第100話 赤い槍を持つ追跡者
※6/10/7:08 内容を少し修正しました。
声は森に響く……。
そして……返事はない……。
いつもの事ながら、問い掛けに明確な根拠はない。
だが、どう考えても「赤槍」だとしか思えないのだ。
まず考えるべきは、「赤槍は壊滅した」という報告についてだ。
これは報告された全文であって、要約された物ではない。
報告内容としては不出来極まりない内容ではあるが、赤槍の情報と照らしあわせていくと見えてくる物がある。
報告にある「壊滅」だが、「全滅」ではない。
「全滅」とは、作戦の続行は当然として、再編成すら不可能という意味だ。言葉通り全員死亡と考えてよい。
「壊滅」も似たような物ではあるが、「現場戦力で竜討伐を遂行できない打撃を受けた」という意味であり、戦力の補充さえできれば継続も可能な場合が考えられる。
つまり、生き残りが再起をかけ、魔人らを追跡している可能性があるのだ。
では、なぜ再起をかけるのか?
これを説明するには、赤槍の「立場」を理解する必要がある。
赤槍とは、言わずと知れた竜討伐専門の集団である。
そして、アルテシア聖王国内に存在する「独立自治政府」でもある。
小国が大国に取り込まれず独自性を貫くには、大国にとって有益である結果を出さなければならない。
この場合で言えば、「竜討伐成功」という結果だ。
つまり、竜討伐という仕事を請け負う代わりに自治という特権を得ていた事になる。
だが、討伐は失敗した。
付け加えて、暴れまわる魔人らは赤槍の身内である。
このまま放置すれば魔人らはアルテシア聖国内で猛威を振るい、自分たちの立場を悪くするだけでなく危険因子としても排除されかねない。
状況の巻き返しを図るには、再討伐で成功する必要がある。
そして再討伐に挑むには、事態の収拾が必須となる。
仮に、魔人らを生き残った赤槍が追跡していたとしよう。
壊滅の報告が入ったのは、10日前。
再編成に3~4日掛かったとしても、破壊を続けながらゆっくりと移動する魔人らに追い付く事はそう難しい話ではない。
つまり、頃合いとしても追い付いている可能性が高いのだ。
そして、一番確信を持てる理由は「彼らの実力」である。
数々の罠を突破し、音も気配もなく忍び寄れる実力の持ち主を、俺は知らない。
この国で最強と言われているのは、王都直属の聖騎士隊である。
次いで強いと言われるのは、国境警備隊だ。
だが、それらは戦術論的に最強という意味である。
彼らは物量主体の戦術を取り、正面から突撃してくるような相手である。
気配を消して忍び寄るという戦い方はしない。
となれば、削除法と動機から「赤槍」である可能性が最も高いと考えられるのだ。
応答はないが、鵺は続けて叫ぶ。
「貴様たちが赤槍であるならば事情は把握している! 姿を現せない理由にも納得が行く! 我らの存在が邪魔だと言うならば、この場を離れる事もやぶさかではない! だが、目の前の魔人を放置できないのは我らとて同じだ! 共同戦線はともかく、そちらの要望を聞かせて頂けないだろうか!?」
……返事は返ってこない。
言葉が通じない可能性もあるが、俺たちを取り囲む必要性は本来ないはずである。
だが一方で、俺たちもこの場を動けない。
取り囲まれている事が理由ではなく、作戦遂行という意味で動けないのだ。
再び呼び掛けようとした瞬間――
「振り返えるな!」
突然、後ろから静止を呼び掛けられた。
声は女性のようだが、背中に突き付けられる殺気は本物であり、警告に従わなければ胸を貫いて来る覚悟が込められている。
「分かった……。だが、私の問掛けにも応えて頂きたい」
「アンタの言う通りアタシらは赤槍だ! 振り返れば殺す! 武器を放棄しな!」
鵺は素直に従い、剣を捨てた。
「よし! そのままうつ伏せになれ! 手は頭の上に乗せな!」
だが、鵺はその指示に従わない。
「どうした!? 早くしろ!!」
「二つ質問したい」
「アンタに質問する権利はないよ! さっさとおし!」
背中に武器を突き付けられ、グイグイ押してくる。
だが鵺は、膝を付くだけでうつ伏せになろうとしない。
「アンタ、状況分かってるのかい!?」
「十分承知している。だが、これだけは確認したい。連れの安全は保証してくれるのだな?」
「さあ……どうだろうね? 素直に従わないなら殺すだけさ」
「ならば……」
鵺の体に殺気が広がり、グッと力を込め動き出そうとした瞬間――
ザクッ!
右手が何かで貫かれ、そのまま地面に串刺しにされた……。
そして、後ろからではなく右手側から別の声がしてくる。
「お姉ちゃん甘いよ。さっさと殺しちゃお」
この声の主も女性のようだ。
現れた女は突き刺した武器を引き抜くと、胴体目掛けて振り抜こうとする。
ガ、ガギギギ……。
金属と金属がこすれ合う音がし、それは鵺を外れて地面に突き刺さった。
「何で邪魔するのよ!?」
「アイリス! 掟を忘れたのかい!?」
「姿を見られたら殺すんでしょ? でも、コイツ従わないじゃない。私が見られたかもだし邪魔だし、殺した方が早いわ!」
「気付かないのかい?」
「……何が?」
「コイツは目を閉じている」
アイリスは体を屈め、鵺の顔を覗き込む。
鵺は仮面をしていたが、目は閉じられていた。
「ホントだ~。ねぇ? 見たら殺される事知ってたの?」
「知らない」
「じゃあ、何で目を閉じてるの?」
「それは「2つ目」の質問をするためだ」
「2つ目?」
「貴様たちは、魔人を止められるのか?」
返答はない。
それはつまり、止められるか分からないのだろう。
「質問を変える。貴様たちは魔人を捕えるつもりはないのか?」
「捕える? ああなっちまったら殺すしかないのさ! 捕えても意味はないよ!」
「言いたい事は分かる。だが、私は魔人化した者を正常化させる手段に心当たりがある」
「……馬鹿言うんじゃないよ!! そんな事できるはずがない!!」
「いや、出来る! 私の友人は10年前魔人化したが、今は何事もない。同じ手法を使えるかは分からないが、試すだけの価値は十分にある」
「……嘘じゃなんだろうね?」
「嘘ではない。だが、確実に成功するとも断言できない」
「それじゃ駄目さ。殺すより捕えるのが難しいって事くらい、アンタにも分かるだろ? 無理さ!」
「なら、私が策を提供しよう」
「アンタが? ハッ、笑わせるんじゃないよ!! 簡単に捕まるような雑魚にアタシらの命を託せる訳ないだろ!!」
「ほぉ……。つまり――」
「ハッ!?」
「こういう事だな?」
鵺は女の背後を取っていた。
それは一瞬の出来事であり、まるで瞬間移動したかのような動作だった。
「おいコラ! 動くな!!」
目は閉じたままだが、既に複数人に囲まれ武器を突き付けられている。
今度は女たちではなく、男たちの声である。
「足音もなく間合いを詰めるとはさすがだ。気配から2000ケトルは離れていたと思っていたのだがな?」
「黙れ!!」
鈍器のような物で殴られ、鵺は膝を付く。
そしてそのまま男たちに取り押さえられ、うつ伏せにされた。
「ソーマを打て! このまま黙らせるぞ!!」
男たちがソーマという物の準備を進め、首元に何かを押し付けようとした時、女の声が響く。
「待な!!」
その呼び掛けで男たちの動きは止まった。
「サルビア何だってんだ!? 手筈通りだろ!?」
「少し待ちな」
サルビアは鵺の前に来てしゃがみ込むと、鵺に語り掛ける。
「どうやってアタシの後ろを取った? いや、どんな策があるって言うんだい?」
「ちょっとお姉ちゃん!! そんな奴の言う事聞くつもりなの!?」
「黙りな!! 話を聞いて無理なら寝かすさ。コイツの話を聞いてからでも損はないって事さ」
「……分かったわよ」
「さあ、聞かせてもらおうか?」
「策は一対多の状況を作る事。集団行動しているのだから隙がなく手が出せない。ならば、分断してしまえばいいだけの話だ」
「簡単に言うようだけど、それがどれだけ難しいか分かってるのかい?」
「何とも言えないな」
「どういう意味だい?」
「魔人が連携する理由が分からない事と、こちらの戦力を把握していないからだ」
「つまり、理由と戦力が分かればやれるってのかい?」
「ああ」
「……他に要求はないのかい?」
「策を立てるだけならこれで十分だ」
「なぜ要求しないのさ?」
「何の話だ?」
「目さ。目を開けなくてもやれるってのかい?」
「それでは掟を破る事になる。状況によっては例外も必要だが、それを決めるのは貴様たちではないのだろ?」
「フフ……アハハハハハ! 面白い事言う奴だねえ! アハハハハハ!」
サルビアは大げさとも思える程、大声で笑う。
そして、突然笑いが止まる。
「例外はあるさ。受けるかい?」
「……丁重にお断りする」
「フフ、なぜだい? アンタが受ければ策を組める上、二つの宝が得られる。この世に二つしかない物だよ?」
「断る。不要だ」
「見る目がない人だねぇ……って、目を開けてないんだから見る目もクソもないか! アハハハハハ!」
二人の意味不明な会話にアイリスが問う。
「お姉ちゃん。さっきから何を言ってるの? コイツもコイツだけど……」
「フフ。アタシはコイツに求婚したのさ。アッサリ振られたけどね」
「はぁあああああああああああ!? お姉ちゃん何言ってるの!? 意味分からないわ!」
「アタシも望んで言ってる事じゃないさ。討伐は失敗した。そして、あいつ等はアタシらだけでは止まらない。止められなきゃアタシらは終わりなのさ」
「いくら掟のためだからって、よそ者に求婚だなんて在り得ないわ!」
男たちも口論に加わり、場がややこしくなってきた。
そこに……状況を更に複雑にする「起きてはならない者」が目を覚ます。
「う~ん……うるさい。……アレ? あなたたち……」
次回は、水曜日2015/6/17/7時です。