第二章「全ては時間が解決してくれる」
暑さも和らいできた9月の下旬。
一也を亡くした佳子と未香は、少しずつ現実を受けとめ、悲しみを乗り越えようとしていた。
「一也おはよう。よく眠れた?」
小さな机に立てかけられた遺影に話しかける佳子。
高価な仏壇は買うことが出来なかったが、そこに一也が居るかのようにたくさん語りかけている。
「お母さん行ってきます!」
未香は夏休みも終わり、また学校生活に馴染んでいった。
優秀で遅刻もしない。一也に比べたら正反対の性格だ。
平凡な生活が、少しずつこの家庭を、落ち着かせていた。
時代は、アメリカが牽引し20年後からは英語が世界共通語として使用される事が発表された。
「ありゃ、やりたい放題だ〜一也も生きてたら勉強漬けだったね」
いつものように、佳子は一也の遺影に話しかけていた。
アメリカ政府の大胆な発表をよそに、戦争、紛争は絶えず関係の無い人達が命を落とし、その様子は毎晩当たり前のように報道されていた。
また、環境問題も加速し、環境改善をテーマに世界が強く取り組む協定も定められた。
この頃、中学2年生の未香は弟の死に重ね合わせたのか、人を救える人になりたいと夢を持ち始めた。
「お母さん。人って生まれ変われるのかな?」
「生まれ変われるよ。死んでからが本当の人生が始まるんだって」
「本当に!?幸せな世界なのかな?一也良い暮らし送ってるかな」
家族の絆は固い。
お金が無くても、”良い”暮らしは送れるのである。
寒さも強まってきた12月、例年にもなく寒い今年は、過去最低気温を記録。
5日には初雪が観測された。
異常気象の猛威が本格化してきたのである。
電気自動車が当たり前となったこの時代でも、環境の悪化は止まりそうもない。
「眠れない」
未香は、病に侵されていた。
心配する佳子の言葉をよそに風邪だと言い張る未香。
一見、風邪の症状に似ているこの病気の恐ろしさをまだ知るはずも無かった。
-2059年01月01日-
新年が明けた。
ブレインコントロール新社が発表した、頭で考えたメッセージを送受信出来るサービス『頭脳コネクトメッセージ』が大流行。
年賀ハガキを利用した人の割合は22%との結果が発表された。
「明けましておめでとうございます!」
佳子と未香は仏壇に語りかけていた。
「未香、喋りすぎるとまた発作起こすよ」
未香は病院で治療を受け、風邪の症状は収まったものの発作症状が起こるようになった。
原因は不明だという。
暖かくなってきた2月、桜が咲いた。
去年の初雪同様、過去最速の桜の開花であった。
未香は、中学三3年生に上がる事を楽しみにしていた。
平穏な生活が流れたある日、不思議な体験をする事になる。
「おはよう。ねぇ、お母さん。昨日寝る前にチャイムが鳴ったから玄関開けたんだ」
「夜遅くに来客?ダメだよ開けたら。危ないよ」
「違うの……一也が立ってた……」
佳子は、未香の体調を疑って軽く流した。
しかし、あの真面目な未香が言うのは引っかかったが、そんな訳はあるはず無いと聞く耳を持たなかった。
その夜、またチャイムが鳴った。
「お母さん!またチャイムが鳴った。もう0時過ぎてるのに」
「んんん……え?まだ起きてたの?」
「チャイムが鳴ったの!!」
眠気まなこの佳子を連れ、未香は玄関を開けた。
「お母さんただいま!帰りが遅くなってごめんなさい……」
佳子は自分の頬っぺたを掴み強く握った。
隣で泣き出す未香。
「一也なの?」
亡くなった時に比べると、まわりの同級生達と同じように少し成長しているように見える。
「そうだよ。帰り遅くなっちゃった」
久しぶりの笑顔を見たが、佳子と未香は動揺している。
一也は家に入り、仏壇の前で話し始めた。
「僕、死んだのかもしれない。だけど生きて良いよって言われたんだ。だけど、生かしてもらった事は内緒にするように言われたの」
佳子と未香は、まるでお化けを見ているようであった。
世間の目もあるし、学校にも通わせられない。
ましてや、本当に一也なのかも確信が得られなかった。
「一也、背中見せて」
「なんで改めて姉ちゃんに見せないとなんだよ!いつも見てたじゃん」
未香は一也の服をめくった。
「傷……あるね……本当に一也だ……」
昔の父親に虐待された時に負った傷が見えた。
亡くなった記憶が無い一也。
頭を整理しても整理出来ないまま夜が明けていった。
”一度死んだ少年”一也との生活が始まる。