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第19話 眠りから覚めて

 メルディの温かさが心地いい。

 押し付けられる膨らみが、以前よりも大きく弾力があるように感じる。

 体のラインもクッキリとしている。

 身長は俺が追い抜いてしまったが、彼女も少しは成長したのだろう。

 ハッキリと言えるのは……もう俺は『12歳の体ではない』ということだ。


 身長は高校に入ってから急激に身長が伸びた記憶がある。

 それでも1~2年掛けてゆっくりと伸びていた。

 身長を測定してみないと正確には分からないが、大体16歳か17歳前後まで成長したようだ。


 俺の感覚で言えば、『寝て起きた』だけだ。

 自身の変化もそうだが、メルディの変化や部屋の状況にも戸惑ってしまう。

 随分リアルな夢を見ているだけ……と錯覚してしまう程だ。

 しかし俺は……異様に落ち着いている。

 不思議なくらい冷静にこの状況を受け入れているのだ。

 その一番の理由は……メルディの元気な姿だ。


 俺が16~17歳だとすると、4~5年は経過したのだろうか?

 ということは、メルディは19歳ぐらいか……。

 もう結婚適齢期だな。

 俺がグズグズしている訳にはいかない気がしてくる。


 体の成長とメルディの反応から考えると、『タイムトラベル』みたいなことはないだろう。

 こっちの世界に来た直後のように、32歳から12歳頃へと変化した『若返り』の逆パターンの可能性はあるが……状況から考えて、その可能性はないと思う。

 シンプルに考えれば『長期休眠』の可能性が高そうだ。



 メルディを抱いていた腕の力を抜き、体をやさしく離し、彼女の顔を真っ直ぐに見る。

 涙を浮かべ、嬉しそうな顔をしている。

 顔立ちは以前よりハッキリし、美しい女性に成長していた。

 見ているだけでドキドキとしてしまう。


「メルディ……大丈夫かい?」

「はい。大丈夫です」

「怪我の方はどうなった?」

「とても綺麗に治りました。お見せ致します」


 彼女は背中を向け、恥じらいながら背中を肌蹴はだける。

 あの大きな傷口は……見当たらない。

 薄っすらと傷跡は残っているが……まったく気にならないほど完璧に治っていた。

 普通、ああいった大きな傷の縫合をすると周辺組織が盛り上がったり、縫合糸がハムを縛った糸のように残ってしまう。

 整形手術で縫合カ所を消したり、神掛かった技術の丁寧な縫合をしない限り、ここまで綺麗には治らない。

 ここまで綺麗に治るとは思ってもいなかったが、欲を言えば……もっと完璧に治してあげたかった。

 だが……元気に回復したメルディに再び会えたことが、何より嬉しい。


 懐かしさを感じるように彼女の傷跡に触れていると、メルディが小さく喘ぐ。

 敏感な部分に触れてしまったようだ、

 恥ずかしさを紛らわすように顔を反らし、服を着るようにうながす。

 こんな時に思うのもどうかと思うが……女性の服を脱ぐシーンと着るシーンは、男心をくすぐられる。

 美しく成長したメルディであれば、余計にそう思ってしまう。

 目を閉じ雑念を振り払い、焦らずゆっくり着替えを待つ。


「お待たせしました」

「ごめん……。完全に傷を治してあげられなかったみたいだ……」


 俺の言葉に何かを感じたのか、メルディが指を立て堂々と言い放つ。


「いいーのです! これはミイティアと子供たちを護った女の勲章です。お宝です。あげませんわよ!」

「……フ、フフフハハハハ! よく覚えていたね? そのセリフ」

「フフフフ。でもこれで、2度も命を救って頂きました。マサユキ様にはお礼のしようもありません」

「そんなことはないよ。お礼ならもう貰ったさ」


 堂々と言い放つ俺の台詞に、メルディはキョトンとしている。


「俺が眠っている間、ずっと俺のこと見守ってくれてたんでしょ? 十分恩返しになってるよ」

「……はい。マサユキ様もよく……ご無事に目を覚まされました……」


 メルディは再び大粒の涙を流し、泣き出してしまった。

 やはり俺の知っているメルディだ。

 彼女は涙を浮かべながらも、微笑ほほえんでくれる。


 俺はどれだけ彼女に迷惑を掛けたのだろう?

 きっと眠れなかった日も多かったはずだ。

 とてつもない長い時間、物言わぬ俺と向き合ってきたのだろう。

 この部屋を見れば……なんとなく想像はつく。

 きっと俺にはできないこと……。

 だからこそ、俺は彼女に感謝し、また出会えたことを喜ぶ。


「他にも色々聞きたいんけど……みんなに会いたいかな」

「ええ……分かりました」


 そう返事をするとメルディは涙を拭い、俺の体を支えてくれる。

 動きにくい体を支えられながら、ゆっくりと1階へ向かう。



 ◇



 1階に降りると、リーアさんが俺の姿に気付いた。

 手に持っていた鍋をガランと落とし、走ってきて抱き付く。

 リーアさんも大泣きだ。


「マサユキ! マサユキ! ……良かった! 本当に良かったわ!」


 そう言って、延々と泣き続けられた。


 空気を読まない俺の腹が「ぐぅぅぅ」っと鳴く。

 リーアさんはその音で落ち着いたのか、泣きながらも笑みを浮かべ、


「お腹すいたでしょ? 消化にいい物作るから待っておいで」


 そう言って、台所に向かっていく。


 俺は体を支えれながらソファーまで行き、ゆっくり腰掛け深々と座る。

 たったこれだけの距離を歩くのにも、ひと苦労だ。

 心配そうに俺を見守るメルディに「大丈夫だ」と伝え、リーアさんを手伝うように言う。

 メルディは渋々ながらもリーアさんの元に向かっていく。


 リビングを見渡すと……周りの変わりように違和感感じる。

 一気に時間を飛び越したからか、普段は気が付かない壁や床や天井などの劣化具合も分かる。

 それに色々と物が増えている。

 前は木窓だったが、今は窓ガラスがまっていて外の光が差し込んでいる。

 ソファーには細かい刺繍ししゅうの入ったクッションが置かれている。

 椅子も増えている。

 大人数の人が来るようになったのだろうか?


 ソファーに目を落とすと、僅かに黒ずんだ血の跡があった。

 それをゆっくり摩りながら、あの日を思い出す……。

 もうかすれてほとんど見えないが、時の長さと記憶の正しさを証明してくれている。


 耳を澄ませると、外の方から掛け声が聞こえる。

 子供の声のようだ。

 人数も多そうだ。

 その声に導かれるように重い体を引き起こし、足を引きずるように玄関から外に出る。



 ◇



 外は随分と様変さまがわりしていた。

 綺麗に整地され、花壇が作られている。

 花壇には季節の花やハーブなどが育てられている。

 洗濯されたシーツが知らない形の洗濯バサミで抑えられ、前に依頼した木製の物干しに衣類が干され、風でゆっくりなびいている。


 そして遠くでは、たくさんの子供たちが木剣を持ち、元気な掛け声で素振りをしている。

 子供たちの前に立ち指導しているのは……ガルアと……誰だ?

 銀髪の長い髪の綺麗な女の子だ。

 2人の指導はなかなか熱が入っていて、とても凛々しい。


 素振りをしていた一人の男の子が俺に気付いたようだ。

 素振りを止め、何かを呟いている。

 それに気付いた銀髪の女の子が俺の方を向く。

 しばらく立ちつくしていたと思ったら……すごい勢いで走ってきた。

 そして、飛び込むように俺に抱き付いてきた。


 勢いがあり過ぎたのか、その勢いで押し倒されてしまった。

 銀髪の女の子は俺に抱き付き胸に顔を埋め、ただただ泣きじゃくる。


 その女の子は、ミイティアだ。

 長く伸びた銀色の髪がとても美しい。

 手足はすらりと長く伸び、身長もずいぶん伸びたようだ。

 前から耳は長いと思っていたが、さらにハッキリと際立っている。

 まるでファンタジー小説に出てくるエルフのように、優雅さを兼ね備えた美しい女性に成長していた。


「兄様ー! 兄様ー!」


 ミイティアは何度も俺のことをそう呼び、俺の服をぐいぐいと引っ張り締め付ける。

 俺の体は、なんとかギリギリ動いている状態だ。

 ミイティアの抱き付きが、プロレスラーでも相手しているかのような凶悪な締め付け攻撃となっている。

 痛みに耐え、なんとか平静を保ちながらも優しく声を掛ける。


「ミイティア痛いよ。手加減してくれないと俺が壊れちゃうよ?」


 その言葉でやっと力を緩めてくれた。

 ミイティアに手伝ってもらい体を起こす。

 周りを見ると、たくさんの子供たちに囲まれていた。


 ガルアは一目で分かった。

 というより、あんな大きな剣を担いで、金色の髪をなびかせる男はそうはいない。

 彼とアンバーさんくらいだ。

 ガルアはニヤニヤしながらも満足げな顔だ。

 それにしてもすごい成長だ。

 身長もそうだが、筋肉の付き方が以前よりパワーアップしている。

 だが、見た目の反して発揮される異常なパワーは健在のようだ。

 常人では持ち上げることさえ難しそうな大きな剣を、軽々と肩に担いでいるからだ。


 近くに来たおかげで、剣の凄さも良く分かる。

 見た目からして、材質は鉄……いや、鋼鉄のようだ。

 大きさは大体2m半くらいか?

 厚みもあって、かなり重そうな剣だ。

 どう考えても、片手で持ち上げられる代物ではない。

 あの体付きで、あの大きな剣とか……規格外過ぎるだろ?


 それに……以前にも増してカッコイイというか……超イケメンだ。

 いい服でも着ていれば、王子様と勘違いされてもいいレベルと言う感じだ。

 くそっ! 羨ましい……。


 ミイティアは子供たちに見られていたことに気付いたのか、恥ずかしそうな顔をしている。


「ミイティア、おはよう。随分心配を掛けてしまったね」

「おはようございます。兄様。よく……ご無事で……」


 また泣き出してしまった。

 優しく髪を撫でる。

 ミイティアの言葉遣いは、年相応には成長したようだ。

 顔立ちもそうだが、体つきも魅力的な美しい女性に成長している。

 俺の知っているミイティアとは大きく変わってしまったが……もう今までと同じ、小さな妹としての付き合い方はできないだろう。


「ミイティア。すごく美人さんになったね。ここまでの美女に成長するとは、兄としても嬉しいよ」

「……ありがとうございます」

「ガルアもゴツくなったな! 超イケメンだ! まるで王子様みたいだよ」

「うるせえ! 美女を2人も独占しているお前には言われたくねーよ!」


 俺たちも子供たちも笑い出す。

 子供たちの中にはメーフィスやラミエールもいる。

 他にも一緒に勉強していた子供たちが凛々しく成長していた。


「やあ、メーフィス。ラミエール。メーフィスはなかなか男前になったね。ラミエールはお嬢さんと呼んだ方がいいのかな? 美人さんになって、俺もドキドキしちゃいそうだよ」

「そんなお世辞はいりませんわ。あまり言い過ぎますと、あなた様に惚れてしまいますわよ?」

「ラミエール、僕は構わないと思うよ。マサユキさんとご親戚になれるのは嬉しいからね」

「空気を読みなさいよ! この変人バカ兄貴!!」


 ラミエールが大声とともに、メーフィスを蹴り飛ばす。

 みんなも大笑いである。

 2人とも随分大人に成長したものだ。


 メーフィスは、自分の非力さを克服して体を鍛えたみたいだ。

 以前とは違い、健康的な体付きに成長している。

 授業では一番成績が良かったし、文武両道のすごい逸材に成長しているのだろうか?


 ラミエールは、以前は大人しい女の子だった。

 ほとんど会話はしなかったけど、草花が好きでとても詳しかった。

 今は前とは違い、肉体的にも精神的にも女性らしさが備わってきているようだ。

 会話から素直に感情表現ができる……ようになったのだろう。

 ちょっとサドチックだが……それが彼女の成長した証なのかもしれない。


「ねぇミイティア。ここにいるみんなを紹介してくれよ」

「はい。ここにいる子たちは学校の生徒です。みんな元気で熱心に勉強する子たちばかりです」

「ほほー。俺が寝ている間に、これだけの人数を教育するようになるとは……もう俺が授業できる立場ではなさそうだね」

「そんなことねーぞ。俺はまだお前に勝ってねーし。それに学校の資金だってお前から出ている。何悟ったみたいなこと言ってんだ?」

「俺の資金?」

「俺は詳しくは知らねえが、メルディ姉さんがそう言ってたぜ?」

「兄様……その話は姉様から聞いた方がいいかもしれません」

「そうか……。あとで聞いてみるよ」


 子供たちの顔を一人ずつ見た後、ミイティアに手伝ってもらい立ち上がる。

 胸に手を当て、軽くお辞儀をする。

 メルディの授業で習った作法だ。

 習っている途中で眠りに入ってしまったため、正直これで良いのか分からないが……せめて気持ちだけは込める。


「みんな初めまして。俺はマサユキだ。よろしく頼む」

「「よろしくお願いします! 校長先生!」」


 ……コウチョウ?

 俺が学校の資金を出していると言うし、なんか色々話が進んでいるな……まあいいけど。

 それにしても、みんな礼儀がしっかりできている。

 俺が一番ダメな気がする……。

 また、どんケツスタートか……。


 しばらくみんなと談笑していると、中からメルディが出てきた。

 そして、久しぶりとなる家族が揃った食事を取る。



 ◇



 外からは子供たちの元気な掛け声が聞こえる。

 俺は食事中なのだが……ミイティアとメルディの視線が痛い。

 俺の食べる姿をマジマジと見詰めているからだ。

 美女2人に眺められながらの食事は……息が詰まるし、食べ物が喉を通らない。


「あまり見詰めないでほしいな。食事が喉を通らないよ」

「気にされないでください」

「そうよ! 久しぶりに動いている兄様を見ているんですから、気にしないでください!」

「そうは言ってもなぁ……」


 俺が困り果てていると、リーアさんがニヤニヤした顔付きで追撃してくる。


「いいじゃない。両手に花よ。……いいえ! 美しい花ね! フフフフ」

「リーアさん、おちょくらないでくださいよぉ。俺にしたら、起きたら数年後コレなんですから」

「いいじゃない。2人とも美人になったでしょ? ミイティアも15歳になったし、2人揃ってお嫁さんにできるわよ。フフフフ」


 ミイティアは顔を赤くする。

 別にミイティアを無視するつもりはないが……


「ということは、4年は経過しているんですね?」


 と言うと、ミイティアが怒り出した。


「兄様!? 私のこと今スルーしましたよね? こんなに可愛い子を目の前に……」

「ま、待って待って! そうじゃないよ! 俺はこう見えても混乱してるんだ! 寝て起きたら4年後なんて……」

「いいえ! そんなことありません! 兄様はいーーーっつも、私を無視しようとしてます!」

「そんなことないよ。前は俺の話について行けないことが多かっただけだよ」

「そうですけど……」

「ミイティア安心していいわ。ミイティアはもう大人ですし、マサユキ様も結婚できる年齢です。2人一緒にめとって頂けばいいのですよ」

「そうですわね!」


 2人は勝手に盛り上がって笑っている。


「頼むから困らせないでおくれよぉ。結婚のことは慎重に考えたいけど、今は状況を――」

「兄様! それは私を無視する口実ではありませんか?」

「いやいや、違うって」


 俺はタジタジである。

 ミイティアの語学力がすごく上がって積極的に話せるようになったのはいいが……2人の強敵と会話しているようで……ちょっと疲れる。


「メルディ。とりあえず状況を説明して欲しい。できれば細かく説明してもらえるかな?」

「分かりました」

「兄様! 私の話も聞いてください!」


 こんなやり取りを繰り返しながら、俺は今までの経緯を教えてもらった。



 ◇



 ちょっと時間は掛かったが、大体話は把握した。


 要約すると、俺が眠りについて4年が経過していること。

 石鹸が王様に届けられ、大変気にいってもらえたこと。

 同封した書簡に書いたことを元に、貴族たちへの通達と、錬金術師たちの理解を得るために検証実験をしたこと。

 検証結果が出て石鹸の安全性が確認され、使用方法と注意が展開され、法律として徹底されたこと。

 さらには国を超え、隣国と不可侵条約を結ぶきっかけになったこと。

 工房や店舗で石鹸が販売され、一般の人でも使えるようになったこと。


 あの石鹸だけで、これだけスゴイことになったらしい……。

 石鹸の売り上げの一部が俺に支払われ、それを元手に学校を運営し、子供たちに教育と訓練をさせているらしい。

 国もこれに習い、国立の学校がいくつか建てられたそうだ。

 まさに青天の霹靂へきれきである。

 ここまで反響が大きくなるとは思ってもいなかったが、まさか……不可侵条約までねぇ。



 石鹸の反響はある程度予想していた。

 だからこそ、錬金術師たちに判断を任せた。

 俺がお願いしたことは、石鹸を錬金術師たちに試験させ、販売を公的に認めさせることだ。

 試験内容は「安全性の確認」「環境被害の測定と対策」など、実際的な検証だ。

 そして満足いく検証結果が得られれば、具体的な販売価格を決めさせる。

 更に販売の可否の判断も彼らに一任し、許可の有無に関わらず報奨金を支払う。


 他人に販売の可否まで判断させるのはやり過ぎだと思われるが、これには理由がある。

 作った石鹸は既存の石鹸の必要性を感じないほど、圧倒的な性能を有する。

 販売価格次第ではあるが、市場を独占してしまうことは間違いないだろう。

 それでは既存の石鹸を売って財源としていた錬金術師たちを敵に回してしまう。

 錬金術師たちだけならまだ良いが、その支援をしている貴族たちにも問題が波及する。


 売れば儲かる石鹸を大量に売らないのはなぜか?

 恐らくは錬金術師たちが結託して、流通量を制限しているからと思われる。

 その判断は実物を見て判断がついた。

 あんな物、普通に考えても金貨50枚もするわけがない。精々金貨1~2枚程度だ。

 それを金貨50枚で売っている状況は詐欺ではあるのだが、国家を支える錬金術師たちのためであり、多大な研究費を賄う方法。と考えれば一応の納得もいく。

 つまり、既存の石鹸は錬金術師たちのために『販売カルテル』が組まれていると考えた。


 カルテルとは、いわゆる『談合』のことである。

 錬金術師たちが結託し、販売価格と流通量を制限することで石鹸の価値を保っていた。

 仮に大量に売り始めると、内部で競争が起こり値段は下がる。

 これでは研究どころではない。

 少しの労力で最大の利益を狙う。そのためのカルテルだ。

 その市場に俺の石鹸を流せば、彼らの石鹸は売れなくなる。

 結果、反感を買うことは火を見るより明らかだ。

 そこで、こういう回りくどい提案をしていたのだ。



 それ以外にも理由もある。

 専門知識を持つ技術者に試験をさせることで、客観的で効果的な検証ができるからだ。

 うまく行けば、俺の石鹸が高値で売れる可能性もある。

 例えば、既存の石鹸が金貨50枚で、俺の石鹸が金貨100枚というような感じだ。

 流通量に制限は掛けられるだろうが、それでも俺はあまり苦労をせずに済むし、錬金術師たちにも都合が良い。

 提案自体彼らにも悪い話ではないし、報奨金狙いで検証にしてくれる者もいるかもしれない。

 ほとんど賭けだったのだが、そういう考えだったのだ。


 メルディの話では、ほとんどの錬金術師たちはかなり不満を漏らしていたらしい。

 それは当然だろう。

 カルテルを組む者としたら、俺は天敵を作り出した敵対勢力に過ぎない。

 しかし、結果として彼らには認められた。

 安全性は当然として、価格設定権や販売の可否の決定権を任せたことが功を奏したようだ。

 なぜか彼らも俺の石鹸を売り始めたらしいが……まぁいいだろう。

 俺としては国を支える錬金術師たちを無下には扱いたくなかったし、家族を守りたかった。

 単に最善と思う布石を打ったに過ぎないが……。

 まぁそこそこ、うまくいったんじゃないかな?



 石鹸の結果にも驚いたが、さらに驚いたのが『家に風呂が出来た』ことだ!

 親方さんに依頼した給湯機やポンプは4年前の時点でも形になってたし、時間の問題だとは思っていた。

 さすがに4年も経ってれば、出来てても当然だろう。

 どんな姿なんだろ? あとで見に行こう。


「メルディありがとう。大体分かったよ」

「はい。……ですが、寝ている間に色々としてしまいまして……」


 何をしたんだ? 俺は何をされたんだ?

 まさか、あーんなことや、こー……。


「マサユキ様。さっそく寝室に行かれますか?」

「兄様! 私にもご寵愛ちょうあいをください!」

「ハハハ、ナンノハナシダイ? オ、俺は、稼いだ金を断わりもしないで学校の運営費に使ったことかと思っただけだよ。ハハハハハ……」

「さすがでございます。見事私の考えを看破されていますね」

「そうかしら? さっきの顔はどう見ても……エッチなことを考えていた顔よ!」

「マサユキ様は順序を大切にされる方ですから、ミイティアもあまり責めないようにしましょうね」

「……はい。姉様」

「ハ、ハハハハ……」


 2人とも色々な意味でパワーアップしてる……。

 必要以上にスルースキルを要求されているようで……やっぱり、ちょっと疲れる。


「さて、噂の風呂にでも行きますか。2人も一緒に入る?」

「準備いたしますね」

「兄様。私も入ります!」

「おいおい、本気で捉えるなよ? これでも数年寝てたんだ。筋肉が衰えて体が動かしにくいんだよ。湯衣を着て手伝ってくれるなら一緒でも構わないよ」

「まったく兄様は……」

「コラ! ミイティア! 順序ですよ! 順序!」


 俺がどうして2人を風呂に誘ったかというと、単に体が動かしにくいから手伝ってもらいたいと言うこともあるが……どうせ見慣れているだろうという予測でもある。

 寝ていた間に何を喰っていたか分からないが、体を拭いたり排便の手伝いをしていたのだろう。

 今さら恥ずかしがっても遅い。

 要は、『心の問題』なのだ。


 そう言えば、ミイティアの反応は昔のメルディに似ている気がする。

 一応、一言釘を刺しておこう。



 ◇



 風呂にはやっと入れた。入るまでに色々苦労したが……。

 ミイティアが予想通り裸で入ろうとしてきて、メルディに叱られていた。

 こういう気遣いはすごく嬉しい。

 やっぱり、最高な女性だ。


 俺の体はかなり痩せ細っていた。

 気持ち悪いくらいガリガリで、体を動かすたびに痛みが走る。

 こんな状態で夜の営みは当然できないし、当分する気もない。

 それより……やはり風呂はいい物だ! 癒されるぅぅ。


 結構大きく出来てるし、浴室も湯船も全部木で出来ていて香りがとても良い。

 湯船はかんなで仕上げられており、直線的なラインは触り心地が良く、木目も綺麗に浮かび上がって美しい。

 かなり厚く頑丈に作ってあり、親方さんやダエルさんが入っても簡単には壊れなさそうだ。

 完成した日に親方さんも入ったらしいが、なかなか気にいったらしく工房にも作ったそうだ。


 この風呂は掛け流し式の風呂である。

 水は依頼していたポンプで小川から組み上げられ、一端水瓶みずがめに貯めた後、給湯機で熱しお湯として出てくる。

 排水もしっかり設計され、残り湯を外にある洗濯場に通してある。

 洗濯場には洗濯機が置かれ、これは手動だが石鹸を粉末状に砕いて使うことで効率良く洗い物ができるらしい。


 すべての排水は一カ所に集められ、最終処理施設に流れ込む。

 俺の提案が採用されたのであれば……大きく穴を掘り、周りを固め、底に大きな岩を並べ、上に木炭、石灰石、砂利などを地層のように並べ、可能な限りクリーンな最終処理施設となっているはずだ。

 木炭はある程度定期的に交換する必要があると思ったから、上層に多くしたと思うけど……どこまで実現されたのかは分からない。


「まぁこんなもんか……」


 風呂の考察を終え、ゆっくり湯に浮かぶように浸かる。

 体は芯まで温まり、木の香りでとてもリラックスする。


 そう言えば……石鹸の性能がかなり落ちていたな?

 それに石灰臭というか、余計な匂いが強かった。

 ストックはかなりの数を小屋に用意しておいたけど……4年も経てば、さすがに消化されたのだろう。

 どうやってここの石鹸を作ったかは気になるが……。まぁ、今はいいや。

 ボーっとしながら、ゆっくり浸かる。


「兄様。私も入っていいかしら?」


 声が足元の方から聞こえる。

 風呂場にミイティアが入ってきていたのだ。

 そして、顔が赤い……。

 たぶん……矮小な物が見えているからだろう……。


「そうだなぁ……。俺に悪戯しないことと、ちゃんと湯衣を着てるなら構わないよ」

「やったー! 姉様も入りましょ?」

「そうね」


 メルディもいたようだ。

 まぁ……どうにでもなれだ。

 この痩せ細った体なら2人にはどうやっても太刀打ちできないし、別に嫌じゃないし。


 2人が着替えている間、着替えや体を洗うシーンを見ないように目を瞑ってゆったりしていると……2人が血相を変えて掛け寄ってきた。


「マサユキ様! マサユキ様!」

「兄様! 目を開けて!」

「は、はいぃ?」

「え? ……あれ?」

「……良かったです。また長い眠りに入られたのかと思ってしまいました」

「ん? ……あ、ああ。ごめんね。風呂があまりにも気持ち良かったから、ゆったりしてただけだよ。それよりちゃんと湯布を着てね」


 二人とも赤い顔をしながら、急いで手で隠す。

 ちょっと見えた気もするけど……。うん……とても良かった。

 気を付けないと、また長い眠りに入ったのかと勘違いされそうだ。


 2人は湯布を着てくると、風呂場に入ってきて体を洗う。

 体を洗っている最中は、目をつむってなるべく見ないようにしている。

 でも……本能がそれを許さない。

 2人ともすごい美人だし、本能的に引き付けられてしまう。

 なるべく見ないように注意せねば……。



 2人は体を洗い終え、湯船に浸かる。

 普段はどの程度熱くしているか分からないが、2人はお湯の温度を気にしているようだ。

 この湯は結構ぬる目に設定にしてもらった。

 体への影響を考えたことでもあるが、長湯するためにぬる目にしてもらったのだ。


 3人で並んで湯船に浸かる。

 なんというか……男の夢が一つ叶った気がする。

 美女に囲まれ湯に浸かる。

 うん! 格別だ!


 湯船に浸かりながら、色々話をした。

 さすがに4年分もある話だ。

 全部をこの場で聞けるわけがない。

 長湯の影響か眠くなってきたので、ゆっくり体を慣らすようにお湯から上がり、その後ベットに戻り眠った。


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