第五章「世界を変える」
-2064年2月10日-
未香の容体は変わらない。
脳の細胞は20%が死滅し、完全に寝たきりになってしまった。
会社は佳子に任せ、一也は病気に通った。
「人を救いたいのに、私が救われる立場だね」
未香は冗談まじりに言った。
「姉ちゃん。僕、天才だからきっと治すよ!」
「ぷっ!あんたなら本当に治してくれそう」
体調が悪くなってからも、未香は笑顔を絶やさなかった。
血液の循環が悪くなり、以前にも増して顔色は白くなっていた。
-2064年02月22日-
『三つ葉テクノロジー株式会社』は、暗く沈んでいた。
「取締役の未香は、今朝、息を引き取りました。彼女は、人を救いたいという大きく、純粋な目標を持っていました」
母であり、社長の佳子が涙ながらに報告をした。
社員たちからも好かれていた未香。
姉の命を救う事が出来なかった一也は家で泣いていた。
-2064年03月01日-
今まで、名ばかりであった社長の佳子の意識が変わった。
”開発”に対して強い意思を持ち、研究に打ち込むようになっていた。
社員たちを自分の子のように愛す佳子は支持も厚く、社長としての風格すら出てきた。
『三つ葉テクノロジー株式会社』では、医療研究所の増設を決めた。
「お母さん。僕、姉ちゃんが言ってた”人を救う”プロジェクトを立ち上げるよ」
裏方で全てを指揮する一也。
気が付けば18才となっていた。
この時、一也は決断した。
-2064年03月05日-
『三つ葉テクノロジー株式会社』で緊急記者会見が行われる事になり、マスコミ各社が詰めかけた。
「6年前、少年が川で流された事故を知っていますでしょうか?10日程経って発見されました。その少年は亡くなっていました」
いきなり、事故のスピーチを語る一也にマスコミは騒然とした。
18才の若者は続けた。
「実は僕、亡くなったんです。しかし、生きています。母は、社長の佳子です。姉、未香は取締役でした」
「息子がいたのか?」
「確かにあの事故の子に似ている」
様々な言葉が飛び交った。
「しかし、今でも生かしてもらってることは内緒にしてくれと言われました。これからは僕も研究所に立たせてもらいます」
一也の言葉に納得できる人は少なかった。
誰もが半信半疑となったが、一也は一目を気にせず堂々と生活が送れるようになった。
取締役に就任する事も無く、平社員として出勤した。
開発現場では、優秀な人材が揃っている。
しかし、一也を超える頭脳が現れる事は無かった。
-2066年05月25日-
一也は二十歳を迎えた。
開発、技術は急速に発展し、どこの企業の工場にも人がいない。
開発、生産、全てが自動化されたのだ。
高性能ロボットを制作した『三つ葉テクノロジー株式会社』は、表彰もされた。
設計から開発まで、一也が行ったものだ。
医療分野でも、少しずつ難病の解明がされていった。
-2071年02月20日-
一也はある決断をした。
「お母さん。僕、総理大臣になる」
「総理大臣って一也、一体何のために?」
「技術だけじゃ人は救えないんだ」
一也の信念に佳子は、返す言葉が見つからなかった。
-2076年09月08日-
「姉ちゃん聞いてよ。最近、お母さんが年でさ。よっこらせよっこらせって」
一也は未香の仏壇に向かい語りかけていた。
佳子は今でも社長として『三つ葉テクノロジー株式会社』を守り続けている。
「未香が生きてたら喜ぶだろうね。一也、あなたのために頑張っているわよ。未香も応援しててね」
佳子もまた、未香の仏壇に語りかける。
世間では、これからの日本は変わる事間違いないと騒がれている。
そう。一也は30歳にして国を任される事となった。
一也が最初に行った政策は、国会議員の削減。
数百人も居た議員は今や5人だけとなった。
もちろん、クビにされた議員達は反発した。
しかし、それらの方たちの人生は必ず約束するとし、黙らせた。
「この国を、開発技術を駆使して、全国民を平等に、そして裕福に致します!」
一也は力強く発表した。
開発現場、作業現場など、あらゆる産業工場、職場からは人が消えた。
全てはロボットチームのみで生産される。
この国から”労働”という概念が消えたのである。
そして、何より国民を驚かせた政策が”お金(通貨、紙幣)”の廃止だ。
衣服や食料などは、決められた範囲で十分な量が支給される。
住む場所は、土地と家を国が全て保有し、土地と家が公平に支給された。
リフォームも行われ、大きさ、間取りも公平である。
資産や土地など、多数保有していた者は、多少大きめの土地と家が支給された。
この差別に文句を言う国民は居なかった。
エネルギーは、環境への考慮でオール電化のみとなった。
国が太陽光、風力発電の管理を行うため、パネルや風車は大量に増設された。
エネルギー切れの心配も無くなった。
医療費、学費などは完全に無料化された。
また、全ての国民からお金を回収した日本は世界有数の資産国となり信頼度も向上、増益が見込まれるため、海外向け貿易は継続されている。
世界各国の参加する会談では、この日本の新たな体制を訴えかけた。
賛否両論あったが、ほとんどの国もこの新たな体制となり、人々は世界でも自由に過ごす事が可能となった。
車やバイクも100%電気エネルギーとなった。
交通手段として最も使われているものは、『三つ葉テクノロジー株式会社』が制作し、義務化として支給している『I am 宇宙人』であった。
今では、世界各国でも義務化として支給されている。
医療も格段に発展を遂げた。
難病などもほとんどが完治可能な時代に。
しかし、一也は悩んでいる問題が一つあった。
癌患者に対しての治療だ。
高齢になるに連れ発症リスクも高まる癌だが、これを運命とするか、完治させて良いものか。
寿命が延びると高齢化が進む。
人口が増えれば住む場所が無くなる。
小児癌患者もいる。
差別は出来ないので、どちらにもまだ使用はされていない。
しかし、末期癌でも完治する抗体物質は既に完成していたのだった。
一也は発表できずにいた。
この世界は、一也の母、佳子が率いる『三つ葉テクノロジー株式会社』が牽引している。
国内の、物資供給シェアは90%。
医療では、国内すべての病院運営を同社が行っている。
世界的総合指数では、70%と非常に高い結果となった。
この年には、世界中の人が公平に家を交換出来るサービス『ワールドハウストレード』をオープンした。
これにより、スムーズに海外移住が行えるようになった。
この大革命で、貧困層は無くなり、戦争、紛争も無くなってきた。