13.宴 ―守護天使×鴉―
森の中、鬱蒼と茂る木々に紛れて走る複数の人影。中央の一人が片手を上げて立ち止まり、それに従い他の人影達も足を止める。
「孅滅戦を開始する。この機に『使徒』共を再起不能に追い込むのだ。
……全ては我らが主の為に」
その号令の後、人影達は森へと散ってゆく。その場に残ったのは、号令放った一人の男だけ。
――雲と木々の隙間から陽の光が手を伸ばして、その男を照らす。
白の混じった銀髪、冷たい紅色の瞳、年令を感じさせない引き締まって均整の取れた身体……腰に提げられた一振りの刀。
その男――従僕カラスは眩しそうに顔をしかめ、腰の刀に手を伸ばしながら呟いた。
「『我らが主』、か。
……欺瞞だな」
素早く刄を抜き放ち振り向き様に袈裟。――鋭い金属音。
「おや、いきなり攻撃ですか。それに『孅滅』だなんて、随分と殺気立っていますね」
その男は柔らかな笑みを浮かべていた。振り下ろされたカラスの刄を日本刀で受け止めて、その男は、笑みを、浮かべていた。
……緩くウェーブのかかった淡い金色の髪も、瑠璃の瞳も、刀の不粋な輝きにはひどく不似合いだったが、裏地に紅色が映える黒い外套だけは妙に不吉で、似合っていた。
未だ齢三十にも届くまい、その男……使徒ラファエルは、柔らかな笑みを崩さぬままに言葉を続ける。
「今夜こそ終わりにしましょう。
神の子たる我々と闇の僕たる貴方達の、戦いを」
――ギ ィン!
鋼と鋼のぶつかる音、刹那、二人の男は跳び退き互いに見つめ合う。
「ラファエル……やはり、お前が来たか」
刀を構えながら口を開くカラス。それに答える返事はなかったが、カラスは薄い笑みを浮かべながら続けた。
「私を殺せば従僕の士気も落ちる、連携も崩れる。
あわよくば……『純血』たる私を捕らえ、対吸血鬼兵器の研究でもするつもりだったか?」
立て板に水を流すかのような口上。ほんの僅かに、だが確かに熱をおびた瞳。
「甘い。極めて甘い考えだ、哀れな使徒。
……もう、お前達は用済みなのだから」
「下らない演説は沢山です」
痺れを切らしたように、ラファエルが口を開く。
「紅家従僕の長たる『カラス』らしくもない。
殺すか、殺されるか……私達に与えられた選択はそれだけでしょう?」
ふ、と短く息を吐くラファエル。
「貴方から来ないのなら、私からいきますよ」
――それは、一瞬の出来事。
鋭い踏み出し、二人の男が擦れ違ったその瞬間。
「な……っ!」
甲高い金属音、宙を舞う鋼の欠片。――ラファエルは一瞬愕然とした表情を浮かべたが、すぐにそれを打ち消し、中程で折れた刀を投げ捨てた。
――カラスは相変わらず悠然と、無造作に佇んだまま……既に熱の冷めた瞳で、ラファエルを見つめている。
そして。
短く息を吐く、音。
ラファエルの姿が掻き消えて……――刄が肉を貫く鈍い音。
「……腕一本と、命、ですか……
分の悪い、取引ですね……」
絞り出すような声音で呟いたラファエルの背から、刀の刄が生えていた。
「哀れだな。……そして、愛しい」
無感動に囁くカラスからは、左腕の肘から先が失われていた。切り落とされた片腕はどこか寂しげに地面に転がっていたが、何故か一滴も血は流れていなかった。
ずるり、と崩れ落ち動かなくなったラファエルを見下ろし、その片手に握られた短剣をちらと見やってから、カラスはきびすを返す。
――聖別加工された短剣。腕の切断面が焼け焦げたようになって、血すら流れないのはそのせいだろう。未だ切断面は焼け焦げ続けて、じくじくと痛み続けている。
カラスは僅かに顔をしかめると、手足の先から霧と化し、そのまま空へと飛び去った……。