第106話 笑えぬ提案
サルビアとジギタリスを相手に協議を始め、数時間が経過した。
その間に、ヒヨスやアイリスらが暴れるひと騒動もあったが、今は落ち着き、木陰で昼寝をしている。
「なるほど……私は概ね納得した。サルビアはどうだ?」
「今更アタシに聞く事なのかい? ジギタリスが行けるって言んなら、アタシからは何もないさ」
「それでいいなら構わないが……どう説得するかが難題だ」
「そうだねぇ……」
ジギタリスは険しい表情で考え込み、サルビアは天を仰ぐ。
二人が納得しつつも難色を示すのは、「一族が納得するか」という問題である。
まず、赤槍たちの状況はかなり差し迫っている。
竜討伐に失敗し、アルテシア聖王国との約束を履行できずにおり、更には一部の者が離反し、内部分裂の寸前の危機的状況である。
一族の方針としては、離反者たちを処分し、残った戦力で再度竜討伐に挑むらしいが……結果は火を見るより明らかである。
彼らの方針通り状況を進展させるには、離反者を討ち倒さなければならない。
だが、離反者たちは最前線で戦っていた現役の強者たちであり、多大な被害を覚悟しなければならない。
例え、最低限の被害で討ち倒す事ができたとしても、その後には竜討伐が控えている。
問題はここだ。
彼らは竜討伐に挑み、一度負けている。
これは「一族で最も強い者たちが挑んだ結果」でもある。
それはつまり、「実力や装備だけではなく、経験則に基づく既存の戦術では倒せない」という厳しい現状を意味している。
何もしなければ、契約不履行の制裁を受けてしまう。
戦力を再編しところで、勝てる見込みは薄い。
ここまで完全に追い詰められた状況でありながら、彼らは無謀な選択しかできない。
それは「生き残るためのやむ得ない選択」ではあるが……これは彼らが定めた掟の「副作用」だとも言える。
彼らは「姿を見た者は殺す」など一見排他的で過激な掟を持っている。
そして、他種族と関わらない「閉鎖的な方針」を取っている。
副作用となるのは、この「閉鎖的な方針」という部分だ。
他種族と関わらないという事は、「外交をしていない」という事になる。
外交というのは、単なる貿易交渉の手段ではない。
安全保障など、水面下で相手と交渉をするための手段なのだ。
今回のケースで言えば、アルテシア聖王国に応援を要請する事もできたはずである。
「姿を見た者は殺す」という掟についても、サルビアのように目立つ部分を隠してしまえば傍目には分からないし、アルテシア聖王国側も口が堅い者を選出すればいいだけの話になる。
つまり、この状況を生み出しているのは、大魔法を発動しながらも不出来な契約結んでしまった「何者かの落ち度」と、外交手段を断ち切った赤槍の「閉鎖的な方針」が原因なのだ。
「長老は頑固なお方だ。交渉は受け付けないだろう……」
「……アタシが行って来るよ。まだ間に合うさ」
「サルビア止めろ! 殺されるぞ!」
「やってみなきゃ分からないだろ? こうやってても何も進展しやしないしねぇ。やるだけやってみるだけさ」
「駄目だ! いくらお前だろうと、あの方々が聞き耳を傾ける事はない!」
サルビアとジギタリスの言い争いを聞き付けたのか、アイリスが準備万端という表情でやってきた。
「お姉ちゃん。私も行くよ」
「……いいのかい? あの頑固者相手にアタシの言い分が通じるとは思えないけど……」
「いいの! 私はお姉ちゃんに付いて行くだけ。今までそうだし、これからもそうよ」
「俺たちも行くぜ!」
ヒヨスと部下たちも勢揃いしている。
皆清々しい笑顔を見せ、悲壮感は感じられない。
「待て! お前たち分かってるのか!?」
「ジギタリス。おめぇこそ分かってねえんじゃねえか?」
「何がだ?」
「俺たちは掟を破って処分される運命だった。それを救ってくれたのはサルビアだ。だったら、サルビアために命を張るってのが道理だぜ?」
「あれはヒヨスが言い出したのが原因ではないか! お前が「外の世界を見たい」と言い出さなければ何も問題なかった話だ!」
「今更それかよ? お前だって付いて来ただろが」
「ヒヨス黙れ!!」
互いに武器を構え、決闘でも始まる様子……だが、鵺は気だるそうに口を挟む。
「はぁぁ……くだらないですねぇ」
「おい、サル野郎! テメェは口出しするんじゃねえ!」
「俺は犬猿の仲になるつもりはありませんけど、その耳は飾りですか?」
「なろぉ!」
「待てヒヨス! ……鵺よ。それは侮辱か?」
「ジギタリスさん。貴方は優秀だと思ってましたが、とんだ見込み違いのようでした」
「……私は自身を優秀だとは思っていない。私を買い被っていた鵺の目が節穴なだけだ!」
ジギタリスの反論に鵺は長い溜息を漏らした。
それを侮辱と受け取ったジギタリスは槍を構えたが、二人の間にサルビアが割って入る。
「ジギタリス、まぁ待ちな。アンタには策があるって言うのかい?」
「サルビアさん。貴女は冷静で助かりますけど、そもそも視点が間違っているって事に気付いてください」
「どういう意味だい?」
「貴女方には味方がいない。だから、自分たちだけで何とかしようとする。それが無謀な交渉を挑む事でもあり、今回の騒動の原因です。だったら、自分の味方を探せばいい話なんです」
「……アンタが味方になるってのかい?」
「そういう話ではありません。もちろん、敵ではありませんけどね?」
「もったいぶるねぇ。あまりアタシを苛めないでおくれよ」
「フフ、少し意地悪でしたね。でも、意地悪ついでに言わせてください。貴女方には味方がいます。そうですねぇ……ヒントは、「ミカタ」の「ミカタ」です」
渾身のギャグに、誰一人として反応しない……。
鵺はただ一人ギャグが滑った事に愕然としていたが、笑い声が響く。
「フハハハハハハ!」
「ジ、ジギタリス? そこは笑うところなのかい?」
「……いや。何ともくだらない事を言う奴だと気付いただけだ」
「す、すみません……」
「鵺はこう言いたいのだ。味方の見方。つまり、敵の敵は味方に成り得る。それは主義主張を共有できなくとも、一時的な協定を結ぶ事が可能だという事だ。……捻り過ぎで、笑い話にすらなってないのがな?」
「…………すみません」
「理屈は分かるけどねぇ……。でお、どこに味方がいるってんだい?」
「一つは目の前にいる鵺だ。そして二つ目は、「あの中」にいる」
ジギタリスは霧の方角に指を向ける。
「まさか、レクスたちがだと!? 確かにそうかもだけど……アイツらが耳を貸すとは思えないよ?」
「まともにやればな。だが、奴らが味方ともなれば、長老方も耳を貸さざる得ないかもしれない」
「……って事は、あの包囲網を突破しなくちゃならないね。それに、レクスたちが襲ってくるかもしれない。かなり難しい作戦だねぇ……」
「お姉ちゃん? 普通に戻って、隙を見て進入すればいいんじゃない?」
「鵺を連れてかなければ可能かもねぇ。アタシらで説得できるとも思えないけどねぇ」
「サルビア。この作戦には鵺が必要だ。私には奴らを説得できるだけの持ち合わせがない」
「となると、強行突破かね。アンタはどう思う?」
鵺は黙って話を聞いていたが、質問とは違う答えを出す。
「今のままでは無理だと思います」
「まだ問題があるのかい?」
「はい。交渉には「三つ目の味方」が必要です」
「三つ目? ……思い当たらないけどねぇ」
「私にも分からない。誰だと言うのだ?」
鵺はゆっくりと指差す。
それは森の奥。
霧の方向とは真逆の方角である。
「この森を抜け、村を二つ越えた先にラーミリア侯爵領があります。魔人出現の報は既に伝えてあり、頃合としては討伐準備を始めている最中だと思われます。彼らを味方に引き入れられれば、交渉材料としては十分でしょう」
「侯爵……。私は爵位に詳しくないのだが、それはどれほどの規模なのだ?」
「侯爵領の総人口は200万人。その内一割が兵士だとして、内3割が実戦投入されるとすれば、およそ6万の兵力です」
「ろ、ろくまん……」
「まぁ、魔人を相手にできる者は少ないでしょうからね。実力や装備、期間などを考慮すると……実質的に動かせるのは1万ほどだと思われます」
「なるほど。それだけいれば十分な交渉材料だ」
「ただ……問題がない訳ではありません」
「味方となってくれるか分からないという事か?」
「はい。私と侯爵閣下の間には因縁がありまして、素直に力になってくれるとは限りません」
「何をしたかまでは聞かない。だが、それでも可能だと言うのだな?」
「はい可能です。ただし、そのためには貴方方のお力添えが不可欠です」
「……何をしろと言うのだ?」
鵺はもったいつけながらも、満面の笑みを浮かべながら言い放つ。
「簡単な事です。赤槍を抜けてください」
次回、水曜日2015/7/29/7時です。




