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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第112話 方法は違えど、想いは同じ

 老婆の合図で、赤槍せきそうたちが一斉に動き出す。

 槍を構え突撃して来る者。詠唱を始める者。突然の状況に慌てふためく者。

 殺意と恐怖。不安と困惑。

 それらは渾然一体となり、津波のように迫り向かってくる。


 第一波。

 まず襲い掛かってきたのは、四人。

 正面、右、左、そして上。

 三次元殺法と呼ばれる同時攻撃である。


 ぬえはベルトに括り付けていた黒い塊を空高く投げると、迷わず正面に飛び込んだ。

 体を屈め一本目の槍を躱す。そして懐に潜り込み、剣の柄頭つかがしらで胸を強打する!

 続け様に左手で顔面を掴み、手前下方に捻り込むように地面に叩きつける!

 ――まずは一人。


 体を反転させつつステップを踏み、左側にいた二人目へ近づく。

 二本目の槍が下方から迫る。

 ぬえは更に体を一回転させ、そのまま踏み込んだ。


 強い風切り音。金属が削れる音。金属同士がぶつかる鈍い音が響く。

 槍は、ぬえの脇腹と腕の間に抱え込む形になった。

 その槍を左手で掴み、脇に力を入れて固定する。


 槍はガッチリ固められ、簡単には動かない。

 振り払おうと相手は抗う。

 ――それに合わせ、左手を緩ませた。

 突然力を緩めた事でバランスを崩し、そこを左手で胸元を一気に押し込む。

 すると、相手は尻もちを付くように倒れた。


 倒れた相手に追撃を―― 

 そこに、二本の槍が飛んで来る。

 上方から飛んできた者と、右側から攻めて来た者の槍だ。

 だが、ぬえはそれに構わず――二人目の首元目掛け、全体重を載せた前蹴りを喰らわせた!

 二人目は転げるように吹っ飛ばされ、そのまま倒れた。

 ――これで二人。


 飛び込んで来た二本の槍は、<シルバースネーク>によって防がれていた。

 <シルバースネーク>は瞬時に展開し、攻撃を受けると液体化し、即座に硬質化した。

 今は二本の槍をひと繋ぎにして固定している。

 そして不意を突かれた二人は、<シルバースネーク>を引き剥がそうと藻掻いている。


 ぬえはひと繋ぎの槍を潜るように加速すると、両手で二人の鼻と口の中間にある「人中」を突く!

 苦悶の表情を浮かべる二人。


 それを更に追撃する。

 右手の者の下顎の付け根付近にある「外耳殻」を、肘鉄で打ち込む!

 そのまま体を反転させ、拳で下顎を撃ち抜く!

 三人目はそのまま混沌した。

 

 ――残り一人。

 苦悶の表情を浮かべながらも、抗おうと腰のナイフを抜く。

 だが、その反応は一瞬遅かった。

 ぬえは懐に飛び込み両手に力を溜めるように構えると――腹部に両手拳を打ち込む!

 柔術技「雷光直突き」。

 リカルド親方に喰らわせた物と原理は同じだが、拳にした分衝撃が強く、手応えから肋骨が数本折れたと思われる。


 僅か一瞬で四人は戦闘不能となった……。

 だが、攻撃はまだ収まらない。

 続いて、第ニ波攻撃が迫る。



 襲い掛かるは、全方位からの魔術による飽和攻撃。

 系統は火が多いようだが、風、土、水といった系統魔術も見て取れる。

 味方ろとも殺さんと言わんばかりの大火力だ。


 本来なら<レジスト>を込めた銀貨を投げる所だが……ぬえは動かい。

 魔術攻撃は勢い飛んでき、着弾。

 ――と思いきや、突然魔術攻撃は四散した。

 撃てども撃てども魔術攻撃は掻き消されていく……。


 ヒラヒラ……。

 銀色の木の葉のような物が空中を舞っている。

 それは、戦闘開始直前に空高く投げた黒い塊から放出された物だ。


 簡単に言えば、チャフ。

 現代兵器で使われるチャフとは役割は違うが、銀膜が長時間空中を漂う点に着目して作ってある。

 その銀膜に<レジスト>を込めれば、魔術無効化を狙った簡易結界を作り出せるのだ。



 老人は咄嗟の出来事に反応できず、ただ呆然と成り行きを見ていた。

 目の前で起きた事実に一定の理解を示す事はできても、あまりにも一方的な展開に驚愕していた。


「お主……一体何をしたのじゃ?」

「そんな事どうでも良いじゃないですか。それより……我々の戯れを邪魔されました。私は全面戦争になろうとも引くつもりはありませんが……老師、貴方はどうされます?」

「……お主はあれを戯れと申すか。つくづくお主は変わり者よのぉ」


 老人は立ち上がり、槍を地面に突き立てた。

 そして、大声を張り上げる。


「これは何の真似じゃ!!」


 地響きにも似た大声が発せられ、辺り一帯に響き渡った。

 だが、返事はなかなか返ってこない。

 むしろ、ザワザワと赤槍せきそうたちがざわめくばかりである。


 状況を見る限り、この対応は内々に決まっていた事ではないようだ。

 でなければ、足並みがこれほどまでに崩れる事はないだろう。

 合図で動いた者は、10名といったところ。

 これは全体から言えば少数かもしれないが、意図的にこの場所に配置されていたと考えるべきだろう。

 となると……一族内で対立構造が出来上がっていたのだろうか?


「どうなのじゃ!? 答えよ!!」

「うるさいねぇ。耳が痛いじゃないかい」

「婆さんが首謀者か!?」

「アタシを悪者みたいに言うけどねぇ……。この状況を引き起こしてるのは、爺さんアンタなんだよ!」

「勝手を申すな!! これは神聖な儀式じゃ!」

「フ、フフ……フハハハハ!」

「何が可笑しい!?」

「まだそんな事言ってるのかと笑っちまったのさ」

「これはワシが決めた事じゃ! 口出ししよるな!」

「口出し? しないさそんな事。だけどねぇ……それに何の意味があるって言うのさ? 神聖な儀式? 掟? そんな物に価値などありはしない。今やるべきは、アタシらの滅亡を是が非でも阻止する事だけなのさ!!」

「そこまで分かっていて、なぜこの者に抗う!? それこそワシらの未来を閉ざすだけぞ!?」

「だから笑っちまうって言ってるのさ。アンタがやってる「それ」は何だい? それこそ未来が閉じるってもんだい。アンタが負けても、誰が認めるって言うんだい!? 下らない三文芝居は止めろと言っているんだよ!」 

「……認めぬじゃろうな。じゃが、皆が納得するだけの力を示せば、その限りではないはずじゃ!」

「じゃあ、いつ終わると言うのさ!? 今日か!? 明日か!? アタシらには時間がないんだよ!? あの跳ねっ返りのレックスを処分するだけでも手を焼いているってのに、悠長に構えてる時間はありゃしないんだよ!!」

「クッ……まだ猶予はあるはずじゃ! 今更始めた事に口出ししよるな!!」


 大分状況が見えてきた。

 老婆は一族存亡のため、世間から完全に隔絶された社会を築くつもりなのだろう。

 つまりは、今まで請け負ってきた竜討伐を辞め、世間から赤槍せきそうという存在そのものを消すつもりだと考えられる。

 だから、規範に従わないレックスたちが邪魔だと考えたのだろう。


 逆に老人は、社会との繋がりを保ちつつも、現状を変えられるかもしれない俺に一分の可能性を託したというところだろうか?

 俺はそこまで期待されても困るが、生き死にで方針を決定するやり方は間違っていると思う。


 ともかく、両者に共通しているのは「一族を護りたい」という想いだ。

 ならば、解決策さえ見出せれば、啀み合う必要性はなくなるかもしれない。


 考えをまとめ、話に割って入ろうとした時……霧の奥から数人の者たちが現れた。


「ワーワーうるせえと思ったら、またクダラネエ話で揉めてやがるのか? まっ……おかげで霧から抜け出せたんだがね」

「レックス……まだくたばってなかったんだね」

「おいおい、俺らと殺るってか? 老い先短いんだから無理しちゃだめだぜ婆さん」

「フン! 粋がるんじゃないよ、この若造が!!」


 老婆の手がまた振られ、今度はレックスたちに向かって赤槍せきそうたちが動き出す。

 ――が、それは突然止まった。


 キィィィィィィィィン!!

 耳鳴りにも似た音が辺りに響き渡り、もう戦闘どころではない状況である。

 耳を塞ぐが、まったく意味をなさない。

 まるで、頭の中で金槌が叩き付けられるような強烈な音である。


 ……しばらくすると、音は止んだ。

 

「あーあー……。初めましてレックスさん。私はぬえです」


 拡声器からぬえの声が木霊する。

 言うまでもなく、この状況を作り出したのはぬえである。


 この音は、高周波などをスピーカーから発しているだけである。

 高周波とは、簡単に言えば聴力検査で使われる聴き取りにくい音。

 あれを更に強化すると、非殺傷の音波兵器となる。


 長時間音波にさらされれば、体調を崩したりストレス障害などを引き起こす原因となる。

 ただし、それは常人での話だ。

 獣人の場合、人には聞き分けられない音まで聞き分けられるので、その威力は計り知れない。

 場合によっては、死者が出る可能性もある。

 リスキーな方法だが……それまでに決着を付けなければならないだろう。



 音が止んだためか、一部の赤槍せきそうとレックスの仲間たちが攻撃を始めようとした。

 ――が、また音が鳴り始め、再び耳を塞ぐ事を強いられる。


 音は再び止んだ……。

 耳には耳鳴りが残り、足元はふらつく。

 そんな中、皆の目がこの事態を引き起こしている元凶へと向かう……。


「やっと落ち着きましたね……。では、選んで頂きましょうか! 一族のためにと正義感を振りかざし、自滅の道を歩むか! 掟を理由にすべてを排除し、家族もろとも全滅する道を選ぶか! 負けを認め、悪の手先である私の口車に乗るか! ――さあ!! 好きな終わり方を選ぶがよい!!」


次回、水曜日2015/9/9/7時です。

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