第13話 相談すべきは有識者
石造りの大きな建物。
いつものように煙突から煙がモクモクと立ち上る。
中からは「ガンッ! ガンッ!」 と工房員たちの槌を振るう音が聞こえてくる。
「ここに来るのも久しぶりだな」
長雨の間ずっと家か小屋に閉じこもっていたこともあり、随分久しぶりのようにも感じる。
中の方からバンダナを巻いた男が走ってきた。
「やあマサユキ、久しぶりだね。今日はどんな大物を依頼しに来たんだい?」
「ビッケルさん……。俺を珍獣か、厄介物みたいに言わないでくださいよ」
「ごめんごめん。この前のカンナの売れ行きが好調でね、今度はどんな大物が飛び出すのか楽しみにしてたんだよ」
「へぇ~。アンバーさんから聞いてましたけど、そんなに盛況なんですか?」
「うん。豪雨の中わざわざ馬車を走らせて、遠い王都から注文しに来たくらいだよ」
「それは良かったです。でも、俺は原案を提示しただけで、作り上げたのは工房の皆さんとアンバーさんの力ですよ」
「そうかもしれないけど……あれはかなりの大物だったよ? まぁ立ち話もなんなんで中に行きましょうか」
ビッケルさんの後を追い、工房の中に入っていく。
中は熱気と大きな作業音でいっぱいだ。
中には俺に気付いて手を振ってくれる工房員もいる。
なんだか知らない内に顔見知りにされてしまっているが……悪くない。
ビッケルさんが大声を張り上げる。
「親方ー!! マサユキが来ましたよー!!」
親方さんは手を止め、チラッと俺を見ると再び作業を続ける。
ビッケルさんはその意味が分かっているのか、俺を奥の部屋に案内する。
「すみませんね。仕事中なのに押し掛けて」
「いやいや。親方はいつもあんなだけど、いーっつもマサユキの話をしてるよ」
「へぇ、それは光栄です。でも、仕事中に来たのは間違いだった気がします。出直しますよ」
「大丈夫大丈夫! ここで追い返したら僕が怒られちゃいます。しばらくゆっくり待っててね」
「はあ……」
渋々ながら席に向かう。
席に着いて荷物を下ろした時、やっと気付いた。
「ビッケルさん待ってください!」
作業場に戻ろうとするビッケルさんを呼び止め、駆け寄る。
「あの……コレ。詰まらない物ですが」
ビッケルさんは中身を見て、驚いた。
「こ、これは!」
さすがビッケルさん!
知ってるとは思ってたけど、一目見て分かるとはスゴイ。
「美味しそうだね?」
ハ、ハイィッ!?
「え、えーっと……冗談ですよね?」
「うん、冗談!」
得意げなビッケルさんの笑顔が眩しい。
まったくこの人は……。
「これって、前に言ってた石鹸だったりする?」
「はいそうです。もしかして、既存の石鹸とは違ったりしますか?」
「そうだね。僕らの知っている石鹸は黒いんだ。質感は近い気はするけど……共通点が分からないや」
「なるほど……。その石鹸、見せて貰えたりできますか?」
「いいよ」
ビッケルさんは棚をガチャガチャと漁りまわる。
やっとのことで見つけ、手に持った物を渡してくる。
見た目は……黒?
いや、濃いグレーという感じだ。
質感は俺の作った石鹸にも近いが、ちょっとザラ付いてる気がする。それに妙に固い。
匂いは……しないな。
使い心地はどんなだろうか? 試しに使ってみたい。
でも、高価な物だと聞いてるし、先に俺の石鹸を試してもらうとするか。
水場に移動し、ビッケルさんに試してもらう。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「どうですか? 黒い物と同じ感じでしょうか?」
「な、なんだこれはあああああああああああああ!?」
「ビッッケルさ~~ん?」
「あっ! ……うん、ごめんね。叫ぶ練習をしてたんだ。ハァハァ……」
「随分と気合いの入った練習ですね?」
「……でも、これは間違いなく石鹸だね! 性能がまったく違うのが驚きだけど。なんていうか……本当に泡が美味しそうだし」
「ええ、食べれますよ。あま~くて、とろけるよ~で、きっと天国に行けますよ」
「マサユキ……。僕のこと、からかってない?」
「フフフフ。ごめんなさい、食べれませんよ。さっきのお返しです」
「イジめないでおくれよ。ほーんと、マサユキの演技は……。いやでも、これはスゴイね! これなら売り出しても大儲けできそうだよ」
「そうですか? 喜んでもらえて嬉しいです。俺もこの黒い石鹸を試してもいいですか?」
「うん、いいよ」
ビッケルさんは俺のことを放ったらかしで、俺の作った石鹸に夢中になっている。
さて、この黒い石鹸を試してみるか。
水をつけて、手で擦ってみる。
泡はほとんど立たない。黒い液体と黒い小さな泡が手に広がっていくだけだ。
それに、ちょっと油っぽい?
匂いは……少し臭いな。
酸っぱい匂いと鉄分のような匂い。あと、石灰の匂いもする。
錬金術で作られた物なんだろうけど、俺の所感としてはかなり出来が悪い。
水で綺麗に洗い流してみると、匂いはほとんど気にならない。
洗浄力もそこそこあるように感じる。
こんな物が高価だとは……とてもじゃないが思えない。
製作コストが高いだけな気がする。
「どう? 全然違うでしょ?」
「はい。これは驚かれても仕方ないですね。
こっちの黒い石鹸ですが、動物性の油と石灰など鉱物を使ってるようです」
「へぇ、そこまで分かるのか。それにしても……これだけの石鹸、どうしたんだい?」
「作ったんですよ? 伝えてまし――」
「――はああああああああああああああああああ!?」
「また……練習ですか?」
「……う、うん! 練習さ! ……ナハ、ナハハハハ!」
いちいち気合いが入った練習だな。
「そうか……作ったのか……」
「目的も伝えてましたし、材料を買った時点で気付きそうですけど?」
「いや……買ったのって、ついこの前だよ? どう考えても早過ぎでしょ?」
「結構何度も失敗してますよ。製法はお教えできませんけど、短期間で作れます」
「そうなのか……。今までこの石鹸で満足していた僕らが、何か騙されていた気がしてくるよ……」
そこまで項垂れることはないのだが、
俺の石鹸が異常過ぎるのが主因だから、複雑な気持ちだ。
「まぁまぁそれはいいとして。この石鹸、どういう時に使っていたんですか?」
「んーっと、大物の上客が来た時だけだよ。商品や僕たちの匂いが気になるって人がいたりするんだ。でも、そんな人は希かな? それに石鹸は高価だしね。毎回使ってたら費用もバカにならないのさ」
「なるほど……。今回のは試作品なので数は少ないのですが、また作ってきましょうか?」
「それは有難いよ!。これだけの性能なのに『少ない』ことを気にするのは、普通は出てこない言葉だと思うよ? さすがは珍獣だ! ぐふふふ……」
ビッケルさんの笑い方が気持ち悪い。
俺が珍獣なのは間違いないのだろうが……。
「まぁ貰ってください。必要ならまた作りますから」
「いやいやいや! これは貰うにしては高価過ぎるよ! 親方と相談しないとならないけど、せめて買取るくらいはしたいよ!」
「とりあえず、それは商品ではないので貰ってください。工房の方々にはいつもお世話になっていますしね。それに商品として売るにしても、破格で提供できますよ?」
ビッケルさんの目が光る。
し、しまった!
『破格で売る』なんて余計なことを言ってしまった!
ものすごく値切られたら困るなぁ……。
ビッケルさんが飛び跳ねるように工房に走って行く。
親方さんに相談でもするのかな? でも今行くと……
――ゴゴゴゴゴ!
っと壁が震えるような、すごい轟音が鳴り響く。
また怒られてるんだろうなぁ……。
ビッケルさん。頑張れ。
轟音の鳴り響くのを無視してテーブルに戻り、設計図の見直しに入った。
◇
夕刻である。
仕事の最中に押し掛けたこともあり、待たされるのは当然と思っていたが……見通しのつかない設計図を眺めるのは退屈で仕方ない。
せめて、パイプの接合部の造りだけでも何とかしたいものだ。
毎度のことのようにウンウン唸っていると、何か大きな影が設計図に映る。
見上げると親方さんがいた。
ビ、ビックリしたー……。
「親方さん。ご無沙汰してます」
「ああ」
「前言ってた仕組みを見直したのですが、どうにも煮詰まってしまって」
「見せてみろ」
設計図を親方さんの方に向ける。
親方さんはどっかりと椅子に座り、設計図を一つ一つ見ていく。
「なかなか考えているな。これはワシたちでも作り易いように考えたんだな?」
「はい。どうせ作るなら量産化できる方が工房にとっても利益となりますし、応用すれば色々なことにも使えると思いましたので」
「ふむ」
親方さんはビッケルさんを呼び付け、酒を持ってこさせる。
「坊主。どこが分からねえ?」
「えーっと……急所となってるのは、このパイプの繋ぎ目です。
パイプはなるべく空気や水が漏れないように気密性を重視する必要がありまして、どうしてもきっちりパイプとパイプを繋ぐ案が浮かばないんです」
「ふむ」
親方さんは考え込む。
「そうだな。管と管を繋ぐには溶接しかないが、それだと持っていくのに苦労するな。坊主の言う通り、その場で繋ぐ技術が必要になる」
「一応案は持っているのですが、こんなの作れます?」
1枚の設計書を渡す。
「ほう! 螺旋状にして管を繋ぐのか! ……こっちの山になっている方はできなくもないが、この内側の溝は簡単じゃねえな」
「そうですか……」
ビッケルさんが酒樽とコップを持って走ってくる。
親方さんの前にどっかり酒樽を置くと、設計書を覗き込んできた。
「今度はどんな大物ですか?」
「ああ。管の内側に螺旋の溝を彫る方法を考えているんだ」
「内側をですか……」
ビッケルさんも考え込む。
そして、ボソっと呟く。
「(削ればいいだけじゃないかな?)」
その一言に、俺の頭がフル回転する。
削る! そうか削るのか!
「ビッケルさん。紙とペンを貸して貰えますか?」
ビッケルさんは慌てて飛んでいく。
すぐさま戻ってきて、紙とペン、定規を手渡してくれた。
俺はペンを走らせる。
管の内径と同じ棒を用意して、削りたい部分だけに棘を付ける。
先端の方の棘を小さくして、段々と棘を大きくする。
棒を押し込みながらゆっくり回せば……螺旋状の溝を作れないだろうか?
だが、一定の速度で棒を押し出す必要がある。
棒の回転にもトルクが必要そうだ。
万力のように一定の速度で押し込む装置。
同時に高いトルクで溝を掘る装置。
両方同時に実現させるには……。
「親方さん。とりあえず、これを見てください」
書いた物を手渡す。
「ふむ……。これなら溝は掘れそうだな。削り取った屑を外に出すために棒にも溝がいるな。だが、これは押し込む作業には繊細さが必要そうだ。一定の速度を維持せんと、綺麗には螺旋が描けないからな」
「親方。城門の歯車とか使ったらどうですか?」
「なるほど歯車か! それなら組み合わせで装置は作れそうだな」
その話に便乗する。
「この棒の太さを何通りか作っておけば、内径が違う管にも対応できると思います」
「ふむ! この部分だけ付け変えれば道具としての使い道も増える! そうすると……こっちの山の螺旋が問題になるな。溝の仕上がりがよくても、山が雑だと填まらねえだろ?」
「それなら、さっき言ってた歯車を利用して、一定の速度で削ればいいのではないでしょうか?」
「ほほう! それには2つの装置が必要になるな。それに加工する速度も合わせねえとピッタリとは填まらねえ……。こいつは大仕事だ! ガッハッハッハッハ!」
ビッケルさんの呟きが、ここまで一気に進展するとは思わなかった。
だが問題はまだある。
コストである。
「親方さん。とりあえず、この方法なら管は出来ると思いますが、肝心の費用を算出しないとなりません」
「そうだな。お前の言うところの『相応の仕事には相応の報酬』だったな?」
「それもありますが、俺がいくら支払う必要があるのか目算が立たないと作っていいのか判断がつきません」
「そうだな……。装置の方は工房が買取るとして、管と加工の代金だな。おいビッケル! この管の計算をしろ」
「はいー!」
ビッケルさんはペンを取り、計算を始める。
親方さんは用意された酒樽からコップになみなみと酒を注ぐ。
そして言い放つ。
「坊主! お前はおもしれえ奴だ! ガッハッハッハッハ!」
「いえ。案を実現できる技術を持っている親方さんたちがスゴイんですよ」
「そうかあ? ワシたちは槌を振るって物を作るだけしか能がない連中だ。こんなバカげた物は作り出せねえぞ?」
「一人ですべてを実現させたなら誇ってもいいのでしょうけど、この知識は過去の偉人たちが作り上げた物です。それを作り上げる職人がいれば、俺の存在なんてちっぽけなものですよ」
「フン! そうは言うがよ。少なくともワシはこんな技術は知らねえ。坊主は知識として持っているんだろうが、それを設計書に書くのは簡単じゃなかったはずだ。物として知っててもそれを実現させる方法が分からねえなら、それは知識の持ち腐れだ。お前はそれを作り上げた。誇ってもいいんじゃねえのか? グフ……ガッハッハッハッハ!」
どうなのだろ? 俺は素直に喜べない。
ダイナマイトやペニシリンを作った偉人たちは後世まで語り継がれたが、それを応用した人たちは表舞台に出てこない。
彼らも偉人を称え、そして技術を高めたのだ。
俺は……それ以前だ……。誇ることじゃない。
俺のは単なる猿真似にしか過ぎないのだ。
ビッケルさんが計算を終えて話に加わる。
「親方。とりあえず計算はしてみましたが……これは正確な価格としては出せませんよ」
「どう言うことだ?」
「えーっと、まず管の話ですが。運べる最大の大きさで作ったとしても、強度を考えて大きさを検討する必要があります。ある程度算出は可能ですが、現時点では高額としか言えません。次に機械の方ですけど、仕組みその物が不明確です。さっき言っていた歯車を使う方法で出来ると思いますが、完成するまでにどれくらい工期が掛かるか見当がつきません。完全に手探りですしね。その上で、製作で必要となる鉄の必要量、装置の製作代金とその買取費用、工賃も含めても、値段の付け方の基準が分かりません」
「分からねえ。じゃねえだろ?」
「親方。うちは依頼を受けるにしても、ある程度出来上がった物を基準とします。この場合、どの程度掛かるか出しにくいんですよ」
「そうか……つまり、作らねえと分からねえってことだな?」
「ええ……そうなります」
「ふーむ」
親方さんも考え込む。
費用が分からないと、どれだけ費用が掛かるかと言うことより、『どれだけ迷惑を掛けるか』が分からない。
機材の買取もあるし、石鹸も量産できればそれなりにお金にはなるはずだ。
どれくらいの誤差が出るのかが知りたい。
「あの、ビッケルさん。大体でいいので、そちらで掛かる費用と装置の買取、あと俺の持ってきた石鹸でどのくらい差額が出ますか?」
「えーっと……」
親方さんが不思議そうな顔をしながら、
「石鹸って、なんだぁ?」
「石鹸はご存知なんですよね?」
「ああ。うちにもあるが高価な物だ。そう簡単には使えん代物だ」
「ビッケルさんに先ほどお渡ししたのですが……石鹸を作れるようになりました」
「ブハッ!!」
親方さんの口に含んだ酒が飛び散る。
俺にも盛大に掛かって、非常に酒臭い。
「つ、作っただと!?」
「ええ……」
ビッケルさんがまた走って行く。
小柄なだけあって素早い動きだ。
「親方。これです」
袋ごと石鹸を手渡す。
親方さんは1つ手に取り、まじまじと見つめる。
「これを……坊主が?」
「ええ……そうです。驚く前に使い心地を確認して欲しいのですが……」
親方さんは石鹸を持って外に出ていく。
耳を塞いでおこう。
ビッケルさんも同じ考えだったようだ。
しばらくすると……轟音が外から響いてくる。
ドカドカと足音を立てて、親方さんが部屋に入ってきた。
「坊主こいつはすげえ!! ワシの知ってる石鹸じゃねえぞ! まったくすげえ坊主だ! ガッハッハッハッハ!」
耳を塞いでいても、余裕でうるさい。
親方さんは泡塗れのまま席に着こうとする。
泡塗れなことを指摘すると、外へ戻っていった。
しばらくすると、ツヤツヤとした顔の親方さんが帰ってきて、ドッカリと椅子に座る。
石鹸独特の匂いが辺りに広がる。
そして、また轟音が響く。
「ビッケル!! 宴だ!! 用意しろ!!」
えーーーまたですか!?
「親方さん。その前に費用の算出を……」
「細けえことは抜きにしろ。どうせお釣りが来るだろうよ。ガッハッハッハッハ!」
お釣りぃ?
そんなにも石鹸は高価なのか?
それとも好評だったのか?
さっぱり分からない。
そして工房員たちも合わさり、いつものどんちゃん騒ぎになってしまった。
◇
どんちゃん騒ぎは結局夜中まで行われた。
費用の算出もできず、他にもお願いしたいことがあったのだが……結局話せる状況はなく、みんなベロベロである。
俺も勧められた酒に手を出してしまったため、ベロベロだ。
なんとなく、一度外れてしまった箍はなかなか締め直せないようだ。
酔いながらも親方さんに話す。
「親方~さん。こう……いつもこんな感じだと、話が……進まないですよ」
「気にするな! ガッハッハッハッハ!」
「気にしますよ。アバウト過ぎですよー」
「あばうとお?」
「適当過ぎるってことです。石鹸の使い心地とか、これからのこととか、話したかったのに」
「あれはかなり良かったぜ。泡立ちが違う。それに煤まみれの手が気持ち悪いくらい綺麗になるしよ」
そう言って手を向けてくる。
元々皮膚が黒いので違いがよく分からない。
「喜んでもらえて嬉しいですよ。作ったかいがあるってものです」
「おう! 今度から工房ではアレを使わせて貰うぜ」
「ありがとうございます。また頑張って……(ウプっ)作ります」
「坊主も大分飲んだなぁ。いい飲みっぷりだったぜ」
「ええ、久しぶりにこんなに酔いましたよ。会社の打ち上げ以来ですよ」
「かいしゃあ?」
「あー気にしないでください。昔のことですから」
「うむ……そうだな」
思考回路が完全にイカレてる。
そろそろ帰らなければ。
「親方さん。そろそろ帰ります」
「そうか。ビッケルにでも付き添わせるか」
「いえ。一人で帰れると思います」
「いや、今の季節は魔獣がうろついてやがるからな。坊主一人だと危ねえぜ」
「そうでしたね。魔獣かぁ。やっぱり強いんですか?」
「そうだなぁ。大きい奴はワシよりデカイわなあ」
「親方さんよりデカイって、そりゃー俺はひとたまりもないですね」
「その通りだ! 工房に泊まって行くか?」
「家でみんなが待ってそうな気がします」
なんとなく……メルディがソファーに座って待ってるイメージが思い浮かぶ。
「ああ、そうだ。今度武器の作り方教えてください」
「構わねえぜ。ただし! ワシは教えるのが上手くねえからな。そのつもりでな」
「頑張ります」
親方さんはビッケルさんを呼ぼうとしたが、ビッケルさんは完全に酔い潰れていた。
「仕方ねえ。ワシが送ろう」
そう言うと席を立ち、隣の部屋に行く。
戻ってくると、黒く異様に大きな斧を背負っていた。
親方さんより大きいようにも感じられる斧は、刃の部分が縦に大きく、独特のデザインで作られている。
赤い炎のような意匠も彫られ、見た目だけでもかなり強力な武器だと分かる。
もう片手には剣を持っていた。
「坊主。念のためだ、持っておけ」
手渡された剣は重かった。
だが、剣を抜いて握ってみると……
手に吸いつくような持ち易さ。重心を考えられた絶妙なバランス。
そして、両刃の刃は非常に鋭く、一目見て一流の技術が注ぎ込まれた物だと分かる。
「坊主。そいつが分かるか?」
「ええ! 非常にいい剣ですね。手にしっくりきます。かなり重くて剣に振り回されてしまいそうですが……斬りつけるには十分な重さですね」
「そうだろ? 子供には過ぎた物だが、まぁ使え。それにしてもよ。剣まで分かるとはさすがだな!」
「ええ。昔剣術を習ってましてね、見慣れているんですよ。それにダエルさんとも手合わせしまして、自分の弱さを実感していたところなんです。俺は貧弱で、もっと体を鍛えないと何の戦力にもなりませんからね」
「それが分かってるなら、そいつを使いこなせるようになればいいだけだ」
「頑張ります!」
親方さんはニヤニヤしながらも、外に向かって歩き出す。
俺も後を追い掛ける。
◇
外は真っ暗だった。
街灯がない道は、月明かりでやっと周りが見える程度だ。
松明で足元を照らしながら、親方さんと俺は家に向かう。
遠くで遠吠えのような声が聞こえた。
「あれは魔獣の鳴き声だ。結構近いぞ」
近い?
酔った頭を振り、できる限り周りに注意を払う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。まだ大分距離があるみてえだしな」
「こういう経験は初めてなんですよ。気を抜いて、足手まといに輪を掛けたようなクズにはなりたくないだけです」
「言うじゃねえか? だが、本当に心配はいらねえ。奴らは火のある所には滅多に寄って来ねえ。腹を空かせて焦って飛び込んでくるバカは弱いからな。もしくは、怖いもの知らずな奴だけだぜ」
「余計に怖くなりますよ!」
「ヒッヒッヒ。こういうのも経験の内だ」
そう言って、親方さんはズンズンとマイペースに歩いていく。
俺は護って貰っているとはいえ、 真っ暗で前もよく見えない夜道というだけあって、緊張感は半端ない。
家まであと半分という距離まで来た時……親方さんは足を止めた。
何かを察知したのだろうか?
注意深く周りを見渡す。
「坊主、警戒しろ。近くにいやがる」
剣に手を掛け、周りに注意を巡らす。
耳を澄まし、匂いを嗅ぐ。
だが、俺には分からない。
「虫の音がない」
親方さんは俺の心を読んだように説明してくれた。
耳を澄ます。
確かに、さっきまでしていた虫の音が聞こえない。
森の方を注意深く観察する。
「ガサッ……ガササッ!」 と僅かに草木が揺れ、何かが動いた気がする。
「親方さん。森の方に何か動いた気がします」
「ああ、ワシも感じた。2~3匹はいるぜ」
親方さんは松明を地面に刺し、斧を構える。
「こんなことなら光玉を持ってくるんだったな」
何のことだろう?
光玉というくらいだから、何かの照明器具だろうか?
そんなことより今は、集中だ!
下手をしたら深手を負うし、死ぬかもしれない。
それに、親方さんの足手まといなる。
俺は親方さんの戦い方を知らない。
あの斧だから、近接タイプの広範囲振り回し攻撃だろうか?
可能性としては低いが、あの炎の形で彫られた意匠にも意味がありそうだ。
親方さんとは少し離れていた方が良さそうだ。
剣を抜き、下段で構える。
親方さんは俺の方をチラッと見て、呟く。
「坊主。ワシの戦い方が分かっているようだな?」
「想像ですが、斧の振り回しと、その意匠にも意味がありますよね?」
「分かってるじゃねえか。ワシが前に出る。坊主はなるべく目立たないようにしてろ」
「分かりました」
静かな時間が流れる……。
しばらくすると、目の前に2体の魔獣が現れた。
毛は全身真っ黒で、
大きな牙と赤く光る目が特徴の狼のような魔獣だ。
それにしても……デカイ!
全長は2m以上ある!
親方さんは2~3匹と言った。
きっと見えない所にもいるのだろう。
警戒を強め、周りに注意を払う。
次の瞬間――
魔獣たちは走り出した!
同時に親方さんも前に出る!
そして、
――ゴオオオオオオオオオ!!
と、大きな炎が立ち上がり、轟音とともに斧が薙ぎ払われる。
激しく炎が撒き散らされ、まるで――
「グギィィィィ!」
1匹が血飛沫を上げながら吹き飛ぶ。
切り付けた箇所が「ジュゥゥゥ……」と音を出し、焼け焦げるような匂いがしてきそうだ。
もう1匹は距離を取りつつも、間合いを測っている。
さらに2匹増え、3匹が親方さんに襲い掛かる。
親方さんは豪快に斧を振り回し、轟音とともに炎を撒き散らす。
辺りの草に火が付き、
――まるで『怪物』が暴れているようだ。
「カサッ……」
後ろの方から小さな音がした。
振り返ると、魔獣が1匹いた。
親方さんは3匹を相手している。
位置関係的に4匹目が親方さんに向かうと危険だ。
ここは俺が時間稼ぎをするしかない。
魔獣を睨み付けながら、間合いを測る。
奴は『突進』と、牙による『咬み付き』、爪による『引っ掻き』が攻撃手段だろう。
直線的な攻撃が主体だと思うが、親方さんと戦っている状況から、柔軟な体と強靭な足で素早く動くはずだ。
奴に致命傷を入れるには……『一撃』にすべてを賭けるしかない。
剣を横に傾け、右足を後ろに引き、足先を泥に埋める。
一瞬の勝負だ!
失敗すれば……重過ぎる剣では再び構える前に殺られる。
成功しても、一撃で倒せなければ2度目はない。
魔獣は1歩ずつ間合いを詰めてくる。
そして――勢いよく襲い掛かってきた!
右足に力を入れ、地面の泥を奴の顔めがけて放つ。
そして素早く剣に力を込めて、奴の頭から首元目掛け――
全力で振り下ろす!!
「ザクッ!」 と剣は勢い余って地面に突き刺ささってしまった。
思っていた以上に剣は重かったからだ。
だが……重く鋭い剣が功を奏した。
魔獣は血を噴き出しながらのたうち回っている。
完全に致命傷のはずだ。
だが……
両手で剣を振り上げ、首元目掛けて剣を突き立てる!
少しジタバタとしていたが、魔獣の動きは止まり、死んだ。……と思う。
死んだふりの可能性もある。
グイグイと剣を動かし、十分トドメを刺す。
剣を抜き取り、すぐさま後ろに振り返る。
親方さんが立っていた。
どうやら既に戦闘は終わっており、4匹の魔獣の死体が転がっている。
親方さんの顔を見る。
表情は穏やかになっており、危険は去ったようだ。
裾で剣についた血を拭き取り、鞘に納める。
そして「ふぅ……」っとため息をつく。
「やるじゃねえか! ワシがこっちを片づけた後だったから戦いぶりは見れなかったが、最後の一瞬まで気を抜かなかったな」
「ええ。実戦は気を抜いた瞬間が死に繋がりますからね。3匹も相手していた親方さんが、こちらに1匹も逃さなかったので無事倒せましたよ」
「坊主は剣を誰かに教わったんだったな?」
「ええ。祖父に剣術と体術を習いました。でも、実践は初めてです。命を奪うのは嫌だったのですが……生き残るためです! その考えは捨てました!」
「正しい選択だ。坊主ならワシたちと魔獣狩りに付いていっても、それなりに結果は残せそうだ」
「いえ。ダエルさんはまだ無理だと言っていました。俺も体力の無さを痛感していますので、安直にその言葉には乗れません。それに……今回の戦闘は親方さんが前面に出て対応してくれたので、俺の実力という訳ではないと思っています」
「フッ。ダエルの奴厳しいこと言いやがる。ワシが思うに、お前の力は一般兵士以上はあると思うぜ」
「やめてください! 俺が調子に乗ってしまいます!」
「そうだな。ガッハッハッハッハ!」
「まったくもう……」
「よし! 倒した魔獣を持っていくぞ!」
「魔獣をですか?」
「ああ。こいつらの皮や牙は色々な素材になるんだ。肉も結構いけるぜ」
「分かりました」
俺は倒した魔獣が死んでいるのか再度確認する。
さっきまで生きていたこともあり、死体は熱い。
確認を終えると背中に担ぐ。
これは……結構重い。
体格は俺の倍近く大きいし、どうしても後ろ足を引きずる感じになってしまう。
親方さんは軽々4匹を纏めて肩に乗せている。
さすが親方さんだ。余裕があるなぁ……。
俺たちはゆっくりではあるが、家に向かって歩き出した。
◇
家に着くと、ダエルさんが外で待っていた。
遠吠えを聞いたからだろうか?
腰には長剣を携えている。
「よう!」
「おう!」
2人は掛け声で挨拶を交わす。
長年の付き合いなのだろう。
言葉はいらないようだ。
「聞けよダエル。坊主が1匹仕留めやがったぜ」
「ほお!」
「おめえ、坊主に厳しいこと言わねえで、連れてってやればいいじゃねえか」
ダエルさんの答えを待たず、俺が口を挟む。
「親方さん、大丈夫です! 俺は体を鍛えたいので、ダエルさんから許可が出るまでは修業です。お気遣いはありがたいのですが、そう言うことにして貰えますか?」
「坊主が言うなら構わねえが……。ワシは十分やれると思ってるぜ」
「ゼア。俺もお前と同じ考えだ。だが、マサユキの目指す物はもっとデカイようだ。そのためには実践も大事だが、今は体力作りが優先だと判断したんだ」
「ふむ……」
親方さんは肩に担いだ魔獣を降ろす。
俺もそこに魔獣を降ろす。
改めてみると、魔獣の牙は異常に発達し鋭い。
爪も大きく、あれで抉られると思うとゾッとする。
切り口は血でグチャグチャに汚れているが、断面からは皮膚が分厚いことが分かる。
剣の鋭さと重さが無ければ、この分厚い皮膚を切り裂くのは難しかったかもしれない。
剣を腰から外し、親方さんに差し出す。
「坊主、それは持っておけ。これからの季節は魔獣がゴロゴロ出てきやがる。それにお前は使って見せた。それはお前の物だ」
「こんな優秀な武器は勿体ないですよ!」
「武器ってのは、飾って置く物じゃねえ。使って初めて武器なんだ。それに、今の坊主には必要な物だろ?」
「……分かりました。大切に扱わせて頂きます」
親方さんに深く頭を下げ、腰に戻す。
「ダエルさん。あとで剣の手入れの仕方を教えてください」
「いいだろう」
親方さんもダエルさんもいい表情である。
別に自分で何かをしたわけではないと思うのだが……素晴らしい武器を貰えたことと、危険を乗り越えて得た達成感で俺もニヤけてしまう。
「じゃ、またな」
そう言うと、親方さんは工房の方へ帰って行く。
「ありがとうございました」
親方さんに感謝を伝えると、背中を向けたまま松明を持ち上げ合図する。
なんかこういう姿は……カッコイイ。
そう思う俺だった。
◇
魔獣の血抜きをするため吊り下げることになったが、非力で疲れ切った俺を見て、ダエルさんに任せることになった。
一息入れるために家に入り、腰の剣を降ろしソファーに座る。
鞘から剣を抜いて確認すると、少し汚れが残っていた。
鞄から布切れを取り出し、綺麗に拭き上げる。
剣の細かい汚れが取れると、まるで光を放つように美しく輝いている。
何度見ても、惚れ惚れとする美しさだ。
2階からメルディが降りてきた。
俺の顔を見て、ホッとしている。
「ただいま。心配を掛けたね」
「おかえりなさいませ。マサユキ様」
何かに気付いたのか、メルディの顔が強張った。
俺に駆け寄り、
「どこかお怪我をされたのですか!?」
服が魔獣の血で汚れていたからだろう。
「大丈夫! 怪我はしてないよ。これは運んできた魔獣の血なんだ」
メルディはホッと胸を撫で下ろし、安心してくれた。
メルディがテーブルにあった水差しを手に取り、コップに水を注ぐ。
俺は剣をテーブルに置き、メルディからコップを受け取る。
「ありがとう」
メルディはテーブルに置かれた剣を興味深そうに眺めている。
「隣に来てごらん。見せてあげるよ」
「はい」
メルディは俺の横に座る。
剣先を床に軽く付き立てるように置き、重さで倒れないように支えてあげる。
まるで宝石を眺めるように、メルディは剣に見惚れている。
「とても綺麗な剣ですね」
「うん。工房長の親方さんから頂いた物なんだ」
「ゼア様ですね。あの方は国でも有名な職人と聞いています。この剣はゼア様がお造りになられた一級品かもしれませんね」
「そんな人だったんだ。かなり熟練した職人だとは思っていたけど、そこまでの人だったとはねぇ……。あのお酒の飲みっぷりも国家級なのかもね」
「先ほど2階より見ていましたが、大きな斧を軽々と持ち上げていらっしゃいましたし、魔獣をいくつも抱えていらっしゃいました。さすが『炎斧の黒き牙』でございます」
「炎斧の黒き牙?」
「ええ。昔旦那様とともに、戦場を駆け回ったと聞いています」
二つ名持ちとはスゴイな。
ダエルさんは何て呼ばれてたのか気になる。
「マサユキ様も魔獣を相手になさったのですか?」
「俺は1匹だけだね。残りの4匹は親方さんが片づけちゃったよ」
「まあ魔獣を! さすがマサユキ様です!」
「あんまり褒められると……今度は大怪我してきそうだから、ほどほどにお願いね」
「その時は私がお助け致します!」
「無理はダメだよ」
「大丈夫でございます!」
「メルディの大丈夫は、逆に不安になるよ~」
「そんなことを仰らないでください!」
そんなことを言い合っていると、ダエルさんが部屋にやってきた。
「邪魔して悪いな」
「い、いえ! いいんです! それより剣を見てください」
メルディから剣を返して貰い、ダエルさんに渡す。
ダエルさんは剣を見てから、軽く振る。
「ブンッ!」 という、空を斬る低い音がして剣先が光る。
「いい剣だ。マサユキには少し重そうだが、このくらい重い方が斬り易いだろう」
「剣の鋭さも想像以上でした。重さもありますから切り裂くには十分力を発揮しますね。ただ、剣に振り回されてしまいます。体を鍛え直さないと使いきれませんね」
「そうだろうな」
そう言って、ダエルさんは剣を丹念に観察する。
「それにしても綺麗な剣だ。魔獣の血は粘り気が強ええから、シミが残り易いんだが……。この剣には曇り一つない。手入れも十分されている。うん、俺から教えることはなさそうだ」
「作り手の腕がいいからですよ。なかなかの一品だったようですし、俺には勿体ない剣です」
「そうでもないぞ。俺の剣もゼアに作って貰ったが、なかなか血の痕が取れないこともある。マサユキは何かしたのか?」
「特別なことはしていませんよ? 戦闘が終わったら裾を使って血を拭って、帰ってから布切れで細かい汚れを落とした程度です」
「そうか……」
ダエルさんは剣をまじまじと見詰め、剣を俺に渡す。
「今度俺の剣の手入れをしてくれ。その方が綺麗に仕上がりそうな気がする」
「分かりました。いつでも言ってください」
剣を鞘に納める。
「さて寝るとするか。あまり夜更かしするなよ?」
そう言って、2階に上がって行く。
ここには俺とメルディしかいないが……何を話そう?
夜も遅いし、すぐに寝るか。
「メルディ。こんな遅くまで起きてなくて良かったんだよ?」
「その……マサユキ様のお帰りが遅くて……寝られませんでした」
「うーん。大半は俺が原因なんだろうなぁ。設計図と石鹸を工房に持っていったら大騒ぎになっちゃってね。親方さんや工房員たちと酒盛りをしていたんだ」
「どうりで服や体からお酒の匂いがするんですね」
「うっ! ……ごめんなさい。夕飯の準備をして貰ってただろうけど、無駄にさせちゃったね。ごめんなさい」
「お気になさらないでください。きっちり皆で食べてしまいましたわ」
「早く帰ってきても晩御飯なしだったのか……」
「嘘でございますわよ。フフフフ」
俺もメルディも分かりきった会話を楽しむ。
少し今日起きたことを話し、そして眠りについた。