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第17話 石鹸の価値

 工房はいつも通り……でもない気がする。

 何か少し忙しそうだ。

 何かあったのかな?

 まさかと思うが……俺が依頼した物を優先させて仕事が増えたりしてないだろうか?

 在り得る……。


 一抹いちまつの不安を抱きながら工房に入る。

 親方さんは……いつもの場所に居ないな。

 奥の休憩所に向かうが、やはり親方さんの姿はない。

 どこ行ったんだろうか?


 テーブルには大量の設計書が散らばっている。

 どうやら依頼した加工機械らしき図面が書かれている。

 ボーっと見てると、ビッケルさんがやってきた。

 俺の姿に気付くと慌てて棚に向かい、紙束とペンと定規を持ってきた。


「お待たせ。はいどーぞ」

「ビッケルさん……。俺を珍獣に輪を掛けたみたいに扱ってません? それに俺の手荷物を見て、それはないですよ」

「くふふふ。そんなことないよー! いつも必要になるしね」

「まぁ……そうですが……」

「ところで、その荷物はなんだい?」

「ええ、前に言っていた石鹸です。お引き渡しに来ました。こっちの布に包んだ物は工房への差し入れです」

「じゃあ、早速勘定しましょうか」


 そう言うと、ビッケルさんはテーブルの上の設計図を纏め、木箱を置くスペースを作る。

 ビッケルさんが数と中身を確認し、見積書を作成し始める。

 なかなかの手際に見惚れていると、親方さんが裏の勝手口から現れた。

 石鹸のいい匂いがする。

 リフレッシュのために顔でも洗っていたのだろうか?


「こんにちわ。親方さん」

「おう! ……坊主、わりい。お前の言ってた器械はまだ出来てねえんだわ」

「そんなに簡単に出来るとは思ってませんよ」

「いやあ……どうにもうまく行かなくてよ」

「何か問題でもあったんですか?」

「ああ。管を削る機械は出来たんだが、どうにも管がガタついてうまく填まらねえ。どうも溝を彫る速度が微妙に違うらしい」

「それって、1つの機械で両方やればいいんじゃないですか?」

「どういうことだ?」

「えっと……」


 ビッケルさんが用意した道具が……まさかというよりやっぱりの展開で役に立つ。

 チラっと見ると、ビッケルさんはニヤついている。

 気にせず図面に筆を走らせる。


「こういうことですよ」


 図面を受け取った親方さんは、一目見て理解したようだ。


「なるほどな! 先端を付け変えて、1つの機械で内側と外側を削ればいいのか。これならうまく行きそうだな」

「良かったです。僅かながらでも助けになって」


 親方さんは嬉しそうに俺の頭をゴリゴリ撫でる。

 そこにビッケルさんが親方さんに見積書を渡し、何やらごゴニョゴニョ話し、2人してこっちを見てきた。

 2人とも……顔が異様にニヤけている。


「坊主。知らねえと思うから聞くけどよ。石鹸1個でいくらだと思うよ?」

「えーっと、手のひらサイズ1個で金貨1枚として、1本から10個の石鹸が作れたとして、1箱金貨10枚ですね。なかなかの大取引だと思いますよ」


 2人は……妙に静かである。

 そして体を捻じ曲げ、腹を抱えて大声で笑い出した。


「グヒッ! ガハハハハハ! 坊主……グヒ。おまえ世間知らずもいいところだぜ! グヒヒヒ」

「親方、そうですよね! フヒヒヒ! 分かっていましたけどフヒ! やっぱりの反応です。グヒャヒャヒャヒャ!」


 訳が分からない。

 確かに石鹸1本で金貨10枚は大金だと思うが……高すぎたのか?

 親方さんは見積書を渡してくる。

 内容を確認してみると……ゼロが多い。計算ミスか?

 そこには、金貨1000枚と書かれている。


「……1000?」


 慌てて、内訳を見てみる。

 1箱金貨:100枚

 何度か計算し直したのか、100という数字にグリグリと丸が付けられている。

 1本金貨100枚……10倍……。

 つまり……3億。


 俺の頭は完全に思考停止である。

 アングリと口を開け、目はどこか遠くを見つめて、体は微動だにしない。

 その姿を見て、2人はさらに大笑いを続けている。


「お、親方……さん。こんなのおかし過ぎですよ」


 脱力したまま、適当に返事した。

 親方さんはなんとか笑いを堪えて語る。


「坊主。ちなみにこれは、最低価格だ」

「はあああああああああああ!?」

「ウヒヒヒヒ、ウヒ! 親方ー! ハアハア、面白過ぎですよー! 珍獣ですよ! 珍獣! ウヒヒヒヒ」


 ビッケルさんの様子がおかしい。

 だが、どうでもいい。


「ちょ、ちょっと待ってください。これ本気ですか?」

「ああ」

「そうだよ」


 俺は冷静を取り戻すべく、目を閉じ深呼吸をする。

 そして再び、明細書を確認する。

 やはり、金貨1000枚だ。


 俺は、この世界での貨幣価値がイマイチ分かっていない。

 なので、具体的に考える。

 仮に金貨1枚で1人の兵士を雇えるとして、1000人か。

 だが、アンバーさんの家では一月ひとつき金貨2枚くらいと言っていた。

 だから金貨2枚×12ヶ月で、1人頭金貨24枚で雇える。

 計算のために20枚として、つまり……大体50人くらいを雇えるってことだ。


 なんだ……大した事ない気がする。

 俺の頭がおかしいのか?

 いや、俺のやってたオンラインゲームだと、ギルドは100人超えてたし、サーバー全体で考えれば1%にも満たないはずだ。

 サーバー全体の人数なんて数万人はいるとしても、うちのギルドが特別人数が多いわけではなかったはずだ。

 一般的な生活費の基準が分からないから判断には困るが……。

 この例えなら大した数字には思えない。

 仮にアンバーさんの基準が違っていたとしても、誤差は100人以内だろう。

 それにしても、僅か数日で年間50人程度雇えるってのは……どうなんだろうか?

 中小企業並ってことか?


 買い手も限られるだろうし、多くても年100本くらいだろうか?

 それなら今回の10倍だから、兵士500人~1000人程度か。

 1000人ってのは人数としては多いとは思うけど、戦争をする規模としたら微々たるものだろう。


 考えていたら、冷静になれた気がする。


「親方さん。頭を冷やして考えましたけど、大した数字じゃないですね」


 2人とも笑うのを止めて、固まっている。


「マサユキ……。どうしてそう思うのかい?」

「えーっと、アンバーさんの話では月金貨2枚で4人くらい生活ができるって聞いてまして。確かに1人で受け取る額としては膨大ですけど、兵士を雇うとしたら1人金貨2枚で50人くらいしか雇えませんよ?」

「坊主。兵士って……そりゃー。確かにそうだけどよ。アンバーのやつは金銭感覚おかしいからよ。金貨1枚もあれば生活できると思うぞ」

「ええ。それも考慮しましたが、それでも兵士100人程度ですよね? 買い手がどの程度付くか分かりませんが、年間100本売り出したとしても1000人程度ですよ?」

「坊主……。お前、王にでもなりたいのか?」

「いえ、全然」

「ワシはお前の考え方についていけねえわ」

「僕もです」


 2人は困ってしまった。

 さっきまで大笑いしていたのに、急に周りが静かになって変な気分だ。


「思ったんですが、これ売れませんね」

「……どうしてだ?」

「石鹸はすでに僅かながら市場に出回ってますよね。主に錬金術師たちが売っていると思いますが」

「そうだな」

「問題は既存の石鹸より高性能な石鹸を、仮に同じ大きさで同じ価格で売るとします。すると既存の石鹸の価値はなくなり、錬金術師たちの収入源が断たれます。それに買い手は主に宮廷と貴族様たちになりますよね? そんなに数はいないと思いますし、この石鹸が市場を独占してしまいます。これも錬金術師たちの反感を買うでしょう。そうなると反動分子が出てきて、ここを権力で制圧したり特別な関税を付けられたりして、売る手段そのものを断たれます。仮に売れたとしても反響が大きく、重税の元になったりしませんか?」

「ふむ……」

「難しい考え方だね。とても子供とは思えない発想だ」


 2人とも俺の突飛な考えに静かになってしまった。


「提案ですが、これを王様への献上品にしてはどうでしょうか?」

「王への献上品か……。その理由も聞かせてくれ」

「王様がどんな方かは知りませんが、王様にこの石鹸を庇護ひごしてもらえるように便宜を図れればと思っています。そうすればここへの被害もありませんし、貴族様方への周知もし易いと思いますし、錬金術師たちとの折衝役にもなるでしょう。既存の石鹸より高性能だとは思いますが、俺は大儲けするつもりはなくて、ある程度の収入と安定さえ確約されれば満足です」

「王は卑怯なことをする人じゃねえぞ。ワシが兵士だった時もよく話をしたものだ。あの人なら坊主の意図を汲み取ってくれるはずだ」


 すごいな。さすが親方さんだ。

 王様を「あの人」と言い切るけど、「あの方」くらいで言うべきな気がする。


「そうと決まれば、献上の準備だ!」

「できれば、使い方と注意点を添えた説明書と、俺の考えを書いた手紙を添えたいのですが構いませんか?」

「構わねえよ。坊主、書けるか?」

「いえ、まだ勉強中でして……」

「なら、ビッケル。お前が代筆してやれ」

「僕がですか!?」

「おめえ、いつも書いているじゃねえか。できるだろが?」

「いやいやいや。さすがに国王陛下への書簡は書けませんよ。親方が書いてくださいよ」

「うーむ……。ワシが文面を考える。お前が書け!」

「そんなぁ……」


 半ば無理やりだが、親方さんはビッケルさんに手紙を書かせることになった。

 俺も丁寧な言葉を選んで、書いてもらうことになった。


 さて、本当にうまく行くのだろうか?



 ◇



 王様への書簡を書き終えた。

 あとは石鹸と書簡を移送するだけなのだが、献上品は普通の商人では送れないらしい。

 なんでも、王家と直接取引のある商人でなければ、受け取ってすらもらえないらしい。

 親方さんは「あの人」というくらいだ。

 親方さんの威厳でどうとでもなるかとも思っていたが、正規のルートの方が護送や中抜き防止など安全性が高いのと、余計なトラブルを生まないという理由でそうなっているらしい。

 今度、その商人が来た時に送るということになった。


 あと、差し入れで渡した石鹸は結局買取となった。

 親方さんは、


「坊主が言い出したんだろ? 『相応の仕事には相応の報酬』ってよ。だから、金を受け取れ」


 と言うのだ。

 俺は村人割引の話をするが、今回の書簡に王様に石鹸の値段を決めて貰うことにしてしまったため、それが決まらない内は村人割引もくそもないと言われてしまった。

 それでも俺は食い下がり、なんとか俺が見積もった石鹸1本を金貨10枚という値段で、金貨20枚を受け取ることになる。

 かんなの分け前も渡すというが、アンバーさんへの支払いもまだだそうで、〆の清算で算出することになった。


 あれ? 何か忘れてないか?

 よーく思い出す。


「親方さん。カンナの刃の代金をお支払いします」

「カンナはアンバーの物だろ? 坊主が支払う必要はないと思うぞ」

「えーっと、ポンプと給湯機の代金は?」

「それは完成してからだろうが」

「う……。」


 何か忘れている気がするが思い出せない。

 思えばずっと依頼料は払っていなかったし、請求しても正確な数字が出なかった。

 恩ばかり受けて、そのくせ覚えていないとか……情けない。


「あっ! 剣の代金はいくらですか?」

「それは坊主にやったんだ。いらねえよ」

「親方さん。また同じセリフになりますよ」

「……聞いても後悔するなよ?」

「えっ? ……あ、はい」

「大体金貨5万枚ってところだ」

「…………」

「ほらやっぱりだ! 普通に上級ミスリルで作るより掛かっちまったからな。売るならもっと安いはずだぜ」

「……聞くんじゃなかった」

「だろ? 貰っとけ」

「それはできません」

「まぁ石鹸を売ればすぐだろ。それまで預けておくぜ」

「……はい」


 金貨5万枚とかって……俺に支払えるのか?


「それにしても金貨5万枚ですか……尋常じゃない価値ですね」

「原価の問題だな。下級ミスリルを大量に使っているのが原因だ。大きさは普通の剣より少し大きい程度だが、鉄製の普通の剣の2倍以上重い。坊主からしてみたら剣2~3本同時に振ってる感覚だろ?」

「ええ。俺の知ってる刀という剣の4~5倍は重いですね」

「刀ってのは知らねえが、重さは鉄の2倍強。鋼鉄と比べてもまだ重いぜ。だが、硬度だけは上級ミスリル並だ。使い勝手と重さが問題だからな。値段を付けるにしても金貨5万枚はしないと思うぜ。だが、それくらいはないと元が取れねえからな。買い手もつかんし売れんのだ」

「なるほど……納得の理由です。でも、使い手として手に余る代物のような気がします。それに値段も高いですしね」

「坊主。お前にとってそいつが過分だと思うなら返せばいい。だが、試しもしない内から決めつけるな。剣の価値を決めるのは材質や腕じゃねえ。要は使い手次第よ」

「……はい。この剣を使いきれるように頑張ってみます。それまでしばらくお借りします」

「うむ」

「ちなみにそいつに意匠を彫るとしたら、そうだなあ……。金貨5000枚ってところだろうかな? 普通は安い物で100枚くらいなんだが、そいつはかなり硬てえし、ミスリルの特性を考えねばならん。それに、どうせ彫るなら最高の物にしてえぜ。……だがな。魔法が発動しない可能性もある。坊主の特性と意匠が一致しねえと使えねえからだ。言っちゃ悪いがほとんど運だ」

「なるほど。意匠を彫るには特性の把握が重要ですね。それに、資金的にも剣の完成度的にもリスクがありますね」

「そうだ。そのためにも系統を正確に把握せねばならん。それさえ分かれば発動のし易さも変わってくるぜ」

「う~ん、夢が膨らみます!」

「ガッハッハッハッハ!」


 俺たちは笑い合った。

 剣はしばらく借りるということにして、魔法は今後の課題だな。

 魔法が本当に使えるか分からない。

 でも、夢が持てるというのは心躍る。


「そうだ。剣について聞きたかったことがあるんです」

「おう!」

「この前魔獣と戦闘をした時、剣に血が付きました。あとでダエルさんに聞いたら、普通はシミが残ると言ってました。これって、ミスリルの特性のひとつだったりするんですか?」

「ああそうだ。ミスリルってのは、材質から元々属性を持っているんだ。例えて言うなら……光? だろうか? 魔力ってのは表と裏。光と闇と分けられるらしい。ワシも詳しくは分からんのだが、昔知り合いの魔女が言っておったよ。そいつが言うには、魔獣は闇属性に当たるらしい。ミスリルが光属性としたなら、闇に光を当てるってことになる。打ち消されたんじゃねえか?」

「確かに理屈は通りますね。この剣は自ら光っていると思えるくらい美しいですものね」

「ああ。だが、しっかり手入れしねえとシミは付くと思うぜ。闇が強ければ光は飲み込まれる。いずれ変色して黒くなっていくはずだ。シミ程度ならワシにでもなんとかなるが、黒くなったらワシでもどうにもならねえ代物だ。黒い剣ってのは魔剣って呼ばれてて、何かしらの呪いがあるらしい。まあ……そう簡単に黒くなることはないな。坊主、しっかり手入れしろよ」

「はい! 大事に使わさせて頂きます」


 やはり、ミスリルには特性があった。

 俺の考えていた能力の根拠ではなかったらしい。

 根拠として強いのは石鹸だけだが、これは検証実験次第だな。

 でも、なんとなく期待が持てなくなってきた。

 材質には特性があるからな。

 やはり現世とこっちの世界とでは、物理法則? 科学的根拠? が違う気がする。

 まぁ、それもいずれ分かるだろう。


 そういえば、親方さんの斧は黒いけど……興味本位で聞かない方がいいかもしれない。

 鋼鉄製なら比較的黒いし、その関連かもしれない。

 いずれは聞いてみたいが、今はやめておこう。


 頭を切り替える。

 金貨20枚もあればアンバーさんへの支払いもできるし、余ったお金でメルディに服を買ってあげたりもできる。

 メルディには授業の先生をしてもらってるし、給料を支払わなければならない。

 授業は宮廷や貴族といった高貴な仕事らしいけど、親方さんの話を聞く限り月に金貨1枚くらいが妥当だろう。

 石鹸の販売で儲けはでるだろうが、まだ売れると決まったわけではない。

 数カ月は無収入はありえるから、金貨3枚は授業料として残すとして、残り金貨17枚。

 アンバーさんへの支払いが金貨5枚だっけ?

 よく覚えてないが小屋の建設まで考えると、金貨15枚は必要だろう。すると残りは2枚か……。

 メルディに服を買ってあげようと思ってたけど、ミイティアはねるだろうな。

 一緒に家族の分まで買うとしたら……金貨2枚では足りない気がする。

 治療道具も作りたいし……。

 でも、初任給は家族のために使いたい。

 しばらく考え込む。


 俺の姿を見たビッケルさんが紙とペンを渡してくる。

 また何か言い出すのだと思っているのだろうか?

 まぁ……今までの俺の姿を見てればそうも思うだろう。

 気にしない。気にしない。


 そうだ!


「親方さん。鏡ってありますか?」

「ああ、あるぜ。おい! ビッケル倉庫から持ってこい!」


 ビッケルさんは飛んでいく。

 しばらく経つと、大きな木箱を持って帰ってきた。

 木箱を開け、布に包まれた大きな物を取り出す。

 布を取ると、大きな姿見があった。


 近寄ってよく見てみる。

 材質は、枠が木製で鏡は金属製だ。

 鏡部分は鏡面加工で美しいが微妙に歪んだ場所もあり、ややぼやけても見える。

 現世の鏡と比べてもあまりいい品質とは言えない。

 例えるなら、高級車の鏡面仕上げされたボティーというべきか?

 綺麗には映るには映るが、欲しいと思えるほどの物じゃない。

 鏡部分に触れようと思った時、手を止めた。


 いけない! これは商品だ。

 買う気がないのにベタベタ触ってはいけない。


「親方さん。これ触っても大丈夫ですか?」

「ああ、構わねえよ。どうせ拭けばいいだけだしな」


 親方さんの許可をもらって、表面を指で触ってみる。

 とても滑らかに仕上げられているが、何かが違う気がする。


 そういえば昔、鏡を分解したことがあったな。

 プラスチック製の枠が折れて、それを繋ぐために一端外してた時、表面はガラスで出来ていた気がする。

 お風呂の鏡もよく曇っていたし、恐らくはガラスに薄い金属板を張り合わせていたのだろう。

 ちょっと気になって周りを見てみる。


 窓にはガラスがまっている。

 近づいて、目を凝らしてよく観察する。

 非常に透明だ。

 ガラス自体も薄い気がする。

 強度は分からないけど、比較的現世と同じ程度には出来ている気がする。

 これなら……。


「親方さん。ちなみにその鏡っていくらですか?」

「金貨10枚ってところだ。坊主の金なら出せるだろ?」

「もしかして、もっと小さいのがあったりするんですか?」

「そうだな。手鏡はあるな。持って来させようか?」

「いえ。それって、作りはその鏡と同じで、大きさが違うだけですよね?」

「そうだな」

「じゃあ、依頼をしたいのですが……」


 再びテーブルに戻り、紙に設計図を書く。

 それを親方さんに見せる。


「この鏡の改良版です。表面には窓に使っている薄いガラスを張り付けたいと思っています」

「おいおい、それで映りがよくなるのか?」

「そうですね。鏡とガラスを繋ぐ透明な接着剤……強力なノリが必要でしょうね」

「透明なノリか……」

「まぁそれは探してもらうとして、鏡面部分の金属を銀で作れますか?」

「ああ、出来るぞ。だが高くなるかもしれんぞ?」

「どうせなら最高の物を作りませんか? 銀は表面だけでもいいです。腐食しない金属を組み合わせてもいいですし、少し高いかもしれませんが、全面銀でもいいかもしれません。その辺はお任せします。それにこれは特に急ぎではありません。予算は足りないかもですが、初めて貰ったお金で家族に物を送りたいと思っただけです」

「そうか」

「これを金貨10枚くらい……で作ってもらいたいのですが。希望としては、大きさは手鏡より少し大きいくらいで、枠は木製で角度調節ができるのがいいですね」

「ふむ……。木製部分はアンバーに頼んだ方がいいな」

「予算的にはどうですか?」

「そのくらいの大きさなら、金貨10枚で出来るだろう。出来るまでには多少手間は掛かるがな」

「いつもご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」

「……ところでよ。これは女にやるのか? メルディがいただろ? あの娘とデキているのか?」

「い、いえいえ! 俺にはまだ結婚とかは早いですよ。まだ子供ですし……」

「フヒ! 坊主も隅に置けねえな? ガッハッハッハッハ!」

「マサユキ。君はやっぱりスゴイねぇ。あの冷静で、人を寄せ付けないメルディを手なずけるとは。さすが珍獣だ! 僕がいくらアプローチしても全く反応しなかったのになぁ……」

「まぁ……色々ありまして……」

「いいじゃねえか。いい嫁さんが出来たと思えばよ! ガッハッハッハッハ!」


 恥ずかしい……。

 色恋沙汰を他人に指摘されると、これほど恥ずかしいのか。

 今まで付き合った中で一番いい関係になっているから、余計に恥ずかしい。


 ちなみに金貨10枚と提案した理由は、アンバーさんにお願いする風呂場の小屋建設の費用を後回しにしたからだ。

 最悪小屋なしでもいいし、手作りで壁を作ればいいからね。

 話の方向性を変えよう。


「あ、あの。別件で更に依頼したいんですが……」

「おう! 今度はどんな贈り物だ! フヒ!」

「い、いえ! 違いますよ! 今度は俺個人のです! まったくもう!」

「ああ、わりいわりい。で、なんだ?」

「治療道具を作ってもらいたいんです」


 紙にサラサラと書いていく。


「こんな感じの小さなナイフと、小さな物を掴むハサミ。あと縫合用の針です。ナイフはメスと言って、肉体を切り開く道具です。細かい作業になるので、なるべく薄く、小さく、そして抜群の切れ味がほしいです。それにハサミはピンセットと言って、小さな破片を取ったり、縫合の時に針を掴んだりします。繊細な作業なので、小さな力で微妙な動きが実現できる精度がほしいです。先端部分はここにあるように何種類か用意してほしいですね。針は大きい物から小さいものまでありますが、細さが重要です。糸を通す穴も必要ですし、結構手間かもしれません。これは状況に寄って使い分けをしたいので、いくつか大きさを変えています」

「…………」

「難しそうですか?」

「そうだな……。作れなくもないが……必要性が分からねえ」

「世間知らずですみません。普通、怪我をした場合、どういった治療をするのでしょうか?」

「大体は薬を塗って終わりだな。針を使って縫うこともあるが、ここまでの道具は使わねえな。それに数は少ないが治療魔術を使える者がいれば魔法で直すだろうし、錬金術の秘薬で治すこともある」

「致命傷を負った場合どうされるのですか?」

「傷口に薬を塗って耐えるだけだろうな。傷口が大きい場合は死ぬだろうし、傷口が腐ってきたら腕を切り落としたりもする」

「ちょっとグロテスクですね。いえ! 酷い状況が目に浮かびます。俺はそういった危ない怪我も、できれば治したいと思っているんですよ」

「ほう! 治せるのか?」

「専門的な知識がいるので全部が全部ってわけじゃありませんが、深く大きな傷くらいなら治してみたいですね」

「ふむ……」

「マサユキは僕たちの考えの遥か先にいるねぇ。次元が違う気がするよ」

「そうでもないと思いますよ。的確な知識と対処方法。あとは、それを実現できる技術があれば、誰にでもできると思います」

「そいつはスゲえな。そんなことができる奴がいれば……助けられた命は多かっただろうに」


 親方さんは昔を思い出しているようだ。

 戦争や戦闘で仲間が傷ついたのだろうか?

 俺がいたとしても、その人たちを救えたかは分からない。

 でも、手をこまねいて見ていだけなのは、嫌だ!

 俺は手先が不器用だが、手先が器用で勤勉な人に知識を伝えて、医師を作り出せばいい。

 そうすれば、広く多くの人たちを救うすべとなるはずだ。

 そのためも俺自身が先駆けとなる必要はあるだろう。


「ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまったようで……」

「気にするな。そういうことはよくあるんだ。さて……そいつは急ぐんだろ?」

「ええ。できれば早めに準備したいと思っています。今は機械を作る作業もあるのに無理を言ってすみません」

「いいってことよ」

「お代は金貨2~3枚で収まりますか?」

「そうだな……。注文が注文だ。足りんと思うぞ? まあ、そいつは機械と同じだ。出来てから計算させるから気にするな。それに残った金は何かに使いたいんだろ? 取っとけ」

「いつもすみません。ありがとうございます」


 俺は金貨20枚から10枚を鏡の依頼に渡した。

 残りは金貨10枚。

 アンバーさんへの支払いが金貨7枚だとしても、3枚は残る。

 俺は簡単に挨拶を済ませ、アンバーさん宅に向かう。

 もう外は夕方になりつつある。

 俺は駆け足で先を急いだ。


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