第109話 赤槍の長との接触
「サルビアどういう事だ? それにジギタリス! 貴様が付いてながら何て体たらくだ!」
「とにかく話を聞いおくれ!」
鵺の悪い予感は的中し、サルビアたちは赤槍本隊に捕えられていた。
だが、これは当然の結果でもある。
サルビアたちは周辺の人払いを命じられ、早々に鵺たちを発見し排除行動に移った。
だが、一晩経っても経過報告はなく、昼過ぎになって帰ってくると「離反者への制裁措置を止めろ」と言い出した。
問い質した所、報告は耳を疑う物だった。
たった二人を相手に返り討ちにされたと言うのである。
しかも、相手は捕えたサルビアたちを開放し、無傷で帰らせたというのだ。
よそ者に接触する事もそうだが、常勝を信条とする赤槍にあってはならない失態を演じ、更には赤槍のやり方に反抗的になっていれば、「密約があった」もしくは「洗脳された」とも取れる行動だからである。
サルビアは取り押さえる者の手を払い退け、必死に訴えかける。
「この場で結論は求めません! どうか機会をお与えください!」
サルビアの訴えかける先には白髪頭の老人がいた。
老人は木で設えた椅子に深々と座り、煙管を静かにふかしている。
静かな雰囲気が流れる中……隣に座っていた老婆が喝を飛ばす。
「煙をこっちにやるんでないよ! 煙たいじゃないかい!」
老婆に言われると、老人は渋々と煙管の火を始末を始めた。
「サルビア。よそ者に土を付けられたとは本当なのかえ?」
「はいお婆様。ですが重要なのは――」
「お黙り! 余計な事は答えるんでないよ!」
「……はい」
老婆は従者を呼び付け、何やら密談を始める。
そして、従者は数人の部下を集めると準備を始めた。
「お婆様……一体何を……」
「分かりきった事だえ。その者を殺すのさ」
「待ってください!! 鵺を殺してはなりません!! あの者こそ我らに光を与える者でございます!!」
――ピシャン!
老婆の平手が命中し、サルビアの頬が赤く腫れ上がる。
「いい加減その口を閉じな! 孫だからと許される事とそうでない事くらい、赤子でも分かる事じゃ! お前の無知が一族を滅ぼす事になると自覚するんだね!」
「ですがお婆様――」
ジギタリスが押さえ込み、サルビアの反論は捻じ伏せられた。
「何をするのさ、ジギタリス!」
「何を言ってるのか分かってるのか!?」
「分かっているさ! だけど、これじゃ約束が果たせないじゃないかい!」
「我らは鵺と約束を交わした訳ではない! 頼まれただけだ! ならば、その役目は十分果たされている!」
「ジギタリス、アンタは言ってたよね? 「我らは我らのやれる事をする」って。これがアンタのやれる事だって言うのかい?」
「そんな事が問題ではない! 同じ事を繰り返し、また仲間を危険に晒すと言うのか!?」
「…………」
ジギタリスの言葉に何かが脳裏をよぎると……サルビアは急に静かになった。
「サルビア、ジギタリス」
老人は二人の名を呼び、手招きしてくる。
サルビアとジギタリスは老人の前まで行くと、静かにひざまづいた。
一族の長の前で騒いでしまった事や、自身の誤りを咎められる事を覚悟していた……。
だが、老人は二人の頭をゆっくりと撫で始める。
「サルビア、ジギタリス。お主らは一族のためにとよう頑張った。お主らの誇りは一族の誇りじゃ」
「お爺様……私は……」
「サルビアは健気な娘じゃな。気にせずこの爺やに話しなさい」
サルビアは事の次第を話し始めた。
言葉足らずはジギタリスが捕捉を入れ、自身らが置かれた状況や鵺の示した解決策を話していく……。
「なるほどのぉ……。サルビアはその鵺なる者を好いておるのじゃな?」
「ち、違う! 勘違いしないでおくれ! アタシは……一族のために必要な犠牲だと思って……」
「本当かのぉ? まぁ良いわい。……さて、出迎えをせねばな」
「……出迎え?」
老人は遠くを見詰める。
サルビアもその方向に目を向けるが……それらしき人物は見えない。
ただ、何かがこちらに向かってきているという直感だけを感じる。
飼い慣らした魔獣たちが尾を立て唸り始めた。
森の茂みがガサガサと僅かに動く。
それを見て、魔獣たちが一斉に走り出した。
だが……魔獣たちは突然その足を止める。
怯えている訳ではないようだが、何かの危険を察知した様子である。
「匂いじゃな」
「匂い?」
「これは大熊の糞尿の匂いじゃ。他にも匂いを感じるが、本能的に嫌がる匂いを漂わせているな……」
森の茂みがまたざわつく。
だが今度は、その範囲が広い。
左右に50m程の広さにその存在を感じ、しかも、明らかに「人ではない気配」である。
その気配は次第に強まり、茂みを掻き分け「それ」は姿を現した。
現れたのは、鵺。
だが、現れたのは鵺だけではなかった。
いくつもの「球状の黒い物体」と共に出現したのだ。
黒い物体は、かぼちゃ大の大きさで表面はつるつるとしており、黒い光沢と異質な雰囲気を放っている。
不用意に近づけば切り刻まれてしまうような、鋭利なナイフのような雰囲気である。
鵺は手に持つ装置のスイッチを入れると、黒い物体は形状を変えた。
扇のように羽のような物を広げ、音を発し始めた。
「私の名は鵺! 私の望みは唯一つ、「語らい」である! 私は無用な戦いを求めない! だが、貴様たちが耳を貸さず道を阻むのであれば、私は私の目的のために前進するのみである! 速やかな返答を求める!」
赤槍たちは長老へと意識を向けた。
判断を仰ぐためである。
鵺から見て、一族の長は二人いるように見える。
老人と老婆である。
おそらくは老人の方が一族の長だと思われていたが、老婆は老人と相談する事なく判断を下した。
「殺せ」
そう命令を受け、赤槍たちと魔獣たちは一斉に襲い掛か……
――ズズーン!
突然、鈍く大きな音が響き渡る……。
それは、老婆の隣に座っていた老人が側近たちに命じ、槍を地面に突き立てた音だった。
「爺さん、一体何のまねだえ?」
「ワシは奴と語らおうと思う」
「耄碌しちまったのかい? あの猿は殺すよ。これは掟さ。そのくらい爺さんにも分かるだえ?」
「掟か……。ならば止めんな?」
老人は椅子から立ち上がった。
そして、ゆっくり歩を進める。
老婆は不服ながらも、その意味を察した。
だが、サルビアたちや他の赤槍たちは訳の分からないという顔である。
「お爺様? 一体何を……」
「なーに、今は無き「古き掟」を掘り出しただけじゃ」
「古き掟って? お婆様。古き掟とはどういう物なのですか?」
「……遠い昔に封じられた忌まわしき掟さ。爺さん、死ぬつもりじゃないだろうね?」
老人は手を振って応えるだけだ。
老人は鵺の10mほど手前に来ると止まった。
「待たせたのぉ」
「いえ。この程度待ったとは言いません。それにまだ時間はあります」
「つまり、伏兵がいるのじゃな?」
「伏兵など綺麗な物ではありません。ただ……骨どころか灰すら残らない策でございます」
「策か。面白いのぉ。久しく戦いを離れていたこの老骨も、血の滾りが抑えられんのぉ」
「素直には通して頂けないという事ですね」
「察しが良いのぉ。ワシがこうしてお主と相対できているのは、「古き掟」ゆえにだ。時間は幾刻残っておる?」
「少々お待ちください」
鵺は剣を抜き、地面に突き立てた。
そして、方角を考えながら印を付けていく。
剣の影を使った日時計である。
「およそ10分。600も数を数えれば時間となります」
「ふむ……。一つ聞くが、なぜ素直に答えるのじゃ?」
「先程申し上げた通り、定刻になれば一帯は火の海になります。私が死んでも策は起動します。それでは無意味な殺傷です。事前に退避できるなら時間を伝えるべきですし、私が勝利した場合でも他の者が納得するとは限りません。ゆえにお話しただけでございます」
「なるほどのぉ。サルビアが娶られたいというのも頷けるのぉ」
「私は彼女を娶るつもりはありませんがね」
「ホッホッホ! それは若人同士で決めれば良い話しじゃったな。他に伝えるべき事はあるのかのぉ?」
「では僭越ながら。ここより北東に2フィール程先になりますが、私の部下たちが貴方方の別働隊に攻撃されております。その攻撃を一時取り止めて頂けないでしょうか」
「ふむ……。無理じゃな。ワシらの意思を伝えるには時間が無さ過ぎるからのぉ」
「ご心配に及びません。この通信機で意思をお伝え下さい。これは遠く離れた地の者と話ができる装置でございます」
鵺はゆっくりと老人に近づき、通信機を渡す。
老人に操作方法を教え、老人は通信機に話し掛けた。
「ゴホ! ワシの声が聞こえるかのぉ? 第11部隊だったと思うが、お主らは即刻撤退せよ。……これで良いかのぉ?」
「撤退で良かったのでしょうか?」
「お主の敬意に応えるには丁度いいと思うがのぉ?」
「……分かりました。ありがとうございます」
「うむ。そろそろ時間じゃ。ワシらも早く事を済ませんと命がないぞ」
「それも問題ありません」
鵺は通信機で本部に連絡を取り、作戦の変更を伝えた。
「さて、時間は十分にあります。存分にやりあいましょうか」
「うむ。存分にな」
次回、2015/8/19/7時です。




