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黒の錬金術師 -黒の称号を冠する者-  作者: 辻ひろのり
第4章 特区構想計画編
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第103話 闇の深まりと共に

「ドンドンドンドン! おい開けろ!」


 突然の訪問者にシドは身を屈めた。

 そして、軋むドアに注意を払いながら窓から外の様子を伺う……。


 この部屋は建物の二階。

 何事もなければ、少し広い表通りと建設中の建物が見える。

 だが、建物は松明を持った見慣れぬ兵士たちに取り囲まれ、物々しい雰囲気が漂っている。


「囲まれてやがる。まさかと思うが……「教会」の奴らかもしれねえ」

「教会……。それはアンバー様が対処に向かわれたはずですが?」

「それは知っている。アンバーと入れ違いに来ちまったのか……。それとも説得に失敗しちまったのか……。それはいい! 今は逃げるぞ!」

「……ど、どうやってでしょうか?」

「それは、「ここ」を使うのよ!」


 シドが指差す先は暖炉……。

 だが、暖炉そこが脱出口となるとは思えない。


 暖炉には通気口がある。だが、それは煙を通すための物であり、大人が通るには狭過ぎる。

 暖炉の壁もレンガ造りの頑丈な物であり、簡単には壊れそうにない。

 ……にも関わらず、シドは「暖炉ここを通る」と言うのだ。


「まぁ見てな」


 シドは懐から工具を取り出すと、暖炉の壁の隅に工具を差込みグッと力を入れる。

 ……すると、暖炉の中の壁がゴトリと動き、隠し扉のように開き始めた。


「ここから下の階に行ける。そこから外に通じる抜け道もあるぜ」

「いつの間にこんな……」

「俺には小難しい政治はできねえからな。暇つぶしに建築を手伝ってたって訳さ。その時抜け道を見つけてな。お前らには必要だと思って作っておいたんだ。さあ、行くぜ!」


 シドはメルディに手を差し伸べた。

 ……が、メルディは応じない。


「どうした!? 急げ!」

「私はここに残ります」

「…………そうだな。俺は信用ならねえもんな……」

「そういう意味ではありません! この部屋は内側から鍵が掛けられています。なのに、誰もいないというのは不信です。それに……マサユキ様の立場が悪くなるだけです」

「まさか「あの変装」をするって言うのか!? 話が通じる相手とは思えねえぞ!?」


 メルディは顔を横に振る。

 そしてクローゼットを開け、何やら準備を始めた。


「これをお持ちください」


 手渡された包みを見ると、中には「面」と「高級化粧品」などが入っていた。


「毎日、化粧品を使って手入れをお願いします。それとマサユキ様の服も一緒に入れて――」

「おい待て!! どういう事だ!?」

「ここにはマサユキ様はいらっしゃらない。ならば、その証拠もすべて持ち出しておく必要があります。私一人であれば言い訳も立ちます。とにかく! それを持ってお逃げてください!」

「……分かった。だが、無理をするな。いざとなったら俺が救い出してやる」

「はい。シド様もお気を付けて」


 シドは包みを持ち、壁を閉めた。

 ドアを叩く音が一段と大きくなってきた。


「開けろ!! 聞こえないのか!?」

「……ど、どなた様でいらっしゃいますか?」

「居るのなら開けろ!」

「嫌でございます! 何者かも分からぬ者に横暴に呼び掛けられ、素直に応じる道理はございません!」

「コノォ……。蹴破るぞ!! 道具を持て!!」


 メルディはドアが蹴破られる覚悟をしていたが……外は静かである。


「どうしたのです? 騒がしいですよ」

「ハッ! 失礼致しました! 対象は部屋の内から鍵を掛け立て籠もっているようです! 呼び掛けに応じないようなので、戸を蹴破る準備をしておりました!」

「私は荒事を好みません。ここは私が話しましょう」


 声の主はドアの前に立つと……ノックをする。


「誰か居らっしゃいますか?」

「……はい。居ります」

「女性? ……し、失礼! 私は副団長のオルヴェルです。二三お伺いしたい事がありますので、扉を開けては頂けないでしょうか?」


 メルディは鍵を開け、ゆっくりとドアを開ける。

 ドアの前に立っていたのは、銀色の鎧を纏った女騎士だった。


 手足はスラリと長く、体も細い。

 だが、その見た目に反し、内包する力強さも伺える。

 白い肌と金色の髪が金で装飾された鎧によく似合っており、静観な顔立ちと堂々とした立ち振舞からは一種の神々しさすら感じられる。


「突然押し掛けられ……どうして良いものかと……。お許しください」

「謝罪すべきは私たちです。部下の非礼、お許し下さい」


 オルヴェルは静かに頭を下げた。

 その姿に、メルディは慌てて取り繕う。


「そ、そのような事は必要ございません! 何卒、頭をお上げになってください!」

「ありがとう。私はマサユキなる者を探しています。見たところ、この部屋には貴女しか居ないようですが……どこに居るのかご存知ありませんか?」

「いいえ。私も所在を存じ上げません」

「……失礼ですが、部屋を検めさせて頂いても良いでしょうか?」

「はい。ご随意に」


 兵士たちが部屋に入り調査を始めた。

 だが、何も見つからないようである。 


「オルヴェル様。何も見当たりませんでした」

「…………」


 オルヴェルは兵士の報告に違和感を感じていた。

 視線が……自分に向かっていないと……。

 その目線の先を追うと……メルディが居た。

 メルディは透けるほど薄いネグリジェを着ており、上着を羽織ってはいるが、その下が透けて見えてしまっていたのだ。


 オルヴェルはマントを広げ、メルディを隠すように前に立つと兵士を殴った。


「貴様!! それでも騎士か!? 神に仕える信徒でありながら自制すら出来ぬとは……恥を知れ!!」

「も、申し訳ございません!」

「分かったなら、さっさと出ろ!!」


 兵士たちは素足さと部屋の外へと出て行く……。


「色々と申し訳ありませんでした。最後に一つお伺いしますが、貴女はマサユキとどういったご関係なのでしょうか?」

「…………」


 メルディはこの問いに応えられなかった。

 安易に妻だと名乗れば、近しい者として異端審問に掛けられ兼ねない。

 だが、黙っている事も得策とは言えない。

 黙る事。即ち、後ろめたい隠し事がある事の証明でもあるからだ。


「分かりました。お答え頂かなくても結構です」

「…………」

「誤解されているようですが、私たちはマサユキを捕えに来たのではありません。協力を仰ぐために呼び掛けに来たのです」

「あの……それは異端審問という事でしょうか?」

「いいえ違います。マサユキは先の戦争を早期終結させた功労者だと聞き及んでいます。それだけの実力者ともなれば、国家繁栄のための貴重な人材となります。一方でマサユキは信徒ではないそうです。それは私たちの布教活動が思うように進まないからでもありますが……それはいいのです! 兎にも角にもマサユキなる者を捕えるという意味ではないのです」

「なるほど……分かりました。しかし、マサユキ様の所在を知らないというのは本当でございます。マサユキ様がどう思われるかは分かりませんが、私の方からお伝えしても差し支えないでしょうか?」

「そうして頂けると助かります。私たちはしばらく近くで野営していますので、何かあればご連絡ください」


 オルヴェルが部屋を去り、再び静かな夜がやってきた……。


 

 ◇ 



「サルビア! お前どうしたんだ!? 何であんな野郎に!?」

「気に入ったからさ。それともなんだい? ヒヨス、アンタがアタシの旦那に成りたいってか?」

「バ、バカ言うな! そうじゃねえよ!」

「フ……アハハハハハ! あ~あ、今日のアタシはフラれまくりだねぇ」

「お姉ちゃん!! 冗談はいいからアイツらどうするの!?」

「おう、そうだ! あのまま放っておく訳にはいかねえぜ!」

「皆落ち着け! まずは状況整理だ!」


 メンバーの中で一番大柄な男。ジギタリスが状況整理を始めた。


「サルビア。お前はあの時、なぜ後ろを取られた? 私にはお前が硬直してるようにしか見えなかった」

「そうかい? アタシは気付いた時には後ろに付かれてたよ」

「何かの特殊能力だろうな……。だが、アレは有効範囲が狭いようだ。適度に距離さえ取れば対応可能だろう」

「つまり、残る問題は女って事だな?」

「違うぞヒヨス。問題はあの銀色の液体だ。お前なら躱すのも容易いだろうが、他の者はお前のようにはいかない。部隊が機能しなくなる厄介や能力だ」

「確かにねぇ。一見無敵にも見える能力だけど、アタシには持続時間が限られているような気がするねぇ。アレの維持には相当量の魔力を使う。だから、アタシらから魔力を奪ってたんだろうねぇ」

「その線が妥当だろう」

「なら、効果が切れるのを待てばいいんだな?」

「ヒヨス。お前はもっと冷静に物事に取り組む事を学べ。アレがあの男の奥の手とは限らない」

「アレ以上があるってか? 人の形をした竜だってか?」

「ヒーちゃん! たまにはうまい事言うね!」

「うるせえアイリス! テメエも何か言えよ!」

「お姉ちゃん。私はいつでも行けるよ。なんなら私一人でもいいよ?」

「もう少し待ってな。アイリスは女を頼むよ。他は男を狙うんだ。いいね?」

「はーい!」

「おう!」

「承諾した!」


 夜はまだ明けない。

 束の間の静けさは……次第に激しい嵐となる……。


次回、水曜日2015/7/8/7時です。

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