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Blood Queen  作者: 新矢 晋
11/24

11.宴 ―使者天使×闇―

 鬱蒼と茂る木々、合間を縫うようにして進む青年。多彩なメッシュの入った銀髪を木漏れ日が照らし、青年――従僕ダークは不機嫌そうに眉をひそめた。


「……結局あのボンボンはうちに泊まったらしいし、俺無駄足じゃん」


 綾乃小路家には護衛兵だけ残し、ダークは紅家へ戻るように……そんな指示が下ったのが昨夜。それからダークはとってかえし、現在は紅家本邸近くの森の中に居た。


「あと一走りってトコか……俺も飛べたら楽なんだけどなァ」


 とん、と爪先で地面を蹴り、前屈みになって駆け出そうとしたダークは、前に踏み出そうとした足を突然その場に踏み下ろし、後ろへと飛び退いた。

 その刹那、疾風が空を切り裂いた。

 はら、と銀髪が幾筋か千切れ飛び、ダークの頬に一筋の傷。


「残念、外しちゃった」


 響いたのは、幼い少女の声。

 ダークが睨み付けるその先に立っていたのは、

「愛らしい」

と形容しても差し支えのない少女だった。

 ――年の頃は十四、五。桜色の髪を頭の両横でおさげにし、絹のリボンで飾り付け。ゴシック調の、レースやフリルでたっぷり飾り付けられた洋服のスカートが風で揺れていた。

 ただひとつ、異質なのは……その両手に、それぞれ一振りの短剣が握られている事。


「こんにちは、吸血鬼さん。私は『使徒』ガブリエル。

 ……あなたの、死よ」


 まるで邪気の無い笑みを浮かべ、その少女――ガブリエルは、短剣を構えた。


「『使徒』にはネジの飛んだ奴しか居ないのか?

 まあいい、俺はダーク……大人しくヤられてやるつもりは無、ッ!」


 ダークが構えた直後、ガブリエルが地を蹴った。唸りをあげて空を切り裂く鈍銀色の刄。

 伸び上がったダークの脚が刄と交差し、振り抜かれると同時にガブリエルの身体が吹き飛んだ。

 が、直ぐ様跳ね起きダークを睨み付ける瞳、それはぎらぎらとした感情に満ちた

「女」

の瞳。


「ダーク……あなたが、ミカりんの……何よ、頭の軽そうなチャラ男じゃない……っ!」


 ダークが問い返すより疾く、ガブリエルの姿が掻き消える。

 次の瞬間、ダークに向けて振り下ろされる二本の短剣。

 一本は肩口を浅く切り裂き、一本はそれを握る手首ごとダークに握られ――引き戻した時に、何かが千切れるような音。

 小さな肉の塊を地面に投げ捨て、爪先に残る紅色の欠片を舐めとるダーク。


「手首ごともぎ取ってやろうと思ったのに……ん、美味い」


 手首の肉を抉り取られ、ぼたぼたと地面に紅を滴り落としながら、ガブリエルは悲鳴ひとつ、苦悶の声すら洩らさなかった。

 それどころか、口元を歪めて幼い顔には似合わない凄絶な笑みを浮かべ、血にぬめる指でしっかりと短剣を握り締める。


「いい事思いついちゃった……あなたの頭をミカりんのお土産にするの、きっとミカりん喜んでくれるわ」


 ころころと鈴を転がすように笑う、ガブリエル。


「もしかしたら嬉しすぎて壊れちゃうかもしれないけど……そうしたらミカりんは私だけのものよね」


 そんなガブリエルをダークはどこか痛ましげな目で見やり、頭を振りながら両の手を構えた。

 ――そして、地面を、蹴った。

 ガブリエルの手を、脚を、腰を、首を、ダークの手が。指先が変形し鋭い爪の生えた手が、狙う。

 それはガブリエルの剣に阻まれ、或いは受け流され、フリルを切り裂き薄皮を剥ぎ取るだけ。決定打には至らない。

 硬質なもの同士が触れ合う音。

 腕や脚が軋む音。

 短く吐き出される呼吸音。

 ただ、相手を倒す――殺す為だけに研ぎ澄まされてゆく。

 ――均衡が、崩れた。


「さっさと、その首……よこしなさいよッ!」


 首筋を狙って放たれる一撃を、硬化した手で受け止めて。


「はいそうですか、ってくれてやるわけにはイかないんだよ!」


 刄が手に食い込むのも構わず握り締め、引き寄せ、相手の脇腹に回し蹴りを叩き込む。

 小柄な体が吹き飛ばされるその先に回り込み、鋭い爪を振り下ろし――

 ……肉の千切れる鈍い音。

 ガブリエルの心臓を狙う筈の攻撃が僅かに逸れ、左腕を切り飛ばしていた。

 ――更に攻撃を続けようとしたダークの動きが、止まる。肩越しに背後を振り仰ぎ、瞳を細める。


「……マスター?」


 ダークは呟き、それから地面に転がっているガブリエルを見下ろし……肩を竦めた。


「放っておいても死ぬか。……それより、マスターの方が……」


 とん、と踵で地面を蹴り、次の瞬間、その場に残されたのは抉れた地面と土煙、それからひとりの少女だけ……。




「いたい、……痛いよぉ……」


 顔を歪め、両の瞳からぼろぼろと涙を流しながら、立ち上がろうとするガブリエル。

 左腕、二の腕の中程あたりから先が千切れ、地面に無造作に転がっていた。


「ひ、うっ……やだ、やだよ、死んじゃう……!」


 無事な右腕で左腕を押さえ付け、懸命に立ち上がろうとするも、バランスを崩して再び地面に倒れ込む。

 涙と、血と、泥で汚れ、啜り泣く。


「死にたくないよ……ミカりん……」


 ――じきに、啜り泣く声もしなくなった。

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