ザ・マジシャン・1
魔術師 THE MAGICIAN/純真無垢な赤子が、自らの力で物事を覚えようとする。
私立高校である、白鷹高等学校は、転入生を受け入れる事はあまりない。
寮制度はあるものの、殆どこんな田舎にわざわざ来るものはいないのだ。
それはたぶん、この町が田舎だからだろう。
都会の私立校なら知らないが、田舎であるここには、高校が一つしかない。
それも公立ではなく、私立だ。
よって、公立校に行くものは、隣町に行かなければならない。
尤も、電車一本で行けるのだから、そうそう遠くはないのだが。
「先生」
スーツを着た学年主任の竹田という男が、籬を手招きした。
「何ですか」
「今日、転入生が入ってくることはご存知ですね?」
「はい」
眼鏡の奥がわずかに細められる。面倒ごとを見るときの、竹田の癖だった。
籬はいつもの朴念仁を隠すことなく、次の言葉を待つ。
「伝えていなかったのですが、どうやらその子――アルビノらしくてですね。籬先生、すこし面倒を見てやってください」
「……はい」
機械的に頷くと、竹田は安堵したような表情で頷いた。
手の中の出欠簿を握りしめて、そっと息を吐く。
何も、籬のクラスに入れることもなかったのではないか。
たぶん、厄介者を文句も言わず受け入れるのは籬しかいない――。そう思っているのだろう。
興味もないし、別段構わないのだが。
今までどおり、普通でいいのだ。
何も変わることはない。
ただひたすらに、時間が流れてゆくだけなのだから。
チャイムが鳴る。
鳴った直後、ぼんやりとした影が籬の机の上を滲ませた。
「まがき、せんせい?」
「……ああ」
白い。
肌も、髪も真っ白だ。
アルビノ特有の赤い目と、紺のブレザーだけが色彩を放っている。
「……君が、観世水真か」
「ハイ。よろしくおねがいします」
「……」
籬はひとつ頷いて、席を立つ。視線だけで促し、籬が受け持つクラスの教室へと歩く。
真の背が小さいからか、足音が多い気がする。
Bクラスのプレートが掲げられているそこの扉の前で一旦止まった。
「ここが君のクラスだ」
「ハイ」
頷いて、わずかに話し声がする教室の中に入ると、話し声がぴたりとやむ。
そして、遠慮のない視線が真に注がれる。
アルビノが珍しいのだろう。
「……話には聞いていると思うが、今日、このクラスに転入してきた、観世水真だ」
「東京から来た、観世水真です。よろしくお願いします」
頭を下げた真を、昨日用意しておいた席に座らせる。
ホームルームを簡潔にすますと、籬はBクラスを後にした。
何もいらないし、何も望まない。
それが一番、傷つくことはない。
そう思っていた。
それでも、時間は流れる。
容赦なく打ち寄せるのだ。
「怖ぇだろ?」
隣の席の男子生徒が、にやり、と笑う。
「え?」
眼鏡をかけて、すこしだけ明るい髪の色をしている彼は、真の姿にも驚きもしない。
「え、って、うちのクラス担任だよ。籬。怖くねぇの?って、悪い悪い。名前、言ってなかったな。俺は初音。初音須磨」
「初音、くん?」
「初音でいいよ。にしても、ツイてねぇな。転入したのがこのクラスって」
黒縁の眼鏡の奥が、何か面白いものを見るかのように細められる。
後ろに座っている女子生徒も体を机の上に乗せて、そうそう、と頷いた。
彼女は黒髪をポニーテールにしていて、切れ目の美人に見える。
「籬先生、私笑ったところ見たことないもん。表情筋死んでるっていうかさ。あ、申し遅れました」
席に座った彼女は居住いを正して、頭をちいさく下げてから笑う。
「私、夕霧若菜。夕霧、でいいからね」
「……うん。よろしく」
「籬って、顔がいいから顔につられて言い寄る女子生徒がいるんだけどさ。ことごとく玉砕しているんだってさ。まあ、教師と生徒の間に芽生えるそういう感情って、珍しくないみたいだけど」
「そうなの?」
真自身、よく分からない。
大人の言うことをよく聞いて育った真には、それが珍しくないと言われるのは、心外だった。
初めて聞いたのだ。
大人と子供の恋愛があるということを。
「ま、俺らには関係ないけどさ」
「とか言って、初音あんた、立花先生のこと、いいなーとか言ってたじゃない。このドスケベ」
「ドスケベって言うな!た、確かに言ったが、違うんだよ!恋愛対象じゃなくて、憧れ、っていうの?そんなんだから!」
立花先生とは誰なのか分からないまま、チャイムが鳴る。
真は新品の教科書と、ノートと筆入れを開いて、ただ未だ突き刺さる視線に耐えた。
みんな、この姿を珍しいものでも見るように、或は興味深げに、或は哀れみをみせて、或は眉を顰めてみる。
真にとって、他人とはそういう存在でしかない。
自分は見世物であり、自分にはそれしか価値がないのだ。
怖くない。
なにも。