表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
110/117

第108話 不自由な選択

 ミイシャはぬえの言葉に戸惑う。

 一族を裏切ったのなら話も理解できるが、サルビアたちは裏切ってなどいない。

 その証拠にぬえの呼び掛けは拒否していたし、作戦にしても、共同というより話し合いの場を依頼するものだった。

 直接死に関連する理由は見つからないが、疑わしいというだけで「殺される」とでも言うのだろうか……


「兄様、サルビアさんたちは何も悪くないわよね? どうして「殺される」なんて言うの?」

「厳格な掟ってのは、理屈が通らない事が多いんだ。……今は時間がない。続きは移動しながら説明するよ」


 ぬえは素早く荷物をまとめると走り出す。

 そして、無線を使って監視班と連絡を取り始める。


「こちらぬえ。応答せよ」

「……はい。こちら監視班」

「無事だったか! これから合流する! 後方の合流地点に移動してくれ!」


 しかし……なかなか応答が返ってこない。

 直感的に不穏な空気を感じる。


「……主様申し訳ありません。現在我が隊は……魔獣と交戦中です。合流は難しそうです」


 耳を澄ますと……通信機からは獣の唸り声と団員たちの叫び声が聞こえる。

 別働隊の赤槍せきそうに強襲された訳ではないようである。


「待ってろ! 今そちらの応援に向かう!」


 ミイシャと目を合わせ無言で意思を統一すると、進行方向を監視班のいる方向に変えた。

 だが、通信機からは期待とは違う応答が返ってくる。


「主様……。我らは見捨てていってください」

「勝手を言うな!! 貴様たちを捨て駒に育てた覚えはないぞ!!」

「そうではありません。アイツら……人ではありません。噂に聞いていた赤槍せきそうのようです。今はなんとか洞窟に逃げ込み、進入路を防いで籠城しています。応援があったとしても切り抜けられるとは思えません。……主様! 我らの無念、必ずや晴らしてください!」


 監視班は赤槍せきそうの別働隊に襲われていた。

 退路を絶たれ、無力ながらにも抗っているようだ。


 今の俺の前には、二つの選択肢がある。

 一つは、監視班を救いに行く事。

 この場合、サルビアたちを見捨てる事になる。

 二つ目の選択肢は、サルビアたちを救う事。

 この場合、監視班は全滅する。


 サルビアたちが殺されるというのは可能性の一つに過ぎない。

 だが、監視班を救う事を選んでも、赤槍せきそうたちを撃退すれば今後の交渉にも支障を来す。

 両方救うには根本的に人員は足りおらず、応援を呼ぶにも時間が掛かり過ぎる……。


「ばかやろう……。俺の馬鹿野郎!!」


 ぬえは自身をなじる。


 監視班は現場からかなり距離を取っていた。

 気付かれる事があっても、襲われるとまでは思っていなかった。

 だが、そこに慢心があった。

 切迫した状況は、自分たちだけだと思い込んでいたからだ。


 サルビアたちの説得が失敗に終わった事も痛い。

 繋ぎのために交渉の場を設けさせたが、その「交渉を持ち込ませる事」自体が裏切り行為と判断される可能性がある。

 離反者には既に討伐命令が下されており、その命令を覆すのは難しい。

 一族の掟は安易に考えられるほど生ぬるくない。

 ともなれば、サルビアたちは離反者に汲みする者であり、俺たちの内通者として処分される可能性は高いと見るべきだろう。


 サルビアたちが本隊に合流するまで、もう時間はない。

 監視班もそう長く持たないだろう……。


 目を閉じ、ゆっくりと呼吸する……。

 落ち着いたところで、ぬえはミイシャを見据えた。


「ミイシャ」

「……はい」

「相手は恐らく八人。魔獣数匹を引き連れていると思われる。これを突破し、監視班に合流できるか?」


 ミイシャはぬえ言葉の意味を理解した。

 向かうのは二人ではなく、ミイシャ一人だと。


「難しいと思うけど、滑り込むだけならできると思う。でも……そこからどう立ち向かうかまでは……」

「それでいいよ。監視班に合流したら、<シルバースネーク>で団員たちを守ってくれ」

「はい。でも……まさか……」

「うん……。本部に砲撃させる」

「……それでいいの?」

「それが「俺たちの基本方針でもある」って事もあるけど、手段を選べなくなる前に片を付けるためでもある」

「兄様はどうするの? ヴァルカンさんたちを呼んで空から進入するつもりなんでしょ?」

「いや……さっきまでそう考えてたけど、冷静に考えたら駄目だって気付いたよ。ヴァルカンさんは修行の真っ最中だ。エル様も簡単には許可を出さないと思う」

「じゃあ……どうするって言うの?」

「正面突破する」

「しょ、正面!? サルビアさんたちと合流するって言うの?」

「それも違う。サルビアさんたちは自らの力で説得に向かっている。そこに俺が入っても場を乱すだけだ。なら、全部一纏めに相手するしかないんだよ」


 ミイシャが何か言い返そうと頭を捻っている隙を見計らい、ぬえは釘を刺す。


「大丈夫! 俺は死なないよ! ……今の俺たちにできる事は少ない。何から何まで危険な賭けだ。それでも、俺と共に立ち向かってくれるかい?」


 ミイシャは少し悔しがりながらも、無言で了承してくれた。


 ミイシャは俺の護衛になるべく努力を続けてきた。

 どんな事があろうとも守り抜くために。

 だが、いざその場面になるとその通りにならない。

 その憤りが悔しいと感じるのだろう。



 ぬえがこういった無謀とも取れる行動をせざる得ないのには理由がある。

 それは、動かせる駒が少ないためである。

 

 ぬえの基本戦術は「相手の出鼻を挫く事」。

 つまり、先手先手で頭を抑える方法だ。

 そのために必要となるのは、ぬえの意図を理解し動いてくれる駒。つまり、人員である。

 

 団員たち。伯爵閣下の懇意にしていた商人たち。ヴァルカンやスピネルたち。

 彼らのように考えに賛同してくれる者たちは、僅かながら増えつつある。

 だが、ぬえが相手にしようとしているのは国家そのものである。

 対応するためには各地に人員を配備する必要があり、配備した者たちも少ないながら善処してくれている。

 ともなれば、足りない事を嘆くより、自ら戦線に立つ事で少しでも負担を減らすしかないのだ。



 もう一つ、ぬえ赤槍せきそうに固執する理由がある。

 それは、他を寄せ付けない圧倒的な戦力。つまり、武力である。


 赤槍せきそうは、破壊の限りを尽くす竜という脅威に立ち向かう唯一の戦闘集団である。

 だが、他種族と交流すらしない孤立無援の部隊でもある。

 そんな彼らを説得するには、納得させるだけの魅力的な交渉材料が必要であり、彼らの意思を尊重する交渉内容でなければならない。

 微妙を要する交渉相手なのだが……ぬえは「反撃」という選択肢を取った。

 それはぬえの掲げる「基本方針」ゆえでもある。


 「攻撃してくる者は、誰だろうと叩き潰す」

 一見過激な方針にも見受けられるが、交渉の余地なく攻撃してきた場合に限られる。

 先手を打つのもそれを見越した物であり、相手が出鼻を挫かれた所に警告を発し、それでも攻撃を止めない者に打撃を与えるという構えである。 


 今回の状況で言えば、先手は有効に発動せず奇襲を受けてしまった。

 状況は差し迫っており、今後の展開を見据えれば、強行してでも事態解決すべきだと考えたのだ。


 ミイシャはひっしりとぬえに抱き付く。

 少し……震えているようにも感じる。


「兄様……必ず生きて帰ってきてください」


 ミイシャの小さな懇願に、ぬえは笑顔を見せ応えた。


「心配いらないよ。ミイシャこそ、無理なら本部に帰るんだよ」

「いいえ! みんな私たちの家族です! 必ず守ってみせます!」

「うん……」


 ぬえはミイシャを優しく抱き締める。

 ひと時の安らぎの後、二人はそれぞれ行動に移った。

 ぬえは通信機を取る。


「全隊に通達する! これより狂犬退治に取り掛かる! 歯向かう奴は―― 一匹残らず蹴散らせ!」



 ◇



 ぬえの号令は、すぐさまに各地に通達された。

 そのためか、本部はいつもにも増して慌ただしい。

 修行の合間の休憩に出ていたヴァルカンが走る団員を呼び止める。


「おい? 一体何の騒ぎだ?」

「はい! 主様より伝令がありまして、開戦準備に入っております!」

「開戦? いったいどこの誰とだよ?」

「信じがたいのですが……赤槍せきそうとの事です」

赤槍せきそう……あの竜討伐専門の武闘派集団だってか!?」

「はい!」

ぬえの奴は魔人を相手にしてるはずだろ!? 何で赤槍せきそうなんてのが出てくる!?」

「も、申し訳ありません。私では分かり兼ねます」


 ヴァルカンは団員を押し退けると、伯爵の元へと向かう。

 そして伯爵のいる部屋に入ると、ソファーで寛ぐ伯爵を怒鳴りつけた。

 

「伯爵! 説明しろ!」

「騒々しい奴だ。少し落ち着いて座るのだな」

「いいから説明しやがれ!」


 伯爵は葉巻の煙を漂わせ一息付くと……目付きを変えた。


「受けた伝令はある地点の砲撃。それと、赤槍せきそうの拠点の探索、及び制圧だ。砲撃の方は既に弾道計算に入っている。拠点についてはある程度目星は付いている。あとは兵を送り込んで制圧に入るだけだ」

「そうじゃねえよ! なぜ赤槍せきそうが出てくるんだ!? アイツは魔人の足止めの最中だったはずだろうが!」

「そう言うな。ワシも詳しくは知らされていない。単なる憶測だが……魔人と赤槍せきそうは関連があるのだろう。でなければ、そうそう遭遇する相手でもないからな」


 伯爵はとても落ち着いていた。

 明らかに劣勢だったぬえを相手にしたとはいえ、互角以上に渡り合っただけあるとも言える。

 ともかく状況は分かった。

 だが、ぬえが窮地に立たされている事実は動かないだろう。


「伯爵。ぬえの奴は……」

「大丈夫じゃろ。これを見てみよ」


 伯爵は机に広げられた地図を指差す。


ぬえは矢印で示す方向に移動中との事だ。そして、このバツ印が砲撃予定地点だ」

「妙に印が多いな? それにこっちもだ。なぜこの2箇所に砲撃が集中している?」

「……さあ? 分からんな」

「分からない!? ぬえの進行方向は「印の中心」じゃねえか!? ミイシャも同じだ! アイツら二人して自殺願望でもあるってのか!?」

「分からんと言うてるだろうに! 定刻までに連絡がなければ砲撃せよとの事だ。その場合、ぬえも巻き添えを食らう可能性はあるだろうな……」

「アイツ……いくら人手が足りないからって……」


 ヴァルカンは再び団員たちを押し退け、部屋を出て行った……。


次回、2015/8/12/7時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ