20.貴女のために出来る事
※若干ですがグロ描写有り、注意。
人を凌駕する存在である吸血鬼を従僕として従えるのは、普通なら不可能である。
だが、紅家はそれを行っている。『純血』であるカラス、そこから複製体を作成する技術、そして――主の器を越えた従僕に対する『限定封印』。これらの存在がそれを可能にしたのだ。
『純血』から直接作成した複製体――なおかつ主の血を一定の割合以上含むもの――である『直系』は、得てして主の器を越えやすい。主の器を越えた従僕は従えられない為、そのような従僕には能力に対して限定的な封印が行われる。それが、『限定封印』だ。
『限定封印』を解除するには、その封印を施した主の許可が必要である。――ただし、その主が既に存在していない場合は別だ。その場合は、従僕の意思で封印を解除する事が出来る。
そして、ダークにかけられていた『限定封印』は『不死性の封印』――失血しすぎれば身体の動きが鈍くなるし、腕でも落とされようものならショック状態に陥る可能性が高い――。この封印が有効である限り、ダークは己が肉体の損傷を気にしながら戦わなければならない。
――だが。『限定封印』を解除した今、ダークの身体は不死性を取り戻している。例え腕が千切れ足がもげても、意識を保ち続ける事が……戦い続ける事が、可能なのだ。
「……どうした、俺はまだ動けるぞ。かかって来ないのか?」
城前の広場、己を取り囲む従僕たちを前にダークは不敵な笑みを浮かべた。
己が身体へのダメージを考えなければ、多対一の戦いは楽だ。――全員倒すまで身体がもてば、だが。
腕を犠牲にして相手を一人倒す。足を犠牲にして相手を一人倒す。それを繰り返すうち、ダークの左腕はなかば千切れかけていた。 残る相手は五人。だが、恐らくまだ増えるだろう。
「……来ないなら、こっちから行くぞ……ッ!」
増員を考慮するならば、頭数は出来うる限り減らしておいた方が良い。相手を倒せば倒す程、こちらに人員を割かざるを得なくなり……結果、城内は手薄になるのだから。
――地面を蹴って跳ぶ。赤黒い雫がぼたぼたと滴り、地面に軌跡を描く。
ダークが取り戻したのはあくまで『不死性』であり『不死』ではない。肉体の損傷が限界を越えれば、当然死ぬ。
だが。
「…………」
目前の一人の腹を裂き内臓を引きずり出す、それを掴んだまま相手を蹴り飛ばす、最期の一撃は甘んじて肩に受け牙が食い込み肉の千切れる音、痛み、それを凌駕する意思、続いて掴んだままの内臓をもう一人に投げ付け目くらまし、振るおうとした右手は避けられる間合い、とっさの判断、千切れかけた左腕を掴む、嫌な感触、引き千切る、それを掴んだまま突き出して喉笛を貫く――
「は、……」
一連の動きは一瞬。その一瞬の後、ダークは息を荒げ、ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら立っていた。
右手に持って突き出していた左腕を相手の喉笛から引き抜いて周囲を見回す、残っている敵は三人。その筈なのに――ダークの視界に入っている影は二つ。
「……!」
気配は頭上。ダークが振り向くよりも先に膨れ上がる殺気、攻撃を左腕で受けようとして――ああ、左腕は千切れている。
間に合わない。
――だが、その瞬間。
肉の裂ける音、骨の砕ける音、……何者かの足が地を踏む音。
振り向いたダークの目に飛び込んできた姿は、見覚えのある……だがここに居る筈の無いものだった。
「な、ッ! ……ガブリエル、?」
桜色の髪、ゴシック調のドレス――そして『両手』にそれぞれ一振りずつ握られた短剣。その足元には、両腕と胸を切り裂かれた従僕が倒れている。
ダークは瞳を見開いて硬直しかけたが、直ぐに今の状況を思い直した。
周囲には従僕が二人。突然の乱入者に戸惑ってはいるようだが、戦意は失っていない。そしてその乱入者は、何日も前に倒した筈の――死亡は確認していないが、人間は片腕を切られたまま放置されれば大抵死ぬだろう――『使徒』ガブリエル。そもそも切られた筈の片腕が復活しているのもふに落ちない。
――余計に混乱しそうな頭を振り、ガブリエルを見やるダーク。ガブリエルはゆっくりと振り向き、ダークを見た。その瞳は本来紅色をしていた筈なのだが、何故か左目が翠色に染まっていた。
「何やってるの、そんなズタボロになって。しかも私に助けられてちゃ世話無いわ」
「お前、どうして……」
やっとの事でかすれた声を絞り出したダークは瞬いて、それから随分様子の変わったガブリエルを見つめた。
片目の色が変わっただけではない。ガブリエルの桜色一色だった髪に、金色が幾筋か混ざっていた。
――翠の瞳に金の髪。それは見慣れた色。
「……ルネ?」
思わず呟いたダークに、ガブリエルは首を傾げぱちぱちと瞬いて。そのまま一歩足を踏み出すと、
「あの子、ルネっていうの?」
ダークの背後に居た従僕を斬り倒した。それと同時にガブリエルに向かってきた最後のひとりを、ダークの腕が貫く。
「翠色の目をした吸血鬼。死にかけていた私にチャンスをくれた。
条件はふたつ。ひとつは私の体にその吸血鬼を間借りさせる事で……」
そっと、翠色の片目に手を伸ばす。
「……もうひとつは、『ママを助ける』事」
侮然とした表情を浮かべながらも、ガブリエルはくるくると短剣を回してから鞘へと収めた。
「約束は守るわ、あなたに協力する形になるのはすごくイヤだけど」
首を傾げて笑みひとつ、それはとても無邪気で愛らしく――
「よろしく、ダークお兄ちゃん」
――何故かダークは寒気がした。