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アレテーの弁解  作者: イヲ
第一章【THE MAGICIAN】
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ザ・マジシャン・2

「観世水。一緒に帰ろうぜ」


後から聞いたが、今日で学校が休みに入るらしい。

否、たぶん先に聞いたのだろうが、覚えていないというのが真実だろう。

明日からは正月休みに入る。

それでも既に雪が降っていて、もう過ぎたのではないかと錯覚さえした。


鞄に教科書類を押し込んで、須磨が笑う。


「うん。いいけど、おれ、寮だよ」

「案ずるな。俺も寮だ」


なぜか胸を張る須磨は、たぶん何か事情があるのだろう。地元民に見えるが、もしかすると違うのかもしれない。

疑問が生じるが、真は特別なにも聞かず、須磨の隣を歩く。


たどたどしく話をしながら寮に向かって歩くも、他の生徒たちの視線が真に突き刺さる。

しかし、須磨は気にすることなく気さくに真へ話しかけた。


(いいひと、なのかもしれない。)


「にしてもよー、マジ、何なの。こっち見てんじゃねぇよって、この事だな」

「……慣れてるから」


軽く笑うも、須磨は眉を顰めて、まわりの生徒達に睨みかける。

睨まれた生徒たちは、まるで巣を散らすように去ってゆく。


空は明るい。

明るいが、真の心は暗かった。

重たい。

空気が、視線が重たい。


ひそひそと話す声が嫌でも聞こえてくる。


染めてんじゃないの、とか、目立ってるよね、とか。

病気でしょ、とか。


今まで言われてきた典型的な単語の数々。


「ごめんね、初音。おれ、用事思い出したから、先に帰るよ」

「は?嘘つくなよ。堂々としてりゃいいの。おまえが悪いんじゃないんだから」

「……おれは」

「って、悪いな。知ったようなこと言って」


茶色い髪をがしがしと掻いて、にやりと笑う。

にやりと笑うのは、癖なのだろうか。そういう笑い方が初音は多い。


「ううん、ありがとう」

「いや、いや。礼なんか言うなって」


ここから寮は、徒歩で10分ほどの場所にある。

新築されたばかりで、中はとても広いつくりになっているが、なにぶん生徒数が少ない。

真と須磨を入れて、約10人しかいないらしい。

それでも寮母は3人いて、食事や掃除をしてくれると言う。


田舎だからか、この辺りは住宅がない。

ぽつん、と新築の寮が建っている、すこしだけ物悲しい雰囲気だった。


「笑えるよな。10人しかいないのに、こんなでっかいの。しかも三階建て。二階が男で、三階が女」

「……分かれてないの?」

「分かれてないの。私立なのに、そこんとか、ちゃんとしてねぇんだよな。でも、寮母さんいるし、変な事は出来ないな。したら、一発で退学だから気をつけろよ」

「う、うん」


寮の門を潜ると、真っ直ぐに伸びた廊下が目に入る。その先はリビングになっていて、テレビとソファー、そして風呂場とランドリールームがあるらしい。

須磨に案内してもらいながら、自室がある二階に上がると、アンティークもののような、両側に扉がずらりと並んでいた。

数えて、20はあるだろうか。

右から四番目が真の部屋として宛がわれている。

須磨の部屋は、右側から三番目、真の隣だ。

たぶん、須磨も最近入寮したのだろう。

ということは、男は四人しかいないという事か。


「じゃ、また夕飯のときにな。っと、そうだ。観世水、携帯持ってる?」

「うん」

「アドレス、交換しとこうぜ。色々、分かんないことあったら連絡しろよ」

「……ありがとう」


恵まれているのかもしれない。


須磨と別れ、一人ダンボールが二個詰まれた部屋のベッドの上で、そう思考する。

親友や、友達と言った存在は今までなかった。

否、最初は良くしてくれる。

それでも、まるで飽きた玩具を箱に放り投げるように、みな離れていった。

たぶん、須磨もそうだろう。

町に出れば、皆真をいぶかしむ。それに疲れるのだ。今までの同級生たちは。


「……」


ベッドの毛布に顔を埋めて、目を閉じる。

体が重い。たぶん、疲れたのだろう。それでもダンボールの中身をどうにかしなくてはいけない。

重たい体を引き摺って、ダンボールの中を開く。

数点の衣服と、生活に必要な最低限のものをクローゼットと、机の引き出しに仕舞う。


ふいに、扉をノックする音が聞こえた。

須磨だろうか。


扉を開けると、思いも寄らない人が書類を持って立っていた。


「!籬、先生。どうしたんですか?」

「……君に手渡すのを忘れていた。これを」


差し出されたのは、学生証。

そういえば、まだ作ってもらっていなかった。普通は、転入する前に手渡されるのだろうが、真自身も忘れていた。


「わざわざありがとうございます」

「では、これで失礼する」


そのまま踵を返し、靴音さえさせずに遠ざかってゆく。

籬と言う名前は、苗字なのか名前なのか分からない。

それでも皆、籬を籬と言う。


学生証を持ったまま、その細い背中を見送る。

その学生証の写真だけが真自身をじっと見上げていた。





携帯が鳴る。

20分も、ぼうっとしていた。携帯の画面を見ると、初音須磨の文字が映し出されている。


「もしもし」

「おう、観世水。今、ちっといいか?」

「うん」

「明後日、大晦日じゃん?おまえ、年越しどうすんの?」

「ここでするよ。家には帰らないから」

「……そっか。俺も家に帰らないから、一緒に年越ししようぜ」


深入りしてこないことに感謝して、うなずく。

どうせ家に帰っても、誰もいない。

誰もいない家に帰っても、真自身がいないことと同じだ。


「そうそう。それと、夕霧も一緒。どうせ寮母さんたちも正月は家にいるんだしさ。女子と過ごすのはバレなきゃいいらしい。先輩の話によると」

「へ、へえ……。そうなんだ」

「ってわけで、大晦日の夜、俺の部屋に集合な。あ、菓子とか持って来いよ。大晦日だから他の生徒はいないし、騒ごうぜ」

「……うん。ありがとう、初音」


礼なんかいうなよ、と笑っているが、気遣ってもらっている事は知っている。

引っ張ってもらっているんだと分かった。

ずっと、そうだったのだから。


「7時には来いよ。じゃあな」


ぷつりと電話が切れて、ベッドの上でぼんやりと天井を見上げる。

今までの正月は、親戚一同が揃って、まるで葬式のような雰囲気だった。

だから、たぶん初音の騒ぐ、という期待にはそえられないだろう。


分かっている。自分がつまらない人間だということは。

自らを嘲っているということは分かる。

それでも、どうしたらいいか分からない。


「……外の空気吸いに行こう」


フードつきのコートを着込んで、再び暗くなってしまった外に出た。

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