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Blood Queen  作者: 新矢 晋
12/24

12.宴 ―大将天使×光―

今回は少しグロテスクな描写があります。詳細には書いていませんが、「人肉食」という言葉に嫌な予感がする方はお気をつけ下さい。

 ぐしゃり。堅い物の潰れる音。

 『それ』は無造作に投げ捨てられ、地面に転がった。


「これで五人目、かぁ……あと何人殺せば、ママ、誉めてくれるかな」


 胴体の半分千切れかけた男の死体からはすっかり興味を失い、年端もゆかぬ少年は……従僕ルネは、大きく欠伸をした。

 ほんの数時間前まではおろしたてで糊のきいていただろうシャツは、血やその他の体液ですっかり汚れていた。

 手の甲で頬を拭えば、血糊が伸びて筋を描く。黄金色の柔らかな髪は、紅をたっぷりと含んでごわついていて。


「……お腹空いた」


 暫らくぼんやりと立ち尽くしていたルネは、そう呟くと周囲をきょろきょろと見回し、ふと先刻自ら投げ捨てた死体へと目を留めた。

 今この場所が戦場である事などまるで感じさせない何気なさで、その死体――というよりも、肉塊――に歩み寄るルネ。

 それの傍らにしゃがみ込むと、その装備を探り始める。暫らくごそごそやっていたかと思うと、目当ての物を見付けたらしく、何かを引っ張り出した。

 ――それは、一振りの大きなサバイバルナイフ。


「いっただきまーす!」


 この状況にはそぐわない掛け声と共に、真直ぐ振り下ろされる、刄。横たわる死体の、胸の真ん中へと。

 肉に潜り込んだ刄をそのまま下へと滑らせれば、ぶつり。切り口がぱっくりと口を開ける。

 その切り口に、躊躇せず片手を突っ込むルネ。そして、何か肉塊のような物を掴み出した。

 未だ湯気を立てているそれは、大人の握り拳ほどの大きさで、深い血の色をしている。人の、――心臓だ。


「ん、おいしそ」


 ぺろりと舌なめずりをし、ルネはその肉塊に噛り付いた。

 途端、溢れる鮮やかな紅の液体を、喉を鳴らして飲み下す。唇の端から、つぅ、と一筋伝い落ちた。

 瞳を細め、心底美味しそうに食事をしているその異常であり日常でもある光景。

 引き裂いたのは、一発の銃声だった。


「……え?」


 ぽろ、と口元から食事を取り落とし、己の肩を見やるルネ。丁度左腕の付け根辺り、肩口に大きな穴が空いていた。

 更に続けて三発。

 銃声が響く度、ルネの身体が跳ね、肉が弾け血が飛ぶ。

 ――そして、ゆっくりと身体を傾け地に伏すルネに、歩み寄るひとりの男。

 真っ白いロングコートの裾を翻し、硝煙の匂いと熱が未ださめていないショットガンを地面に投げ捨てながら、背に背負っていた巨大な鉄の塊――銃を引き抜いた。年の頃は二十歳前後だろう、褪せたブロンドが風に揺れていた。


「バケモノが……悪趣味にも程がある」


 嫌悪に顔を歪めながらそう呟き、男は――使徒ミカエルは、地面に転がっている小さな身体を足先で引っ繰り返そうとした。

 ……が。


「……いきなり何するのさ」


 『それ』から響いた声に、ミカエルの動きは途中で止まる。そして、ゆっくりと銃の照準を合わせ直す彼の目前で、『それ』は……ルネは立ち上がった。


「いくら僕が特別だからって、こんなにされたら痛いよ」


 喋る度、ひゅうひゅうと喉が鳴る。左の腕は千切れかけてだらりと垂れ下がり、腰の肉はごっそりと抉れて骨がのぞいていた。その傷口から内蔵らしき物がはみ出して、垂れ下がっている。

 そして。

 ――ぼご、ン。

 傷口周辺の肉が歪に盛り上がる。独立した生物のように蠢いて内臓を掬い上げ、千切れかけの左腕を絡め取る。

 そのままその醜く変形した左腕をミカエルへ伸ばしながら、血に濡れた唇を歪めるルネ。


「おにーさんも『使徒』だよね?

 ……ごめんね、」


 ――死 ん で ?

 その唇が言葉を紡ぐのと同時、左腕が更に膨れ上がりまるで粘菌のように変形して、ミカエルへと襲い掛かった。

 舌打ちしながら飛び下がり、銃弾でカーテンを作ってその攻撃を防ぐミカエル。

 だが、急場凌ぎにしかならない。

 迫り来る変形した肉塊は、一部を銃弾で吹き飛ばされたところで、その動きを止めるのは一瞬だけ。


「おにーさんを殺して、ママに誉めてもらうんだ。

 ……ママを守るのは、僕だ……ッ!」


 びゅる、!

 突如、ルネの腹部で蠢いていた肉塊が鞭のようにしなり伸びて、ミカエルの左肩を貫いた。


「あぐっ……!」


 呻き声をあげて体勢を崩したミカエルに、ルネが一息に距離を詰め左腕を振り上げて――

 ――轟音が、響いた。


「あ……」


 か細い声をあげて、ふら、とよろめいたのはルネ。

 ――銃口からゆらめく硝煙の匂い。

 ――ルネの胴体の真ん中に、巨大な穴が空いていた。

 周囲の肉が盛り上がり、その穴を塞ごうとするがどうやら追い付かない。めりめりと、自重に耐えかねた胴体の裂ける音。

 存外軽い音をたて、ルネは地面へと崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。


「…………」


 息を荒げながら、ミカエルはそれを見ていた。じっと、見ていた。――暫らく経ってから銃を背負い直し、頭を振ると踵を返す。


「哀れな子、闇の眷属に赦しは無けれども……エイメン」


 ……ただ、祈りの言葉だけが残った。




「……ルネ?」


 同刻、紅邸の一室。

 己の直系従僕の名を呼び、窓の外……邸周辺を囲む森の方向を見やる環希。

 その黒曜の瞳を細め、暫らく森を見つめ続けていた……。

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