第20話 リハビリ開始
朝目覚めると、美女が寝ていた。
銀色の美しい髪をもつミイティアである。
分かる……分かるよミイティア。
久々に会えたわけだし、こういうのも悪くない。
だが……せめて……一言断わりは欲しい!
なぜかって?
そりゃー、心臓に悪いからだよ!
ミイティアの細く美しい髪を優しく撫でる。
ゴロンと寝返りを打って、抱き付いてくる。
まさかと思うが……起きてないか?
それとなく聞いてみる。
「ミイティア。どさくさ紛れは止めてね」
長い耳がピクっと動く。だが、寝たふりを続けている。
やはりな!
「さっってと、メルディと朝風呂にでも入って来ようかなぁ?」
「私も入ります!」
「やっぱり起きてた。駄目だよ。こんな奇襲をされたら、俺の心臓が止まっちゃうよ」
「そんなの嘘です!」
分かってないな。
ちょっと逆の立場も理解して貰おう。
グイッと体を動かし、額と額をピッタリ付ける。
そして、ジッと目を見詰める。
ミイティアの顔がみるみる赤く染まっていく。
「分かる? こういう事だよ。こんな事されてたら、本気で心臓止まらない?」
「……と、止まりません! 激しくドキドキするだけです!」
「メルディなら、こういう事も分かってくれるんだけどなぁ……」
「私にもしてくれるのですか?」
その声は『後ろ』からだ。
「うわっ!!」
メルディも後ろで寝ていた。
なんと、このベットで3人も寝ていたのだ。
俺も成長して、さすがにちょっと狭く感じる。
「もおおおおおおお! 2度と起きない! お休み!」
「わーーーー! 待って! 待って!」
「お待ちください、マサユキ様!」
2人はブンブンと俺の体を揺する。
俺は寝たふりを続けていたが、溜まらず笑い出した。
2人も手を止め、俺の笑いに釣られて笑い始める。
「ハハハハ。メルディは分かってくれてると思っていたけど、今日は騙されたよ」
「いいのです。気にしてはいけません」
「そーよ。兄様と一緒に寝たかったの!」
「とは言ってもなぁ……」
俺にとって、2人は半年程度の付き合いであり、
逆に2人にとっては、4年も想いを巡らせていた相手だ。
更に2人は、外見的にも大幅に成長していて、頭で理解してても気持ちが追いつかない。
俺と2人の間には、それだけ大きな想いの差が出来ているのだ。
メルディとはいい感じになってきたと思っていたのに……いきなり4年もぶっ飛び、気持ちのギアが噛み合っていない感じだ。
胸の奥が締め付けられるような気持ち悪さを感じる。
だが、これは俺の問題だ。
俺は2人を嫌っているわけじゃない。受け止めるまでに時間が欲しいのだ。
その事を2人は理解してくれるだろうか?
理解してもらいたいのだが、強要する訳にもいかない。
いかんいかん。
深く考えるのは止めよう。
まずは体を鍛え直さなきゃな。
軋む体に鞭打って、頑張って起き上がる。
それを見て、メルディがすばやく体を支えてくれた。
助けてもらいながらも、時間を掛けて、ゆっくり起き上がる。
あとは、一歩一歩自力で歩く。
危なっかしいが、こうでもしないと俺はいつまでもこのままだ。
◇
朝食は俺だけ離乳食のようだ。
なんというか、味気ない。
リーアさんに対して愚痴を零す。
「リーアさん。さすがにこれは味気なさ過ぎですよ」
「そう言わないで食べなさい」
「体を労わってもらえるのは有難いですが、はやく丈夫な体になりたいんですよね」
「急いでも何も良くならないわ。今はこれで我慢よ」
「せめてお昼くらいでも、普通の味付けにお願いできませんか?」
「……分かったわ。作ってあげる」
なんとか、了解を得られた。
とは言うものの、食べる作業だけで体力が削られていく感じがする。
離乳食は嫌だと言いながら、この心遣いは正しい。
俺の感覚では、昨日までは普通に動けてて、今は嫌になるほど体が動かない。
何をするにもストレスが掛かるのだ。
それに早く自由に動けるようになりたい理由もある。
親方さんやアンバーさん。村人達にも会いたい。
それに、色々気になっている事の真相も確かめたい。
この村では何が起きてる気がする。
それにまた魔獣が出たら、メルディ達を守らなきゃならない。
どうしても焦ってしまうのだ。
「マサユキ様? もしかして焦っています?」
「そうだね。話だけでは分からない事も多いしね。出来るだけ早く動けるようになりたいんだ。それに魔獣からみんなを護るためにもね」
「兄様! 心配は要りません!」
ミイティアがエッヘンという感じで威張り散らす。
「兄様はご存知ないと思いますが、私は強くなりました!」
「…………へぇ」
「何その反応!? 信じてませんね?」
「う~ん、あんなにちっちゃくて可愛いミイティアが「強くなった」と言われてもねぇ。実感沸かないよ」
涙目でミイティアが俺に訴えかける。
「兄様あんまりです。私は兄様のために……もうあんな事は嫌です。だから……だから、毎日剣を振りました! 今の私なら兄様もお護りできます!」
俺の配慮が足りなかったようだ。
「ごめん。……あとで剣の腕を見せてくれるかい?」
「はい! 分かりました!」
「マサユキ様。私の腕も見てくださいませんか?」
「えっ!? メルディも剣が使えるの?」
「いえ、ガルアやミイティアのようにはいきませんが、少しは上達しましたわ」
「あー。アレか……」
「はい」
なんだか楽しみが増えたな。
ミイティアはどんな剣技を見せてくれるのだろうか?
それにメルディには理論しか教えてないのだけど、どうなったのだろう?
4年の歳月が煩わしい。
彼女達が頑張る原動力は俺の姿だったのだろうけど、成長していく様を見届けたかったな。
いや。俺がいなくても強くなれるって事の証明か。
まぁどっちにしても、あとで分かる事だ。
◇
食事を終え、俺達は表に出る。
俺はメルディが用意してくれた椅子に座り、準備運動をするミイティアを眺める。
動くたびに綺麗に靡く銀髪が美しい。
ミイティアは俺との会話にも付いていけるし、立派な女性に成長した。
欲を言えば、もう少しお淑やかになってほしい。
そういえば、
「メルディ? 洗濯はいいの?」
「ええ。実は今は全自動なんです」
「ええっ!? ホント!?」
「嘘でございます。今は洗濯機がありますから、仕事がすごい楽なんです」
「そういえば言ってたね。あとで見てみようかな? ところでどうやって作ったの?」
「ええっと……」
ちょっと困った顔になる。
「いいんだよ。俺の金は自由に使っていいよ。必要な物だったんだろうし。俺もそう言うと思って作ったんでしょ? それにメルディは考え方に明確な理由を持っているから、そうそう間違った使い方はしないと思うよ。だから、俺が怒ったり責めたりする必要はないと思う。気にしないでね」
「ありがとうございます。そう言って頂けると心が軽くなります」
話を聞くと、親方さんとアンバーさんに相談して作ったもらったそうだ。
俺は以前、洗濯機について教えた事がある。
でも言葉で表現していただけで、具体的な仕組みまでは教えていない。
図面も一応作っていた。
ただ設計途中だったし、コメントは日本語だった。
日本語も少しは教えていたけど、それでも授業の資料のコメントを教えた程度だ。
俺の字は汚い。
考え中の設計書のコメントなんて、走り書きに近い。
その文字を読めるとは思えない。
どうやったんだ? 気になる。
「メルディ。ちょっと聞きたいんだけど、洗濯機って……あの設計図を解読して作ったの?」
「はい。マサユキ様のお作りになった図面を元に作りました。出来上がったのはゼア様とアンバー様のお陰でございます。」
「メルディ、君すごいね。やっぱり最高の姉様だ!」
「その呼び方はズルイです! それに考案されたのはマサユキ様です! 私の力ではございません!」
「いいのいいの。メルディは最高にすごい人だと分かって嬉しいんだよ」
「……ありがとうございます」
「兄様~~! 始めますよ~~!」
「ああ。始めてくれ」
ミイティアの剣舞が始まった。
空に描かれた美しい曲線が、白く煌めく剣影を描く。
剣はレイピアだろうか?
刀身は薄く細い
材質は恐らくミスリル製だろう。
ミイティアの
いい動きだ。剣の動かし方もいい。
剣が軽いのだろうけど、手数が多そうだ。
それでいて、柔軟で不規則な素早い動き。
あれは回避に重点を置いて、手数で相手を弱まらせる戦術だろうか?
仮にミイティアを相手にしたら……まぁ負けはしないだろうが、腕の一本は差し出さないと難しそうだ。
試しに地面に転がっていた石を投げてみる。
石はミイティアに届かない。
力無い腕ではこれが限界か……。
俺の腕は、骨と皮だけの棒切れのような物だ。
今の俺では腕一本どころか……自惚れだな。
段々気分が落ち込んでくる。
メルディが俺の両肩に手を乗せ、やさしく囁く。
「大丈夫ですわ。体は鍛えればいいだけです。急ぐ必要もありません。それに鍛えて貰わないと、私達2人を満足させられませんわよ」
「……メルディ。ありがとう」
メルディの掛けてくれた言葉が心に染みる。
◇
ミイティアが剣舞を終えて、戻ってきた。
「兄様、どうでしたか?」
「うん。とても良かったよ」
「えーーーーー! たったそれだけ? もっとないの?!」
「そうだなぁ……俺が相手だったら、たぶん腕1本は取られるね」
「……まだ腕一本……」
「ミイティアは俺の両腕を切り落としたいの?」
「そういう意味ではないです! ……ところで、さっき石って何だったの?」
「ああ、気付いてたか。死角を突いたつもりだったんだ。まったく届かなかったけどね」
「死角ですか……兄様の戦い方は父様から聞きました。相手の虚を衝くんですよね? 音がなった当たってました」
「いい剣舞だったよ。1対1なら……いい勝負は出来ると思うよ。それに、失敗を反省できるとはなかなか成長したね」
「うんん。まだ駄目よ! 兄様と姉様を護るにはもっと強くならなきゃ駄目!」
「ミイティアには素質があるよ。まだまだ強くなれるから自信持ってね」
「ホント!? どうすればいいの!?」
「んー……」
ちょっと考え込む。
「ミイティアは剣術において、『最も大切な事』って、何か分かる?」
「……なんでそんな質問になるの?」
「いいから考えてみて」
「そうねぇ……。攻撃を喰らわないで相手を倒す事? 兄様と姉様を護る事が一番だけど」
「フフフ。そうかそうか。まだまだミイティアには勝てそうな気がするよ(ニヒ)」
「えーーーーーーーー!! それは酷いです! せっかく兄様のために頑張ったのに……」
「ミイティア。その努力は認めているよ。でもそれが分からない内は、俺にすら勝てない。……いや勝てるか。今の俺なら倒せるよ」
「言ってる意味が分かりません! それにちゃんと万全の状態じゃないと嫌です! いいから教えてください!」
「マサユキ様。私もです」
2人とも、興味津津だ。
「答えはシンプルだ! 生き延びる事! つまりは、逃げる事だ!」
ニヒヒと笑いながら俺は堂々と言い放った。
2人は呆れている。
分かってないなぁ。
「兄様。どうして逃げる事が強くなる事なんですか?」
「マサユキ様。私にも分かりません」
「いいかい? 逃げる事は恥じゃないよ。無残に負けて死ぬ事が恥なんだ」
「ですが! ……逃げるなんて」
「まだ分からないかな? 戦いは常に自分が有利とは限らない。相手が100人いるかもしれない。体調は万全じゃないかもしれない。怪我をしてるかもしれない。護る人がいたらもっと大変だ。そういう状況でも逃げるという選択は重要だ。相手に打ち勝つ事だけが強さじゃない」
「……そうだけど」
「マサユキ様。それだとたくさんの物を失ってしまいませんか?」
「そうだね。失うものは多いかもしれない。大切なものを護れないかもしれない。それでも生き延びていればやり直せる。物はまた作ればいい。失われた命は戻らないけど、無謀な勝負を挑んで、負けた上に全部失う事を望むの?」
2人とも黙り込んでしまった。
「俺もこれは永遠の課題だと思っている。でも、広い視野で状況を分析できるようになれば、自分の力を発揮できる勝機が見えると思うんだ」
「兄様の話は難し過ぎるわ」
「私には力もありません。マサユキ様を失ってしまったら……生きていける気もしません」
「俺は死なないよ。片腕を失ってでも生き延びるって言ったでしょ?」
「……はい」
「じゃあ次の質問。負ける条件。って分かる?」
「実力の差じゃないの?」
「ミイティア。同じ質問を繰り返したいのかい?」
「……分からないわ」
「メルディは?」
「……有利さでしょうか?」
「正解! 具体的に言うと、奇襲かな? どんなに強い相手であっても寝込みを襲ったり、大軍勢で押しかけてきたら敵わないでしょ?」
「うん。でも……何でさっきから、逃げるとか負けるとか言うの?」
「うーん……それは俺の話を理解してない証拠だな」
「……」
「じゃあ、実践してみようか?」
「え?」
戸惑うミイティアに木剣を用意させた。
でも、俺には木剣すら重くて持てなかった。
仕方なく、そこら辺に転がっていた枝を拾う。さりげなく小石もいくつか拾う。
ミイティアが俺の前に立つが、変わり果てた俺の体を見て戦う意欲が沸かないようだ。
「兄様。無理をされないでください」
「いいから始めるよ」
ミイティアが渋々木剣を構える。
俺はそれを見てから、ゆっくり枝を構える。
ミイティアは俺の姿を見て驚いている。
俺の体は骨と皮だけだ。
剣士としての強さがまったくない。
なのになぜか、どこを攻めていいのか分からないようだ。
昔、じいちゃんと勝負した時を思い出す。
◇
「ハアー!(バチン)……くぅっ。イテテ」
「ほれほれどうしたんじゃ? もう降参か?」
「いやー、じいちゃん強いよ。なんて言うか、隙がないんだよね」
「当たり前じゃな。雅之もあと50年は修業しないと体得どころか、気付きすらしないと思うぞ?」
「長いなぁ……気付きって事はコツがあるって事なの?」
「そうじゃな。……コレとは違うが、今のお前でもやれる方法はあるぞ。やってみるか?」
「うん」
「では……こいつを付けろ」
「目隠し? ……こんなんで分かるの?」
「似たような物じゃ。やれば分かる。それとも止めるか?」
「心眼かな? ……こういうのも面白そうだ。やってみるよ」
「そうかそうか。ほっほっほっほっほ。……さて行くぞ!」
「……えっ? あっ? ま、待って! いきなりは無理だよ!? (バチン)ギャー!」
あれは酷かった……。
散々叩かれた後、じいちゃんは少しだけヒントをくれた。
「雅之。お前は剣術とは何だと考える?」
「……剣や技で相手を制する事じゃないの?」
「それは表向きの話だ。質問を変えよう。剣術の行きつく先とはなんだ?」
「……達人?」
「では、達人とはなんだ?」
「剣術が強いって事じゃないの? ……ん? 何か変だな? 次の質問って「なぜ強いのだ?」だったりする?」
「そうだ。その答えの先に何があるのかしっかり考えるんだ」
今なら、なんとなく分かる気もする。
今の俺は、まったく力を振るえない。木剣どころか、この細い枝でさえ満足に振れない。
やれる事は限られている。
だからこそ、自然な構えになっている気がする。
でも、なんて言うかなぁ? 構えじゃないんだよなぁ。
「無形の構え」なんて言うけど、俺の構えはそれとは違うと思う。
言葉で言い表しにくいけど、感性の世界の構えだ。
相手の呼吸、目線、癖、剣の軌道というように、僅かな情報を探す感覚。
五感を研ぎ澄ます感覚だろうか?
とても集中力は必要だし、数多くの技に対する知識と技術も必要だ。正確さも要求される。
確かにこれは……昔の俺では体得どころか、気付きもしない気がする。
じいちゃん。やっと分かった気がするよ。
◇
俺の構えに手が出せないミイティアが話し掛けてくる。
「隙がまったくありませんね」
「どうした? 掛かって来ないのか? なら……俺は行くよ」
そう言って、俺はゆっくり後ろを向いて歩き出す。
ミイティアは呆気に取られている。
覚束ない足取りで、どこに向かうのか分からない俺を心配して、ミイティアが俺を追い掛ける。
俺はミイティアの足音に集中し、タイミング良く手に持っていた石を後ろに投げた。
同時にすばやく振り向き、ミイティアの胴に向かって斬り付ける。
見事にミイティアは俺の石に騙され、反応した瞬間に俺の枝が胴に軽く当たる。
「どう? 分かるかな?」
「す、すごいです。こんな方法もあるんですね」
「今の状態ではこれが精一杯だよ。勘のいい奴なら背中からバッサリだね」
「いえ。もし万全な体調だったら……私が死んでいます」
ミイティアは悔しそうにしながらも、冷静な答えを返した。
「ミイティア。これは逃げを利用した反撃だけど、本当に逃げていいんだ。生き残る事が勝ちなんだよ」
「……はい」
「さっきの話に戻るけど、有利さが勝敗を分ける理由は分かった?」
「はい、分かります。でも……兄様に負けました」
「俺は虚を突いて、一瞬だけ有利な状況を作った。その一瞬の勝機を逃がさなかったから勝てたんだ。卑怯だと思うかもしれない。でも、生き延びるって意味から言うと、俺に迂闊に近づくべきじゃなかったね」
「はい」
「ミイティアはまだまだ強くなれるよ」
そう言って、俺は力無い手でミイティアの頭を撫でる。
ミイティアは悔しくも嬉しそうにしている。
「もう1本やるかい?」
「はい! お願いします!」
元の位置に戻り、構え合う。
ミイティアはまた騙されないように、俺の僅かな動きにも細かい注意を払う。
俺の手を見て、何も握られてない事を確認しているようだ。
「それじゃ、いつでもいいよ」
「はい! 行きます!」
ミイティアが勢いよく飛び込んでくる瞬間・・・俺の表情が急変する。
「うっ……ゲハッ! ゴホゴホ……」
苦しそうに咳をし、手に持っていた枝を落とす。
胸を強く抑え、激痛に耐えるように呻き声を上げながら、倒れ込む。
「兄様!」
ミイティアが急変した俺に駆け寄ってくた。
メルディも駆け寄ってくる。
俺は右手を軽く動かし、チョンと枝を胴に刺す。
「……クックック」
押し殺すように笑い出す。
そして顔を上げ、
「俺の勝ちぃ!(ニヒッ!)」
っと、自慢げな顔をする。
ミイティアもメルディもその姿に呆れていた。
「兄様止めてください! こんな……こんなの卑怯過ぎです!」
「これが剣術だよ。まだまだ俺はミイティアに勝てそうだな。フッフッフッフ」
納得しないミイティアをなだめ、
「さて、次はメルディだね」
「え? いいのですか?」
「メルディの成長ぶりも見てみたいんだ。今度は虚を突いたりしないから、やってみない?」
「はい」
メルディは俺の前に立つが、やはりやり辛そうな顔をしている。
「メルディ。俺の体を触ってみて。筋肉の状態とか骨の強度とか確認してごらん」
「分かりました」
そう言うと、メルディは俺の体を丹念に確認する。
ミイティアが赤い顔をしながら、羨ましそうな顔でその姿を見詰めている。
メルディが体の確認を終えた。
「どうだい? 筋肉はないけど、骨格はとりあえず大丈夫そうだった?」
「ハッキリとは分かりません。簡単に折れてしまいそうです」
「なら、それを考慮して力を使えばいいんじゃない?」
「難しいですわ」
俺は少し悩んだ後、メルディの左腕の手首辺りを掴んだ。
メルディは少し戸惑ったが、気持ちを入れ替えたみたいだ。
右手で俺の右手甲を上から掴み、右手と左手で俺の右手を挟み込むように右回転で捻る。
関節が極まり出すと、俺の右手の掴み掛りが外れる。
自由になった左手を右手に添え、腰を引いて、お辞儀をするように下に捻り込む。
腕の関節が極まり、激痛に耐えきれず俺は地面に転がる。
いわゆる小手返しという技からの連携技である。
「痛たたた!」
「大丈夫でございますか?」
「いい感じだね。親指の使い方にもっと注意して、もう少し大きい動きで捻り込むようにすると完璧かな。こういう感じね」
「イタタタ。痛いです……はぁ、奥が深いです」
「こういうのはやって覚えるしかないよ。次いくね」
「はい」
そう言って、メルディの首を後ろから絞める。
俺の右腕が首を回し込むように絡め付け、左手で右手をガッチリ固めている。
後ろから暴漢が首を締め上げてきた状態。と言えばイメージしやすいだろうか?
メルディは左手で俺の右腕手首を掴み、右手で俺の右腕肘を上に押し上げる。
肘を上に押し上げる事で隙間ができ、その隙間から体を潜り込むように左回りで抜け出す。
左手で俺の右手手首を更に右回転で捻り込み、右手で俺の右腕肘を抑え込む。
またもや腕の関節が極まり、俺は地面に転がる。
これも小手返しの一種である。
「あたたたた! 参った! ……ふぅ。こっちは完璧だね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、次だ」
そう言って、最初にやったのと同じく、彼女の左腕手首辺りを右手で握る。
メルディが右手を使って、俺の右手甲を掴んだ瞬間、俺はお辞儀をするように体を前のめりにする。
すると、メルディが上体を崩し、ふらつく。
その反動を利用し、体を右回りに捻り、右腕を引くように下に持っていき、同時に右手を捻り込む。
最後に左手で軽く肩を押し込むと、メルディが簡単に転ぶ。
この技も基本的には小手返しだ。
ポイントはお辞儀のような動作と小手返しなのだが、合気の初歩的な技だ。
相手の力を利用し、転ばせる方向に体を誘導する技なのである。
この対応には、メルディもミイティアも驚いている。
「今のは……?」
「合気の返し技だよ。基本はさっきメルディがやってた小手返し」
「なるほど……さすがマサユキ様ですね」
「たぶん完成度で言えば、この力の入らない体だからこそできる流れだと思う。俺の祖父がよく使ってた技かな」
「さすがでございます」
「メルディは武器を持った相手への対処はどうするの?」
「……私は弱いので、逃げる事になると思います」
「それでいいと思うよ。不利な状況で戦うのは得策じゃないね。この技の基本は、相手に勝つ事じゃないからね。非力さを補う技だから、慢心しない事が大事だよ」
「はい。まだまだ修行が必要そうです」
「俺もまだまだ修行中の身だよ。一緒に頑張ろうね」
「はい」
ミイティアが不満そうにやってくる。
「姉様ばかりズルイです!」
「私はまだまだやれますわ」
「私もです!」
「まぁまぁ、そんなに言われても俺がもたないよ」
その言葉に、2人とも自分の言動に反省する。
俺は考える。
ミイティアの剣術はそこそこ強いと思う。
メルディの合気も形になっている。
4年間、死に物狂いで頑張ったのだろう。
そして4年も待ち続け、やっと俺と出会えた。
俺はその苦労を、単に自慢げに踏みにじってはいないだろうか?
だが、武術において考えれば、俺は彼女達の目標であり、師に当たる存在だ。
自分で師と言い張るのはどうかと思うが・・・。
いかんいかん。また考え過ぎだ。
シンプルにいこう。
「俺ももうちょっとやりたいかな。久しぶりの再会だし、もっと実力を見てみたいんだ」
この答えに2人は喜ぶ。
そして俺達は、しばらく訓練を続けた。
◇
「ふああああ。疲れたぁ」
「兄様、頑張り過ぎです!」
「そうです。もっと体を労わってください」
「いやぁ、いい運動になったよ。2人とも付き合ってくれてありがとうね」
「ありがとうございました」
「マサユキ様。ありがとうございました」
2人は深く頭を下げた。
なんか新鮮な気分だ。
俺には弟弟子はいたけど、教える立場ではなかった。
俺より筋がいい人が多かったし、こういう風にお礼を述べられるのは新鮮だ。悪くない。
ゴロンと草原に寝転がる。
日は高くなり、まだまだ昼には早いが……暑い。
なんかこう……グイッと行きたい気分だ。
そろそろ酒を飲める年頃のはずだし、親方さんとまた騒ぎながら飲みたいな。
「そろそろ2人は自分の仕事に戻りなよ。俺はしばらく休んでいるよ」
「えー! 私はもっと兄様と居たいわ」
「私もです」
「洗濯もあるし、授業もあるんじゃない?」
2人は「あっ!」と声を出し、硬直している。
自分の仕事を思い出したようだ。
「さあ、行った行った!」
俺は腕を軽くブラブラさせながら二人を追い立てる。
2人は渋々それぞれの仕事に向かう。
俺は静かになった草原で、しばらく寝る事にした。
魔獣に会ったら……たぶん確実に死ぬが。まぁ大丈夫だろう。
そして目を閉じ、しばしの眠りに就く。
◇
何やら周りが騒がしい。
ゆっくり目を開けると、周りには人だかりだ。
「うお?!」
ビックリして、体をビク付かせる。
子供達が集まっていた。
みんなな口ぐちに声を掛けてくる。
「校長先生? 何してるの?」
「昼寝……かな?」
みんな笑い出す。
「まだ朝よ? お昼寝には早いわ。フフフフ」
「みんな授業だろ? こんな所で油売ってていいのかい?」
やっぱりみんな笑い出す。
「校長先生。ここでやるんですよ」
「はいぃ?」
起き上がり、周りを見渡す。
近くに机と椅子が置かれている。
そうか、ここでやっているのか。
「悪かった。邪魔だったな。ところで今日は何の授業だい?」
「えーっと、ラミエール先生の治療の授業です」
「ほー、ラミエールの授業か。治療を教えるとは将来は医者にでもなりそうだな」
みんな笑う。
「校長先生。もうラミエール先生は医者ですよ。みんな病気とかしたら、ラミエール先生に診てもらってます」
「……へー」
パン!パン! と手を叩く音がする。
音の方向を見ると、ラミエールがいた。
「皆さん始めますわよ! マサユキさん。そんな所で寝てないでくださいな」
「邪魔したね。授業をちょっと見ていってもいいかい?」
「ええ。構いませんけど……」
とりあえず、授業風景だけは見てみたい。
ところで……ガルアは?
あいつは何やってんだ? 家の仕事だろうか?
子供達が俺のために、大きな背もたれのある椅子を持って来てくれた。
有難く座る。
授業は俺の想像を超えていた。
なんと言ってもやる気に満ちている。
熱心に授業を受けている生徒達の目が輝いている。
こんなやる気に満ちた授業風景は、日本ではほとんど見られないだろう。
ラミエールの授業は、とても興味深く実に面白い。
実践的で実際的な授業である。
今日は、薬学と軽傷の治療の実習らしい。
教え方もうまい。
実物の薬草を見せ、群生地や見分け方、効能や薬の作り方を教える。
更に用意した薬草を使って、実際に薬を作り上げる実習もやる。
実に本格的な授業だ。
授業には興味はあるのだが、さっきの訓練の疲れなのか……いつの間にか眠ってしまった。
◇
次、目を覚ますと、目の前で木剣を振るう子供達がいた。
みんな一振り一振り気合いの篭った元気良い掛け声を出し、木剣を振っている。
この授業もなかなか実践的な授業だ。
講師には、ミイティアとガルアが指導をしている。
2人とも、なかなかいい先生っぷりだ。
俺も体を動かすかな?
立ち上がり、準備運動を始める。
ゆっくり筋肉を伸ばすように柔軟運動を続ける。
無駄な筋肉がないためか、思いのほか柔軟に体が動かせる。
これは計画的に体を鍛えた方が良さそうだな。
俺が柔軟体操を始めたのを見て、ガルアが俺が側に寄ってくる。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「ああ。鈍った体は動かさないと、筋肉は付かないからな」
「今の俺なら、お前を倒せると思うぜ」
「お! 強気だな? だがそれは事実だ」
「なんだよ? 調子狂うぜ……」
「そう言えば、その剣、買ったの?」
「ああ。メルディ姉さんが金を出してくれて、親方に最高の1本を作ってもらったんだ」
「ほー……俺には持てない代物だな」
「ハッハッハッハ! そりゃーそうだ! こいつは特注品だしな。今のお前なら潰れちまうぜ」
「ハハハハ。違いない」
朝の授業を思い出し、ガルアに疑問を投げ掛ける。
「ところでガルア。今朝授業に出てなかったけど、仕事だったのか?」
「ああそうだな。家の仕事を手伝って、近くの森を巡回して、風呂に入ってから来たぜ」
「お! お前の家にも風呂が出来たのか?」
「おうよ! あれはいいな。親父が絶賛するからよ、俺も入ってみたらハマっちまったぜ。毎日ここに来る前に入ってるぜ」
「それはいいな。石鹸の話とかも分かるか?」
「んー……分かんねーな。親方にでも聞いてみたらどうだ?」
「なるほど……そうだな」
そういや、親方さんに会いに行かなきゃな。
石鹸の詳しい話は、親方さんの方がよく知ってそうだし……。あとで行くか。
そう言えば、メルディはどこに行ったんだろ?
ガルアにメルディを探しに行くと伝え、ガルアは授業に戻る。
◇
俺はメルディを探しまわった。
家中探したが……どこにもいない。
リーアさんもいなかった。
「ほんと……どこ行ったんだろ?」
仕方ないので自室に戻る。
俺の部屋は前と比べ、すごく片付いている。
クローゼットを調べる。
「ない……」
剣がない。
いつもここに置いているから、メルディも知ってるはずなんだが……。
まぁ……親方さんが鍛え直しているとか、何か理由があって持って行ったんだろう。
高価な借り物だしね。
クローゼットを閉め、本棚を調べる。
とても使い古された本ばかりだ。
一つ取り出し中を見てみる。
これは薬学の本か。なるほど詳しく書いてある。
ページを捲り、本を読み進める。
「あれ? ……読める?」
訳が解らない。
語学の授業は途中だったはずだ。俺がこんなに本が読めるわけがない。
また能力が付いたのか?
いや……この本……読んだ事がある気がする。
他の本も確認してみる。
やはり……内容を覚えている。
正確には「思い出」に近い気がする。
ある程度読めば、中に書かれている内容が思い浮かぶのだ。
次に机に置かれた書類を手に取る。
椅子に座り、1枚ずつ読む。
なんとなく覚えがある。
本と同じように書かれている事が大体分かる。
驚く事は、印が入っている理由やコメントを付けた経緯まで分かる事だ。
理由は分からないが……本が読める事は嬉しい。
暇な時間で読んでみる事にしよう。
そういえば……。
昨日目覚めてから、今までの事を思い出す。
まさかな……いや。可能性はある。
しばらく考え込んで、情報を整理する。
◇
この線なら大体理屈は通るな。
となると……いや、あとで考えよう。
俺は部屋を出る。
途中、メルディの部屋の方が気になった。
だが、開けるのは止めておこう。
とりあえずは、親方さんに聞けば分かる。
1階に降り、外に出る。
ガルアが子供達に剣術の訓練を指示している。
「やあ、ガルアちょっといいかい?」
「ああ」
「ちょっと工房に行きたいんだけど、護衛をお願いできるかな?」
「そうだな……」
少し考え込む。
「最近はこの辺に魔獣はいねえし、ミイティア達に任せても大丈夫だろう。だが念のためだ。お前を工房に届けたら一端こっちに帰るが、構わねえか?」
「構わないよ。帰りは工房の人に付き添いをお願いするよ」
「分かった。ちょっと待ってろ」
そう言って、ミイティア達を呼び付け、指示を出す。
なかなか堂に入ってるな。かっこいいぜ。
ミイティアが俺に駆け寄ってくる。
「兄様。ガルアの代わりに私が行きます!」
「久しぶりにガルアと話したいんだよ。今回はごめんね。頼むよ。お願い、ね」
「むー。次は私が行きますからね!」
「分かった。その時はお願いするよ」
ミイティアはとりあえず納得してくれた。
子供達に見送られ、俺とガルアは工房に向かう。
◇
無言で歩き続ける。
途中、何度も俺がバテてしまい、休み休みだが工房に向かう。
家と工房の中間地点を過ぎた辺りに差し掛かる。
そう言えば……前にここで魔獣に襲われたんだったな。
「なあ、ガルア」
「ああ」
「魔獣がこの辺りにいないとは言っていたけど、本当なの?」
「ああ間違いない。この辺は大体見回っているからな」
「随分遠くまで来ているんだね?」
「……あの一件でメルディ姉さんが怪我しちまったしな……」
「ねえ、ガルア……」
「ああ……」
「村の事は俺に任せておけ。必ずなんとかしてやるよ」
「…………」
俺の謎の問い掛けに、ガルアは何も言わなかった。
俺はある重大な疑問を感じている。それをこれからハッキリさせる。
そのために工房に向かうのだ。
さーって、親方さんがどういう反応をするか楽しみだ。