第105話 必勝の運命
「我々の要求は――」
「ちょいと待ちな!」
鵺の言葉を遮り、サルビアが話に割り込む。
「自己紹介もなしなのかい?」
「そうでしたね……。私は「名も無き兵団」の団長を務める、鵺と申します。隣に控えているのがミイシャです」
「「名も無き兵団」とは随分変わった名称だね?」
「まぁ……実際団体名はありませんからね。話の都合に合わせただけです」
「まぁいいさ。アタシはサルビア。赤槍独立分隊、第8小隊隊長をやっている。副隊長はジギタリス。そこに寝転がってるデカ物だ。……ところで、まだ目を開けてないんだね? そんなに掟が怖いのかい?」
「いえ。これは私なりの礼儀です。立場の有利不利に関わらず、許可もなく姿を見るのは失礼だと思った次第です」
「なるほどねぇ。残念だけど、アタシにその権限はない。でもねぇ……馬鹿真面目に付き合う必要もないと思うけどねぇ?」
「そこは自覚しています。とりあえず、商談が成立してから考えましょうか」
「分かったよ。で、「交渉」ではなく「商談」ってのはどういう事だい?」
「私はこんな身なりをしていますが、元々商人です。商人として、貴女方に協力できる事がないか提案をしたいのです」
「つまり、「金」って事かい?」
「それは否定しませんが、私腹を肥やす目的はありません。私はこの国のやり方に疑念を持ち、流れを変えるために動いています。その流れを変えるため、赤槍方にお力添えできないかと思っているだけです」
「そいつは無理じゃないかい? アタシらは掟で他種族との接触を禁じられている。これをどう解決するって言うんだい?」
「では逆に質問しますが、なぜ「その掟」は存在するのでしょう?」
「……どうやら、話以前の問題のようだねぇ。目を開けな!」
「ですから、それは商談が成立した後で」
「強情だねぇ。とにかく目を開けな! アタシらの為って言うならね!」
鵺はしばらく葛藤した後、ゆっくり目を開ける。
朝方の弱い光が目に差し込み目を細めるが、ぼんやりと姿が映り始める。
そこに居たのは……褐色の肌の女。
山羊のような捻じ曲がった角が装飾され兜を装着し、鎧は小さな赤い鱗が幾重にも重ね繋げられた物で、ボディラインがくっきり浮かび上がるほど薄い。
全体的に赤を基調とした独創的な鎧ではあるが、機能的で高い防御力を兼ね備えた鎧だと思われる。
一見すれば、まるで山羊の頭を持った悪魔「バフォメット」のような出で立ちではあるが……それが「姿を見た相手を殺す」という排他的な掟にどう繋がるのかは分からない。
「たしかに珍しい格好をされていますが……「それ以前の問題」と言われる程の外見とも思えませんね」
「これを見てもかい?」
サルビアは角の付いた兜を外す。
すると……ピョコンと2つの「突起物」が現れた。
「という訳さ。これがアタシらの……って、どうしたのさ?」
鵺は、目に映る「衝撃の事実」に固まっていた……。
サルビアの頭にあるのは……どう見ても……「犬のような耳」だからだ。
話はミイシャから聞いていた。
だが、それは兜の角であったり、素材を生かしたデザインだと思っていた。
キルヴィラにいた猟師たちは、人の存在を消すために獣に擬態して狩りをしていた。
子供たちが倒した魔獣の素材から作った鎧も、強さを誇示するためなるべく形状を残していた。
それらの知識や先入観があったとはいえ、いくら異世界とはいえ「獣人がいる」とまでは思っていなかったのだ。
「だから言ったでしょ? 耳としっぽがあるって」
「い、いや……それはデザインだとばかり……」
「んもぉ! たまには私の言う事も信じて欲しいわ!」
「さ、サルビアさん。ちょっと失礼な事を伺いますが……」
「何さ?」
「「しっぽ」もあるんですか?」
サルビアは少し体をずらし、尻尾を動かして見せる。
「ふあ!」
「面白反応だねぇ……。次は「触りたい」とでも言うのかい?」
「い、いえ! やましい意味はありません!」
「アタシの旦那になるってんなら、それこそ付け根まで見せてあげるさ」
「け、結構です!!」
「そうよ兄様! 兄様には姉様がいるし私もいるんだから、勝手に候補を増やさないでくださいね!」
「だからそんな事しないって!」
「あれぇ? アンタには嫁がいるのかい? それに兄姉で結婚してるのかい? おまけにその娘も候補とは、隅に置けない人だねぇ」
「うっ……。これには色々事情があるんです……」
「まぁいいさ。これで理由が分かったかい?」
「……人身売買という事ですか?」
「それもあるさ」
「なるほど……」
少し理由が見えてきた。
赤槍たちは獣人という事もあり、愛玩目的の人身売買の商品とされてきたのだろう。
酷い迫害を受け、人種差別をされてきた。
そこで、竜を狩るという仕事を引き受ける代わりに「獣人を保護する」という約束を取り付けたと思われる。
だからこそ、獣人である事を悟られないため、厳格な掟が設けられたという事だろう。
だが、それでも腑に落ちない点がある。
俺の情報網に「獣人」の存在が抜け落ちていた事だ。
昔は獣人たちを人身売買の商品としていたと思われる。
ならば、その存在がある程度知れ渡っていても変ではない。
情報統制するにしても、法は名目上の物で抑制効果は期待できないし、文献が残れば存在が知れてしまう。
となれば、人為的な制限には意味が薄い。
残る可能性は……魔法。
分類としては魔術の可能性が高い。
俺の能力はある意味制限のない物ではあるが、今は人の記憶を書き換える事まではできない。
それはやってはならない事でもあるが、人の記憶がどう記憶されるか分からないためでもある。
記憶とは、イメージ記憶と論理的記憶に分類される。
イメージ記憶とは、物を見た時の記憶。
論理的記憶とは、読む書く話すといった動作で覚える記憶である。
これらは単一の記憶でありながら柔軟に結び付けを変え、複合的に記憶として呼び出される。
例えるなら、リンゴ。
リンゴは赤く、噛めば甘い果汁が口内に広がる。
これはイメージ記憶と論理的記憶の複合ではあるが、これは人によっては捉え方が異なる。
リンゴが赤い。これは先入観である。
赤く大きく甘いリンゴというのは日本人の思い描くリンゴであり、海外で言うリンゴは赤より青が多く、小さく硬く、甘かったり渋かったりもする。
それらを統合して、単純に「リンゴ」という記憶を消す事はできないからだ。
誰がやったか分からないが、人々の記憶から獣人の存在を消したとなれば……それは大魔法と言えるだろう。
エル様がそれをやった可能性は……それはないと思う。
彼女は魔人化したサーヴェントさんたちを救うため、保有していた精霊をサーヴェントさんたちに譲渡している。
精霊の加護なしに、これだけの大魔術を発動させるのは難しいと思われる。
となれば、別の誰かという事になるが……。
鵺はミイシャの方に顔を向けると、変な事を言い出す。
「ミイシャ。ちょっと質問していいかな?」
「はい」
「魔人って見た事ないよね?」
「ないけど……兄様もじゃない?」
「うん。そこで質問だけど、魔人ってどんな姿してると思う?」
「……怖い顔付きで体がゴツゴツしてて……あとは耳やしっぽ、羽なんかもあるかも?」
「それは誰かに教わったりした事?」
「ううん。想像しただけの魔人だけど……何か意味があるの?」
「単なる仮説だけど、獣人の存在を消すために「魔人の情報」と置き換えられている可能性があるんだ」
「……どういう事?」
鵺は考察した事を話し始める。
「記憶の消去ではなく置き換えとはねぇ……。発想がぶっ飛び過ぎだねぇ」
「魔術の構築も似たような物です。目的を遂げるために発想を巡らせ、必要な術式を埋めていく。中身が分からなくても結果を排出する。それが魔術ですからね」
「じゃあ、どうするんだい? それだけの偉業をぶち壊すって事にもならないかい?」
「そこは交渉でしょうね」
「商談ではないのかい?」
「ええ。貴女方には利益のある話「商談」。そして、この魔術を完成させた方には、許容できる商談内容なのかの「交渉」を行います。「商談」と「交渉」の使い分けにはあまり意味はありません。結局のところ、融通が利かないなら話し合う必要もありませんからね」
「……で、アタシらに利益のある話ってのは何だい?」
「獣人が人間社会と共存できる話です」
「……おちょくってるのかい?」
「いえ。至って真面目です」
いつもなら、ここで相手が怒り出す。
だが、サルビアは冷静だった。
「意外と冷静ですね?」
「今回の事態もそれが引き金と言っていいからねぇ……」
「差し支えなければ、何があったのか教えて頂けませんか?」
「簡単に言えば、仲間割れさ。アタシらは竜狩りを生業としている。それは知ってるね?」
「はい。赤槍のおかげで被害は最小に収まっていると聞いています」
「その程度なんだね……。でもねぇ、竜狩りってのは言うほど簡単な物じゃないのさ。戦えば必ず死者は出る。毒に侵されれば治療も満足にできない。勝つために常に戦闘を繰り返し、力を付けるためにソーマの副作用にも耐えなくちゃならない……。アタシらは勝つ事でしか活路が見出せない哀れな一族なのさ……」
「的外れなら申し訳ありません。我々が「魔人」と思っている者たちは、「現体制に不満を持つ者」だったりするのでしょうか?」
「……そうだね」
「では、貴方方は「謀反者を殺すために」ここまで来たのですね?」
「…………アタシはその判断が間違っていると思っている。だけど、これはアタシたちの未来にも関わる話なんだ。どうやっても……覆せないじゃないのさ……」
サルビアは胸の内を語ったが、それは真実であると分かる。
彼女の耳は興奮すると耳を立て、気分が落ち込むとへたっていたからだ。
もちろん、それだけが理由ではない。
常に結果を強いられる彼女たちが、平和に暮らす我々に嫉妬しない訳がないからである。
負ければ再び不遇を強いられ、日の目を見る事は難しくなる。
勝っても仲間の何人かは傷付き倒れ、勝利の宴もそこそこに次の戦いに備えなければならない。
それが延々と続く……。
想像しただけでも、身の毛のよだつ恐ろしい宿命だと言える。
「では、こういう提案は如何でしょうか。この際、竜狩り辞めません?」
「それは出来ないって分かってるだろ?」
「出来ますよ。私はそれなりの規模の情報網を持っています。しかし、その情報網を駆使ししても、貴女方の事は「竜討伐専門の武装集団」としか分かりませんでした。赤槍が敗れた事を知った領主たちの反応も同様のようです。つまり、このまま身を隠すのも一手だという事です」
「……なるほどねぇ。そういう手もあるのかい」
「サルビア。それは駄目だ」
誰の声かと辺りを見渡すと、声の主はジギタリスだと分かった。
ジギタリスは大柄な体を仰向けにし、ジッと話を聞いていたようだ。
「ジギタリス。どういう事だい?」
「その提案は単なる「逃げ」だ。何も解決しない」
「そうかい? アタシらを良いように使ってた奴らに一泡吹かせられるとは思うけどね」
「一時的にはそうだな。だが、我らの存在意義が無意味になってしまう。それでは同じ事の繰り返しになってしまう」
「じゃあ何だってんだい!? 見ず知らずの奴らのために命を張り続けろって言うのかい!? それこそ馬鹿げている!」
「お前の言い分は分かる。だが、それが現実だ。何度も会議をして出した結論でもある。感情だけで勝手に決めていい話でもない」
サルビアの耳はペタリと萎れている。
まったく分かりやすい耳である。
鵺はミイシャに指示を出し、ジギタリスの縄も解かせた。
「さて、そちらの作戦参謀も揃った事ですし、本題に入りましょうか」
「本題? 今までのは戯言だったと言うのかい?」
「サルビアそうではない。この鵺という者、私は「本題を話せずにいた」と見ている。そうなのだな?」
「はい。一族の運命に関わる提案ですし、簡単に切り出せる内容ではありませんからね」
「それだけではないのだろ?」
「ジギタリスさん。貴方いい勘してますね。では……生きるか死ぬかの「死活の一手」をお話しましょう」
次回、水曜日2015/7/22/7時です。




