第98話 罪の価値
伝説の狩人、赤槍。
その名の通り、赤い槍を持ち、ドラゴン討伐を生業とする集団の名称である。
ただ……彼らの通り名を知る者はいても、彼らの姿形まで知る者は少ない。
彼らは部外者と関わろうとせず独自のコミューンを形成し、世間と隔絶した生活をしているからだ。
唯一、ドラゴン討伐だけは請け負う。
だが……それが何のためなのかは誰も知らない……。
「セキソウだと!? ……って、そりゃ何だ?」
「……知らないのか?」
「知らねーけど?」
「…………」
微妙な……空気……。
緊張感が抜けるような返しに、鵺は素で黙り込んでしまった。
「ぬ、鵺様、しっかり!!」
「あっ、ああ……。とにかくこの場は危険だ! すぐに子供たちを連れて離れろ!」
「だから言ってるだろ! テメェの指図は受けねえって!!」
「あ~~~クソッ! なぜ言ってる事を素直に聞けないんだ……」
ミイシャが慌てて間を取り繕う。
「落ち着いて聞いてください。こちらに向かっている集団は、「人」ではありません。魔獣と同じと考えてください」
「魔獣? 多少大物だろうと俺らなら――」
「そうではありません! 天災とも魔人とも言われる凶悪な怪物です! 私たちの別働隊20人は……抗う間もなく壊滅しました……。正直、戦っても相手になるかすら分からない強さです……」
ミイシャの言葉は真に迫る物があった。
事態は深刻であり、危険の度合いは十分伝わったはずだ。
がしかし……男たちは何やら準備を始める。
「何をしている?」
「見てて分からねえのか? 戦う準備だ!」
「何を言っている!? 今の説明で十分分かっただろ!?」
「俺らは元々死ぬ覚悟でここにいるんだ。今死のうが後で死のうが、どっちも変わらねえよ」
彼らは「承知の上」とは言うが、危険が分からない程未熟でも鈍感でもないはずだ。
人攫い。それは非人道的な犯罪ではあるが、常に危険と隣り合わせの所業である。
付け加え、この土地には魔獣が多い。
こんな環境で生き抜くには、危険に対して敏感でなければならない。
つまり、危険は十分承知の上での決断だという事になる。
「一つ……聞いても良いか?」
「ああ、何だ?」
「なぜ心変わりした?」
「……俺たちは「人攫い」以外の生き方を知らねえ。変われるなら変わりてえ……。まぁ都合がいい話だが、そう思っただけだ。それに俺たちも子供達と同じく捨て子だった……。親に見放され、世間からも見放され、誰からも必要とされない人生なんて……最悪だからな……」
「なるほど……随分と高尚な考え方だ。だが、偽善振るのは止めた方がいい」
「テメェに俺たちの、何が分かるって言うんだ!!」
「分からんな。それが良い事であれ悪い事であれ、欲に塗れた生き方というだけだ」
「言わせておけば、調子に乗りやがって!!」
男たちが熱り立ち剣を構え、ミイシャが空かさず間に割り込む。
――が、鵺はミイシャの肩に手を当て、下がらせた。
「一つ提案だ。聞く気はあるか?」
「今更、何だ!?」
「その仕事、私が買い取ろう」
「…………何を言ってやがる?」
「言った通りだ。人攫いという悪行を、「私が買い取る」と言ってるのだ」
「……な、なめてんのか!? おいコラ!!」
「周りを見ろ」
周りを見回すと、黒い服を着込んだ団員たちがグルリと取り囲んでいた。
だが、威圧的であるものの誰一人として剣を抜いていない。
「この者たちは元は暗殺者であったり、詐欺師であったり、密売人であったりと、様々な境遇の者たちだ。この者たちの悪行はすべて私が買い取った。自由の身となり、希望者のみを金銭目的の傭兵として雇っている。罪は何があろうとも消えぬ業だ。だから、私が「その業」を買い取ってやると言っている。分かるか?」
「そ、それって……俺たちの罪を背負うって言うのか?」
「そうだ。この契約、受ける気はあるか?」
「……ちょ、ちょっと待て! 考えさせろ!」
男たちは相談を始めた。
一方、迫り来る恐怖に団員たちは忙しなく動き回る。
「主! 時間がありません! ご決断を!」
「本隊は装置の設置を急がせろ。対象を監視している隊はそのまま監視を続行。他の偵察隊、及び退路の確保に動いていた隊は馬車の護衛に回す。侯爵夫人らには私から説明する」
「畏まりました」
一頻り指示を終えると、再び男たちの元に戻る。
男たちは険しい顔をしながらも、答えを導き出したようだ。
「で、どうする?」
「どうもこうもねえ! 罪は罪だ! それに、そもそも買い取れねえ代物だろが!」
「……フ、フハハハハハ!」
鵺は笑い出した。
作業中の団員たちも笑っている。
「テメェら……馬鹿にするのも大概にしやがれ!!」
「……すまんな。だが、貴様たちの判断は正しい。「罪は何があろうとも消えぬ業」。それを買い取るなど不可能な話だからな。だが、その心意気は買った! どうだ? 私の元で働く気はないか?」
「お断りだね! 俺たちが従いたいのはヴァルカンってお方だ! ヴァルカン以外はお断りだ!」
「フフフ、それでも構わんさ。おい!」
鵺は団員の一人を呼び止めると、指示を出す。
「作戦変更だ! 退路を確保している隊は一旦本隊に合流! その後、この者たちを本部まで護送せよ!」
「おい、ちょっと待て!! 俺たちはヴァルカンが来るまで待つ! そのためなら戦う覚悟だ!」
「子供たちを護りながらか?」
「こいつらだって……分かってる! どうせ行き場なんてねえんだしな!」
「冷静になれ。子供たちが傷付き死にでもしたら、「全員返せ」と注文を出すヴァルカンは絶対に納得しない。奇襲に因る襲撃があったなら妥協もできよう。だが、考える時間も言い争う時間もありながら、最悪の結果しか残せないようでは誰だろうと認めない。私の指示だと言えば言い訳も立つ。本部に行けばヴァルカンにも会える。……頼む。この場は引いてくれ」
鵺は頭を下げた。
この行動に、作業を進める団員たちの手も止まってしまった。
「おい! 時間がないぞ! 手を止めるな!」
誰かの掛け声が響き渡ると、再び団員たちは作業を進める。
一方、男たちと鵺の間には、静かな時間が流れた……。
「アンタ……死ぬつもりじゃねえんだよな?」
「……さあな。死ぬ時は死ぬ。今言えるのは……お互い生き残れたら盃を交わそう……。それだけだな」
「へっ! アンタ変わってるぜ! お互い生き残れるかすら分からねえ状況なのによ! ……まぁ、俺たちはアンタらの本部とやらに向かう。アンタらが来た方向に移動すれば合流できるんだな?」
「頼めるか」
「裏をかいて逃げるかもしれねえがな?」
「それはそれで構わんさ」
「フフ、フハハハハ! おおっと! 笑ってる場合じゃねえな。さっそく移動するぜ」
男たちは子供たちを連れ、移動を始めた。
それを見送ると、鵺は馬車へと移動する。
トントン!
馬車のドアをノックし、応答を確認してから中に入る。
「セリーヌ様。お騒がせして申し訳ございません」
「説明して頂きましょうか?」
「ここに「魔人」が近付きつつあります。魔人とは天災とも呼ばれ、目に付く物すべてを破壊して回る怪物でございます。何を狙って動いているかは不明ですが、進行方向と移動速度から侯爵領にも被害が出る可能性がございます。ここは私が時間を稼ぎますので、セリーヌ様方は別働隊と共に侯爵領へと移動をお願い致します」
「それで……勝算はあるのですか?」
「六分四分で負け……といったところです。ですが、十分な時間稼ぎにはなるでしょう」
「……仮に夫を説得できたとして、同盟関係のない鵺殿方は魔人と同じく敵となりましょう。それでは兵たちと魔人に挟まれ、逃げ場を失ってしまうのでなくて?」
「むしろ、捨て置かれる可能性が高いと考えています。魔人は一定期間が経過すると自滅するようでございます。それまで手を出さず、防御を固めるというのが最も合理的な策でございますので」
「では、鵺殿はなぜ戦うのです? 私たちと共に公爵領へ逃げ延びる手もあるでしょうに」
「私の友人のためです。詳細は申し上げられませんが……私なりの義理です」
「その義理に配下の者まで付き合わせるのは酷ではありませんか? 良策とは言えませんわ」
「いえ。私とミイシャだけで行います。配下の者にはこの馬車の護衛と、広場に居た村人たちの護衛をさせる予定でございます」
「……たった二人で、六分四分なのですか?」
「大見得を切った確率にはなりますが、うまく凌げば生き残れるといったところです」
「……呆れるのはいつもの事でしたわね。私との約束もあります。約束を履行せず死ぬ事は、この私が許しません! 必ず生還なさい!」
「はっ! 必ずや!」
馬車は出発した。
残ったのは、鵺とミイシャの二人のみだ。
「兄様。準備はしたけど……本当にアレでいいの?」
「うん。今回は時間稼ぎ以上は期待できない作戦だ。なんたって、俺たちには魔人化を止める手段がないからね」
「じゃあ、どこかで逃げるのね?」
「そういう事。大体12時間くらいは時間稼ぎしたいかな。今からだと……明け方くらいだね」
「はい! 私も準備して待ちたいと思います!」
気合の乗ったミイティアを他所に、鵺は荷を漁る。
そして、荷の中から平たい箱を二つ取り出すとミイティアに問う。
「ミイティア。ミート・オア・フィッシュ?」
突然の鵺の振りに、ミイティアは半目で返す。
「……どっちも魚でしょ?」
「あったり~! 二度目にして見破るとは、我が妹ながら流石だ! ウンウン!」
「兄様。私はいつも通り平常心です。作戦も分かってますし、そのための訓練も積んでいます。だから、心配する必要はありません」
「う~ん……。もうちょっと、リラックスリラックス~」
「私、緊張してないわよ?」
「うん、分かるよ。でも、この状況でも寝れる?」
「ね、寝るの!?」
「寝るよ~。夕食が終わったら携帯用シャワーで体を清めて、交代で仮眠を2時間ずつね」
「……それって普通の事なの?」
「普通も何も、前の戦争ではやってたね。今回も同じような物だし、寝る時間と安全性は確保できると思うんだ」
「ガルアは……できたって事なのね……」
鵺は、ガルアと比較されて寂しそうにするミイティアを引き寄せると、仮面越しにミイティアを見詰める。
当然ながら、この突然の行動にミイティアの顔は真っ赤である。
「ガルアはガルア。ミイティアはミイティアだ。比較する意味はないよ。それに、夜番をするのは誰でもない俺だよ? 俺はそんなに頼りない護衛かな?」
「そ、そんな事は……ないです……」
「なら、安心して寝れるね。よし! 食べよ食べよ!」
鵺とミイティアの気の抜けた会話とは別に、危険は一歩ずつ着実に近づいてくる……。
次回、水曜日2015/6/3/7時です。