第113話 明日の勝利のために
鵺の悪魔染みた発言に、各々視線を動かす。
ある者は老人に、ある者は老婆に、そしてある者は鵺に……。
この質問は単なる問掛けではない。
質問に対する答えが分からなければ、自然と属するリーダーへと意思確認の目が向けられる。
となれば、誰が誰の指揮下なのか明白になる。
リーダー核と思われる者は、四人。
老人、老婆、レックス、サルビア。
それとは別にもう一人……。
「鵺さんよ。俺らはもう部外者だから答える必要はねえよな?」
「レックスさん。貴方方は本当に一族を見限ったのですか?」
「やれやれ……。この状況を見やがれ! 現状維持しか頭にねえ爺さん! 片や規範と統制で穴蔵決め込む婆さん! どっちに付いても結末は見えている! なら、見限る他ねえだろ?」
「貴方が族長に成れば済むのでは?」
「成れるものなら成ってたさ。そこにいる爺さん婆さんが死んでくれたらな? まっ、今となってはどうでもいいけど」
「へぇ~そうなの?」
声を掛けたのは、レックス隣に居たレックスより少し背丈の高いセミロングヘアの女の子。
変わった形状のピンク色の槍を持ち、不敵な笑みを向けている。
「昔はあ~んな事言ってたのにね?」
「な、何の話だ?」
「「俺様には夢がある! 族長になってハーレムを作ってやる!」 な~んて、堂々と恥ずかしい事言ってたのにね~。諦めちゃったんだ?」
「諦めてねえよ! 世の中には星の数ほど女がいるって聞く! そいつらを集めてハーレムを築くんだ! お前らだっていつかは……」
「へぇ? 私のユリーに手を出すつもりなんだ?」
今度は、レックスより大分背の高いスーパーロングヘアの美人が出てきた。
やはり変わった形状の大槍を担ぎ、レックスを冷たい笑顔で見下ろしている。
というより、何であんなに怯えているんだ?
「ナ、ナトレア!? い、いやぁ~……ナンチャッテ!」
「フフ、面白い事言うわね? ユリー!」
「はーい!」
――ドカッ!
レックスが、ナトレアという高身長の美女に蹴り飛ばされた。
そして、ユリーという女の子から受け取ったムチを構えると、靴のヒールでレックスを足蹴にする。
「ま、待て!! ナトレア止め――アハーン!」
――パチーン!
といい音が響き、ムチは唸りを上げてレックスの尻にクリーンヒットした。
「誰が誰の物だって?」
「お、おい止めろ! 今はそ――アヒーン!」
「私は「おい」ではない! もう一度聞くわ。私が誰の何に成るだって?」
「そ、それは……興味ないからいいで――アフーン!」
「お前の目は腐っているのか! それとも私は醜いか!?」
「そ、そんな滅相もおおお――アへーン!」
「ナトレアお姐様! この人キモイです! キモ過ぎのキモ雄です!」
「そうね。こんなキモ雄と同じ空気を吸ってるかと思うと、吐き気がしてくるわ」
「お姐様私……気持ち悪いです。ハッ! 同じ空気を吸ってるから妊娠しちゃったのかも!」
「なんだとぉぉ!? おいキモ雄!! お前は私のユリーだけでなく、私までも妊娠させるつもりなのか!?」
「んーな事で出来るか!! 息をするなってのも無りょおおおお――アホーン!」
レックスの公開SMショーに皆ドン引きである。
折角演出した緊張感も、おかげで台無しとなった。
だが、素なのか狙ってやってるのかは分からないが……見てて飽きないのは俺だけかもしれない。
「俺はキモくねえ! これを見ろ! この鍛えぬかれた肉体!! サラサラとした毛並み!! 整った顔立ち!! おまけに一族一の戦士だぜ? こんな俺様のどこにキモイがあるよ?」
レックスはドヤ顔だ。
だが、美女に足蹴にされ、罵倒され、ムチで喘ぐ姿に何の説得力も貫禄もない。
「どこがよ? 私より背がちっさいじゃない。それに、そんな細っこい腕に抱かれたい女はいないわ」
「ウッ!」
「毛並みはくせ毛だらけで脂っこいし……臭いわ。私を異臭で殺すつもりかしら?」
「ガッ!」
「顔は……まあまあだけど……ねえ?」
「そうね。意外と平均的なんじゃなくて?」
「グヘッ!」
レックスは女たちに次々となじられ、目の錯覚か血反吐を吐いている。
俺も色々とツッコミを入れたい所だが……とりあえず一つ分かった事がある。
レックスは……ドMだ! 間違いない!
「ナトレア、ユリー……少し黙っててくれ」
「事実を受け止めて死んでくれるのかしら?」
「そうじゃねえ! おい鵺!! お前ならどうする!? 一族のやり方では負けが見えている! 例え状況が好転した所で、勝機も見えねえ物に命を賭けられるか!?」
……なるほど。
レックスはチビで臭くてドMだが、状況を見抜く良い目を持っているようだ。
抜きん出た実力を持つ者だからこそ、現状の問題を的確に見抜けるのだと思う。
だが、彼の叫びに応えられるかは別問題だ。
「私も見限るかもしれないな」
「だろ!? 分かるだろ!? やっぱ俺様の判断は間違いじゃ――」
「だが、私はカッコ悪く逃げたりはしない」
「……カッコ……悪いだと!? 俺を判断が間違いだと言うのか!?」
「いえ。貴方の判断は正しい。だが、「やるべき事をすべてやり終えた」そう胸を張って言えますか?」
「……判断は間違ってねえ。なら、そこに何の問題がある!?」
「言ったままですよ。……ねえレックスさん、貴方強いんですよね?」
「当然だ!!」
「負けが大嫌いなんですよね?」
「言うまでもねえ!!」
「なら……勝てる見込みがあれば戦えるんですよね?」
「……お前、何が言いてえ?」
「私が貴方の判断の正しさを証明してあげましょう! それも最高に! カッコ良く! クールに!!」
「…………くーる?」
「俗語ですが、「最高にカッコ良い」という意味で使われます。……お気に召しません?」
「クール……クールか……。COOOOOOOOOOOOOOL!!!! ハハ、いい響きじゃねえか!! 気に入ったぜ!!」
どうやら気に入ってくれたようだ。
だが、あまりハシャグと……。
ナトレアの細くスラリとした足のヒールが、レックスの尻に食い込んだ。
「ウピャアアアア!!」
「ハシャぐなキモ雄! うっとおしい!」
「そうよ! 臭いしキモいしうるさい! ……そろそろ死んだ方がいいんじゃない?」
ユリーもレックスを足蹴にし始めたが……誰か止めないのか?
状況を見守っていた老人も、らしいツッコミを入れる。
「今時の若い者は、ああいうのが好きなのかのぉ?」
「さ、さあ……。ところで、老師はどうされます?」
「お主は意地悪だのぉ。ワシの腹づもりはとっくに分かっておろうに?」
「分かっているからこそ聞くのです。この場にいる者にも伝えねばなりません。ただ……どの選択であっても、生易しい勝利は在りません」
「鵺よ。それは今更じゃ。ワシらはこれまで命懸けの戦いを続けてきたからの……。昨日の苦渋は今日の勝利に! 今日の過ちは明日の勝利に! そして明日の勝利は、果敢に前に進んだ者にしか与えられぬ!」
老人は槍を地面に突き立て叫ぶ。
「皆よ聞け!! ワシは明日の勝利のため、今日の負けを選ぶ!! これに不服ある者は前に出よ!!」
老人の呼び掛けに、ほとんどの者たちは跪いた。
あと残るのは……
「雌雄は決した! さて、婆さんはどうする!?」
「……どうもしないさ」
老婆はそう答えると、長い溜息を付いた……。
それを見て、老婆付きの護衛たちも槍を下げる。
ひとまず、場は落ち着いたようだ。
「ならば、そういう事で良いのじゃな?」
「待ってください老師! 老婆様。貴方様にはご不満がないのでしょうか?」
「……ないさ」
「では、なぜ老師に楯突く真似をしたのでしょうか? 私には「単なる反抗」とは思えません」
「……お前さんは意地悪だねぇ。まだ虐め足らないのかい?」
「そういうつもりはありません。苛めるならレックスさんを苛めます」
「何で俺!?」
「うるさい!!」
レックスの尻に更に深くヒールが食い込んだ。
もう何というか……苛め甲斐がある可愛い奴だ。
「とまぁ冗談はさて置き……私は老婆様の考えが正しいと思っています」
「場を掻き乱すだけにしか聞こえやしないが……なぜまたそんな事を言うんだい?」
「現状維持、穴熊、逃げ。この三つが選択肢だとして、一番成果を出せるのは穴熊です。ここで言う「成果」とは、総人口です。人口が増えれば、それだけ防衛力も生産性も上がる。防衛力が上がれば、外部との交渉も有利に運べる。ゆえに、人口増加が最も見込める穴熊が正しい選択肢なのです」
「それは、お前さんがアタシの立場ならそうするって話かい?」
「いいえ。私なら外交交渉を申し出ます」
「外交? それは爺さんの考えではないのかい?」
「いえ。老師は外交の門戸を開くのではなく、「今まで通り」で乗り切るお考えだったと思われます。そうですよね老師?」
「面目ないのぉ。ワシはそこまで考えとらんかった。ただ、お主なら現状を変えてくれると期待しとったに過ぎんな」
「なるほど。話を戻しますが、私は外交交渉を提案します。必要であれば、物資や技術、人員の提供も可能です。方針についても貴方方の意思にお任せします。現状維持を貫くも良し。穴蔵を決め込むのも良し。レックスさんのように外の世界に飛び出すというのも良し。多少の準備と相談は必要かもしれませんが、微力ながらお手伝いしたいと考えています」
「……一つ聞くが、お前さんの得は何だい?」
「んー……ありませんが?」
「…………」
「まぁ本音を言えば、貴方方を当てにしてる事はあります。でも、それはこの件とは別件です。後日改めて提案させて頂きたいと思っています」
なぜか……皆静まり返っている。
俺は別段何もおかしな事を言ってないはずなのだが……
レックスは女性たちの足を払い退けると、疑問を投げ掛ける。
「じゃあお前、ここに何しに来たってんだ!?」
「平たく言えば、仲裁でしょうか?」
「お前……バカだろ?」
「よく言われます! やる事なす事目茶苦茶だって! アハ、アハハハ……」
場が和やかに向かいつつある中、突然サルビアが鵺を指差し叫んだ。
「鵺! アンタは私に「会合の場を用意しろ」と言った! 「可能ならレックスたちを引き込みたい」とも言った! それは「竜討伐をするため」じゃなかったのかい!?」
「んーまぁ……そうですけど?」
「それはズルくはないかい? アンタはそれを隠し、アタシらを戦場に引きずり出す腹づもりだったって事じゃないかい!! さっきのレックスへの呼び掛けにしても――」
「落ち着けサルビア! 無理なら断れば済む話だ!」
「ジギタリス! これは言質云々じゃないのさ! ハッキリ聞かなきゃ収まらないのさ!」
鵺は剣を収めると、大きく溜息を付く。
「それは別件です」
「事実だと言うんだね!?」
「ジギタリスさんの言った通り、断れば済む話なのでは?」
「なぜそこで言葉を濁す!? やっぱり裏があるんじゃないかい!」
俺の返答に他意はない。
だがそれにしても、いやに食い付いてくる。
様子がおかしい気もするが……急激な状況変化に戸惑っているだけだろうか?
「鵺よ、気にするでない。あれは禁断症状じゃ」
「禁断症状? どういう事ですか老師!?」
次回、水曜日2015/9/16/7時です。




