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動物企画

動物企画「ちーこの生まれた日」@丹羽庭子

作者: 丹羽庭子




 チュンチュン、チチチ……。


 電線にずらりと家族友達みんなで整列。


 『よーし、みんな揃ったな? 今日はあの田んぼに食べに行くぞ!』


 『おー!』


 リーダー格の(すずめ)が、号令をかけると一目散に飛び立つ。

 新米の収穫時期。人間が刈り取る横で、おこぼれに預かろうと一斉に群がる。夏と違い、苦労せず気軽に食事が取れるのは非常に助かる。

 その様子を、一歩引いた位置で私はみていた。



 私は、雀。

 だけど仲間からは距離を置かれている。


 理由は人間の匂いが染み付いているから。




 半年前、私は猫に襲われ瀕死の傷を負った。

 薄れゆく意識の中、とてもとても明るくてあったかい光が私に話しかける……。


 ――いちどだけ、願いを叶えてあげるね。


 私はそれを聞き流した。

 だって、今すぐ必要とは思わなかったし、叶えたい願いもなかったから。

 猫に食べられちゃったら、それはそれで仕方が無いと諦めていたし。



 ふと目を開けると、小さな鳥かごにいた。

 傷ついた体は止血され、ガクガクと力は入らないけれど動けなくもない。


 「おかーたん! このこおめめ、あけたぁっ!」


 「あら良かった! 獣医さんからは、小鳥は小さな傷でも命に関わるって言われてたから心配だったけど……元気になるわよ、きっと」


 二人の人間の顔が、かわるがわる笑顔で私を覗き込んだ。


 子供がつけた私の名前は『ちーこ』。小さいから、ちーこ、だそうだ。

 傷が癒えるまで、細々世話をしてくれた。粟の実、小松菜、そしてたまのご馳走ミルワーム。母親はキャーキャーいいながらピンセットで摘んで口元に運び、だけどそれを私がつるりと食べればニコニコと笑ってくれる。

 子供は「やりたいのー!」と癇癪を起こしていたけれど、万が一ミルワームを落としたら堪らないらしい母親は頑としてやらせなかったのが、雀の私だけど内心可笑しかった。



 すっかり元気になって、籠の中をバタバタと羽ばたく。

 もうこの小さな籠では、狭くて仕方が無い。


 「ちーこ、ちーこ! やらぁ! いっちゃ、やらぁー!!」


 ギャンギャン泣いて嫌がる子供に、母親は「元気になったんだから。ちーこも仲間の所に戻りたいって。あなたも、お父さんとお母さんと離れたら寂しいでしょ?」と諭し、籠の扉を開いた。


 「ほらよく見て? ちーこの尻尾、一本だけ白いでしょ? いっぱい雀さんいても、すぐにちーこって分かるから。ね? また会えるから」 


 「ふぇっ……ちーこ、ばいばい……」


 「さ、行きなさい。元気でね」


 涙をぼろぼろ流して泣く子供を、優しく抱き寄せる母親。

 それを横目に、私は久し振りの大空を味わった。



 しかし現実は厳しい。


 『お前、人間臭い』

 『寄るんじゃないよ、そんな体で』

 『あっち行けよ!』


 親も兄弟も、そして同じ雀の仲間からも弾かれてしまった。

 あの親子の元には戻る気になれず、けれど一羽で暮らすのは寂しい。

 頼み込んで、群れの端っこにいることを許してもらった。


 


 さあどれどれ、じゃあ私も片隅にある籾殻でも探そうかしら。たまに中身があったりするから、それを啄ばんでお腹を満たそう。

 つんつんと漁っていたら……。


 「あ、ちーこ!」


 聞き覚えのある声が、ちょっと離れた場所から聞こえた。

 首をめぐらせると、そこにはあの子供が私を指差して走り出す。


 「おかーたん! ちーこ! ちっぽ、ちろいー!」


 笑顔で私に向かって駆け出した。


 「ちーこ!」


 「待って、駄目! 車がっ――――!!」




 


 私の目の前で――――子供は車に撥ねれらた。


 ぽーんと飛んで……どすっとなにか重いものが落ちる音を耳が拾う。


 なに……? なに……?


 「キャアアァァーーーー!」


 「だれかっ! だれか早く救急車を呼べ!!」


 にわかに騒がしくなった周囲。だけど私は、落ちた一点をじっと見つめる。

 飛べるはずの羽を畳んだまま、フラフラと近づいた。


 ”ちーこ”


 舌っ足らずな声で私を呼んだ子供。


 ”ちーこ”


 別れるのが嫌だと泣いた子供。


 その子が今。


 目の前で。



 命の灯火が消えようとしている――。



 チュン! チュンチュン!!


 光さん! 光さん! どうか……どうか願いを叶えて!

 この子を、助けて! お願い!!


 声の限りに鳴き叫ぶ。

 お願い、お願い、お願い!


 声が掠れて、喉が痛み、やがて鳴き声が出なくなって、ようやくあの温かな光の姿が目の前に現れた。

 

 ――雀の子よ。願いは一つだけとは言ったが、命までは救えぬ。相応の対価が必要だ。


 『だったら! 私の命を上乗せして!』


 本当だったら消える命だった私。それをこの子に渡せるのなら――!!


 ――いいだろう。その命、代償とする。



 光が去ると同時に、くたりと力の抜けた体で子供を見る。

 段々目の前が暗くなる中、「息があるぞ!」「早く病院へ!」との声が……聞こ……え……。




* * * * *




 ほぎゃあ、ほぎゃあ……。

 

 分娩室に響く生誕の産声。

 母親はその声に先ほどまでの痛みから解放され、ホッと安堵の表情を浮かべた。

 助産師が母親の元へ生まれたばかりの赤子を連れてくる。

 ようやく生まれた我が子を抱きしめ喜びを噛み締めていると、父親とこの度晴れてお兄ちゃんになった子供が入ってきた。


 「ほら、あなたの妹よ」


 父親と子供は、ようやく生まれた赤ん坊の顔を良く見ようと顔を近づけた。


 「あれ?」


 子供が何かに気付く。


 「おかーさん。いもうとちゃん、なにかもってる!」


 あれから二年。舌っ足らずは多少ましになり、交通事故の後遺症もなくスクスク成長した子供は、たった今生まれたばかりの赤ん坊の手を指差す。


 「あら? ……これ、なにかしら」


 確かになにかを持っている。

 抱き寄せている為両手が使えず、代わりに父親がそおっと注意深く赤ん坊の手を開くとそこには――。





 ――――小さな白い羽が握られていた。



 





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