第101話 我慢の交渉
血の気が引く緊急事態……。
何をしても起きなかったミイシャが、目覚めてしまった。
そして、彼女たちの姿を見てしまった!
「どういう事だ!? ソーマが半日も持たずに切れるとは!」
「それどころではない!! 取り押さえろ!!」
赤槍たちはミイシャを取り押さえようと迫る。
対するミイシャは素早く剣を構えると、怖じける事なく立ち向かう。
「あなたたち! 兄様から離れなさい!!」
ガン! キンッ! キンキン……。
連続する金属音。豪快な武器捌きで起きる風切り音。ジャラジャラと鎖のような音。
それらは右へ左へと高速で移動し、衝撃で木々がなぎ倒されていく……。
激しい戦闘が繰り広げられる中……鵺は動かなかった。
目を閉じ、耳を澄まし、冷静に音の数を数えていた。
激しい戦闘をしてるにも関わらず、足音は聞こえてこない。
だが、それでも聞き分けられる音はある。
一つは、革製品が伸びたり縮んたりする時に聞こえる、ギュッギュッという音。
それと、棒を振り回した音や鎖などの特徴的な武器の音だ。
赤槍の隊長であるサルビア。その妹のアイリス。
取り押さえる者が2人。ミイシャが相手にしている者が4人で……相手は8人だと思われる。
隊形はフォーマンセル、2チーム。
4人で連帯して動くチーム編成を取っているようだ。
状況は誰が見ても圧倒的に不利。
自身は押さえ付けられ、ミイシャは善戦しているが、それも時間の問題である。
だが鵺は……自身の置かれた状況とは思えない高圧的な静止を呼び掛ける。
「すぐに戦闘を止めろ!」
「何言ってるんだい? 泣いて懇願したところで止やしないよ。ましてや、今のアンタに言える事なのかい?」
「今貴様たちが優先すべきは、魔人の討伐のはずだ! 足止めしている「濃霧」は私でなければ制御できない! 魔人を正常にする手段も我々にあり、捕える策も私にしか作れない! 重ねて告げる! すぐに戦闘を止めろ!」
「……何とでも言いな。始まっちまったもんは止まらんさ。……まぁ、アタシの提案を受けるってんなら、考えなくもないんだけどねぇ?」
「断る!」
「なぜだい? アタシの下僕になれば万事解決じゃないか」
「私は「私を単なる道具」としか見ない相手には、絶対従わない! ゆえに否だ!」
「ふ~ん……。そう言ってられるのも、時間の問題だと思うけどねぇ?」
「……警告する。グッ!」
押さえ付けが更に強くなった。
だが、鵺は言葉を止めない。
「すぐに戦闘を止めろ! さもなくば……グア!」
鎧を貫通し、何かが肩に刺さった。
感触から察するに、押さえ込んでいる男が槍のような物を刺してきたようだ。
「動くなって言ってんだろ!! 掟に触れねえからって、殺されねえと思ってんじゃねえぞ!」
「私の命などどうでも良い……。だが! 妹を傷を付ける奴は、絶対に容赦しない!!」
サルビアは言葉の意味を確認するかのように、ミイシャへと視線を向ける。
ミイシャは魔獣の如く咆哮を上げながら、たった一人で戦い続けていた。
着ていたローブや服は所々切り裂かれ、体の至る所から血を垂れ流している。
サルビアは鵺の言葉から違和感を感じていた。
男は押さえ込んでいる。女の方も時間の問題だ。
だが、この男はそれでもなお抗う事を止めない。
泣き喚き懇願し、アタシの要求に応えるってなら話を聞くつもりだった。
だが、この男は媚る仕草すらしない。
何度も警告してくるようだけど、この状況をどうやって巻き返すって言うんだい……。
……だが、サルビアがその結論を出す前に状況が動く。
まだ明け方前で辺りは暗いが、闇が強くなり、視界が狭まっていく……。
肌寒い程度の空気が身の毛もよだつ冷たい空気へと変化し、肌にピリピリと伝わってくる……。
だが、それの状況変化は、太陽の位置や気温の変化に因る物ではない。
危険を感じ取った時の肉体的反射。「危機感」である。
人は恐怖を感じると無意識に体を変化させる。
瞳孔は狭まり、視野は狭く暗くなる。
体温は低下し、寒くなったかのように錯覚する。
そしてそれらは精神に圧し掛かり、強烈なプレッシャーとなる。
「へぇ……。これは只ならぬ気配だね。アンタの仕業かい?」
「最後通告だ。武器を捨て降伏しろ」
鵺の言葉からは威圧的な「殺意」が伝わってくる。
殺意に反応し押さえ付けは更に強まったが、サルビアは直感めいた物を感じていた。
これは「脅しではない」と……。
だが、納得できていた訳ではなかった。
助けが来た様子もない。罠らしき物も見当たらない。
この絶対不利をひっくり返すにはそれなりの準備が必要になるが、なぜ今の今まで「それ」を使おうとしなかったのか……。
「何をしやがった!? すぐに止めろ! さもなきゃ――」
「言ったはずだ……。私の命などどうでも良いと……」
「そうかよ……。じゃあ、死ね!!」
男は突き刺していた武器を引き抜くと、鵺の心臓目掛けて振り下ろす!
――ギッギギギギッ!
振り下ろした武器は「何か」によって防がれた。
「な、なんだコイツは!?」
それは、銀色に輝く「液体」。
「液体」は水が揺らめくようにゆっくりと波打ち、鵺を覆うように展開されている。
そして……「液体」は剣のように形状を変化させると――男に襲い掛かる!
男は即座に反応し、攻撃を防いだ。
だが、「液体」の攻撃は止まらない。
次々に形状を変え、まるでホーミングミサイルのように追尾を続ける。
男は次々に襲い掛かる「液体」の攻撃をかわし、反撃もする。
だが、水を切るかの如く手応えがない。
隙を見て鵺を攻撃するが、硬質化した盾となって防がれる。
しかも、攻撃速度は次第に速くなっおり、威力も一撃ごとに重くなっている。
見た事も聞いた事もなく、存在すら信じられない矛盾だらけの「液体」。
そしてこの「液体」は、この一つだけではなかった。
一帯にはいくつもの「液体」が出現し、赤槍たちに襲い掛かっているのだ。
「何よこれ!? 斬っても斬ってもキリがないじゃない!」
「槍も魔術も効かねえぞ!? なんだこりゃ!?」
突然の奇襲に驚きつつも、赤槍たちは紙一重の回避を続けている。
そこに、サルビアの声が轟く。
「後退!! 距離を取るよ!!」
指示を受けると赤槍たちは一斉に退避を始めた。
木を足場に飛び跳ねて逃げる者。大ジャンプの連続で距離を取る者。攻撃を凌ぎつつ後退する者。
およそ人とは思えない超人的な動きだと思われる。
赤槍たちが十分に距離を取ったためか、「液体」の攻撃は止まった……。
ミイシャが鵺に駆け寄り、泣き叫ぶ。
「兄様!! 兄様!! 何で無茶するの!!」
「大丈夫。このくらいどうって事――ウグッ!」
「動かないで!! すぐに止血します!!」
◇
治療はひとまず終わった。
だが、的確な治療を受けたにも関わらず流血は止まらなかった。
治療薬は効いているようだが、思ったほど効果が発揮されていない。
傷は深いが、太い血管を損傷した形跡はない。
それはミイシャも同様であり、ミイシャの傷の治りも芳しくなかった。
「駄目! どうしても出血が止まらない!」
「あるとすれば、「出血」の付帯効果がある武器だったのかもしれないね」
「出血?」
「血は生物とって必要不可欠な物。血を失えば動きが鈍る。量によっては死に至る。毒とは違って汚染や侵食する物ではないから毒抜きもいらない。素材の状態を保ちつつ、確実に相手を弱められる厄介な能力って事さ」
「じゃあ……治らないの?」
「方法はある。ミイシャ。俺の鞄から「銀貨」を取り出してくれ」
「……分かりました!」
ミイシャは鵺の鞄から「銀貨」を取り出すと、鵺の指示を受けながら作業を始める。
取り出した「銀貨」には≪レジスト≫が込められている。
だが、魔力がほとんどない鵺には扱えない。ミイシャも同様である。
そこで、展開中の「液体」を利用し≪レジスト≫を有効状態にする。
液体の名称は、「シルバースネーク」。
言葉通り、白銀の蛇が獲物に襲い掛かる様から取った名だ。
「シルバースネーク」は白金と水銀、そしてミスリルを使って作った液体武器である。
攻撃時は武器になり対象を追い、防御時は盾となって防御を担う「自在応戦能力」。
同士討ちを避け、敵味方を見分ける「敵味方判別能力」。
そして、魔法や魔術から魔力を吸収し、自身を強化する「自己強化能力」が備わっている。
重要となるのは、「魔力を吸収し、自身を強化する」という部分だ。
赤槍たちは何度も「シルバースネーク」を攻撃していた。
そして、その度に「シルバースネーク」が強化されていたのは反応から分かる。
仮に使っていた武器が魔力を消費して能力を発揮する物であれば、「シルバースネーク」には相当量の魔力が蓄積されている可能性がある。
となれば、≪レジスト≫の発動が可能な魔力量を保有している可能性があるのだ。
だが、これは一種の賭けだ。
もし発動しなければ……しばらくこの痛みに耐える事になるかもしれない。
「兄様、準備が整いました」
「うん。やってくれ」
ミイシャは銀貨を持ち、「シルバースネーク」に銀貨を付ける。
そして、すぐに布に包んで鵺の傷口に押し付ける。
あとは調合した傷薬を付けて状況を見守る。
しばらくし、血は止まった。
傷薬の効果も上々であり、傷は再生し始めているようだ。
「うまくいったみたい! 良かった……」
「賭けには勝ったようだね。さ、ミイシャも治療しようか」
「思ったんだでけど……」
「ん?」
「新しく≪レジスト≫を込めた銀貨を作れば良かったんじゃない?」
「…………なるほど!! 今気付いたよ!」
「でしょ! ……でも、発動条件が厳しいほど≪レジスト≫の効果が高くなるのよね? 私で発動できるくらいだと、効果は期待できないんじゃない?」
「その場合、有効時間を1秒にするとか、草木から魔力を集めてトリガーにするって手もあるね。まぁ……手探りで効果を確認するより、応援を呼んだ方が確実かもしれないけどね」
「ふーん……。で、あの人たち誰なの? 頭とかおしりに何か付いてたみたいだったけど……暗くて良く見えなかったわ」
「頭? おしり? まさかなぁ……」
「何か知ってるの?」
「いや……。実在するとは思えないんだけどなぁ……」
「悪魔って事?」
「悪魔? さすがにそれはないでしょ?」
「でも、いろんな形の槍を持ってたし、あの動きは人とは思えないわよ?」
「それ言っちゃうと、あの人たちと渡り合ってたミイシャは、それ以上に人じゃないって事にならない?」
「それ酷い!! 私は人です!! 兄様こそ人じゃありません!」
危難を乗り越え事もあってか、二人はいつもの落ち着きを取り戻していた。
そして、想像に想像を膨らませた会話を続けた……。
次回、水曜日2015/6/24/7時です。