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第14話 適正と才能

 初夏の風が温かい。

 今は日課の薪割りを終え、自室の机に向かい小難しい本を読書をしている。


 少しウトウトと眠気に揺さぶられるが、この原因は温かさ……いや、大半がこの本のせいだろう。

 最近はずっと、石鹸の開発やら風呂の設計やらで忙しく動きまわっていたこともあり、本を読む時間をあまり取れていなかった。

 というより……本を読むのが辛くて避けていた気もする。


 わずかに読むことのできる単語から、前後の文章を想像して読み進めているのが現状だ。

 口語は通じるのに文章がダメとか……、なんとも納得いかないチート能力だ。

 チートを認めたくはないが、口語が不自由なく使えることには感謝している。

 だが……もう少し便宜を図って欲しかった。


 まぁいい。無い物ねだりは時間のムダだ。

 それに地道に努力している方が俺らしい。


 本を読むのが辛いと思うのは、この文字が原因だ。

 日本語でいう50音ではないが、文字の種類が多いためだ。

 文法は日本語に近い。

 特殊な言い回しをされると何を表しているのか分からず、もうお手上げ。


 例えるなら、外国人が日本語を覚えているようなものだ。

 日本語はひらがな、カタカナ、漢字、熟語、時には英語も混ざったりして、かなり複雑だ。

 専門の教師が専門の教材を使って教えないと、学ぶのにも苦労する。

 日本で日本語が話せる外国人の人たちは、大変な苦労と努力をしてきたのだろう。

 今さらだが……とても尊敬する。

 電報みたいに簡単な文字で構成されてるなら、俺でも読めるとは思うのだが……。


「うーん。頭が痛い」


 本を机に放り投げ、ベットにゴロンと寝転がる。

 日差しが窓から差し込み、ポカポカと暖かく気持ちいい。

 眠ってしまいそうだ……。


 ダエルさんに言われたことを思い出す。


「たしか……分かる奴に聞けだっけ?」


 とは言うものの……仕事中のダエルさんには聞き辛いし、リーアさんもそうだろう。

 メルディはどうなんだろ?

 メルディとはよく話をするけど、本に関することは聞いてなかった。

 どうだっけな? よく思い出せない。


 しばらくブツブツ言ってると、ドアが「キィ」っと少し開き、止まったと思ったら勢いよくドアが開く。

 ミイティアが部屋に飛び込んできた。


「あっ! いた! お兄様、ご本を読んで!」

「ごめんな。俺本が読めないんだ。ミイティアは本を読めたりする?」

「ちょっとだけね」


 持っていた本を見せてもらう。

 文章は比較的簡単で内容は想像できる。

 でも、スラスラとは読めない。

 分からない文字を指差し聞いてみる。


「ミイティア。この文字、読めたりする?」


 自信なさそうに首を横に振る。

 やはり、ミイティアでは難しいか。

 絵本からでいいから本が読めるようになりたい。


「ミイティア。いつもは誰に本を読んでもらっているの?」

「お姉様よ」


 うお! メルディは読めるのか!

 この驚きをメルディに知られたら……なんとなく怒られそうな気もする。


「ねぇ、ミイティア。本を自分で読めるようになりたくない?」

「んーなりたいけど、私はお兄ちゃんと読みたいの」


 苦笑いである。


「仕方ない。メルディが忙しくない時にでもお願いしようか」

「マサユキ様? 何かお呼びになられましたか?」


 狙ったかのようなタイミングである。

 開けっぱなしのドアの前に、洗濯籠を持ったメルディがいた。


「あー丁度いい! メルディ、暇になった時でいいから文字を教えてもらえないかな?」

「はい。すぐに始めましょう」

「あぁいや! 今は洗濯中でしょ? 仕事が片付いてからお願いしたいんだ」

「そうですか……」


 ちょっと残念そうだ。


「じゃあ、俺も洗濯手伝うよ。ミイティアも一緒にやらない?」

「うん!」

「これは私の仕事です。お二方ふたかたに手伝って頂く仕事ではありません」

「3人でやれば早いんじゃない?」

「ですが……」

「じゃあ手伝うよ。ミイティアもお姉様を手伝おうね」

「うん!」


 やや無理やりにメルディを引っ張っていく。



 ◇



 洗濯は小川でやる。

 俺が大きな桶を抱え、メルディが洗濯物の入った洗濯籠を、ミイティアが石鹸の入った小さな桶を持っている。

 なんとも大荷物だが、普通は洗濯籠だけ持っていくらしい。


 小川に着くと、適当な広い場所に大きな桶を置く。

 そしてミイティアから小さな桶を受け取って、小川の水を汲む。

 思っていたより大変な作業だ。

 まぁこのくらい、トレーニングだと思えば大した事はない。


 しばらくすると、いい感じに水が溜まった。

 近くの倒木を引きずってきて、桶の近くに持ってくる。

 あと適当に座れそうな岩も転がっていたので、それも桶の近くに置く。

 2人を倒木に座らせ、シャツを1枚貰って水に浸ける。

 石鹸を押し当てるように少し塗り付け、布を擦り合わせるように「ゴシゴシ」と洗う。

 メルディもミイティアも不思議そうな顔をしている。


「あれ? メルディは石鹸での洗濯って、初めて?」

「はい。食器洗いと手洗いと洗顔、あとは水浴びで使いました。とても使い心地が良く、肌も髪もスベスベして気持ちがいいですね」


 そういえば、メルディの肌も髪もいつもよりつややかでとても綺麗だ。

 ミイティアは……昨日水浴びしてなかったのかな? あまり変化が見られない。

 やっぱり初夏とはいえ、水浴びは冷たいよね。


「なるほどね。肌も髪も、とても綺麗になっているね」

「はい。マサユキ様のお陰です」

「私も……お姉ちゃんみたいに綺麗になりたいなー」

「分かりました。ミイティアも綺麗に洗ってあげますわね」

「うん!」


 ミイティアは水浴びが楽しみなようで嬉しそうだ。

 メルディとミイティアに洗濯の仕方を教える。

 メルディはすぐにできるようになったけど、ミイティアは四苦八苦している。


 途中、女性物の下着が出てきてビックリする場面があったけど、下着は2人に任せて大物のシーツを頑張って洗濯した。

 やってみて分かったのだが、洗濯は結構重労働だ。

 こんな作業を毎日やってたのかと思うと、汚れ物をたくさん出して面倒を押しつけていたことに、今さらながら申し訳なく思ってしまう。

 洗濯機じゃないが、似たような装置を考えてみるのもいいだろう。

 いずれ設計してみるか。


「石鹸はすごいですね。汚れがみるみる取れていくのが分かりますわ」

「うん。俺は毎日こんな大変な洗濯をしていたメルディを尊敬するよ。冬とか大変そうだもの」

「そうですね。冬は手がかじかんで指先が痛くなることもあります」

「苦労させているね。俺なんて毎日泥だらけで帰ってくるから、洗い物が大変でしょうがないでしょ」

「大した事はございませんわ。マサユキ様の匂いを毎日嗅げて、幸せな気分に浸れますもの」

「じょ、冗談ですよね?」

「本当のことでございますよ。フフフフ」

「お姉ちゃん、ズルーイ!」

「いやいや止めてね。さすがに恥ずかしいから」


 そんな会話をしながら洗濯をしていると、あっという間に洗濯は終了した。

 洗濯物の汚れと石鹸で濁った水は草原に流した。


 別に川に流しても、比較的すぐに分解される代物だとは思う。

 でも、小川は飲料水としても使われる。

 どのくらいの効率で分解されるのか分からない状況な上、今後石鹸が普及した時に川の汚染に繋がって欲しくない。

 仕上げに小川で水洗いはするが、このくらいは仕方ないだろう。

 はやめに実験して確認しておく必要がありそうだ。


 作業を終え、来た時と同じように荷物を分担して帰る。

 家に着くと、ロープの物干しに洗濯物を干す。

 挟むだけの洗濯バサミを使うが、やはりこれは改善の余地ありだな。


 午前中の大仕事が終わり、昼食の準備までの時間でメルディに文字を教えてもらう。

 なぜか両脇に2人が座り、俺が挟まれる形で本を読みながら教えてもらう。

 不満はあるが……贅沢は言えない。

 ここはメルディ先生にご教授願うしかないのだ。


 本は絵本のような簡単な本から読むことになった。

 内容は在り来たりな童話だったが、絵と文章を一致させやすく、それほど苦労せず読み進められた。

 このくらいの本だとミイティアでも読めるようで、俺が一番読めていない。

 ミイティア先生。とでも、しばらく呼ぶことになりそうだ。

 お昼前になるとミイティアが少し眠そうな顔をしてきたので、その日の授業は終了となった。


 さて、このペースでいくと……俺はいつになったら本が読めるようになるのだろうか?



 ◇



 昼食後、腰に剣を下げ、残り少なくなった石鹸を2~3個布に包み、アンバーさんの所に行くことにした。

 トレーニングを兼ねて、ランニングで向かう。

 剣は重いので体のバランスを取るのが難しい。


 昨日、鞘の位置調整をした。

 引きずる感じだった鞘を少し傾け、角度を付けることで引きずらなく済むように調整した。


 今までは左手で添えるようにしてバランスを取っていたが、効率が悪いので鞘の角度を変えたのだ。

 だが、それでもまだ手を添えないとバランスを崩してしまう。

 いっそのこと背負うというのも手だが、抜くにも戻すにしても苦労する。

 失敗して肩からバッサリ。ってのも嫌だしね。

 やむなく腰に下げているのだが……まだまだ工夫が必要そうだ。



 アンバーさん宅が見えてきた。

 走るペースを落とし、ゆっくり呼吸を整える。

 ガルアに嫌みは言われたくないからである。


 そのまま家の裏手に向かうと、

 納屋の中に2人の男が作業しているのが見えた。


「こんにちわ」

「やあマサユキ。久しぶりだね。さっそく湯船の製作かい?」

「き、気が早いですね。そうですねぇ……。給湯機とポンプが軌道に乗りそうなので、再開してもいいかもしれません」

「おおお! さすがマサユキだね! 腕が鳴るよ!」

「と言っても、まだ工房に依頼したばかりなので、すぐには完成しませんよ。あちらが完成してからでもいいと思ってます。どうやら風呂場には大掛かりな土木工事も必要になりそうなんですよね」

「ふむ。なるほどねぇ。うちとしても、もう少し木を乾かせた方がいいしな。小屋の建設用の木材は準備できてるから、土木作業を手伝った方がいいかもね」

「そんな! 湯船製作でも結構な代物だと思うのに、土木作業までお願いするわけには……」

「どっちにしても小屋は建てるんでしょ? そういうのは想定の内さ」

「えーっと……分かりました。でも、普通の家を作るわけではないので、特に水捌みずはけに特化した建物になります。地面を整地して床下に砂利を敷き詰めたり、風呂場で使った水は溝を利用して一か所で処理したいんですよ。今度設計図を作って持ってきますね」

「そうだね。その方が分かり易いねぇ。さっそく作業に入ろうか?」

「それはしっかり設計図を作って、計画を立ててからにしましょう。今日は湯船の製作再開の話と、風呂場で使う道具もお願いしようと思ってきました。いずれお代はお支払いしますが、とりあえずコレはおすそ分けです」

「これはなんだい?」

「石鹸です。ご存じありませんか?」

「ほおおおおお! これが噂の石鹸か!」


 アンバーさんはしばらく興奮していた。

 落ち着いたところで石鹸の使い方と注意点をしっかり伝えた。

 家で一度失敗したからね。

 こういう配慮は先にしておくべきだ。


「なるほどねぇ。あとでうちのにも言っておくよ」

「数が少なくて申し訳ないです。また作って持ってきますので、遠慮せずに使ってください」

「そうかい? 高価な物って聞いてたけど、いいのかい?」

「はい。その内、年中使っても平気なくらい用意しますよ」

「ハハハハハ。それは贅沢だなぁ。マサユキの所の風呂場が出来たら、うちにも作りたいなぁ」

「そうですね。ここは水場が遠いので井戸を掘る必要がありそうですけど、いずれは作ってみたいですね」

「うむ!」


 アンバーさんも夢が膨らむ気分だろう。

 風呂が出来たら、どんなすごいコメントが出るのだろう?

 いつもみたいにガルアに長話を止められているイメージが浮かぶ。

 アンバーさんは笑いながらも、何かを思い出そうとしている。


「さっき、他にも依頼があるって言ってたよね?」

「ええ。風呂場で使う道具ですね。小さな椅子と持ち手が付いた桶ですね」


 身振り手振りと、そこら辺にあった桶を使ったりして具体的に説明する。


「そのくらいなら半日もあれば出来るね」

「さすがアンバーさんだ。あとは……こういうのも出来ます?」


 朝やっていた洗濯を思い出し、洗濯板と大きな桶を利用した洗濯機について語る。


「なるほど。それなら簡単だから、ガルアでもできそうだね。洗濯機……ってのは、本当にそんな物で洗い物が綺麗になるのかい?」

「課題は多いですね。綺麗に洗えることもそうですが、動力を人力にするなら女性にも扱いやすい物にする必要がありますからね。っと、思いつきで何も考えてない物の話をしてしまいました。ごめんなさい」

「いやいいよ。マサユキの話は、いつも聞いているだけで楽しい気分になるよ」

「フフフフ。調子に乗ったついでに聞いてもらってもいいですか?」

「おっ! 聞きたいな!」

「これくらいの板に、黒い塗料を塗った『黒板』ってご存知ですか?」

「黒板ねぇ? 塗料を塗るだけでいいのかい?」

「ええ。授業をするときに壁や木組みの足場に立て掛けて、イシバイで文字を書くんです」

「ほお! 授業ねぇ。もう宮廷とか貴族のやることだね」

「俺は宮廷や貴族は知りませんが、教養を学ぶことは可能性を広げられると思います。算術を覚えたり、本も読める人も増えるでしょう。最初はこの村の子供たちと勉強したい人で、小さな教室を作ろうと思っています。そうですね……ニヒ。ガルアもしごいてやろうかと。プププッ」

「おい黒髪! 聞こえてるぞ!」


 作業中のガルアが割り込んできた。


「やあガルア。これはお前のためでもあるんだぞ」

「ガラじゃねえよ」

「ハハハハ! ガルア。お前もマサユキに教われ。マサユキはお前の先生なんだろ?」

「うっ……」

「まあまあアンバーさん、その辺で。 授業はいずれやるにしても、黒板の製作でどれくらい費用が掛かりそうですか?」

「ああ。その程度なら金貨1枚もいらないかもな。カンナの依頼での儲けと、カンナで作った家具の予約が入って来ているしね。その程度の製作依頼は差し引いても、黒板が10枚は出来ると思うよ」

「あああ……いや! ちゃんとお金は支払いますよ。色々便宜してもらってるので申し訳ないです」

「そうだね。マサユキは口癖があるんだったね」

「はい。『相応の働きには相応の報酬』です。ああでも、この石鹸のお金頂きませんから。これはお礼ですよ」

「悪いね。仕事でお礼を返すことにするよ」

「はい。よろしくお願いします」


 アンバーさんは依頼の仕事で忙しいだろうから、話を適当に切り上げてガルアの元にいく。


「ガルア。前に依頼した洗濯バサミの製作はどうだい?」

「ああ」


 ガルアは棚にあった袋を持ってくる。


「これだ」

「ふむ……」


 袋の中から洗濯バサミを取り出し、丹念に確認する。

 挟む強さ、持ち易さ、大きさ。

 考えていたより完成度が高い。


「さすがガルアだね。この金属部分のしなりはなかなかだ。苦労するとは思っていたんだけど、いい具合だよ」

「ああ。それは工房に何度も通って作ってもらったやつだ。最初の頃は曲がって戻らなかったり、折れたりしてまるでダメだったぜ」

「だよね? 俺もそこを危惧してたんだ。でも、これはなかなかの出来だ。これなら市場に売り出しても、そこそこの値段で取引されるんじゃないかな?」

「そうなのか? 俺には判断つかねーぜ」

「俺も正確な値段までは出せないけど、少なくとも宮廷や貴族、商人とかのお金持ちなら間違いなく買うだろうね。お母さんに使ってもらえば実感沸くんじゃないか?」

「ふーむ……」

「俺にもいくつか譲ってくれよ。支払いは今度になるかもだけど」

「いや、全部持ってけ」

「全部って……お前の家で使う分はどうするんだよ?」

「それはまた作ればいいだけだじゃねえか。それに使い心地を聞くなら、身内よりお前たちの方がいいんじゃねえか?」

「……そうだね。ありがとう」


 ありがたく受け取り、洗濯バサミが入った袋を腰に下げる。


「そうだ。さっきアンバーさんに話していた『洗濯板』の話って聞いてた?」

「いや、説明してくれ」


 洗濯板について詳しく説明する。


「ああ。それなら簡単だ。今作るから待ってろ」


 ガルアは早速作業に入った。

 さすがガルアだ。

 なかなかの手際で、俺にはない才能を見せつけてくる。

 あっという間に板を削り、仕上げにカンナで丸みを出す。

 丁寧に出来を確認し、手渡してくる。


「ほらよ」

「おー! さすがガルアだ! もう一人前の木工職人だな!」

「この程度で一人前とかねえよ」


 ガルアは照れている。

 でも、想像以上のいい出来だと思う。

 あとはメルディに渡して、感想を聞くとしよう。


「ところでよ。なんだ、その腰の剣は?」

「ああ。親方さんから頂いたんだ。見てみるかい?」


 剣を鞘ごと渡す。

 ガルアは剣を鞘から抜くと、剣をまじまじと見詰める。

 そして、剣をブンブン振り回す。

 あの重い剣を……軽々とは……。

 さすが、タフネスガイ。


「これはいいな。そんなに重くねえのに切れ味が良さそうだ。それに綺麗な剣だ」


 それが重くないとか、どんだけ腕力に差があるんだ……。

 ガルアが剣を鞘に収め、俺に返す。


「ガルアは力がありそうだから、もっと大きな剣がいいかもね。親方さんみたいな大きな斧でもいいかも」

「親方の斧は見たことがないな。どんな奴だ?」

「あれは……親方さんより大きい斧だったな。昨日、帰りに魔獣に遭遇したんだけど、魔獣があっという間に薙ぎ払われたよ」

「魔獣か! そろそろ季節だもんな! 俺も父ちゃんと一緒に狩りに行ってみてえよ!」

「ガルア。魔獣は本気で怖かったぞ。あれは……死を覚悟する必要があるよ。俺はたまたま一撃で倒せたけど、もし外れていたら……今俺はここに居なかったと思う」

「なんだよ! もうお前魔獣倒したのかよ!? 俺もやりてえなぁ!」

「だから! 剣も使えないのに、その考えは絶対死ぬよ!」

「お、そうだ! 剣の練習の成果も見てくれよ。さすがに一人でやってたら、強くなったか分からねえわ」

「そうだね。相手するよ」


 ガルアは自分で作っただろう木剣を持つ。

 俺は適当な大きさの棒を掴み、表に出る。



 ◇



「よし、行くぞ!」


 ガルアが剣を振り回すように斬り掛かる。

 それを簡単にいなす。

 ガルアの剣は重いが、勢いを逃がす方向を考えればそれほど苦にならない。

 剣の軌道が読みやすく、狙いも雑だからだ。

 例え命中しても、人ならまだしも魔獣だとカスリもしないだろう。

 それに当たったとしても、致命傷にならないと余計に怒りを駈り立ててしまいそうな気がする。


 なんとなくガルアの剣に違和感を感じながら、剣をいなし続ける。

 もしかして……


「待った!」


 ガルアが止まる。


「もう諦めるのか?」

「いや、ガルア。その木剣、小さ過ぎないか?」

「そうだな。軽過ぎて、力が十分伝わっている気がしねえな」

「俺の想像だけど、ガルアは力があるから、数倍くらい大きい剣が合ってる気がする」

「なるほどな……」

「どうせなら、ギリギリ持てるくらいの大きさで作ってみたらどうだ? ガルアは正確に急所を狙うというより、一撃で相手をなぎ倒す方が向いてそうだよ」

「分かった。ちょっと作ってみるから待っててくれ」


 待つ時間がもったいないので、奥さんに石鹸の説明をする。

 その後、コップに水を貰い、草の上に座って対ガルア戦を想像する。

 どの程度大きな物を作ってくるか分からないが、戦い方は親方さんと同じ振り回しと薙ぎ払い、あとは斬り落としくらいか。

 突きもあるかもだが、間合いを測っておけば避けられるだろう。


 しばらくすると、ガルアが大きな丸太を持って出てきた。


「父ちゃんがこれがいいんだとよ」

「ん? 木剣にはしなかったのかい?」

「大き過ぎて持ち手が折れるって話だ。丁度いいのを作るまではこれが俺の武器だな」

「なるほどね。それにしても大きいね。それに重そうだ」

「お前が注文したんだろうが!」

「そうだった。ハハハ」

「さあ、始めようぜ!」


 アンバーさんは肩で納屋の入り口の柱にもたれ掛かり、俺たちを見守っている。

 位置について、お互い構えを取る。


 先に動いたのは、ガルアだ!

 さっきまでの攻撃とは違い、武器の威圧感がすごい!

 これは……受け流せない。

 「ブオン!」 と鳴り響く一撃をなんとか避ける。

 こ、えええ……。


 ガルアは手応えを感じたのか、勢いに乗ってくる。

 一撃一撃が重く、下手に当たりでもしたら骨折するだろう。

 冷静にガルアの動きを見極みきわめる。

 重い丸太に振り回され、次の攻撃に繋げるまでの動きが鈍い。そこが狙い目だ。


 ガルアは勢いを付け、丸太で薙ぎ払う。

 それに合わせて体を横にステップさせ、隙を付いて間合いを詰めると――胴に棒を寸止めする!

 ガルアは驚いている。

 そして……怒り狂い出した。


 即座に距離を取り、間合いを測る。

 怒りで丸太の勢いと重さは増しているが、隙が余計に大きくなっている。

 その隙を狙い、何度も打ち込みをする。

 もちろん、全部寸止めである。

 その度にガルアが大声を上げ、怒り狂って丸太を振り回す。


 どうにも避けられない一撃が飛んできた!

 まともに受けたら棒ごと骨が折れる!


 手に持った棒でそれを防ぐ形をしながら、あえて距離を詰める。

 懐に潜り込んだ方が威力が低い。それに……


 ――バキッ!


 ガラアの懐に詰めることはできたが、受けた衝撃で棒が折れ、持ち手を残して吹き飛ぶ。

 だが、まだ終わりではない!

 残った持ち手で、ガルアの喉元に寸止めをする。


 パチパチパチパチ……


 アンバーさんの拍手だ。

 その音にガルアも我に返る。


「さすがマサユキだね。ガルアの動きを見極めて、的確に急所を狙っていた。私も見習いたいくらい繊細で美しい動きだったよ。それに比べてガルアはまだまだだな」

「うるせえよ! 最後は棒切れをへし折ったんだし、俺の勝ちだろ!」

「ハハハハ、それはないなぁ。最後はマサユキが首元に寸止めしてただろ? 剣が折れても少しは刃の部分が残ると考えたら、今ので死んでたと思うぞ」

「むぐ……」


 落ち込むガルアを見かねて、俺はフォローを入れる。


「ガルア。最初の木剣の時より、今の方がお前に向いている気がするよ。まだ間合いが測れていないし、隙をカバーするための動きを入れたら、次はこうはいかないと思う」

「いや、負けは負けだ」

「もしこれが本物の武器ならもっと速度も出るし、扱いやすさも違うだろう。親方さんみたいに魔法を使えたなら、近寄るのは至難の業だね。それに最後の攻撃だって、武器の強度と勢いさえあれば、剣ごと俺を真っ二つにしてただろうしね。剣術ってのはそういう想定を元にして、自分への危険を見極め、相手に打ち勝つ手段を工夫することだよ」

「……むずかしいな」

「なーに、いずれガルア用の武器も作ってやるよ。その時は一緒に魔獣狩りでもしようぜ。もちろん、許可を得てだけどね」

「最後の一言はいらねえな。もっと強くなって戦いてえよ!」


 アンバーさんが的確な突っ込みを入れる。


「ハハハ。そういう慢心は怪我をするぞ。ガルア」

「ふぐぅ……」


 俺とアンバーさんはガルアのへこみまくる姿に笑った。


 そろそろ昼時ということもあるので、家に帰ることにする。

 ガルアには洗濯バサミの増産と、それとは別に一カ所にまとめて干せる、洗濯バサミをたくさんつけた物干し道具を提案してみた。

 折角だから、木組みで折り畳み式にしてみることも提案する。

 まぁ仕組みを考えるのは難しいが、考え模索することに意味があるから丁度いいだろう。


 言われた注文に悩むガルアを横目に、家に向かって歩き出した。


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