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Blood Queen  作者: 新矢 晋
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06.緑の瞳

年齢制限をかけるほどではありませんが、ベッドシーンがあります。苦手な方はご注意下さい。

 寝台の上、薄い夜着のみを纏った姿で眠っている女――環希。真っ白いシーツの上に広がるのは漆黒の絹糸、艶やかな長い髪。……それを愛しげに指で梳く、男が居た。環希の婚約者、政臣である。

 ふと眠ったままの環希が身じろぎし、寝台が小さく軋む。彼女の瞳がうっすらと開かれ、政臣の姿を捉えた。


「お早う」


 政臣がそう囁いて、環希の額に口付けを落とす。普段なら、ここで彼女が憤慨して起きだすのだが、今回は少しばかり様子が違った。

 かすれた声で、何か呟いて。政臣の手を引き寄せ、甘えるように、縋るように。細めた瞳で彼を見つめる、環希。


「……どうしたの」


 政臣が顔を近付けると、再び環希の呟く言葉。今度は先刻よりもはっきりと、耳に届く。


「か、づ……」


 惚けて焦点の合っていない瞳で政臣を見つめながら、環希の紡いだ音。……それは、彼女が政臣の腕に抱かれ、甘やかな夢に酔いながら彼の名を紡ぐ時と同じ音。

 ――嗚呼、これは、いけない。彼は気付いてしまうから。今の音が、自分以外の誰かを呼ぶ名だと。


「……誰、だい?」


 ぎり、と。歯噛みの音。政臣の、環希の手首を握る力が無意識に強くなった。その痛みの所為か、環希の瞳に常の如き光が戻ってくる。――深い深い黒。意志の強い黒曜……。


「ん……?」


 幾度か瞬きをし、怪訝そうに政臣を見上げる環希。何時もなら、その瞳に見つめられるだけで彼女が愛しくて仕方がなくなる政臣なのだが、今回ばかりはそうは問屋が下ろさない。


「『かづ』って、誰?」


 寝惚けていたのだとしても、否、寝惚けていたからこそ。無意識に呼んでしまう――それもあんな声音で――人物が自分以外に存在しているなど、政臣には許せなかった。


「か、づ?

 ……何の事だ?」


「……わからないなら、いいよ」


 怪訝そうに眉をひそめた環希に、政臣は僅かに冷静さを取り戻した。かろうじてそう言ったものの、政臣のこころは、醜い炎は、未だ燻っていた。環希の手首をきつく握ったまま、離す事が出来ない――


「政臣、痛い……」


 環希の言葉に、ようやく政臣の手から力が抜けた。解放された手首には、僅かに指の跡が残って。

 ――情けない。これが三十路越えた男のする事か? ……自問する政臣。男か女かもわからない名前を、寝惚けた彼女が呼んだぐらいで、この有様。

 紅家を繁栄させる為の縁組。子を成し、血脈を受け継ぐ為の、愛情など抱く必要はない婚約者、の筈なのに……それなのに、愛してしまったから。


「……政臣?」


 不安げな環希の声に、政臣は我に返った。――どうやら、考え込んでいる間中ずっと彼女を見つめていたらしい。

 政臣は、なんとか何時も通りの穏やかな笑みを浮かべ、環希に覆いかぶさるように寝台へ上がった。そのまま、彼女の首筋に口付ける。

 ――政臣の悪い癖だ。嫉妬、不安、その他諸々の醜い情念に襲われた時、身体を重ねる事で安定をはかろうとする、悪い癖。


「あ……政、臣……」


 ――寝台がぎしりと軋む音に、彼女の消え入りそうな呟きは掻き消された。

 口付けて。二人で、夢へと沈んでゆく――切なげな吐息、寝具の軋む音、淫らな言の葉、密やかな水音……――。

 ――どれぐらいの時が経っただろうか。


「まさ、おみ……!」


 黒曜の瞳に涙を滲ませながら環希が紡いだ台詞。それが、引き金。


「……環希さんっ……!」


 愛する女の名を熱っぽく呼びながら、政臣が先刻からとは比べ物にならない激しさで腰を突き上げ始めた。


「ひあ……!

 あ、くぁぅっ……ん、あ !」


 奥をくじられる度、壁を擦り上げられる度、環希の瞳からは理性が消えてゆく。ひっきりなしに嬌声をあげる彼女の唇の端から、つぅ、と涎が零れ落ちた。

 その雫ごと舐め取るように、政臣が環希に口付けた。貪るように舌を絡ませ、吐息をかわし、唾液を交換する。……そうしながら、腰の動きは、抉る槍は止まらない。――限界は目前。


「や、は……!」


 声にならない声をあげ、身体を仰け反らせ、環希が達するのと同時。政臣の白い情欲が、彼女の『腸内(ナカ)』に吐き出された……。


「は、ぁ……」


 荒い息を整えながら、環希から自身を抜き出す政臣。ずるりとそれが引っ張り出され、次いで白く濁った液体が零れ落ちる。


「後始末、大変なのに……」


 未だ体内に残っている白に身震いしながら、環希が呟いた。……通常男女が繋がるのとは違う方法、当然不便も多い。

 それなのに何故わざわざこんな方法で繋がらなければならないのかといえば、それは環希が『紅の女王』だからである。従僕たる吸血鬼達を従えるには処女である方が色々と都合が良く、処女を散らさずに繋がる事の出来る方法……という事で政臣が提案したのがこれだったのだ。

 吸血鬼の『始祖』は処女の血を糧とするとされ、従僕たる吸血鬼も処女の血を好み、処女の血を受ければかなりの重傷も治癒出来る。従僕を従える能力も、処女である方が高まる事が確認されている。


「後始末なら手伝うけど?」


 政臣が、環希の腰に腕を回そうとしながら言うと、僅かに頬を染めた彼女は身を躱して寝台から下りた。政臣はくすりと笑って、


「どうして逃げるんだい?

 ……ちゃんと掻き出してあげるよ?」


 これ見よがしに自分の指を舐めてみせ、それを見た環希は益々身構える。床に落ちた夜着を拾い上げ、それで身体を隠しながら。


「……いい、自分でする。

 シャワー借りるぞ」


 そう、言って。環希は隣室、風呂場へと姿を消す。その姿を見送る政臣の顔には、満足気な笑みが浮かべられていた。――そんな政臣の耳に届く、部屋の扉を叩く音。

 政臣はベッドから立ち上がり、上着を羽織ると扉を薄く開いた。そこに居たのは、


「……環希様はおいででしょうか」


 感情の読めない真紅の瞳で政臣を見つめる、従僕カラス。その表情がどこか苦々しげに見えるのは、政臣の気の所為だろうか。


「昨夜お帰りになられなかったものですから、こちらかと。

 矢張り……そうでしたね」


 上着一枚羽織ったところで、身体から立ち昇る情事の余韻は隠せない。口には出さぬものの、カラスはすべて気付いているようだった。

 ――そう、総て。


「あまり無理をさせないで下さい、……本当に貴方は『緑の瞳』が似合う方だ」


 口元を僅かに歪め、意味ありげな笑みを浮かべるカラス。政臣はひとつ瞬き、そしてその言葉の意味するところに気付いて眉をひそめた。

 『緑の瞳』。昔の詩人が、『嫉妬とは、緑色の目をした怪物だ』と作中で記した事に引っ掛けたのだろう。――まるで、政臣が醜い情念に突き動かされていたのを知っているかのような口振り。


「……お前、いつから居た?」


 政臣の問いに、カラスは芝居がかった礼をひとつ。

「私はあの御方の下僕、名を呼ばれれば直ぐにでも馳せ参じましょう」


 ――そう、名を。『あの御方』が呼ぶならば、応えよう。今は忘れられた名とは言え、あの御方がその御心で呼ぶのなら。

 政臣は怪訝そうに眉を寄せ、甘やかな一時の夢の記憶を手繰る。カラスの名が呼ばれた覚えなど――

 ……まさか、な。政臣は内心呟いた。環希が夢現つに呼んだ、知らない名前。それが、頭の片隅に引っ掛かる。


「……兔に角、今日は午後から夜会裁定委員長がいらっしゃるので、お早めにお戻りになるようお伝え下さい」


 カラスはそう言うと再び頭を下げ、一陣の黒い霧となって立ち去った。

 残された政臣は瞳を細め、頭の片隅から退いてくれない厭な予感をなんとか追い払おうとしていた――


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