第104話 敗戦の悪夢
「来ました!」
ミイシャが敵を捕捉した。
相手は8人のようだが、配置はフォーマンセル・ツーチームではないようだ。
3人と5人に分かれ、左右から静かに接近してきている。
恐らくは5人掛かりでミイシャに襲い掛かり、3人は俺を狙う算段なのだろう……。
「ミイシャ。打ち合わせ通りいくよ」
「はい!」
返事を聞くと、鵺は5人の集団に向かって走りだした。
「男の方が来やがった!」
「迎え討て!! 銀の液体には注意しろ!」
勢いよく疾走する鵺。
接敵まで、あと20m……10m……。
剣を抜き、一人目に斬り掛かろうとした時――
「今だ!!」
掛け声で赤槍隊の後列から「網」が投げ込まれた。
細い紐で紡がれた物ではあるが、広範囲をカバーできる大きさである。
後ろにも引けず、横にも避けられない状況……
だが、鵺は止まらない! 構わず網の中へと突っ込む!
「捕え――」
「フヒ!」
一閃!
銀色の光がに空に軌跡を描くと、網は一刀両断された。
その隙間をすり抜け相手の懐に潜り込むと、剣を斬り上げる!
カッ!
予想とは違う短く軽い音が響き、奇を狙った一撃は防がれてしまった。
そこに、間髪入れず男たちの攻撃が飛んでくる。
その攻撃は「シルバースネーク」で防げたが……彼らの取る戦術はかなり厄介である。
彼らの戦い方は、阿吽の呼吸とも言える「隙を作らない連携攻撃」だ。
「受け手」が攻撃を防ぎ、「攻め手」が一瞬止まる相手を狙って攻撃する。
「攻め手」を狙えば役割が逆転し、今度は「受け手」となって動きを止めにくる。
だが、特筆すべき点は「そこ」ではない。
彼らの持つ武器が「変更」されている点だ。
目視ではよく分からなかったが、音と感触から木製の武器だと思われる。
森で硬木を探し、急拵えの武器としたのだろう。
これは、彼らの武器が「シルバースネーク」の魔力供給源となる事を悟っての対応だと思われる。
つまり彼らは……「魔術を使わず、戦闘技術だけで戦おうとしている」という事だ。
鵺が戦闘を繰り広げる一方……ミイシャは待機地点から動かなかった。
闇の向こうをジッと見詰め、相手の出方を伺っている。
「へぇ……意外だねぇ? 男の方は自ら出るとはねぇ」
サルビアとアイリスがゆっくりと姿を現した。
彼女らは……最初から持っていた武器、「赤い槍」を持っている。
「槍かい? 気にする事はないさ。どうせアンタらは……死ぬんだからね!!」
一瞬で距離を詰められ、鋭く槍を突き抜かれる。
ミイシャは辛うじて反応し、レイピアで直撃を避けた。
そのまま反撃――とはならず、ミイシャは後ろに飛び退いた。
ミイシャは脇腹を手で抑えていた。
受けきったと思った攻撃だったが、脇腹からは血が滴り、赤く滲んでいる。
ミイシャの鎧は、軽量だがミスリルを素材とした高硬度の鎧である。
そう簡単に壊れる物ではないのだが、それを容易く貫通する「赤い槍」はかなりの貫通力があると言える。
だが、そこが問題ではない。
攻撃を防ぎ切れなかった事が問題なのだ。
あの瞬間、ミイシャは一瞬遅れながらもサルビアの槍を防いだ。
だが、それとほぼ同時に飛んできたアイリスの槍を受けてしまった。
つまり、サルビアとアイリスは縦に並び、二人同時に突撃して来たという事になる。
一つ目の槍でミイシャの剣を使わせ、間髪入れず二本目の槍で攻撃する。
特に、アイリスの槍はサルビアに隠されて死角となっており、予測していても反応が追いつかない。
この時、「シルバースネーク」も反応していた。
サルビアの突撃に反応し、防御モードで対応しようとしていたが、防御が間に合わなかった。
だが、展開が遅れた事でアイリスの狙いを僅かながら逸らす事ができたようである。。
もし「シルバースネーク」の盾がなければ、心臓を一突きだったかもしれなかったからだ。
一見、回避不能の一撃必殺とも思える連携技だったが、欠点がないわけではない。
先頭を走るサルビアが攻撃に失敗すれば、後続のアイリスの槍で串刺しとなる。
「シルバースネーク」に攻撃を防がれでもしたら、魔力を奪われて強化してしまう事になり、強化された「シルバースネーク」から逃れるのは困難となる。
つまり、この攻撃は「一瞬勝負の諸刃の剣」とも言える戦法だったのだ。
ミイシャへの攻撃は続く。
攻撃の大半は「シルバースネーク」が防いでいるが、次第に防ぎ切れない攻撃が飛び込んでくる。
「シルバースネーク」が反応してない訳ではない。反応が鈍いのだ。
「シルバースネーク」は特性として、魔力を吸収し自身を強化する能力がある。
魔力を使う攻撃をすればするほど強化され、反応速度と硬度は高くなる能力である。
だが、ミイシャの周りに設置された「シルバースネーク」は、攻撃を受けるたびに僅かながら動きが鈍るのである。
「そらそら! 女はもう一息だよ!」
激しい攻撃が降り注ぎ、「シルバースネーク」は次第に動きが鈍くなる。
そして……活動を止めてしまった。
「これで……終わりだよ!」
ミイシャが最後の力を振り絞りレイピアを振り抜くが……レイピアは薙ぎ払われ地面に落ちる……。
そして……無情にも槍が突き立てられた……。
「フ……フハハハハハ! 終わった! 終わったよ! どうだいアタシらの戦術は!?」
ミイシャは心臓を一突きにされ、目は虚ろに漂い体は僅かに痙攣している……。
サルビアは突き立てた槍を引き抜くとミイシャの髪を掴み、鵺に見せ付けるように叫ぶ。
「アンタの連れは死んだよ! まだ戦い捨てない根性は認めるけど、いい加減諦めたらどうだい?」
……だが、鵺は反応しない。
呼び掛けを無視し、がむしゃらに戦い続けている。
サルビアはミイシャの躯をその場に捨てると……一気に鵺に詰め寄る。そして、後ろから一気に槍を突き立てた。
続けざまに5人の武器も突き刺さる……。
戦闘は……終わった……。
「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
サルビアは勝利の勝鬨を上げた。
だが……
いつもなら一緒に仲間たちも上げる勝鬨が……無い……。
「お……お姉……ちゃん」
突然、足元から聞こえた。
それは後方にいたはずのアイリスの声……。
目を向けると……アイリスが血だらけになって倒れていた。
「……ア、アイリス!! どうしたって……」
「うぅ……」
後方から呻き声が聞こえ、振り向くと……ジギタリスが胸を抑えて倒れていた。
「ジ、ジギタリス!? お前まで!? ヒヨス! すぐにソーマで治療を! ……ヒヨス!?」
ヒヨスがいた方向に振り向くが、そこにヒヨスはいなかった。
他にいた仲間たちの姿も見当たらない。
そして、殺したはずの鵺の死体も、ミイシャの死体も見当たらない……。
「お……ちゃん……逃げ……」
アイリスの言葉にハッとし、後ろの気配に向かって槍を薙ぎ払う。
だが、手応えはない。
アイリスを抱えたまま振り返ると……そこには鵺がいた。
鵺は薄気味悪い笑みを浮かべ、平然と立っている。
胸を貫通させたはずの傷も、仲間たちの攻撃で付いた傷も見当たらない。
その事事態も異常ではあるが、いつ攻撃を受けたのかサッパリ検討が付かない。
「シルバースネーク」は目に付く一番の厄介者だった。
だが、これは加重系の魔術刻印が彫られた槍で動きを封じる事ができる。
他にも隠し球がある事を考え、魔術感知に鋭いジギタリスを警戒に当たらせていた。
そして作戦は成功し、確実に心臓を貫いていた……。
だが、目の前にいる男は、紛れも無く殺したはずの「鵺」なのだ。
「なぜ立ってられる!? それに仲間はどこにやったんだ!?」
鵺は何も応えず、ニヤニヤと笑っている。
その笑みは次第に大きくなり、口角は気持ち悪く釣り上がって行く……。
薄気味悪さを感じたサルビアは、怒り任せに槍を振り抜いた!
ズズッ……。
鎧と肉体を貫通した感触が槍から伝わり、確実に鵺の心臓を貫いている。
だが、鵺は何食わぬ顔で笑い続けている……。
ふと瞬きをすると……鵺は消えていた……。
そして……鵺ではなく、ヒヨスが胸を貫かれていた。
「サ……サルビア……」
「ヒヨス!! ……幻術の類か何かだね!? なら!!」
サルビアは腰に付けていたナイフを抜くと、自らの足に突き刺す!
強烈な痛みが全身を駆け巡り、傷口からは生温かい血が足を伝って地面にポタポタと落ちる……。
痛みを堪えるために瞑った目をゆっくり開け、ヒヨスの方を見ると……ヒヨスは消えていた。
抱えていたアイリスも消えている。
「やはりねぇ。これで幻術は……」
つかぬ間の安堵……。
だが、それはすぐに消えた。
見渡すと、空は夕焼けとなっていた。
そして、夥しい数の死体が見渡す限り山となっていた。
全身を串刺しにされた者。酸で半身が溶けた者。ズタズタに体が引き裂かれた者。炎で黒焦げになり、煙を上げている者……。
それらはサルビアの仲間や知り合いばかりである。
気付くと、消えたはずのアイリスが抱えられており、手に持つナイフが胸に突き立てられている……。
「何が……どうなっている……。どうなっているって言うんだい!!」
声は虚しく響くだけだ……。
カシャン……カシャン……。
鎧の関節部がぶつかり合う音が遠くから聞こえ、それは姿を現した。
黒い鎧を纏った鵺である。
鵺はゆっくりと歩み、サルビアの前まで来ると止まった。
そして……ゆっくりと剣を抜く……。
「……アタシらの……負けだよ。殺しな」
鵺は剣を……振り下ろした……。
◇
気付くと……空が見えた。
ぽっかり開いた木々の隙間から見える空は濃い青色をしており、ハケで掃いたような形の巻雲が赤く染まり、ゆっくりと空を流れている……。
しばらく呆然と空を眺めていたが、サルビアは気配の方向に顔を向けた。
そこには……鵺がいた。
鵺は木箱に向かって座り、静かに何かをしたためている。
体を起こそうとするが、体はまったく動かない。
縄でグルグル巻きにされているようだ。
「いい夢は見れましたか?」
「……あれがいい夢だって言うのかい?」
「まぁ……槍で貫かれたお返しって所です」
「……アイリス。……アタシの仲間はどうなったんだい?」
「そこら辺で寝てますよ」
頭だけを浮かせ、周りを見渡すと……仲間たちも縄で拘束されていた。
見たところ仲間たちは寝ているだけで、怪我を負った様子はない。
「ご心配されなくても怪我はさせていません。少し眠ってもらっているだけです」
「……何が目的だい?」
「いい反応ですね! その方が話が早いです!」
「とにかく縄をどうにかしてくれないかねぇ? 話しをしようにも寝たままってのはさ」
「構いませんけど……暴れないでくださいよ?」
縄を解きサルビアを自由にすると、鵺は木箱の上に散らばった書類を整理し始めた。
ミイシャはティーカップを用意し、お茶の準備を始める。
準備が整うと、鵺は話を切り出す。
「さて、より良い未来のための商談を始めましょうか」
次回、水曜日2015/7/15/7時です。
※2015/7/9 文言を微調整しました。




