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Blood Queen  作者: 新矢 晋
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04.造られた仔

 紅家本邸、地下。何処か緊張した面持ちである部屋の前に立つ女王、環希。その背後には影のように佇む従僕カラス。

 扉にかけられた仰々しい鎖と錠を外し、環希はゆっくりとその扉を開いて部屋に足を踏み入れた。その後ろで、カラスは深々と頭を下げた。


「どうかお気をつけて……」


 それに応える声は無く、扉が静かに閉まる。廊下に一人残され直立不動、カラスは僅かに俯いて、幸運を祈る文句を短く呟いた。

 ――そして、部屋の中で従僕の『作成』が始まった。

 薄暗い室内で蝋燭の火が揺れ、床に処女の血で画かれた魔法陣の中央には生け贄の兔。……では無く。部屋の中は明るく蛍光灯で照らされ、床は真っ白いタイル張り。壁ぎわに幾つもの奇妙な機械が設置されていた。

 水晶と鋼と黒耀で作られたその複雑な機械は、環希が歩み寄ると、まるで目覚めたかのように低い唸りをあげた。


「……mode:01、『新規作成』」


 環希の声に反応し、機械はその表面の硝子板をスライドさせた。そして現れたスペースの中にあったのは、何本ものコード。その内の一本を、環希は手に取った。

 それから片手で自らの長い黒髪を纏め上げ、あらわになった白い首筋、そこにコードの先端を押し付ける。

 ――ず、ず。

 コードの先端から現れた針が、首の奥へと潜り込んで『接続』してゆく。環希は僅かに眉を歪め、その異常な感覚に耐える。

 完全にコードとの接続が完了すると、環希は傍らの椅子に腰掛け、一言呟いた。


「開始」


 途端、機械の唸りが変わる。高く低く、ごうごうと鳴くように。そして、環希から機械へ、コードの中を流れてゆく液体……深紅の血潮。それが向かう先は、部屋の中央に据え付けられた大きな円柱状の水槽。水槽の中には、透明な液体が満たされている。

 ――作業が進むにつれて、水槽の内部に変化が訪れた。水槽の中心部の液体が泡立ち、そこに小さな肉塊のような物が生成されたのだ。肉塊は見る間に大きさを増し、その正体を明らかにした。それは、……胎児に酷似していた。


「…………」


 環希は、自らの体内から血液が減少していく事から来る倦怠感を覚えながら、ぼんやりと水槽を見つめていた。

 ――従僕の作成も、昔はもう少し儀式じみた方法だったらしい。だが矢張り、魔法陣だの生け贄だのからは遠い、錬金術的な方法だった。それでも現在の方法に比べれば不衛生で、時間もかかり、何より危険だった。

 数刻が経過する頃には、水槽の胎児は大分大きくなり、既に胎児というよりは幼児……人間で言う二、三歳児程度に成長していた。

 通常ならここでコードを外し、水槽内での成長に任せる筈なのだが、環希はそうしなかった。――従僕の能力は、作成時に使用した主人の血の質と量に依存する。その為、単純に血を多く送り込めば、能力の底上げが出来る。だが、リスクも大きい。

 まず、単純に危険だ。送り込む血の量……即ち主人から抜き取られる血の量が増える程、少し判断を誤るだけで死の危険と隣り合わせである。

 次に、依存性の高さによる暴走の問題。従僕における主人の血の割合が高ければ高い程、血への依存性が高まり、少し欠乏しただけで血を求めて暴走してしまう事があるのだ。

 また、血が濃くなる事による畸形発生の問題や、作成失敗の危険。

 これらのリスクを負う事を知った上で、環希は自らの血を送り込み続ける。少しずつ、脱力感に負けて瞼が上がらなくなる。

 ――ふ、と。意識の糸が、途切れた。何処かで何かの壊れるような音がした。


「……ママ?」


 ……幼い子供の声。

 深く深く沈み込んだ環希の意識は、その声を捉えて浮上した。

 部屋の中にはアラームが鳴り響き、緊急事態を報せている。覚醒直後のまだぼんやりとした意識のまま環希が周囲を見回すと、目に飛び込んできたのは信じられない光景。

 部屋の中央の水槽が、大破していた。拳銃の弾程度なら弾いてしまう強化ガラスが、尋常ではない衝撃を『内側から』受けたように粉々になって飛び散っていた。

 床は水槽内に満たされていた液体で水浸しになっており、その水溜まりを、ぴしゃん。小さな足が踏んだ。

 それは、未だ幼い子供だった。年の頃は十に届くか届かないか、金色の髪先から雫を滴らせながら、澄んだ翠の瞳を真直ぐに環希へと向けていた。……そして、大破した水槽の中から床へと降り立ったその子供は、環希へと向かう。

 この状況から判断するに、子供は環希が作成しようとしていた従僕であり、何らかの要因で装置が破壊され、育ちきる前に外気へと触れて覚醒してしまったのだろう。

 だが、……と、環希は身震いした。今こちらに歩み寄ってくるその子供から感じる気は、他のどの従僕よりも不安定で、禍々しかった。外見は未だ年端もゆかぬ子供であるにも拘らず、である。

 少しの後、子供は環希の目前まで距離を詰め、環希を見上げていた。


「ママ」


 子供は環希をそう呼ぶと、ふわりと笑みを浮かべた。環希は頭を振り、未だ刺さったままだった――当然血の流れは止まっているが――コードを己の首筋から抜きながら唇を開く。


「私はお前の『母親(ママ)』ではない。『主人(マスター)』だ」


 突き放すようなその言葉に子供はきょとんと瞬いたが、小首を傾げて再び口を開けば、


「……ママ」


 この台詞。

 環希は溜め息を吐くと、部屋の扉へ向かって歩き出そうとしたが、くい、と服を引かれ足を止めた。……子供が服の裾を掴み、眉を下げて環希を見上げていた。


「置いてっちゃ、やだ」


 真直ぐな、何のてらいも無い言葉。環希はその言葉に僅かに眉をひそめると、片手を子供に向けて差し伸べ、口を開く。


「……お前、名は?」


 その問いは、主人と従僕が契約する際の決まり文句。たとえ造り出されたものとはいえ、縛るにはそれなりの手順が必要なのだ。――造り出されたばかりの存在が、何故記憶を持ち合わせているのかは定かではないが。


「僕?

 ……僕の名前は、ルネ」


 子供……否、従僕ルネはそう答えると、環希の手を、掴んだ。


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