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プロローグ

<読者様へ>2014/12/23

文調(文章の表現方法、ナレーションの使い方など)が、突然変わる場面が多々存在します。

この原因は、執筆を進める過程で身に付けた「執筆スキル・執筆スタイル」が適宜反映できていない証拠です。


そのため、特に序盤では、読者様に不快な思いをさせてしまうかもしれません。

順次修正していく予定ではありますが、気長に待っていただけると幸いです。


気休めになりますが、第4章以降はいくらかまともな文調に仕上がっていると思っています。

まだまだ未熟で読みにくい文章だと思いますが、温かくも厳しい指摘を頂ければ筆者の励みにもなります。

 ピ、ピ、ピ、ピ……。

 一定の間隔で鳴り響く機械音は『ビートカウンター』の音である。

 音楽で使われるメトロノームのような物である。

 

「――クソッ! ポーションガブ飲みでも持たねえぞ!? ヒールヒール!!」

「あんたはタゲ役じゃないでしょ!? そのくらい自分で回復なさい! ――って、MP回って来ないわよ?」

「ゴ、ゴメン。ミスった……」

「またか!? エルフのマナ供給は手順がめんどいのは分かるけどよぉ――うぇ! また貫通攻撃かよ!? ヒールヒール!!」


 彼らを襲うのは、ダンジョンボス『ヘル・ブラックドラゴン』。

 黒い鱗に覆われた巨体。黒く大きな2つの翼。黒く鋭利に尖った爪。吐く息が溢れ出さんばかりの凶悪さを見せる大きな顎。

 所謂空想上のドラゴンその物である。


 悲痛な叫びと混乱が入り乱れ、いつ破綻してもおかしくない状況。

 そこに『声』が響く。


「みんな」


 たった一言ではあるが、皆冷静さを取り戻す。

 まるで荒れ狂う荒波が、一瞬で透き通る静かな湖面へと変化するかのような安心感である。


 自然と声の主へと視線が向う。

 声の主は、最前線でタゲ役を務める『エルフ』である。


 ――エルフがタゲ役を務める。


 誰もが耳を疑い、馬鹿げた話だと笑い飛ばすだろう。

 なぜなら、エルフはあまりにも非力だからだ。


 エルフとは、一般的に弓を得意とする技術後衛職である。

 高い属性抵抗力を有し、多彩な精霊魔法で味方を補助するのが主な仕事である。


 もちろん、前衛がまったく駄目という訳ではない。

 前衛顔負けの高級装備で身を固め、すべての能力を耐久力に注ぎ込み、非力な攻撃力で前衛職以上の敵対心ヘイトを稼げば良いだけの話だ。

 と言っても、誰一人やらないだろう。

 なぜなら、前衛職を起用するのが現実的だからだ。


 この場にいる者たちは、それを理解している。

 それを承知の上で、誰一人として『エルフがタゲ役を務める事に異論ない』。

 なぜなら、

 これが『一番成功率の高い方法』だと分かっているからだ。


「準備はいいか?」


 のんきに返事を返す者もいるが、慌てて装備を確認する者もいる。

 念を込め、確認事項を伝える。


「前衛、特級ポーションを即時使えるように準備。

 後衛、MP満タンの上、指定魔法の発動準備」

 

 準備確認はすぐに済んだ。

 

「準備できてるぜ、大将!」

「こっちもオッケ~」


 彼らを一瞥する。

 皆、覚悟が決まったようだ。

 再び視線をヘル・ブラックドラゴンに戻すと、エルフは『不思議な事』を言う。


「後衛半分、予定通り――死ね」


 何の躊躇もなく後衛たちがヘル・ブラックドラゴンの前に飛び出していく。

 そして、直撃でバタバタと倒れていく……。


 ヘル・ブラックドラゴンが予備動作もなく、ブレスを放つ体勢に入った。

 絶対突破不可能と言われる即死ブレスである。


「タイミングを合わせろ!」


 『ピッ!』 とビートカウンターが鳴った瞬間。


「――今だ!!」


 号令を掛け、エルフは先頭を切ってヘル・ブラックドラゴンを迂回するように反対側へ走る!

 前衛たちも一斉に走り出す! こちらはエルフとは逆回りである。

 魔術師は防御魔法の詠唱を始め、後衛エルフは復活魔法や復活アイテムを使用する。


 『一発勝負!』

 その言葉の通り、失敗すれば――すべてが破綻する作戦である。


 ヘル・ブラックドラゴンが全方位に向けて、強烈な一撃必殺<メテオフレイム>を放った!!

 地面がグラグラと揺れ、一瞬で辺りが真っ赤な炎の海になる!

 HPバーが一瞬で真っ白になり、仲間たちがバタバタと無残に散っていく……。


「――うぉおおおおおお!!」


 1人のエルフと、数人の前衛が炎の海を突き抜け、渾身の一撃を打ち込む!!


「オッシャァァアアア!!」


 戦士が歓喜を上げた!

 今まで『この一発』を打ち込む事すらできなかったからか、叫ばずにいられなかったのだろう。


 一瞬気になって視界を後方に移した。

 そこには、仲間たちの横たわる死体が……。

 ――だが彼は、その状況にニヤリとする。


 状況は、48名中生存はわずか6名。

 前衛エルフ1、前衛戦士3、魔術師2。

 以上が生存者である。

 普通に考えれば、完全に壊滅状態である。

 にも関わらず、彼はニヤけたのである。


「ヒールヒール!」

「まだ完全防御のリキャスト中~。もうちょっと耐えといて~」


 魔術師の言う<完全防御>とは、一定時間無敵になる魔法である。

 ただし、対象は自身のみ。

 効果時間に対してリキャストが長いという欠点があり、使用直後に支援魔法を使う事ができないのだ。

 魔術師の生存が2名なのは、かなりレアな魔法のため魔術師全員が使える物ではなかったからだ。


 戦士の要求を軽くあしらった魔術師ではあったが、内心焦っている。

 リキャスト中は魔法の詠唱も、アイテムの使用もできない。

 生き残った前衛職が復活アイテムを使う方法もあるが、ヘル・ブラックドラゴンの攻撃に耐えるので精一杯である。

 もし、前衛たちが倒れてしまえば……ジ・エンド。


「あと10秒……」


 9、8、7……。

 1秒が長く感じてしまう。

 戦士のHPバーはどんどん白さを増していく。


「間に、合わねえか……」


 そう戦士がボヤいた時、ググンッとHPが回復した。


 振り向くと、後衛たちが強化バフとヒールを掛けてくれている。

 彼らは『先に死んだ後衛たち』である。


「復活組は前衛の支援継続! 生存組は効果切れと同時に<エリアリバイバル>!」

「りょ~かい!」


 <エリアリバイバル>が詠唱されると、倒れた仲間たちが青く輝き出し、次々と起き上がる。


 <エリアリバイバル>とは、一定範囲内の友軍を復活させる魔法である。

 個別に復活させるより時間短縮が可能である反面、消費MPが高い。

 詠唱者のレベルに応じて、復活時のHP量が増減する効果もあるので、高LVの魔術師に担当させている。


 半壊から完全復帰まで1分と掛かっていない。

 全員ほぼ全回復、強化バフも万全、隊列も乱れがない、MPも順調に増加傾向にある。

 ――よし!

 勝利を確信し、エルフは吠える!

 

「みんな! 経験値ロストの恨み――コイツにブチ込めぇ!!」

「オォォォー!!」



 ◇



 ――何度かのブレスを掻い潜り、長い戦いの末、

 ヘル・ブラックドラゴンは地面に横たわった。

 キャラが金色に輝き出し、討伐成功の証である光の柱が立ち上がると

 

「――う、うぉおおおおおおおおおお!!」


 思わず叫んでしまった。

 ボイスチャットは仲間たちの奇声で音割れし、

 報酬アイテムと仲間たちの奇怪なコメントがチャット欄を高速で流れ続ける……。


「……懐かしいなぁ。あの頃は良かった」


 ゲーム動画を眺めながら思い出に浸る。


 彼が見ているのは、オンラインゲーム『グランドクレストストーリー』の

 超高難易度レイド「煉獄の黒竜:ヘル・ブラックドラゴン」の討伐動画である。


 実装から数年経っているが、未だに『俺たち以外』の討伐成功者がいないレイドである。

 というのも、<メテオフレイム>というブレス攻撃が厄介過ぎるためだ。


 ブレスは、『超高威力の範囲攻撃』である。

 一部の例外を除き、耐久力の高い戦士ですら即死する威力を持つ。

 耐久力に劣る後衛陣は、当然耐えられるはずもない。


 発動タイミングは、HP残量や時間経過には関係ない。

 レイドゾーン突入と同時にブレスが来ることがあったり、連続でブレスを打つこともある。

 ドラゴンらしく気まぐれという感じだ。


 属性装備の有効性も疑わしい。

 例えば、火耐性100%なら火属性攻撃をかなり軽減できるのだが、

 ブレスは火、水、風、地、光、闇の6属性のどれにも当てはまらない。

 属性を介さない物理殴りの線でもない。

 とにかく何をやっても大差ない。

 

 唯一、HP盛りの超高レベルの戦士と、<完全防御>持ちの魔術師なら耐えられる。

 だが、それ以外は抗うことすらできずに死んでしまう。


 脳筋戦士優遇? とか

 エルフを廃業させたい思惑? とか

 そもそも倒せない仕様なのでは? とか

 とにもかくにも「攻略不可能ムリゲー」と噂されているのだ。


「まぁ、無理ゲーといえば無理ゲーだけど、倒しちゃったんだよなぁ……」


 今更ながら種明かしをすれば、

 ブレスは『3連続攻撃』である。


 一撃目は「竜を中心」に広範囲攻撃。

 二撃目は「タゲ役を中心」にスタン性の中規模範囲攻撃。

 三撃目は「竜を中心に左回り」にコンパスで円を描く動きで広範囲攻撃をしてくる。

 三撃とも属性攻撃であり、火・風・地の3属性がランダムに入れ変わって打ち出されている。


 対処法は、

 一撃目は広範囲攻撃のため回避不可能だが、耐性装備で軽減可能。

 二撃目は、タゲ役が仲間たちから離れる事で、攻撃範囲をズラす事でダメージもスタンも回避が可能。

 三撃目は、ブレス発動直後に竜の真後ろを通過すれば回避可能。


 つまり、

 『属性』と『位置取り』と『タイミング』が合えば、

 『実質1発分しかダメージがない』という作戦である。

 ちなみに、タゲ役の『俺』とは逆回りに前衛を走らせていたのは三撃目が理由である。


 これだけ分かれば、

 あとは、打ち出されるタイミングの解析をして、戦術に組み込むだけだ。


「よし! リフレッシュ終了! 狩りだ狩りだ!」



 ◇



 今は訳あってソロでプレイをしているが、

 PVPを敬遠して狩りに没頭する『狩りブタ』と呼ばれるプレイをしている。


「さぁ~て。さっき出たレアって……いくらだ?」


 机の上に置いてあった箱からタバコを1本取り出し、火を点ける。

 タバコでひと息つき、パソコンのマルチウインドウにアイテム相場サイトを開く。


「え~っと……150M。まあまあだな。ん?」


 何か「ブン、ブン!」 と音が聞こえる。

 慌ててゲーム画面を覗き込むと

 他プレイヤーたちに攻撃されていた。


 落ち着いて精霊魔法の拘束魔法で足止めし、弱体化魔法も掛ける。

 強化デバフを掛け応戦の準備を整えたら、反撃を始める。


 相手のHPはガリガリ減っていく。

 対して、自キャラのHPはまったく減らない。

 ――ノーダメージである。


 そのまま片っ端から襲ってきたプレイヤーを、一方的に蹂躙する!



 ◇



 すべての敵対プレイヤーを倒し終えた。

 地面には、敵対プレイヤーたちが死体となって転がっている。


「ふぅ……。今時加速チートとか、エグイなぁ」


 チャットを使い、襲ってきた理由を問い正す。


「なんで襲ってきた?」

「チーターは消えろ!」

「ブーターめ! ブヒブヒ」

「ツールは一切使ってない。誤解を招く発言はやめて欲しいな」

「うるせえチーター! 消えろ■■野郎! ■■■■! ■■■■!」


 話にならない……。

 彼らは結構有名なプレイヤーたちだ。

 少しは良識をもっていると思っていたが……クズの集団だった。

 プレイヤーたちの死体が消え、再び静かな時間が戻る。



 ◇



 しばらくすると、個人宛チャットが届く。

 さっきの敵対プレイヤーの一人っぽい。

 別に相手にする必要もないが、適当に返事をする。


「>本当にチートじゃないの?」

「使ってないよ。いい加減理解して貰えないかな?」

「>動きもいいし、エルフ族の魔法がよく決まってたね。レベルが高いのは分かるけど、英雄級装備でも持ってるの?」

「至って普通の装備だよ」

「>意味が分からねえ」

「だから仕様だって」

「>ちらっと教えてよ?^^」

「本人じゃないと駄目だね」

「>本人?」

「リアルネーム教えてみ?」


 応答がない。

 一言、警告を加える。


「そのキャラの所有者名は分かっている! チート使ってたことも分かっている! 次襲ってきたら運営に報告して、掲示板に晒すからな!」


 やはり応答がない。

 どうやらログアウトしたようだ。


「まぁ……、当然か……」


 俺はネットの中で、刀を振り回すして人を殺したとか、リアルPKとか噂が立っている。

 他にも、プレイヤーの個人情報を売りさばいてるとか、白い粉を扱ってるとか……。


 まったく持って――事実無根だ!

 だが、そのお陰で必要以上に陰湿な攻撃がないのも事実である。


 全体チャットに赤字で「ブーター死ね!」とメッセージが流れている。

 腹いせに俺を罵倒しているらしい。


「あ~あ、チャ禁だね。1ヶ月チャ禁とか辛そうだなぁ……」


 全体チャットは相変わらず騒がしい。

 吠えまくる奴らを無視し、帰還呪文を唱える。


「ハァ……。いい加減にしてほしいよ」


 「チーター扱い」や「PK」なんかはよくあるが、

 もう慣れてしまっている。



 ◇



 自分で言うのもなんだが、俺のゲーム上での黒歴史はエグイ。

 プレイヤーだけでなく、ゲームマスターにさえチーター扱いにされた。

 アカウント凍結もされたこともある。

 理由は、さっきのような不可解なPKが可能であるためだ。


 だが、

 これは『仕様』なのだ!


 俺のキャラLVは91。

 ワールドランク上位陣のLV帯は90~95なので、異常に高い訳ではない。

 エルフだけでいえば、TOP10程度。

 ただ、装備の強化値だけは、ワールドランク1位をぶっちぎりで独走している。


 グランドクレストストーリーでは、装備を強化できるシステムがある。

 強化アイテムを使い、成功すれば+1強化され、失敗すれば装備品ごと消去される。

 武器なら、命中補正や追加打撃。

 防具なら、防御力や属性防御力が付与される。

 +5強化毎に特殊ボーナスが付与されたりもする。


 高LVプレイヤーが装備する強化値は、だいたい+15前後。

 補正やパッチで+10くらいは誰でも強化できるので、金銭に余裕があれば誰でも到達可能だ。


 問題は俺のキャラの装備だ。

 全部、+50となっている。

 鎧や兜や手袋、その他装飾品もすべてである。


 念のために言うが、チートは一切使ってない。

 GMのように、試験用のデータアイテムでもない。

 全部自作である。


 方法は至って簡単。

 総当たりで100%成功するタイミングを探したのだ。

 巷で言うところのTASと言えば分かるだろうか?

 それを人力で行ったのだ。


 0から+1を100%にするのに半年掛かった。

 何度もパッチやアップデートでタイミングが狂ったが、2年掛けて+20までのルートを確保した。

 あとはノンストップで+50まで。という感じである。


 +50以降の強化は可能だと思うのだが、今のところその予定はない。

 というのも、GMが介入してきたからだ。

 いきなり回線切断されて、再ログインでアカウントが凍結されてた時は驚いた。

 さすがに反論したが、凍結は解除されなかった。


 そこで開発元と同じメーカーのゲームでも、同様に強化やガチャの当たりを狙い、

 同じアルゴリズムを使っている事を確認した後に、関連会社を集めたプログラムの穴についてプレゼンを行いって不正がない事を証明し、なんとか解除された。


 が――問題はそれで済まなかった!

 今度は、アカウントハッキングされた!

 被害は甚大で、ギルドメンバーたちばかりが狙われだけでなく、リアル情報まで晒された。


 これには流石にキレた!

 なぜなら、GMが犯人だったからだ!

 攻略不可能のレイドをクリアされた腹いせらしい。

 結局、犯人のGMは逮捕。

 新聞でも取り上げられ、開発会社の株価は暴落。

 その後もなんやかんやと理由を付けられ、凍結と解除を繰り返してきた……。


「クソッ!」


 昔のことを思い出してしまったのか、悪態を付く。


「レイドやりたいなぁ……。惰性で続けるのもダルくなってきたし……」


 彼にとってレイドはゲームプレイの目的であり、『すべて』だった。

 難関と言われるレイドをクリアすることが、至高の喜びだった。

 チーターと呼ばれてしまうほど奇抜な発想で、あらゆるレイドを制覇してきたのだ。


「でも、無理だよなぁ……。人いねーもん」


 俺が願ってもなかなか手に入らないものがある。

 それは――『人材』だ。

 

 レイドとは、強力なモンスターを大人数で討伐するクエストである。

 報酬も難易度に比例し良くなる。

 問題はそこだ!

 ギルドメンバーの中に「金儲けをしよう」と言う連中が出てきたのだ。

 彼らの言い分も分かる。他のギルドでは当然のようにやってるからだ。

 一種の独占状態なのだから、レアアイテムには想像以上の価値が付く。

 だから、金に眼が眩むのだ。


 俺に言わせれば、『ゲーム内通貨や装備を現金で買えばいい』と思っている。

 一般的にこれはRMTリアルマネートレードと呼ばれ、違反行為にあたる。

 ただ……この方法はお勧めできない。

 違反行為という意味ではない。

 ゲームがつまらなくなるからだ!


 ゲームとは『渇望』こそがスパイスだ!

 渇望があるからこそ、難しいレイドに挑もうと思える。

 渇望があるからこそ、強い装備を欲しいとも思う。

 その渇望を一時の利で潤して


 ――何を得られるか?

 ――失う物はないのか?


 そんなのは、分かりきったことだ!

 どうしても欲しいなら、『現金かね』を出せばいいだけなのだ。


「いいかげん運営も、RMTを認めたらいいのになぁ……」


 俺の黒歴史の始まりは、今となっては分からない。

 だが、俺への攻撃がギルドメンバーまでに及び、最後は仲違いでギルドを解散させたのだ。



 ◇



 俺は現在、無職だ。

 会社の先輩と仕事で揉め、クライアントの前で喧嘩をし、結果的にクビになったのである。

 今は貯金を食いつぶしながら、細々と生活をしている。

 そして、どっぷりゲームに没頭しているのである。


「さぁって……、何食うかなぁ?」


 キッチンに向かい、冷蔵庫に首を突っ込み物色し始める。


「買い物だな……。というか、そろそろ仕事探さないとなぁ……」


 そう呟きながら、出掛ける身支度を始める。

 彼の名前は斉藤雅之(さいとうまさゆき)32歳 元プログラマーである。

 プログラマーとは名ばかりで、営業、接客、設計から開発、後輩指導まで何でもやらされていた。

 とてもじゃないが……、酷い待遇だった。



 ◇



 食事を終え、パソコン脇に置いてあった箱から1本タバコを取り出し、火を点ける。

 そして、パソコンを操作して証券サイトを開く。


「まだ赤字か……。なかなか上がらんなぁ」


 実は、彼の生活基盤は株式取引とFX取引で成り立っていた。

 それでもあまりいい成果が出せず、なんとか成り立っているという状況である。

 だから、仕事をしなければ状況の改善が見込めないことは十分承知している。


「いっそのこと、運営の株を売り払いたいけど。……売ったら売ったで、俺への攻撃が始まるだけだしなぁ……。まぁいいや! 今日はレアがでたし、差引ゼロ……としておこう!」


 苦笑いを浮かべながら、パソコンの電源を落とす。

 ベットに体を寝かせ、窓の外をぼんやりと眺める。


「何か人生を賭けて……、のめり込める仕事はねえかなぁ……」


 彼は仕事ができないのではない。仕事の邪魔をする存在がいて欲しくないのだ。

 どんな仕事をしても、よく分からない決まりや、無茶な注文を押し付けてくる上司や先輩がいるのだ。


 会社を立ち上げ、一人で仕事を始めようと思ったこともある。

 だが、現実はそう簡単な話ではない。

 ゲームだってそうだ。

 ゲームの運営会社の株を大量保有することで、辛うじてゲームを続けられる状況である。


 世の中は基本的に理不尽だ。自分の思い通りになる方が少ない。

 自分にとって都合のいい状況とは、世界の仕組みまで掌握しない限り訪れない。

 つまり……、半ば人生に諦めているのである。


「ふぅ……。このゲームみたいに、やりがいと情熱を注げる世界や仕事はねぇのかなぁ……」


 ゲームのパッケージを眺めながら、神にでも祈るような言葉を吐く。

 そして、眠りについた……。



 ◇



「……ウグッ……むぅ?」


 何かごわつくような感触だ。 なんというか……芝生?

 耳の裏あたりが痛い。出っ張りみたいな……小石?

 時おり優しい風が頬を通り過ぎる。

 澄み切った空気……空気?


「――んあっ!?」


 ガバっと、勢いよく起き上がった。

 そこは草原。

 草花が生い茂り、そよ風でゆっくりなびいている。

 遠くには小さいが綺麗な小川が流れていて、近くにはポツンポツンと家が建っているのが見える。

 更に視界を広げると、頂上だけに雪が積もった大きな山が見える。

 まるでアルプスを思い起こさせるような壮大さだ。 

 空は青く晴れ渡り、小さな雲がゆっくり流れている……。


「…………ゆ、め?」


 状況も分からず、しばらく呆然としてしまう。


「――はぁぁあああああああああ!? えっ!? はぁぁあああ!?」


 状況が理解できず、奇声をあげてしまう。

 しばらくの間、状況に戸惑うのであった……。



 ◇



 少しだが、声を出したおかげで落ち着いてきた。

 状況を確認するため、近くにあった岩に登り周りを見渡す。


「まるで……、映画のスクリーンにでも飛び込んだ感じ……だな……」


 夢としか思えない……が、あまりにもリアル過ぎる。

 とりあえず、顔をおもいっきり殴ってみる。


「(ガッ!) ――い、つうぅぅ!」


 殴った頬と拳は、ヒリヒリと痛むだけだ。

 夢なら早く覚めて欲しい。

 だが、夢でないことを示すばかりである。


「まさか……異世界転送いせかいてんそう?」


 殴って痛む頬を摩りながら、苦笑いを通り越したなんとも言えない表情をする。

 岩に座り込み、目線を手に移す。


「異世界転送って言えば……、ファンタジー小説みたいにチート能力とかあったり、世界を救う的なアレ? ……なのか?」


 異世界転送といえば、ライトノベルの小説によくあるパターンの話だ。

 だが、現実離れした状況に気持ちが追いつかない。

 顔を手で叩き、


「(パンパン!) 落ち着け! 落ち着け!」


 気合いを入れるように自分を鼓舞する。

 そして目を閉じ、瞑想に入る。


 こういう展開は妄想したことがある。

 だが、所詮は妄想だ!

 心のどこかで望んでいた。それは認める!

 だが……、まさか自分がそうなるとは……。



 ◇



 ムウムウ唸りながら、一つの結論を出す。


「理由は分からないが……。現時点の状況が『元いた世界』なのか『異世界』なのかは分からない。――仮に、仮にだ! ここが異世界だとしよう!」


 単なる消去法なのだが、どこかの撮影現場的な場所の可能性もある。

 秘密組織に拉致された可能性も捨てきれない。

 ないと思いたいが……、本当に異世界に転送されてしまった可能性もある。

 問題は、それを説明するには『情報が足らな過ぎる』ことだ。

 

 リスクを見積もる時は、『最悪のケースを想定する』のが最善だ。

 なので、最も在り得なく、最も危険度の高いだろう理由から『ここが異世界』だと仮定している。


「ここが仮に異世界だとして考えられるリスクは、モンスターや野盗などによる命の危険性が考えられる。人家があったから、まったく人がいない訳ではない。言葉が通じない可能性はあるが……生き延びるためには手段を選んでいられない! それに……」


 最近読んでいた小説を思い出す。


「異世界転送されるファンタジー小説だと、条件さえ揃えば帰れるらしい。だが……、異世界で英雄みたいになった後に元いた世界に帰るとか……不毛だよなぁ。それに、あの世界にはあんまり未練ないしなぁ……。ハァァァ……」


 冷静に状況分析をしてみたが、あまりにもブッ飛んだ状況に長いため息を漏らす。

 両手で顔を叩き、再度気合いを入れる。


「(パンパン!) よし! 新しい仕事は冒険家だ! 金を稼いで可愛いメイド達を可愛がるのもいいな! いやいや、魔王討伐だ!! あははははははははははは!」


 要はやけっぱちである。

 「訳も分からない状況でよく言える台詞だな」とツッコミをいれつつ、物は試しと手を前に突き出す。


「ファイヤァアアア!」


 何も起きない。


「炎の精霊よ! わが腕に宿れ!」


 何も起きない。


「メテオー!!」


 当然……。


「いやいや発想を変えよう! 要はオーラ的なMP的な物を体から指に……」


 そんな中二病的なことを、年甲斐もなく色々試した。



 ◇



 ――結果、何も起きない。


「はぁはぁはぁ……。異世界転送の主人公って、こう? ウィンドウが見えたり。肉体強化ができたり。つえー設定だよなぁ? なんでだ!?」


 ファンタジー小説の読み過ぎである。

 肩で息をしながら、岩に座り込む。

 ふと、目の端に何かを捉える。

 目を凝らすと……岩陰の向こうに『小さな何か』が見えた。


「……子供?」


 第1村人発見!?

 これで状況は少し分かるかもしれない!

 子供に向かって軽く手を振る。

 すると、子供は岩陰に顔を引っ込めてしまう。


「怖がらせちゃったかな?」


 さっきから中二的な台詞を大声で叫んだり、変なポーズをしていた。

 服装も見たことがないものだろうし、たぶん言葉も通じないだろう。

 言葉を掛けるにしても、怖がられて当然だろう。


「逆の立場だったら……どうだろう? 俺の場合、あんまり気にしないからなぁ……」


 ぶつぶつと呟き、子供の隠れている岩を眺める。

 子供は女の子っぽい。

 チラッと見た程度だが、銀髪で西洋風の顔立ちをしていた。

 少なくとも日本人ではないことは分かった。

 しばらくすると、女の子が岩陰からそーっと顔を出し、こちらの様子を伺っている。


「何か……コミュニケーションを取れる方法はないだろうか?」


 何かないかと周りを見渡す。

 近くには、小さく綺麗な花がいくつか咲いていた。

 岩を降り、それを手に取り工作してみる。


 昔、女の子の友達に教えられ、花で作る『花冠』を作ったことがあった。

 とはいえ、さすがに20年以上昔の記憶だ。

 なので、なかなかてこずった。



 ◇



 丁寧に編み込み、見栄えの美しさも考える。

 これは遊びではない!

 なんとかコミュニケーションを取らなければ、最悪『命』に関わる!

 とにかく必死なのだ。


 完成したら、再び岩の上に座る。

 出来上がった花冠の完成度はイマイチだが、パッと見でもなかなかの出来である。

 それを頭に乗せ、岩陰の女の子に見せつけ、「ニッ」とスマイルを送る。

 その姿に……女の子は目を見開いて驚いている。

 今度は少しうまくいったようである。


 女の子に「花冠をあげるよ」と、なんとも言えないジェスチャーを送ってみる。

 女の子は、そろりそろりと近づいてくる。




 目の前まで来た所で、女の子は何か言う。


「■■、■■■■■■?」


 想定はしていたが……何を言ってるのか分からない。

 しかたなく、花冠を女の子の頭に乗せてあげる。

 女の子はニンマリと表情を和らげ、


「■■■■■」


 表情からは感謝の言葉だと思われる。

 女の子の表情にホッと安心し、立ち上がろうと

 ――ズキン!


 突然、強烈な痛みが全身を襲う!!

 頭が割れるように痛い!

 筋肉が意思とは関係なく収縮し、全身がったように痛い!

 骨がギシギシと軋み、体中の神経がヤスリで削られるかのように痛い!

 激しい動悸と目まい! 呼吸も満足に行えない! 


 訳の分からない状況に戸惑うことさえできず、抗うように体をねじる。

 そして、意識が……飛んだ。


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