第22話 能力の片鱗
朝起きると、見慣れない天井だ。
なんとなく……あの見慣れた天井が恋しい。
まだ3日目だというのに、もうホームシックなのかと自分にツッコミを入れる。
今日はいつもより早起きしたようだ。
いつも通りトレーニングを始める。
まずは柔軟体操からだ。
柔軟体操はそれだけでも筋肉量が増えるのだ。
さらに言うと、体の可動域が広がって、体幹、つまりインナーマッスルも鍛えられダイエット効果もある。
まぁ俺の場合、燃焼効率以前の問題なのだが……。
少しずつだが、筋肉量が戻っている気がする。
よく動くし、ここで出る料理は肉が多いしね。
案外、家にいるよりこっちの方がリハビリにいいのかもしれない。
準備運動をした後、地面に落ちていた少し大きな石を持ち、ダンベル代わりにグイグイと持ち上げる。
同時に工房の外壁を大きく回るように歩く。
普段は入口と勝手口程度しか使っていなかったから、改めて見まわす風景は新鮮に感じる。
正門前まで来ると、閉まった門の前にミイティアがいた。
ミイティアも気付いたようで、駆け寄ってくる。
「おはよう。ミイティア。早いね」
「おはようございます。兄様。今日は着替えをお届けに来ました」
「ありがとう。丁度、服をどうにかしたいと思っていたところなんだ」
「さすが姉様です。兄様にはそろそろ着替えが必要だろうと、これを頼まれました」
服を手渡される。
「ありがとう。……そうだ! ミイティアお願いがあるんだ」
「なんですか?」
「今日の午後、こっちに寄れないか?」
「ええっと……午後は訓練があるから、その前で良ければ」
「ありがとう。たぶんビッケルさんがいるから、休憩室で待っててくれないか?」
「うん。他に何か伝えておく事とかある?」
「そうだなぁ……」
ちょっと考える。
「しばらくはこっちに居るから、当分戻れないと伝えてくれないかな?」
「えーーー! いつまでここに居るんですか!?」
「そうだなぁ……一月はいるかもしれないが、体の調子が戻ったら帰るよ」
「そんなに長く……」
「俺はこれから大仕事をやるんだ。みんなをビックリさせてやるよ」
「ビックリ?」
「うん。ビックリ!」
ミイティアは納得しない顔をする。
「今日の午後には準備が出来るはずだから、その時に一番最初に驚かせてあげるよ。楽しみにしといて」
「はい! 急いで来ますね!」
「いや、ゆっくりでいいよ。転んで怪我しないようにね」
「もー! 私はそんなに子供じゃありません!」
「ハハハハ」
「まったくもう!」
ミイティアは他にも色々話したいようだったが、授業もあるので話を切って帰らせた。
よし! あとは石鹸の完成次第だな。
◇
さてさて、皆様ご覧……。
もういいよね。
石鹸の完成度合いを確認するために、石鹸を入れた木枠がある旧工房に来ている。
少しずつ開いていく扉と共に、高鳴る鼓動が加速していく。
さて、緊張の一瞬だ。
木枠を棚から出し、作業台に置く。
見た目は……完全に固まっているようだ。
指でグイっと押し込んむが、力がない指だと判り辛い。
逆に指がひん曲がり、痛いくらいだ。
親方さんに頼んで、ちょっと押してもらう。
力が強過ぎてグニュっと指が埋まるが、中まで固まっているようだ。
前に作ったやつより早く仕上がった。
早めに木枠に詰めておいて正解だったよ。
あとは性能のテストだ。
木枠から石鹸を抜き取り、作業台に置く。
特級表示の商品にするつもりだけど、それにしては雑な扱いになる。
だが、まだ成功したと決まったわけではないし、検証実験をするんだから形や扱いは気にしなくていい。
昨日作ったナイフでさっくり切る。
自分で言うのも変だが、なかなか切れ味がいい。
例えるなら、柔らかいチーズかバターを切ってる感じがする。
水場に移動して、親方さんにも試してもらう。
「おおおおおおお! これだこれだ! この泡だ! マサユキやったな!」
「親方さん。興奮し過ぎですよ。まだこれで完成したか分かりませんよ」
「そうだな。検証だったな」
「ええ。昼にミイティアが来ますので、彼女にお願いして近所の奥様方に試してもらおうと思っています」
「それがいいな。さて、風呂で使ってみるか!」
「お! こっちでも作ったって聞きましたよ。見てみたいですね」
「フフ。ここのは簡単な造りだ。期待するなよ」
「いえいえ、楽しみです」
俺達は風呂のある場所に移動する。
◇
風呂は大きなドラムカン風呂をイメージさせるような鉄製の釜だった。
水を溜め火に掛けると、鉄製の部分が熱くなる。
熱くて火傷をしてしまうので、五右衛門風呂のように底板を使う。
水は井戸から引いていて、シンプルだがよく考えられた作りをしている。
湯を沸かし、風呂に入る準備をする。
風呂は2人で入るには狭いので、順番に入る事になった。
親方さんが全身を泡だらけにして体を洗っている。
なんていうか、黒い肌に白い泡が纏わりついて、まるでパンダのようだ。
顔が可愛ければ、本当にパンダなのだが……。
湯船の湯を桶ですくい、ザパーっと一気に流す。
何度か流すと、黒い肌が輝きだすような光沢感を放つ。
「坊主。こいつはすげーな。以前のやつとは比べ物にならねえ」
「そうですか? まぁ湯に浸かってくださいよ」
ザブーンと親方さんは湯船に浸かる。
一気にお湯が溢れ出すが、とても気持ち良さそうだ。
「坊主。ワシが言うと変だが、肌がすごく綺麗になったぞ」
「ええ、そのように作りましたから」
「やはり、お前は規格外だな。ガッハッハッハッハ!」
「あとは奥様方に検証して貰って経過を見ましょう。石鹸を使わなくなってからの影響も見てみたいですし、大体7日程度は様子見でしょうね」
「そうか」
「あとはどうやって売るかですね。王様は石鹸についてどうお考えなのでしょうか?」
「そうだなあ……。あの人は石鹸を大層気に入っていたなあ。何度も催促の書簡が届くくらいだ。それに裏切り者を探してくれてるしよ。坊主に満足いく支払いが出来なかった事を悔やんでいたよ」
「そうですか。でしたら……今回は前とは少し考え方を変えてみましょうか。もちろん、製法は秘匿……と言うより真似できませんが」
「そうだな。前のやり方は良かったが、抜け道を利用されたからな。だが錬金術師達も前の事件を悔やんでいたらしい。下手な要求はしてこないだろう」
「それでしたら、文面だけでも先に練っておきたいですね。送る直前に書く事になると、ビッケルさんが怯みますから(ニヒ)」
「ちげえねえ。ガッハッハッハッハ!」
この後、親方さんと入れ替わるようにして俺が風呂に入った。
石鹸の効果は、やはり以前とはまったく次元が違う。
なんと言っても肌が輝く。
それに髪通りも最高だ。
香りも少し変えて、よりリラックスできるようにしたい。
香水を邪魔をしない程度に仕上げれば、奥様方にも好評を得られそうだ。
残りの課題は、エイジングケアの効果確認だ。
この分だと予想通りの結果が得られそうだが、答えが出るまでは安心できないな。
それに、錬金術師達の検証も以前の石鹸の検証で検証方法は確立済みだし、こっちで得た情報を乗せておけば効率もいいだろう。
これなら承認までに時間が掛からないと思うが、検証だけでも最低10日は見積もらないとならないだろう。
それにしても……湯船は気持ちいい。
形は違うが、こういうのはワイルド感があって開放的な気分だ。
寝てしまわないように気を付けなきゃな。
結局……親方さんに起こされるまで寝ていた。
◇
昼食を食べていると、ミイティアがやってきた。
「おー。(もご)はやかったね。(もごもご)」
「兄様! 食べながらしゃべってはいけません! 兄様が言ってた事じゃありませんか!?」
「(ゴクン)そうだったね。はしたない真似をしてしまって、すまなかった」
「それでご用件……あの……兄様? 兄様からいい匂いがしますね。それに肌も髪も輝くように綺麗です」
「おっ! 気付いたか、さすが俺の妹!」
「ちゃかさないでください! っで、これはどうしたの?」
「新しい石鹸を作ったのさ」
「えっ!?」
「まぁ驚くよね。ビックリした?」
「う、うん……。さすが兄様です!」
「ありがと。それでね、ミイティアには石鹸の使い心地を近所の奥様方に聞いて回って欲しいんだ」
「分かりました! そこにあるのが新しい石鹸ですか?」
「うん、そうだよ。今回は実験でもあるので、ちょっと不便させちゃうかもしれない。今日1日だけこの石鹸を使ってもらって、その後は使わないようにしてもらう。毎日、顔や肌の状態を細かく確認してほしいだ。大体10日程度で検証が終わる予定だよ。報酬として……この新型石鹸1本まるごと差し上げるって伝えて欲しんだ」
「この石鹸を……1本ですか?」
「うん。大体金貨50枚くらいの価値はあるはずだよ。最終的にはそうだなぁ……金貨100枚くらいの価値を目指しているだ」
「100……」
「フフフ。またビックリしたね」
「ビックリもします! 金貨100枚って……兄様! 稼いだお金は無駄遣いしてはいけませんよ!」
「そうだね。みんなのために使いたいね」
「私のために使ってください!」
「もちろん、ミイティアも含まれているよ。でも……まだ売れたわけじゃないし、売れるかも分からないから値段は隠しておいて欲しいな。王様に献上する物だしね」
「王様にですか?」
「うん。前にも王様に献上して喜んでもらえたからね。また作って今度はちゃんと売れるようにお願いするつもりなんだ」
「なるほど、これは重要な任務ですね!」
「そう! これはこの村の未来が掛かっているんだ」
「村の未来が……ですか?」
「まぁ細かい事は気にしないで。お願いできるかな?」
「はい! 任せてください!」
その後、念のために確認内容を紙に書いてもらい、検証結果を書類にまとめ報告してもらう事をお願いした。
ミイティアが読み書きが出来るように成長してて、兄として誇らしい。
そういう俺はまだ……。
はやく学校に戻って勉強したいよぉ。
ミイティアは石鹸を袋一杯に持って、上機嫌で帰っていった。
◇
午後は鍛冶の練習である。
ほとんど実験のために近い。
今やっているのは、小さなハンマー作りだ。
かなり無理やりだが、運動量保存の法則をぶち壊す!
そう! ファンタジーへの挑戦である。
でもまぁ……あの石鹸を作った時点で、ファンタジーに片足を突っ込んでいるような物なのだが……。
やりたい事は、小さなハンマーで質量に見合わない威力の打ち付けをする事だ。
仮にこれが可能になれば、武器や物に対して特別な力を付与する事が出来るという事だ。
石鹸も思った通り、誰にでも同じ効果を発揮したし、出来る気がする。
効果の検証をするために、同じサイズのハンマーをもう1つ作る。
1つを見本として親方さんに作って貰い、それを見て俺も同じように作業をする。
小さなハンマーだが、やはり1日掛かりの作業となってしまった。
「さて坊主。こいつはどういう事になるんだ?」
「えーっと、この大きさのハンマーの何倍かの強い打ち付けができないかという実験です」
「ふむ……。もっと分かり易く言ってくれ」
「はい。こっちにある大きなハンマーと、この小さなハンマーの力を同じにするという事です」
「なるほど……。だが何のためだ?」
「2日間見てれば分かると思いますが、俺の作業は1日掛かりです。その原因はこの貧相な体です。作業効率を上げるために作りました」
「ピンと来ねえなあ」
「まぁやれば分かりますよ。音に注意して聞いてみてください」
そう言って、まずは親方さんが作った小さなハンマーを手に持つ。
小さいとはいえ、ハンマーは重い。
力を込め、頑張って顔の近くまで持ち上げる。
ハンマーの高さを確認した後、力を入れずにハンマーを鉄板に打ちつける。
「カン!」という軽い音がした。
何度か試すが同じ程度の音だ。
次に、俺の念を込めて作ったハンマーを同じように振り下ろす。
「ガン!」っと、さっきより重そうな音がする。
同じ質量を同じ落下点から落とせば、質量エネルギーは変わらない。
本来なら同条件の場合、音にも差がでない。
つまり、この音の違いは威力の違いだ。
だが……想像していたより威力は小さそうだ。
今回込めた念は、両手で持つような重いハンマーだ。
大体このサイズのハンマーの10倍は重い想定だ。
親方さんの斧くらいを設定すると、下手をしたら鉄板が割れ、飛び散るかもと思ったのだが……。
今回の実験では、どのぐらい威力に変化が出たのか解り辛い。
つまり、これが俺の能力の限界値になるという事だろう。
あとで質量を変える実験をしてみるか。
「親方さん。分かりましたか? 音が違いましたよね?」
「ああ。だが……こいつはどうにも納得がいかねえな」
「今回このハンマーには、大体10倍くらい重いハンマーを想定して念を込めました。でも想定したほど結果が出ませんでした。つまり、俺の能力は限定的だという事になります」
「限定的って言うと……どのくらいだ?」
「そうですね……。比較しないと分かりませんが、大体1割か2割程度強化出来るのでしょう」
「ほお……意匠みたいなものか?」
「そうですね。意匠と同じく付属効果の意味に近いと思います。ただ、このハンマーには魔力を使っていないと思いますので、意匠とはまったく別物になるかもしれませんね」
「ほー。これでお前も一人前の鍛冶職人だな!」
「そんなわけありませんよ。親方さんの力をたくさん借りないと、ナイフ1本でさえ作れませんからね」
「まあ、そうだな。その体をもうちっと鍛えねえとな。ガッハッハッハッハ!」
「はい。頑張ります!」
想定とは違ったが、明確な答えを得るきっかけにはなっただろう。
あとは、能力の解除方法も考えなければならない。それに持続時間もだな。
仮に一定期間しか有効でないなら、新型石鹸の期間設定もいらなくなる。
つまり消費期限が付く事になる。
でも、道具の場合は、俺が定期的に作らないとならないならない。
それは効率が悪い……。
使用回数制限とかもあるならストックという手はあるが、管理面でのコストが馬鹿にならない。非常に無駄だ。
そうやってウンウン唸っていると、親方さんが声を掛けてくる。
「何悩んでいるんだ? すげーじゃねえか」
「……親方さん。ちょっとこのハンマー、比べてみてください」
「分かった」
試しに親方さんに使ってもらう。
何度も叩くが効果は持続している……のか?
親方さんの力が強過ぎるせいで、よく分からない。
鉄板はぐしゃぐしゃに変形している。ハンマーも先が潰れて掛かっている。
確認のつもりで、変形しかけたハンマーを受け取り、鉄板に打ち付ける。
……効果は持続している……気がする。
やや効果が落ちた気もするが……差がイマイチ分からない。
これは検証しないとならないな。
「親方さん。明日でいいので、このハンマーを叩いて壊したり、再度溶かして普通のハンマーに作り直してみませんか?」
「どうしてだ?」
「能力の解除方法を実験したいんですよ。「どの程度壊れたら能力が消えるのか?」とかです。今後強力な武器を作った時に、制御出来ないような物を作ってしまったら処分にも困りますし、調整も効きませんからね」
「そうだな……。坊主。お前は果てしなく規格外だな! ガアッハッハッハッハ!」
親方さんの言い分はもっともだ。規格外過ぎる。
俺は自分の能力を正確に把握しないと、今後の開発にも影響しそうだ。
◇
それから4日経った。
今日もミイティアが調べてくれた検証データの確認をしている。
ミイティアが毎日聞いて回ってくれているおかげで、かなり詳細にデータが取れた。
どの奥さんの反応も比較的良好で、石鹸の効果にビックリしていたらしい。
でも、俺からすれば予想外の結果だった。
テーマとしていたエイジングケアの効果が、思ったように出なかったからだ。
反面、基本的なスペックは上がった。
肌の汚れを落とす能力は以前より向上した。
肌をコーティングする能力が強化され、肌が輝くように綺麗になる。
髪も同様だ。
キューティクル? というのかな?
トリートメント効果が上がって、以前より滑らかに髪が仕上がるようになった。
この2つの効果は納得がいくものになった。
しかし、先に上げたエイジングケアがまったくというほど効果がなかった。
考えてみれば、石鹸は汚れを落とす道具であって、保湿効果やシミの除去、皺に直接的に効果が期待できる物ではない。
つまり、失敗なのだ。
失敗と言っても、俺にとっての失敗だ。
世間一般レベルでは、かなり高性能には仕上がっている。
だが、これでは既存の石鹸との比較には不十分だ。
なぜなら、石鹸が希少だったあの頃とは違い、すでに一般に普及しているからだ。
「兄様? 何か難しい顔をしてますけど……私の調べ方が悪かったですか?」
「いや。詳しく書かれているし、十分いい報告書だと思うよ。でも……」
「調べ直してきます! どこが悪かった教えてください!」
「だ、大丈夫だよ。報告書としてはこれでいいんだ。問題は石鹸なんだ」
「石鹸にですか? 皆さんとても喜んでいましたよ?」
「うん。以前作った完成品を超える洗浄力は出ているんだけど、今回は年齢を取ると増えてくる顔の「シミ」や「皺」。体質によって出てくる「そばかす」を減らそうと思って作ったんだ。でもこのデータを見る限り……効果はなさそうなんだ」
「シミや皺、そばかすをですか?」
「うん。洗浄が目的の石鹸では、効果がないみたいなんだよ」
「そうですか……」
「シミや皺が目立たない人って、どうやってケアしてるんだろうね?」
俺は考え込む。
石鹸の効果には期待していた。
工房で作ったナイフとハンマーの実験が、後々になってボロが出てきたのだ。
それは俺の能力が発揮される対象というか? 大きさと言うべきか?
とにかく効果が大きさに反比例して、減少するのだ。
例えば、ナイフ。
サイズが大きくなると、鋭利さが小さなナイフほど発揮されない。
単純に作業に時間を掛ければいいとは思うのだが、1日掛かりでも1本しか作れない。
鉈みたいに大きな物になってくると、時間が掛かり過ぎて、実験効率が悪いのだ。
同様にハンマーも、小さな物なら1~2割程度の威力増加が見られた。
しかし、大きくなるにつれて違いが分からなくなっていく。
つまり、俺の能力はかなり限定的な物だという事だ。
唯一うまく行きそうな石鹸には期待していた。
だが、この結果だ。
へこむよ。
大きく溜息を付いて、頭を抱える。
「兄様。この石鹸ではダメなのですか?」
「前も言ったでしょ? この村をこんな酷い状況にした貴族達にギャフンと言わせてやるって。この程度だと単にお金を払えば買えるし、既存の石鹸で我慢すれば済む話になるからね。喉から手が出るくらいの効果が欲しいんだよ」
「さっき言っていたシミと皺ですけど……レミールさんとその祖母様が大変お綺麗でしたよ?」
「えっ!?」
「お二方に伺えば、参考になりません?」
「是非参考にしてみたい! ……でもいいのかな? こういうのは男の俺がとやかく言う事じゃないし、恥ずかしい事な気がするんだ。だから同じ女性のミイティアなら受け入れやすいかなと思っていたんだ」
「兄様! 皆様は兄様の作った石鹸に大変喜んでいます! 村のために頑張っている兄様の事を知って、快く石鹸の検証に参加して下さいました! 今さら引き下がる必要はありません! さっ行きましょ!」
「え? あっ?」
俺はミイティアに引っ張られるように休憩室を出る。
途中親方さんに事情を説明し、ミイティアと一緒にレミールさん宅に向かう事になった。
◇
レミールさん宅に着いた。
ここら辺は小さな家が立ち並ぶ、住宅密集地と言うべきか?
戸を叩き、出てきたのは40代くらいの綺麗な女性だった。
「あら? ミイティアいらっしゃい。今日は男連れかい?」
「奥様。この方は私の兄でございます」
「あらあら、いい男じゃないか。多少体付きは悪いけど、ミイティアにはお似合いだね」
「やーですよ奥様。そんな嬉しい事言わないでくださいませ」
そんな感じで、しばらく会話していた。
「へえ。顔のシミと皺をねえ。ずいぶん熱心な事だねえ。いいわ、お入りなさい」
レミールさんに言われるままに、俺達は家の中に入る。
小さな家だが、中は良く整理されている。
古めかしい大きな椅子にはレミールさんの祖母であろう人が座っていた。
「あらミイティア。いらっしゃい。今日は旦那様とご一緒かえ?」
「お婆様。この方は私の兄でございます。でもいずれは私を娶ってくれる将来の旦那様でございます」
「そうかえそうかえ。いい旦那様のようで幸せ者じゃのお」
「は、初めまして。俺はマサユキと申します」
手を胸に当て、お辞儀をし挨拶をする。
ここに来た詳しい事情をレミールさんとお婆さんに説明する。
◇
「レミールや。アレの事じゃろ? 用意なさい」
「はい。お母様」
レミールさんが用意してくれた物は、薬草をすり潰したような薬と透明なゲル状の液体だった。
「これはどういった物なのでしょう?」
「これはティルベラという薬草をすり潰した物よ。顔に塗って、しばらくしたら水で流すの。あとこっちは、ラミエールが作った……なんでも豚の軟骨から作った物だそうよ。詳しくは分からないけど、肌の質感がモチモチするわ」
「へー、コラーゲンですか」
「そうそう! あの子も確かそんな事を言ってたわ」
これは俺が生物学の授業と、治療に役立てようと思ってメモをしていた。
あの走り書きのようなメモから読み取ったのかは分からないが、ここまで仕上げた技術はすばらしい。
パックという発想は、メルディにチラッとした気がするが詳しくは話していなかった。
あの僅かな情報からコレを生み出したとなれば……すごい事だろう。
「ねえマサユキ。この前貰った石鹸だけど……使わせてくれないかしら? あの石鹸を使ってこれを使うと、肌が綺麗になる気がするのよ」
「そう言えば、とても肌が綺麗ですね。顔にはシミも皺も目立っていませんね」
「ありがと。あの子の言う事は難しいのだけど、使うようになってから肌が若返ったようだわ」
「ウンウンそうじゃね。私もこんな老いぼれだが、20年は若返った気がしておるわい」
「そうですね。お婆様もとてもお肌がお綺麗です。体付きと風格からお歳を召した方だとは分かりましたが、肌艶がとてもお綺麗で、私の考えていたご老人とは思えませんよ」
「そうかえそうかえ。私もあと50年も若ければ、若様のお相手をできましたでしょうに。ヒッヒッヒッヒ」
「ありがとうございます。でも、ミイティアに怒られてしまいますので、程々にお願いしますね」
「そうだねえ。その子はいい嫁さんになるだろうねえ。大事にしてあげるんだよ」
「ええ。そのつもりです。俺の自慢の妹ですから」
「もう!」
顔を真っ赤にしたミイティアにふっ飛ばされてしまった。
みんなから笑われたが……これは大きな収穫だ。
ラミエールに相談して、商品化を検討してみよう。
◇
学校に行くと、いつも通り剣術の授業をしていた。
ラミエールの姿は……ない。
ガルアに聞いてみる。
「やあガルア。ラミエールを知らないか?」
「ああ、中にいると思うぜ。たぶん資料整理やってるはずだぜ」
「そうか。・・・邪魔したら悪いな。待っているのももったいないし・・・俺も少し剣術指導をしようか?」
「お! いいねえ! それならメルディ姉さんのアイ……なんだっけ? 投げ技教えてくれよ?」
「んー。ガルアは大丈夫だと思うけど、子供達は「技術の習得に対しての心得」って出来てる?」
「ああ、問題ないぜ。さすがに4年もやってるんだ。そういうのは身に染みてるぜ」
「分かった。じゃあ、みんなを集めて講義するよ」
そんな訳で、俺は合気をみんなに講義する事になった。
◇
しばらく合気の講義をやっていると、家の中からラミエールが出てきた。
「あら? もう授業に出ても大丈夫ですの?」
「お疲れ様ラミエール。うん、これもリハビリの一環なんだ」
「そうですか……。でもあまり無理はされないでくださいませ」
「はい。ラミエール先生」
「お止めください。私はそんな立派な事をやってるわけではないのですよ?」
「そうかい? 講師をやってる上に、医師もやってる。俺なんて足元にも及ばない立派な先生だよ」
「そんな事はございません。まだまだ学ぶ事は多いですし、これくらいで満足していては目指すものは遠のくばかりです。マサユキさんは私の目標なんです。安易にそのようなお言葉を、おっしゃらないでくださいませ!」
「は、はい……努力するよ。ラミエールはどういった治療をしてるの?」
「そうですわねぇ……簡単な怪我の治療がほとんどです。薬草を使った治療程度しか行えません。私にも救えなかった命は多くあります……」
「……俺は医療に関しては素人だから、ラミエールのやっている事はすごい事だと思うよ。救えない命はあったかもだけど、小さな事であっても、自分の出来る事を続けていく事がいつかは役立つ日が来るよ」
「はい。ありがとうございます」
やはりこの4年という歳月が長く、そして大変だったものだと思える。
この世界では医療は発展途上にあって、彼女のような存在は希少だ。
だからこそ、自分に負わされた責任の重さを感じているのだろう。
「さて……今日はラミエールにお願いがあって来たんだ。時間は大丈夫かな?」
「ええ。もう授業は終わりましたし、午後の訓練は私がいなくても大丈夫です」
「そうか。さっきラミエールの家にお邪魔させて貰って、お母さんとお婆様にお話を聞いてきたんだ」
レミールさんに紹介された美容液とパックの話をし、俺のやっている研究と目的を話す。
「なるほど、そういう話でしたのね……。さすがマサユキさんです!」
「どうか協力してほしい。この村のためなんだ」
「当然ですわ! お任せ下さいませ!」
ミイティアは嫌がったが授業に戻させ、俺とラミエールは彼女の家に向かった。
そして、俺達の苦しい研究の日々がしばらく続く事になる。