獣はまったく痛がりもせず、軽傷だ。

そして腕を振りまわし、暴れ回る。


迂闊に突っ込み過ぎた子達が、その攻撃で吹っ飛ばされる。

空中に投げ出され、血が飛び散る。


攻撃を受け血を垂れ流しながら、声も上げずに耐えている子もいるが、中には酷い傷を負って倒れている子もいる。

傷を治療してやりたいが、今はこいつを倒すしかない!


ミイティアが大声を上げて魔獣に突進する。

細いレイピアでは分厚い皮膚を切りつけても、致命傷にならない。

魔獣も鋭い爪と牙で応戦し、戦いは拮抗している。


俺は石を拾い、顔面掛けて投げつける。

少しだけ意識がミイティアから逸れた。

石を投げながら、子供達から離れるように回り込む。


その間に小さな子供達が傷ついた子を運び出し、応急処置をする。

残った大きな子達もそれを護るように布陣し、剣を構える。


ミイティアの攻撃は激しい。

魔獣の攻撃を紙一重で交わしながらも、的確に急所を狙い斬り付ける。

斬るたびにミスリルの剣が光り、魔獣の体を切り裂き、血飛沫ちしぶきを撒き散らす。

魔獣も負けじと咆哮を放ちながら、腕を振り回す。




強引な腕の振り回しと強烈な突進でミイティアがバランスを崩してしまう。

俺は……玉砕覚悟で魔獣に突撃した。


俺がやれる事は……片目だけでも潰す事だ。

子供達の事もあるが、あまり動かない体では長期戦は危険だからだ。


魔獣の背中に飛び乗るように掴み掛かり、ナイフで右目を刺し、抉り込む。

魔獣は刺された激痛で大きく叫び、俺を吹き飛ばそうと大きく立ち上がり、首を振りまわし暴れる。

それに耐えきれず、勢いで手に持つナイフがもぎ取られ、俺は大きく吹っ飛ばされた。


暴れ回る魔獣が子供達に狙いを定め、怒りをぶつけるように襲い掛かる瞬間・・・。


森から何者かが駆け出し……魔獣の背中をバッサリ斬り落とした。

魔獣はその場に倒れ、しばらく悶えるもトドメを刺され、まもなく息を引き取る。


トドメを刺したのは、金色の髪をなびかせ、大きな剣を持った、ガルアだった。




魔獣が息を引き取ると、ミイティアが俺に駆け寄ってくる。


「兄様! 大丈夫で・・・」

「ミイティア負傷者が先だ! 俺は後にしろ!」


ミイティアは我に返り、怪我を負った子達の様子を見に行く。

遠くから、ラミエールと大人達、そして子供達が大きな鞄を持って走ってきている。

小さな子達が大人達に連絡をしてくれたようだ。


俺も手当に向かうために痛む体を引き起こそうとするが、力が入らない。

ガルアが手伝って引き起こしてくれた。

そして、体を引きずるように治療現場まで行き、怪我人の傷の状況を確認をする。


これは危険だ!


ラミエールも必死に治療に当たっているが、出血量が多い。

俺も急いで治療に加わる。


傷口に手を当て、出血している箇所をピンポイントで念を込める。

出血はすぐに止まってくれた。


「あとはラミエールできるか?」

「はい!」


すぐに手術のために、家に運ばれていった。


あとは、ラミエールに任せても大丈夫だろう。

俺は、他の子供達の怪我の治療にあたる。


大きな怪我をしたのは1人だけだったようだ。

他の子は的確な治療ができている。


ここまで迅速に、そして的確な治療を施せるまでになるとは……少し感慨深い。

あとは大怪我を負った子が、無事に手術を成功できればいいだけだ。


俺は緊張が解けたようで一気に疲れが噴き出し、その場に寝転び、眠ってしまった。





「(バチン!)んが……っつー」


何度かはたかれたような……頬が痛い。

頭の後ろに柔らかく温かな感触を感じる。

そして、ポタポタと顔に温かい雫がしたたる。


目をゆっくり開けると、メルディがいた。

俺は彼女に膝枕され、彼女は泣いていた。

周りを見ると、ミイティアやガルア、子供達までいる。


「ああ……すまない。最近忙しくってね。疲れが溜まってただけだよ」

「また……眠ってしまわれたのかと思いました……」

「ごめんね。あれはちゃんとした理由があったんだ。だからこんな事くらいで、あそこまで寝たりしないよ。だから安心してね」

「……はい」


周りのみんなもホッと安心したようだ。

俺が長い間眠ってしまった理由は、なんとなくさっしている。




あの時は……自分の非力さに泣いた。

朝も夜もずっと力を込め続けていたが、思ったほど効果が出なかった。

もっと成長して、護ってあげられる力と体が欲しかった。


恋愛するにも彼女と釣り合わない体が恨めしかった。

その結果……俺は4年も眠ってしまったのだろう。

眠りについたのは、俺自身の能力が原因な気がする。


俺は自分の持つ能力を、限界を超えて使い続けた。

魔力は有限であるという話からしても、俺は何かしらの代償を支払ったのだろう。

だから、すぐには治療効果は出なかったし、あの傷の治り方にも説明が付く。

それなら長い間眠ってしまった事にも合点がいく。


しっかり休養と食事を取っていれば、結果は違ってたかもしれない。

だけど、俺は……メルディを失いたくなかった。

だから眠りという代償にも、納得しているのだ。


その経験から言っても、今回の治療のようにピンポイントで治癒する程度では、眠りにつくはずがないのだ。

重い体を動かし、起き上がる。


「大怪我をした子はどうなった?」

「大丈夫です。ラミエールが的確な処置をして、今は安定しているようです」

「そうか……良かった……」

「兄様、無茶は止めてください!」

「いやあの場面は……片目でも潰さないと、被害はもっと大きくなってたと思うよ?」

「そうですが……それでも止めてください!」

「分かった。分かったよ。自重する」


側に横たわる黒い塊の方を見て言う。


「ところで……アレは何だったんだ?」

「ああ。アレは、最近この辺に出没している魔獣だ。前にも何人か怪我させられている」

「もしかして、ガルアが最近見回りしてるって……アレを探してたの?」

「……そうだな。アイツ以外にもいるんだが、なかなか見つからない」

「なるほどね。気を付けなきゃらならないな」

「それにしてもよ。あれは無茶だぜ。俺が来たからいいものを……。あのままだったらお前死んでるぞ?」

「ああ、それは理解している。俺の大事な妹と子供達を守るためだ。それに……」


俺は自分の体を見る。


「もっと鍛えないとならないな」

「そうだな。その様子だと、まだまだ俺には勝てねえな!」

「クッソー悔しいなぁ……フフ、ハハハハハ」


俺達は笑いあった。

涙ぐんでいたメルディもやっと落ち着いたようだ。


彼女を見ると、手足は土塗つちまみれだった。

涙を拭う手で、顔まで土がついている。


「さあ、みんな行きましょ!」


ミイティアが子供達に指示を出す。

さすがにこれだけの戦闘をした後だ。子供達を家に返すようだ。

俺も立ち上がり、気になっていた事を聞く。


「そういえば、アンバーさんは?」

「ああ。親父はまだ帰ってない。旅に出たままだ」

「そうか。結構大変そうなお願いをしてしまったな」

「どんな事を依頼したんだ?」

「香りのいい木を探してもらっている。それを使って村の特産品を作る事を提案したんだ。この村を救うためだったんだけど……無理を押しつけてしまったかもな」

「まぁいいさ。そんな事もねーと思うしな。だがやっぱり……お前は俺とは違うな」

「そんな事はないさ。お前の方が強いんだろ?」

「…………」


ガルアは何も言わなかったが、子供達の様子を見に先に家に向かった。


「さて、俺達も行くか」


俺はメルディとミイティアに支えられながら、ゆっくりと家に向かう。




あの襲撃で大怪我を負った子は、無事手術を成功した。

的確な処置を行ったラミエールのお陰だろう。


俺も出来るだけ早く綺麗に治るように念を込める。

その姿にメルディとミイティアは落ち着かないが、ちゃんと説明しないと分かって貰えないだろうな。


大怪我をした子は大人達に担がれ、家に帰って行った。





俺達は久々に家族での夕食を取る。

ダエルさんはいないが、4人での久しぶりの一家団欒はなかなか楽しい。


倒した魔獣はガルアが持っていったが、血と肉は実験のためにあとで貰える事になった。

俺の予想だと、魔獣の体内にはかなりの量の魔力が貯め込まれているはずだ。

どうして魔獣となって暴れるかはまだ分からないのだが……。


食事を終え、久々に我が家の湯船に浸かる。

もうある程度体は動くようになったので、1人で着替えはできるのだが、2人は競って俺の服を脱がせてくれた。

俺も話したい事があったから、2人を風呂に誘う。





ミイティアは当然のように素っ裸で入ってくる。だが俺は何も言わない。

全身を2人に洗ってもらうスペシャルな接待を受けるが、それにも俺は何も言わない。


体を洗い終え、ゆっくり体を預けるように湯船に浸かる。

やっぱりここの風呂は格別最高だ……。


2人が完成品の石鹸で大はしゃぎで体を洗っている。




しばらくすると、2人も湯船に浸かる。

メルディはちゃんと湯布を着てくれているが、ミイティアは何もつけていない。

ドッキドキの展開なのだが、メルディは俺の行動と表情を読んだのか、黙り込み表情は優れない。


湯が静かな音を立てとめどなく流れ落ち、ゆっくりとした静かな時間が流れる。

しばらくすると、メルディが深刻な顔で話し掛けてくる。


「あの、マサユキ様。石鹸と学校の事で……」

「メルディいいよ。気にしてない」

「いえ、私は……」

「俺もメルディの事を見ているから分かっているつもりだよ。それとも俺が勘違いしてそう?」

「いえ……その……申し訳ありませんでした」

「気にしてないから、謝らないで」


ミイティアは何の話だか分かっていない。

俺は2人の手を取って、


「俺達は家族だ。メルディにはずっと苦労を掛けさせてばかりですまない。ミイティアもよく家族を守ってくれた。感謝している。俺が今2人にしてあげられる事は……このくらいだ」


メルディは泣き出す。

ミイティアも貰い泣きをしたようで涙ぐんでいる。


2人の肩に手を回し、引き寄せる。

風呂の中だが、2人の柔らかさと温かさを感じ取れる。




落ち着いたのを見計らって、語り出す。


「俺が長い間寝てしまった理由は、おおよそ検討が付いている。メルディには話したけど、ミイティアにも分かるように説明すると……俺はこの世界で生まれた人間じゃない」


ミイティアは驚くと思っていたが、知っていたようだ。


「そうか知っていたか」

「はい。以前姉様に聞きました」

「分かった。そこの話は省くね。メルディは気付いていたようだけど、俺にはある特別な能力が備わっている。今のところ分かっているのは、物質の特性を生かし一定の強化ができる事と、単純な命令が付けられる事。これは単一の能力なのか判断がつかないけど、「創造的能力付与魔術」って言うのかな? 略して「クリエイティブエンチャント」って感じ」

「創造的と言いますと、神の力のようですわ」

「そこまで万能じゃないね。例えばあの石鹸みたいに、本来の性能とは違った特別製にできる程度かな」

「だからあんなにいい石鹸になるのですね」

「うん。それで今、俺の能力を工房で確かめている最中なんだ」

「それでなかなか戻って来られなかったのですね」

「それだけじゃないかな。主目的は、この村の状況を改善する事。俺の能力の解析はついでみたいなものだよ」

「という事は、ラミエールの家に行く理由もそれが関係してるのですか?」

「うん。他にもアンバーさんには葉巻の原材料を探して貰っているよ」

「葉巻でございますか?」

「偉そうな大臣さんや商人がプカプカ煙を出しているやつだよ」

「どうしてそのような品を?」

「この村の特産品にするためかな?」

「……つまり、収入の安定と技術をこちらで抑えるって事ですね」

「メルディは分かってるね。ミイティアは分かる?」

「うん。姉様みたいに先を読んで話すのはできないけれど……でも言いたい事は分かるわ」

「ミイティアも賢く成長してくれて、鼻が高いよ」


頭を撫でてあげると、ミイティアは嬉しさの余り顔が赤くなる。


「ラミエールには美容化粧品を作って貰っている。2人ともまだ若いから実感はないだろうけど、歳を取ると出てくる顔や肌にできるシミやしわを取るための化粧品なんだ。それを今作っている新型の石鹸と合わせて販売する」

「さすが兄様です! 皆さんの反応もかなりいいですよ!」

「ええ、画期的です」

「うん。それはいい事なんだけど……俺の能力の話に戻るね。俺が不慮の事故で死んでしまったりしたら、作れなくなったりするよね? そのために……」

「兄様! 死ぬとか言わないで!」

「そうです! お止めください!」

「俺だって人間だ。歳を取れば死ぬ。病気で死ぬかもしれない。魔獣や戦争で死ぬかもしれない。そうなった時に家族や子供達に苦しい思いはさせたくないんだ。それに俺は……異世界の人間だ。何が起きるか分からない。俺だけが作れる物なんて……本当の意味でみんなのためにならないよ。だから特産品という形で、この地に根付かせたいんだ」

「…………」

「…………」

「大丈夫!別に今すぐ死ぬわけじゃないし、簡単にくたばるつもりもない。そのためにも1日でも早くこの体を鍛え上げたいと思ってるよ」

「うん!」

「はい」

「話は戻るけど、俺が眠ってしまった理由だ。おそらくは力の使い過ぎと、俺の願望が原因だ」


2人には分からないようだ。


「魔力ってのは、人が蓄えられる量ってのが決まっているらしい。補充を行わないとほとんど戻らない物らしい。俺が一週間近くメルディに力を使い続けていた事と、俺がメルディやミイティア、子供達や家族を守る力が無かった事を悔やんだんだ。その結果、4年も眠りに付いたのだと思う。魔力量が足りなくて4年掛かったという事かも知れない。この辺は推測しかできないね」

「……そういう事でしたか」

「だから今日みたいに力を使っても、力を必要以上には使わないようにしてたから「問題ない」って言ってたんだ。分かってくれる?」

「やっと合点がいきましたわ」

「そうよ! そんなの言われないと分からないわよ!」

「ご、ごめんね。俺もこの理論を出すまでに結構時間が掛かったんだよ」

「それで……姉様が泣いていた事とどう繋がるの?」


あれ? 分かってない?


「メルディ。俺の予測だけど……話してもいい?」

「はい」

「学校運営って結構危ないんじゃない? お金の事を聞くと口をにごしてたし?」

「……そうです」

「メルディは子供達のために畑仕事とかをしているんでしょ? 手足が泥だらけだったし」

「はい」

「石鹸の話も似た話だと思うけど、親方さんから大体聞いているよ。俺に気を遣ってくれてありがとうね」

「はい。申し訳ありませんでした」

「いいのいいの! もうしばらくすれば、2人に1人ずつイケメン執事を付けられるようになるよ。エステサロンみたいにオイルマッサージする人とか、家を豪邸プール付きにするとか、贅沢し放題だ!」


俺の悪ふざけに2人はキョトンとしている。


「あれ? 反応が悪い……。はしゃぎ過ぎました。ごめんなさい」

「いえ、想像が追いつかなかっただけです」

「そうねぇ……。私、馬がほしい!」

「それいいね! 馬があれば移動が楽になるね。でも、生き物を飼うってのは一生面倒をみるって意味だから、その覚悟が無ければ駄目だよ?」

「大丈夫。できるわ!」


ミイティアは目をランランとさせ、夢見るお嬢様だ。

逆にメルディはその言葉に甘えず冷静である。


「なんにしても、事業が成功しないと話にならないからね。2人にも色々手伝ってもらうと思うから、助けて欲しい。お願いできるかな?」

「はい」

「分かりました!」


2人の快い返事が風呂場に響き渡る。

その後、ミイティアが抱きついてきたり、あーんな事や、こーんな事をされるようなハッピーな事が起きたが……まぁ、今日は家族サービスだ。あまり強く言わないでおこう。





その頃、山間の深い場所で4つの目が光る。

銀色に輝く毛並みが美しい2つの大小の存在。


彼らは何かを探すように、ゆっくり歩を進める。

そして……事件が起きる。


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