15.宴のおわり
「なんだよ、コレ……!」
紅家本邸、玄関から一歩足を踏み入れたその男……従僕ダークの第一声はそれだった。
邸には従僕の中でも精鋭を選び出して配置した筈なのに、そこに居た、否、在ったのは、既に物言わぬ肉塊と化した従僕達だった。
「使徒か?
……糞ッ、マスター!」
急いで邸の奥へと駆け出したダークは、気付いていなかった。
床に転がる死体達は、あるものは頭を潰され、あるものは胸を斬り裂かれ、――鈍器と刃物の両方を使い熟す稀有な者が殺戮者でなければ、殺戮者は二人、存在するという事に。
* * *
――鬱蒼と茂る木々。
紅家本邸の周囲に茂る森の一角に、一人の少女が倒れていた。……桜色の髪をした、左腕の無い、少女。
その身体はぴくりとも動かず、呼吸をしているのかさえ定かではない。地面には無造作に千切れた少女の左腕が転がり、土に紅が染み込んでいる。
――ずるり。そこへ、何かを引き摺る音。
「それ」は、動かない少女へと近付いていく。もやもやとした闇、或いは赤黒い肉塊、……ひどく不吉な
「それ」。
「……死にたくないんだね」
「それ」から響く、幼い少年の声。少女の身体に覆いかぶさりながら、囁く。
「君を助けてあげる。その代わり……」
* * *
その男は、円柱を斜めに切断したような形の金属塊に腰掛けていた。
その男は、荒い呼吸を整えながら自らの右腕を抱え込んでいた。
――肉の焦げる匂い。ぶすぶすと燻る音。
その男は、皮下組織にまで達した
「剣」の炎を思い、そして、鞘……つまりは自分の右腕の修復が始まったのを見て、顔をしかめた。
その男は、改めて、自分がもう人間ではない事を思い知った。
「……何を、今更」
その男――政臣――は、少しだけ泣いた。
* * *
「この馬鹿げた茶番に、ようやく幕が下りるのか」
「馬鹿げてなどいない。この数百年、私は総てを捧げてきた。
あの御方にお戻り頂く為なら、紅家も、貴女も、この国でさえ捧げましょう」
「それが、彼女の望みだと?」
「ええ」
「……哀れだな、お前も、彼女も」
――交わされた言葉は、虚ろな響き。
鍔鳴りの音がして、冴々と光る一振りの刄が女の胸元へと突き付けられた。
「退場の時間です、御館様。
……『その場所』は、本来あの御方にこそ相応しい」
ず
ぐ 。
「……Good-bye and hello,my MASTER.」
女の背から、刄の切っ先が生えていた。びく、と女の身体が震えて倒れ込むよりも先に、男がその身体を抱き抱える。
一滴の血すら流さずに突き立てられた刄、女を抱き抱える隻腕の男、それはまるで何かの儀式を描いた宗教画。
男がうっすらと唇を開き、何事か囁こうとした、その時。――きぃ、と妙に響く音をたてて、部屋の扉が開いた。
部屋に足を踏み入れた男――政臣は、見てしまった。
自分の愛しい女が、紅家の当主たる紅環希が……その従僕に、銀髪の吸血鬼カラスに抱きかかえられ、背中から刄の切っ先を生やしている、とても凄惨な、とても異常な、とても――うつくしい、その光景を。