第99話 対魔人戦。開戦
日が暮れ、すでに深夜である。
赤、緑、紫……。
それら魔術の光が遠くの森の奥で輝き、爆音と共に木が薙ぎ倒されていく……。
鵺は……
十分距離を取った遠くの高台に陣を敷き、望遠鏡を使って動向を見守っていた。
ミイシャは仮眠中で、鵺が見張りをしている。
「……ふむ。変化なしっと」
光が漏れないよう遮光したカンテラで手元を照らし、メモを取っていく……。
作戦開始から約7時間が経過。作戦は思いのほか順調である。
現在は一つ目の策、「濃霧」で対象の足止めをしている。
対象は暴れているようだが、濃霧は十分な足止め効果を発揮しているようだ。
濃霧の視程は、およそ100ケトル。約1mだ。
手を伸ばせば指先が霞むほどの濃さの霧である。
濃霧が期待以上の効果を発揮できているのは、立地条件と気象条件に恵まれたからだと思われる。
現場は山々に囲まれた窪地であり、無風状態だ。
季節は秋であり、気温が低いというのも効果を高めていると思われる。
次に、魔人の習性について考える。
魔人とは、目に付くものを破壊して回る怪物だ。
ならば、「見えなくしてしまえばいい」と思った。
濃霧で視覚と方向感覚を奪い、結果として足は止まった。
だが、移動阻害が目的の濃霧で「行動までも停止」した事には疑問が残る。
可能性を考える材料は、壊滅した隊の「状況」だろう。
団員たちは森の茂みに隠れ、奇襲に備え警戒していた。
彼らのカモフラージュは完璧であり、簡単には悟られない出来である。
にも関わらず、攻撃を受けた。
しかも、狙い澄ましたかのようにピンポイント攻撃をされ、応戦できた様子もないという。
考えられるのは……対象を感知する魔術。もしくは「魔眼」の可能性だろう。
前者の場合、レジストが機能すれば回避も可能だ。
しかし、後者だった場合……対応は難しいだろう……。
魔眼とは、リンツ様やミイシャが持つ「魔力輻射の視認できる目」を始めとする「特殊な目」の事である。
開眼には体質や才能など「特別な条件」が要求されるようだが、開眼に到るのは極一部という話だ。
その条件の一つとして「魔力暴走」。つまり、魔人化する事でも可能性があるそうだ。
仮に、魔人化の影響で「魔力輻射を視認できる目」を得たとする。
魔力輻射とは、人の体を覆うように発生し、感情や魔力の強さによって輝きが変化する「魔力のオーラ」のような物だ。
草木にも魔力輻射は存在するが、色合いと輝きの強さから人を見分けるのは容易いという話だ。
例えば、クリスマスシーズンのイルミネーションを想像して欲しい。
青一色で彩られたイルミネーションの中に、赤いイルミネーションがあったとする。
大して大きさが変わらないのであれば、見分けるのは難しい。
だが、それが人の大きさならば、遠目ですら一目瞭然となる。
仮にこの仮説が成立するのであれば、隠れる事に意味はなくなる。
虚を狙った奇襲も無効という事だ。
そういう意味では、団員たちを護衛に回したのは不幸中の幸いといったところだ。
むしろ問題は……魔人化してもなお「なぜ集団行動が可能なのか?」 という事が疑問だ。
それと……。
鵺は考察を一旦切り上げ、寝ているミイシャの顔を見る。
ミイシャは小さな寝息を立て、気持ち良さそうに眠っている。
交代時間は近いが……このまま寝かせておいてもいいかもしれない。
鵺は望遠鏡を持ち、再び監視を続行――
「チッ……」
微かに聞こえた舌打ちに、鵺は素早く反応した。
剣に手を当て、警戒しつつも急いでミイシャを起こしに掛かる。
――が、ミイシャは起きない。
「ミイシャ! ミイシャ! 起きるんだ!」
何度も揺すり、頬を叩いたりして起こそうともするが、ミイシャは目覚めない。
すぐに周りに意識を向け、状況を確認する。
警戒のために設置していた罠には反応がなかった。
舌打ちは聞こえたが、どこから聞こえてきたかは分からない。
夜目が利く訳ではないが、視界にその姿は捉えられない。
これは典型的な、奇襲を受けた状態と言える。
唯一ハッキリしているのは、魔人たちからの攻撃ではないという事くらいだ。
魔人たちは今も濃霧地帯で暴れまわっており、轟々と音を響かせている。
そしてこれは勘だが、相手は複数人である可能性が高い。
しかも、設置した罠をアッサリと突破した猛者であると……。
鵺は剣を抜いた。
そして、ミイシャの側で身を屈め、相手の出方を待つ……。
遠くで轟音が響く中、静かな睨み合いが始まった……。
◇
ドンドンドンドン!
ヴァルカンが勢いよくドアを叩く。
「おい師匠! 起きてるか!? どうなんだ返事しろ!?」
そう叫び、ドアを叩き続ける。
だが、エルの部屋からは物音ひとつ聞こえてこない。
エルの無反応な態度に怒ったヴァルカンは、勢い任せにドアを蹴破った。
部屋の中は本がギッシリ詰まっていた。
本棚はもちろん、床にも堆く積まれている。
まるで、古本屋を思わせるかのような空間である。
部屋の中央付近には少し髪が赤くなった少女が椅子に座っており、何食わぬ顔で本を読み耽っている。
ヴァルカンは少女に向かって怒鳴った。
「師匠、どういう事だ!? なぜ俺たちにも教えてくれなかった!?」
「……作法がなってないわね。淑女の部屋には扉を蹴破って入るものなのかしら?」
「質問に答えろ!! どうしてだ!?」
「鵺の指示。納得した?」
「納得する訳ねえだろが!!」
ヴァルカンは大声で叫び、積み上げられた本を蹴る。
本はドミノ倒しのように次々と倒れ、ホコリを巻き上げた。
「本は大事に扱いなさい。書き手の魂が込められているのよ」
「今はそれどころじゃねえだろが!! 相手は魔人だぞ!? 時間稼ぎとはいえ、俺たち無しに立ち向かえる相手じゃねえ事くらい分かるだろうが!!」
エルは……静かに本を閉じた。
「馬鹿弟子よく聞きなさい。今の貴方では力不足。状況は悪くなるだけよ」
「馬鹿正直に突っ込めばそうなるさ! だから鵺たちの護衛に――」
「そういう意味ではないわ」
エルはヴァルカンの言葉を遮った。
そして、話を続ける。
「理由は2つ。
魔人は眼がいいの。生き物の生命力や魔力すら視認できる眼を持つの。
あの子たちは魔術が使えると言っても、せいぜい人並み。
うまく隠れれば視認されないかもしれない。
そこに、屋敷の火事くらい目立つ貴方、必要?」
「……ああ」
「もう一つは、貴方自身の問題」
「俺の?」
「少し話は外れるけど、魔力の根源は精霊。じゃあ、精霊はなぜ人に宿るか分かる?」
「……いや」
「一種の共存関係よ。精霊は人に活力と力を与え、人は精霊に生命力を捧ぐ。その均衡が保たれるから平静でいられるの。でも貴方の場合、一方的に精霊の力を頼りにして、道具のようにしか見てないわよね?」
「それは……そうかもしれねえが……」
「よく思い出しなさい。鵺は「貴方が魔力の暴走状態にならないか」と身を案じていた。私が階梯の話を切り出したら素直に引き下がったけど、直感的に魔力の使い過ぎの「行き着く先」を見抜いていたとも言えるわ」
「……そういや≪マグナムバレット≫を使った時もギョっとしてたな。俺たちが修行を始めてからは口出しすらしなくなったしな……」
「分かった? 今貴方がすべきは「精霊と語り合う事」。まだ五階梯だからいいけど、今のまま十階梯に到達したら……貴方、死ぬわよ」
ヴァルカンは黙り込んだ……。
魔法を使い続ければ、死ぬ。
ここまでハッキリと言われてしまうと言い返す事もできない。
「分かったなら部屋に戻りなさい」
ヴァルカンは……立ち尽くしていた。
自らの状況を知り、鵺たちを救いに行けない憤りに頭を悩ませていた。
十分分かっている。分かっているのだが……答えを出せずにいた。
エルは再び本を開き、文字に目を落とす。
そして、目線を変えずにヴァルカンに言う。
「鵺はこうも伝えてきたわ。「可能なら捉えてみる」と」
「……魔人を捕らえるってか? そんな事……可能なのか?」
「分からないわ。私の見立てでも出来ないと思うわ。だけど……あの子ならやり遂げてしまうかもね」
「…………それはつまり――」
「さあ、お戻りなさい。貴方には貴方の、やるべき事があるのでしょ?」
「……ああ!」
ヴァルカンは勢いよく部屋を出て行った。
エルはヴァルカンの背中を見送ると……部屋を見渡す。
「……誰がドアを直してくれるのかしら?」
エルは溜息交じりの愚痴を零すと、また静かに本を読み始めた……。
◇
睨み合いを始めて1時間は経過した。
相手は確実に近くにいる。
だが、襲ってくる様子はない。
そして、ミイシャは未だに起きない。
状況は一方的に不利だ。
襲撃されればミイシャを庇いながらの戦闘となる。
ミイシャを背負って逃げるというのも手だが、追跡を振り切るのは絶望的と考えるべきだろう。
だが……それにしても、なぜ襲ってこないのだ?
俺が身構えているとはいえ、複数人で同時に攻撃を仕掛ければ勝算は高い。
気付かれず取り囲むだけの技量があるのであれば、連携にも不安はないはずだ。
という事は、「襲い掛かれない理由」があるのかもしれない。
舌打ちの件はどうだろうか?
舌打ちはミイシャが起きない事に気付く前だった。
俺も眠らせるつもりだった。と考えれば、俺が眠らなかった事に苛立ったのかもしれない。
では、眠らせてどうするつもりだったと言うんだ?
視野を広げよう。
魔人たちが一つ目の策に嵌ったのは8時間前。
予定では足止め、もしくは集団化した魔人たちを分断できると思っていた。
だが、分断どころかまとめて停止してしまった。
そして、魔人たちが暴れ出したのは約3時間前。
溜まっていた物が一気に噴出すかのように暴れ出した。
しかし、個々が別々に攻撃を仕掛けるものの、一人で飛び出すような事態にはなっていない。
この事から、魔人同士で「連携」を取っている可能性が考えられる。
今の状態になったのは1時間前。
相手は少なくとも10人はいると考えた方がいい。
タイミング的に魔人絡みだと思う……が…………まさか!
鵺は何かに気付くと、突然立ち上がった。
到る所からガサリと木々が揺れる音がしたが、それを無視して叫ぶ。
「失礼がならお伺いする! 貴方方は赤槍か!?」
次回は、水曜日2015/6/10/7時です。




