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Blood Queen  作者: 新矢 晋
24/24

24.歯車は廻る

 綾乃小路家、本邸にて――

 廊下を慌ただしげに歩くのは一人の従僕、銀髪の吸血鬼ダーク。カラス無き今、事件の裏側の処理――表側の加工は綾乃小路家の担当である――や従僕の統率を一手に引き受け、多忙な日々を送っていた。


「相変わらず忙しそうね」


 そんなダークに声をかけるのは、窓枠に腰掛けていた少女。桜と金の混ざった髪を風に揺らし、紅と翠の瞳を細める――ガブリエル。


「なんだかんだ言って、ウチはあの爺に頼りっぱなしだったからな……」


 ダークは溜め息を吐きながらそうごちり、横目でガブリエルを見やる。


「お前も、ハッキリしないな。

 いつまでもここに入り浸るぐらいなら、いっそ従僕契約でもすれば……」


「んー、イマイチ気乗りがしないのよね。半分だけ、ってわけにはいかないかしら?」


 しれっと紡がれた台詞に、ダークは苦笑した。

 ――あの事件以降もガブリエルは紅家の周りをうろついており、つかず離れずの位置を保っていた。少女の一部があの幼い従僕だからなのか、それとも他に理由があるのか、わからないままに。


「お前なァ、仮にも『使徒』なんだから……」


「私、もう『使徒』じゃないよ」


「……は?」


「『使徒』、本部が解散したから。なんかね、トップが失踪したらしくて……」


 あ、電話、などと言いながらガブリエルはポケットから携帯電話を引っ張り出して着信名を確認し、眉をひそめ――


「おい、ちょっと待て。ちゃんと説明し……」


 慌てたダークの言葉などどこ吹く風、そのまま携帯電話片手に外へと飛び下りた。


「ガブリエル!」


 呼ぶ声にダークを見上げ、ガブリエルは笑み混じりに叫ぶ。


「あんまり色々考えすぎると体に悪いわ、『おじいちゃん』!」


「な……ッ!」


 そして風が通りすぎる。その風は別の場所へと駆け込んで――



  *  *  *



「環希さんは休んでいて、って言っただろう?」


 そう言いながら、寝室の扉を開いて部屋へ入る政臣。続いて、それに手を引かれて部屋へ入ってくる環希。


「だが、……手もちぶさたで……」


 不満げに言う環希を椅子に座らせ、その唇に触れるだけの口付けを落としてから、言い聞かせるように政臣は囁いた。


「もうすぐ忙しくなるんだし、……今は大事な時期だから、ね?」


 愛しげに、環希の下腹部に触れる政臣。

 ――未だ事後処理に終われる日々の最中、環希の妊娠が発覚。それからというもの、政臣は前にも増して過保護になっていた。


「娘か、息子か……どっちだと思う?」


「……娘、だ」


 心底幸せそうに尋ねた政臣に、何故か環希は確信めいた答えを返す。


「……母親の勘、って奴?

 なんだかずるいな」


 怪訝そうに眉を寄せる政臣を見やり、唇を柔らかく緩め――環希は、未だ膨らんでもいない下腹部を撫でながら、歌うように呟いた。


「この子はしあわせになる。

 ……しあわせになる為に、産まれてくるんだ」


 政臣は瞬き、それから環希をそっと抱き締める。


「ああ、……三人で、幸せになろう」


 ――窓のカーテンが揺れる。風は木蓮の香りを運び、遅い春の訪れを告げていた。



  *  *  *



 ――これが、ある闇の華族に纏わる物語。

 一人の愚かな吸血鬼と、それに運命の歯車を組み立てられた女と、その歯車を壊そうとした男の話として人の記憶には残っているが……記録には殆んど残っていない物語。


 そしてこれから語るのは、それとは何ら関係の無い、少し未来の物語、その、はじまり。


 ―― 一人の少女が、とある洋館のとある一室でまどろんでいる。

 少女の母親譲りの艶やかな黒髪は黒耀に似て、少女が椅子で船を漕ぐ度、さらさらと流れ落ちていた。

 びく、と肩を震わせ少女が目覚めると、開かれた瞳は鮮やかな真紅。眠たげに幾度か瞬くと、瞳は澄んだ光をおびて――それから思案げに細められた。

 ――少女はここ最近変わった夢を見続けており、このまどろみの最中にも同じ夢を見たのだ。

 知らない男。けれどどこか懐かしい、いとおしい男がその夢の登場人物。白髪混じりの銀髪、深紅の瞳――ひとではないその男が、ただ『お帰りなさいませ、御館様』と言う、それだけの夢。

 『呼ばれている』のだと感じたのはいつからか、その夢を見始めてから少女はこの館に足しげく通っていた。

 この館は、少女の母親が昔住んでいたもので、ある事件が起こってからは誰も住んでいなかったらしいが、何故か少女は、この館のこの部屋にひどく落ち着きを感じていた。部屋の主の趣味なのか、殺風景で生活感の無いこの部屋には、落ち着く要素など無い筈なのに……。

 再びまどろみ始めた少女は、どこからか吹き込む風を感じて眉をひそめた。椅子から立ち上がり部屋を調べ――本棚に仕掛けがある事に気付く。


 少女は地下室への入り口を見付ける。


 少女はその奥で棺と対面する。


 少女は棺の蓋を開ける。


 そして、少女は――


「……ただいま、鴉津」


「お帰りなさいませ、御館様……!」



《完》

 お付きあいありがとうございました。

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