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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第2章 眠りから覚めて
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第21話 疑問の答え

俺とガルアは工房に向かって歩いている。

ペースはかなり遅いが、ガルアが俺の歩行速度に合わせてくれている。

途中、「背負っていこうか?」と言ってくれたが、あえて断わった。

一応これも、リハビリだからだ。


今さらだが・・・俺がこうやって歩けている事自体、不思議としか言いようがない。

現に歩いている俺が言う事じゃないが、普通は立つ事すら難しいはずだからだ。


実際の現場を見た事がないから想像にはなってしまうが、

本来ならベットから起き上がる事もできず、松葉杖を使うなり、車いすを使いながら、ゆっくり時間を掛けてリハビリをしていくはずだからだ。


恐らく、俺の体を毎日マッサージし続けたのだろう。

一番に思い付くのはメルディだ。しかし、彼女だけじゃないはずだ。

家族のみんなが協力して、俺の面倒を見てくれたはずだ。


それから、本が読めるようになった事。

きっと毎日、枕元で読み聞かせをしてくれていたのだろう。

あの本の擦り切れ方は尋常じゃない。

4年もの間、毎日毎日、何度も何度も読み聞かせたのだろう。

雨の日も、風の日も、雪が降っても……何も語らない俺にずっと向き合ってくれていたのだろう。


その姿を想像すると……俺は……俺のやれる事で恩返しをしなければならないと思う。


一歩一歩、足元を確認するように進む。

気を抜くと本当に倒れてしまいそうだ。


しかし、諦められない。俺には使命があるからだ。

とてつもなく大きな使命だ。

単なる類推るいすいだが、小さな物証と僅かな仕草、みんなの反応を思い返せば分かる。

それを今から確認するのだ。





やっと、工房に着いた。

ここでガルアとは別れ、俺だけが中に入って行く。


中ではあまり作業が行われていない。

炉の火が落ち、閑散とした風景だ。

俺の推論の正しさが段々確証に近づく。


なんとか、休憩所に辿りついた。

そこにはビッケルさんがいた。


「おおおおおおおおおおおおお! マサユキ! 良かった良かったよ! 無事に起きてくれて本当に良かったああああああ! ……みんなもずっと心配してたんだよ。本当に本当に良かった……」


ビッケルさんは泣いている。

俺はビッケルさんに感謝を述べつつ、親方さんを呼んで貰う。


俺は疲れ果て、今にも倒れそうだ。

なんとかテーブルに手を付き、ギリギリ立っている状況だ。

座るわけにはいかない。

気を抜くと、寝てしまいそうだからだ。





親方さんが奥から出てくる。

身長が伸びた事もあって、親方さんが少しだけ小さく見える。


親方さんは俺の姿を見ると、側まで来て大きな手で俺を支える。

促されるように椅子にゆっくり座る。

ビッケルさんはコップに水を用意してくれた。


「親方さん。お久しぶりです。元気にされていましたか?」

「ああ。坊主もずいぶん成長したな」

「親方さん……。ちょっと外に出ませんか?」

「……ああ」


親方さんは俺の言動に『何か』を感じ取ったのだろう。

別の部屋から斧を持ち出し、2人で外に向かう。





やっと、人気のない場所に着いた。

そこら辺にあった倒木に親方さんは座り、俺も近くの岩にもたれ掛かるように座る。


「坊主。わざわざここまで来て……何の話だ?」


俺は深呼吸をし、話す決意を固める。


「親方さん。違っていたら指摘してください」

「……ああ」

「石鹸の製法を盗まれましたね?」

「…………」

「分かりました。そのまま聞いてください」


疲れている事もあって、話をするのも辛い。

深呼吸をして、ゆっくり話し出す。


「恐らくは、王様から頼まれて、製法を秘匿する事を条件に教えたのでしょう。しかし、一部の錬金術師と貴族が悪だくみをして高値で売りさばき、こちらで作って街で売る意味がなくなり、さらに貴族が悪い噂を流してこの村の商品を買わなくなった。のではありませんか?」

「……坊主。すまねえ」


親方さんが巨体を傾け謝ってくる。

メルディの教えてくれた「工房や店舗で石鹸が一般人にも販売されている」という事が、気になって考えてみたのだ。

それにお金に関わる話で、メルディは何度も言葉に詰まっていた。

それを裏付けるように、ここまでの道のりに異様に畑が多くなっていた。

まさかここまで推論が当たるとは思ってもいなかったが・・・。


「親方さん。顔を上げてください」


親方さんはゆっくり顔を上げる。

表情からも苦しそうだ。

こんな顔を工房の人達に見られたくないため、わざわざ人気のない所まで親方さんを連れて来たのだ。


「ごめんなさい。この原因は俺にあります。俺が石鹸を作らなければ……こんな事にはなりませんでした」

「坊主が謝る事じゃねえ。ワシらと王の問題だ」

「小屋にあった石鹸も売りました?」

「ああ」

「その中に不良品はありませんでしたか?」

「あったな」

「そのせいで貴族様達から厳しい批判を受けたんじゃないですか?」

「その通りだ。結果、うちの物はほとんど売れなくなった」

「今流通してる石鹸って、その不良品ですよね?」

「その通りだ。なぜ分かるんだ?」

「昨日、メルディ達とお風呂に入りましてね。その時石鹸で髪を洗ってなかったんです。俺も使ってみましたが、あれは……あれが本来の性能なんですよ」

「どういう事だ?」

「えーっと、簡単にいいますと……完成品は俺の魔法っていうのかな? 俺だけが作れる代物です。つまり、世界で唯一完成品を作れるのは俺だけってわけです」


親方さんに向かって、ニヒっと笑ってみる。

親方さんは、俺の指摘に呆れるばかりだ。


「つまり、製法を盗まれても作れないって事か?」

「その通りです。小屋にあった不良品は、自分の能力を判別するために試しに作った物なんですよ。結果を見る前に……4年も眠ってしまいましたけどね。ハハハハ」

「なるほどな。うちでも作ってみたが、あそこまでの物は作れなかったぞ」

「ええ。でもよく、あの製法の書類を読めましたね? あれには俺しか読めない特別な文字を使ってましたから」

「ああ。それはメルディに解読してもらったんだ。最初に送った石鹸がやたら反響が良くってよ。王に催促されたわけよ。それでダエルやアンバーと話して小屋を見つけ、そこにあった石鹸を売る事にしたんだ。だが、不良品が混ざっていやがった。その時からだな。風向きが変わったんだ」


「王からはその後も依頼が来た。だが坊主が起きねえと作れねえ。だからダエルやアンバー、メルディと相談して、製法を解読して作る事にしたんだ」


「そしたら次は、錬金術師達が検証のために製法を教えろと要求してきやがったんだ。その時点では正式な承認が下りてなかったからな。うちで作っても売れねえし、秘匿を条件に渡したんだが……裏切り者が出やがった。どっかの錬金術師が大量に売りさばき出しやがったみたいなんだ」


「当然王は怒ってそいつを探した。だが、まだ見つかっていないらしい。それで市場の独占を防ぐ意味で、安価な石鹸を流通させてるってわけだ。原材料も安かったからな。錬金術師達の判断でもそうせざる得なかったらしい。あまり多くはねえが、入ってきた金で坊主の所の学校のために使う事になった。だから……坊主への金はあまり余裕がないはずだ」


やっぱりそうだったか……。

気持ち悪いくらい正解していた。

単に最悪のケースを考えていただけだが、それより若干マシって程度だ。


だが、どうりでメルディの服がボロかったり、言動がお金に関する事で戸惑ったりしてたわけだ。

学校の設備は比較的マシだった。きっとガルアが直してくれてたんだろう。


って事は、家の風呂はどうなんだ?

少なくとも結構な金額のはずだ。


「もしかして、家の風呂って……親方さんが詫びのつもりで作ったんですか?」

「ああ」

「あの剣も売ったとか?」

「いや……正確には交換だな。王に頼んで、上級ミスリルと交換してもらったんだ」

「ん? って事は、ミイティアの持ってるアレですか?」

「そうだ。お前の剣は重過ぎたし、鉄で作ってみたんだが今度はもろ過ぎた。そこであの剣と上級ミスリルを交換して作ったんだ。坊主には許可が取れなかったが……今はミイティアの剣になっている」

「なるほど……でも、あの剣は元々親方さんの物で、俺が借りてただけです。どうしようと親方さんが悩む必要はありませんよ」

「メルディも同じ事言ってたぜ」

「でしょうね。話しましたから」

「そうか……」

「そ、それはいいとして、あの剣はかなかなの一品ですね。とても軽そうで、切れ味も良さそうです」

「そりゃそうだ。なんたって上級ミスリルだ。あれはそうそう手に入る品じゃねえな。ミイティアは家族を護るつもりだったからな。最高の剣に仕上げてやったぜ」

「親方さん。何から何まで……本当にありがとうございます」


やはり思っていた通り、この村は酷い状況のようだ。

まぁ考えはある。

ここに来るまでに思いついた事だが、逆転満塁サヨナラ場外ホームランをやってやるぜ!


「親方さん。俺はこの状況。いや、俺はこの村ごと救って見せますよ」

「おいおい。ワシ達の失敗をかばう事はねえ」

「いえ。誰に何を言われようと、俺はやります」

「そうか……。ワシは何をすればいい?」

「その前に、被害総額を大体でいいので知りたいですね」

「そうだな……。完成品がまっとうに売れてれば金貨5000枚って所か? 少しは手元に残ったがそんなもんだ」

「そんなにですか? 完成品は売れたんじゃないんですか?」

「いや、不良品を売りつけられた弁償と錬金術師達の報酬に、ほとんど消えちまったからな」

「なるほど。ちなみに完成品の相場はいくらになります?」

「そうだな。今は違うと思うが、1本金貨50枚ってところじゃねえか? 大体100本は売ったしな」

「なら、そうですねぇ……」




俺は考え込む。

こんな酷い仕打ちをした貴族にはギャフンと言わせてやりたい。

王様はよくやってくれているが、きっとそう思っているはずだ。

1本金貨50枚として、被害総額金貨5000枚を埋めるなら、単純に100本で済む。

だが、それではなんら意味はない。


すでに石鹸は不良品ながらも、市場には流通はしている。

つまり、庶民に対して考慮する必要はないって事だ。

という事は、売りつける相手を限定できるって事になる。

あの性能を超える石鹸を高値で売り付けてやれば、逆転できるんじゃないか?


「とりあえず、金貨50万枚を目指しましょうか?」

「……おいおい! 石鹸は値下がりしてるんだぜ? それに50万って……」

「あの剣だって金貨5万枚ですよね? 上級ミスリルにいくら値段が付くのか知りませんけど、その返済を兼ねてます」

「…………」

「それと、客は金を持っている貴族です。奴らはこんな酷い仕打ちをしながら、手を差し伸べもしない。むしろ追い込みました。どうしても欲しい商品なら嫌でも買うでしょう。だから、100倍返しですよ!」


俺の顔が悪魔染みて見えるらしく、親方さんが怖がっている。


「だが坊主。金貨50万枚って、大き過ぎないか?」

「高い目標の方がやりがいがあるんですよ。もっともっと目標額上げましょうか?(ニヒニヒ)」

「悪魔の所業みたいなやり口だな」

「まぁどっちにしても、値段は最低でも金貨50枚以上ですね。俺としては1本金貨100枚の値段を付けさせたいですけどね」

「フヒ……ガッハッハッハッハ!」


親方さんは膝をバンバン叩きながら、大笑いしている。

ここは誰もいない場所だが、遠くからでも聞こえてしまいそうな大きな声だ。


「面白れえ! 一丁やってやろうじゃねえか! さっそくやるか?」

「ええ……ですけど、仕事はいいんですか?」

「仕事は今はねーよ。暇過ぎて昼寝しかできねーぜ。ガッハッハッハッハ!」

「じゃあ、早速作りましょうか。折角だからお見せしてもいいんですが、俺の能力は極秘扱いにしたいので……人気ひとけのない部屋とかあれば、お借りできますか?」

「構わねえぜ。さっそくやろうぜ」

「そうですね」


俺達はゆっくり歩き出す。

途中めんどくさくなったのか、親方さんが俺を担いで工房に戻る事になった。





さてさて、皆様ご覧あれ。これが噂の石鹸の製法でございますよ~。

と、心の中で時代劇風の台詞を唱える。


今、俺と親方さんは工房の倉庫というのか? 資材置き場になっている、使わなくなった旧工房にいる。

掃除は必要だけど、面倒なので火元近くだけ整理した。


換気性もあるし、人も寄り付かない。

整理すれば資材だって溜めておける。

小屋でやってもいいけど、盗難の可能性もあるし、これからこの村が最高級石鹸の製造地になる。

だから、なるべく秘匿性を考慮してここにいる。


俺も親方さんも完全武装して、石鹸の材料を生成中だ。

何度も作ってはいるが、苛性ソーダは危険な薬物だ。


特に、4年前の最後に作った物はかなり純度が高かった。

本気でやればやる程、死が近くなる生成とかって……どうなんだろうか?




原材料の精製が終わり、材料を調合し、念じながらね回す。

今回の石鹸のテーマは「若返り」だ。

実際に肉体年齢が若返るという意味ではなく、よく言う女性用化粧品のうたい文句のような意味である。

エイジングケアだっけな?


肌がツルツルするのは当然として、女性の悩みの種である「シミ」や「そばかす」、「しわ」の除去をイメージする。

他にも機能を付けたいが、最初からうまく行くとは思っていない。

それに今回は検証実験もするつもりだ。

急激な変化も困るしね。


継続して使わなければ一定期間で効果が消えるという、「悪魔の石鹸」とも呼べるとんでもなく依存性の高い、最高に凶悪な兵器を生み出しているのである。


エイジングケアの化粧品は女性の憧れの的のはずだ。

別に意地悪をするつもりじゃなく、少しくらいは貴族をギャフンと言わせるには、奥様方の強い要望が俺の援護射撃になってくれる気がしている。


それに一度使えば、ずっと効果が持続されるとか、商品価値が薄まるしね。

非道だとののしるがいい。これは逆襲だ! 呪うがいい。フフフ……ハッハッハッハッハ!


そんな事を心の中で叫びながら、石鹸を捏ねまわす。





大体捏ね終わった。

あとは固まる予定日前まで、定期的に捏ね、木枠に流し込めばいい。

一応俺の体も成長した事だし、能力が上がっている前提で、少し予定を前倒しして作業するつもりだ。


「親方さん。とりあえず、今日の作業はこれで終わりです。俺の能力がまだ健在なら、恐らく……3日以前には固まっているはずです」

「ほー、そんなに早いのか? それに作り方も違うな。工程が多かったぞ?」

「はい。工程を書いた書類は……燃やしちゃったかもしれません。ハハ、ハハハハ……」

「燃やしたあ?」

「まぁそれは今度話しますよ。要は、この苛性ソーダという原材料の純度を上げる工程が書かれていた資料なんです」

「ほー。何が違うんだ?」

「家にある石鹸って、親方さんの所で作ったやつですよね?」

「そうだ。製法を解読して作ったやつだ」

「でもあれ……よく固まりましたね?」

「何度も失敗したぞ? 製法の通りに作ってもできねーからな。量の調整だけで作った感じだな」

「……フ、フフフハハハハハ! それは凄い! さすがですよ! ハハハハハ!」

「坊主。笑ってないで教えてくれ」

「ンン。……ごめんなさい。えーっとですね。親方さんの作った石鹸って、なんか臭くありません? それに手触りもザラ付きますよね?」

「ああ、そうだな」

「その原因は石灰です。苛性ソーダを作るのに使った石灰が残ってしまうんです。具体的に言うと、苛性ソーダと石灰の2種類が同時に出来るので、石灰を除去する作業をしたわけです」

「……なるほど。工程は見てたが……あんな方法で取れるもんなんだな」

「秘密ですよ。この石鹸は村の復興のための最後の砦なんですから」

「ああ、分かっている。さすがに同じ事にはさせんさ」

「それから、ここに泊まり込んでもいいですか? もう少し力を練り込みたいですし、経過も見てみたいですからね」

「構わねえよ。ここでもいいし、部屋を用意しようか?」

「んー。部屋をお借り出来ますか?」

「分かった。用意させよう」

「じゃあ……親方さん。久々に一杯やりません? あまり量は飲めないと思いますが」

「いいねえ。いこうぜ!」


そして俺と親方さんは、いつもの休憩室に行き、ビッケルさんにお酒を用意して貰う。

ビッケルさんは、久々に見る上機嫌な親方さんにビックリしていた。

あと、お願いして家の方にも連絡をお願いした。


その日は、軽く飲んで、用意された部屋でぐっすり寝た。





朝目覚めると、見慣れない天井があった。

まぁ当然なんだが……。


ここは工房の中に用意して貰った部屋だ。

小さな部屋だが、全面厚い石造りだから暑いこの季節でも快適だ。


朝食は休憩室で取った。

若干固いパンと、いくつか野菜と、肉がたくさん入ったスープだ。

味は家で食べる物より落ちるが、まぁそこそこうまい。


朝食を済ませ、ビッケルさんに伝言を伝えた後、親方さんと共に石鹸の状態を確認しに旧工房に向かう。

旧工房は頑丈な扉で出来ている。

当然、俺なんかでは開けられない。

筋肉が衰えているからという意味ではなく、完全に城門だ。

こんな物を俺が開けられるわけはない。


石鹸の入った壺を取り出し、作業台に置いて中身を確認する。

まだ固まっていないが、以前と比べてもやや固まる速度は早そうだ。


あとは、いつも通り捏ねる作業に入る。

イメージは昨日した通りである。

じっくり念入りに、そして可能な限りリアルに想像し、念を練り込む。


前作った時より早く固まる事を想定して、念を練り込む時間は長くしている。

だが早く固まるという事は、それだけ念の効力自体も強いはずだ。

この辺の調整は追々していきたい。





大体お昼くらいまでその作業を続け、木枠に流し込む。

木枠は、アンバーさんに作って貰った物がそのまま残っていた。

これなら綺麗な石鹸が出来るから安心だ。

あとは結果だろう。


検証には、リーアさんやアンバーさんの奥さん、あと近所の奥様方にも協力を仰ぐか?

メルディやミイティアでもいいけど、メインターゲットは中高年の奥様方だしね。

さてさて、この化け物はどのくらい凶悪に出来るのか楽しみだ。


「親方さん。この様子だと明日には出来そうです」

「はええな。さすがだぜ。それにしてもよ。やってる事はほとんど同じなのに出来が違うとか……坊主は規格外だな」

「俺も困惑気味ですよ。未だに謎の能力です」

「まあいいじゃねえかよ。便利だし、力の加減もいらねえみたいだしな」

「加減? ……魔法に加減なんてあるんですか?」

「あるぜ!そうだな……魔法を使える限度ってのがある。つまり有限なんだ」

「有限? ……それは何かしらで補充すれば戻ったりしますか?」

「そうだ。魔獣の肉だったり、特殊な霊薬だったり、食い物や酒にも少しは入ってる」

「なるほど。だからあんなに飲むんですね」

「ガッハッハッハッハ!あれはワシが好きで飲んでいるだけだ!」

「なるほどね」


談笑をしながら、休憩室に戻る。

休憩室にはアンバーさんがいた。


「やあ! マサユキ。ガルアから聞いたよ。良かったよ元気そうで」

「ご心配をお掛けしてすみません。アンバーさんもお元気そうで良かったです」

「そうでもないよ。商品の受注が減ってね、今は仕事がほとんどないんだ」

「やっぱりですか……。それって、カンナを売ったせいですよね?」

「そうだろうなぁ。カンナを売ったおかげで、他の場所でもいい商品が作れるようになって、うちで作って売るには高くなってしまうからねぇ。最近は食べるために畑仕事ばかりしてるよ」

「まぁ……予想通りですよ。そのためにビッケルさんに伝言をお願いしたんです」

「ほお。何か考えがあるのかい?」


俺と親方さんは席に着く。


「えーっと、アンバーさんは木に詳しかったですよね」

「そうだね。大体の木は把握しているよ」

「その中に焼いたらすごくいい匂いのする木って、あります? 葉っぱとかでもいいんですけど」

「葉っぱかぁ……。あるね。取っておきの希少な奴だけど、見つけるのが結構大変なんだ」

「それって、栽培できたりします?」

「どうだろうねぇ。やった事はないけど……試してみる価値はありそうだね」

「もし、それがうまく行くなら、葉巻を作れるかもしれません」

「ハマキをかい?」

「偉い大臣さんとか、豪商人とかで煙を吹かしている人っていませんか? あれを作れないかと思っているんです」

「うん、知ってるよ。葉巻は高価だけど……既にある物だよ?作る事に意味はあるのかい?」

「簡単な話です。既存の葉巻より香りが良くて、しかも人体に影響が少ないものが出来たら、最高じゃありません?」

「そんな事が出来るのかい?」

「断言はできません。理論は出来ているので、出来るだけ香りがいい物をいくつか集めて欲しいんですよ。うまく行けば、市場独占できる可能性もありますしね」

「独占? ……なぜそんな事をするんだい?」

「この工房の状況は聞いてますよね? 村も4年前と比べても変わっていますし」

「そうだね。石鹸で失敗して被害が出たって聞いてるよ。その影響もあってみんな畑仕事をしてるね」

「そうです。この状況を作り出したのは、技術を横取りした奴らが原因です。だから、逆襲してやるんです!」

「随分おっかない事を言うね」

「俺はこの村の状況を改善させたいんです。そのためにも、この土地でしか出来ない事を専門にしたいんです」

「ほう! なるほどね。それなら生活には困らなさそうだ」

「葉巻以外にも、お香と呼ばれる煙を楽しむ物や、食品ならソーセージやハムといった肉を燻製くんせいにした物もあります。他にも工房と共同で湯船と給湯機、ポンプを一式纏めて販売するのもいいかもしれません。ただ、技術を盗まれないための仕組みを考える必要があるので、これは追々計画しますね」


言っていて気付いた事を聞いてみる。


「親方さん。家にある湯船の給湯機って、もう売り出しました?」

「いや、まだ売ってないな。あれは特注品だしな」

「良かった。ならそれも、しばらくは販売も製造も禁止にしましょう」

「そうだな」

「とりあえず、給湯機の技術の封印方法を考えてたいですね。って、こっちは後回しにしましょう。まずはアンバーさんに、香りのいい木と葉っぱを探して貰いましょうか。できれば根っこの土まで綺麗に掘り起こして、持って来れればいいんですが……持てるような大きさですか?」

「そうだねぇ。あれはなかなか大きいから、私一人では厳しいねぇ」

「なら、苗を用意するならどうです? 枝を途中で切って、土に植えて根を張らせるとか?」

「出来なくもないけど、土や水が変わると育成に影響が出ると思うよ」

「それは試したい事があるんですよ。親方さんなら分かりますよね?」

「ああ。アレをやるんだな?」

「そうです」

「アレとはなんだい?」

「それはあとのお楽しみです(ニヒッ!)」


やはり俺の顔が怖いらしい。

俺の顔は益々悪魔染みている気がする。


アンバーさんは、俺の謎の問い掛けにしばらくうなるように考え込んでいたが、頭を切り替えて木を探しに出掛けた。

さーってと、後は何をやろうかな?


「あーそうだ! 親方さん。以前お願いした剣の作成、教えて貰えませんか?」

「そうだな。安物の金属でいいならやってもいいぞ」

「構いません。それもアレを試すためなんです」

「フヒ……そうだな! アレだな! ガッハッハッハッハ!」





炉のある部屋に移動する。

今日も作業員は少ない。

依頼がないから、みんな畑に出ているのだろう。


親方さんの後を追い、炉に到着する。

炉にはまだ火が付いていなかったので、点火作業から始まった。


しばらくすると、轟々と大きな音を立てて炉内で熱く炎が燃え上がる。

距離はあるのだが、肌が焼けるように熱い。

親方さんに説明されながら、作業風景を眺める。


今回は小さなナイフを作る。

鉄を打つ段階まで来たら、小さなハンマーを持たされる。

かなり……重い。

筋力がない事もあり、小さなハンマーでもかなりの重労働だ。

なので、砥ぎの段階までやって貰った。

早く筋力を付けて、全部の作業ができるようになりたいものだ。


砥ぎの作業は集中力と感性の世界だった。

力があまり必要ないとはいえ、砥石への刃の当て方が難しい。

不器用な上、筋力が足らないのでうまくできないが、とりあえず念を込めながら時間を掛けて少しずつ砥ぎ上げる。





完成したのは夕方になった。

普通の工房員でもすぐに終わる作業を、俺は丸1日も掛けてしまったのだ。

親方さんは飽きもせずに付き合ってくれた。


切れ味を試す。

用意した肉がスッパリと切れる。


「坊主。こいつはすげえ。ワシ以上の出来だぜ」

「いえ。教え方がうまいんですよ。俺の能力は、前提として正しい知識と正しい技術が必要みたいなんですよ。ただ……性能はかなり不安定で、未だに法則性が掴めていません」

「なるほどな」


親方さんはナイフを使って、何度も肉を切り取っている。

夕食の用意でもしているかのようだ。


その日は、親方さんの仕事にどうやったら貢献出来るかを考えながらベットに寝転ぶ。

さて、予想では明日には石鹸が出来るはずだ。

うまく行けば、最高級品が出来てるはずだ。

ワクワクしながら、眠りについた。


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